人造人間メアリーの物語
五月。
雨の降る夜。
広い屋敷の中を、何人もの使用人たちが慌ただしく走り回っている。
「メアリー様がいない!?」
執事長の声が響く。
「屋敷中を探せ!まだ遠くへは行っていないはずだ!」
「はい!」
メイドたちが一斉に散っていく。
その中に――
一人だけ、不自然なほど背の低いメイドがいる。
他のメイドたちと同じ服装。
顔には包帯が巻かれ、素顔は見えない。
誰にも気づかれないまま、メアリーはメイドたちに紛れ屋敷の中を進んでいく。
やがて窓の前まで来ると、周囲の様子を確認する。
「…………」
そして――
窓を開け、そのまま外へ飛び出す。
「よっと!」
雨の中へ着地する。
顔に巻いていた包帯をほどき、素顔を露わにするメアリー。
屋敷を振り返り――
「よしゃああ!自由だ!」
そのままメイド服姿で、雨の中を走り去っていく。
屋敷の窓から、その姿を見送る者がいた。先ほどの執事長である。
「……メアリー様」
小さく息を吐く。
「今回だけですよ」
そして、もう一人。別の窓辺からメアリーの背中を見つめている男がいる。
彼女の兄――クリス。
「…………」
何も言わず、窓辺を離れていった。
バジリスクが〝巳〟の長として動き始めてから、その名は少しずつ世間に知られるようになっていた。
そして――その存在に興味を持つ者も現れ始める。
薄暗い部屋。
いくつものモニターを眺めながら、一人の男がバジリスクの映像を見つめている。
申の長――ハイリー・ハーロウ。
「巳の新しい長か……」
画面には、バジリスクの姿が映し出されている。
「ぜひ一度、研究してみたいものだ」
ハイリーが楽しそうに笑う。
やがて、裏の世界に一つの情報が流れ始めた。
ハイリーによりバジリスクに懸賞金がかけられたのだ。
だが、この時の八郎はまだ、そのことを知らない。
ある日の夕方。
「ゴールデンウィークを〝おでんウィーク〟に変えるとは!」
キャプテンビクトリーが拳を握りしめる。
「町中が良い匂いで、空腹者が続出している!許さん!ビクトリースマッシュ!」
「ぐわぁぁぁぁ!!」
夕焼けの空へ、バジリスクが綺麗な放物線を描いて飛んでいく。
『本日もキャプテンビクトリーによって町の平和が守られました! 今回はいつもとは違い、夕方からの生中継をお届けしました!』
「たまには夕方の戦闘もいいものだね」
戦いを終えた八郎が家へ向かって歩いている。
隣には半三。
「いいアイディアだったよ、半三」
「ありがとうございます、八郎様!」
半三と別れ、しばらく歩いていると――
「八郎」
後ろから声をかけられる。
振り返った先には、仕事を終えたクボケンと菜々子。
三人はそのまま一緒に家へ向かう。
夕暮れの道。
その前方に、小さな人影が立っている。
「……ん?」
見覚えのない少女。メイドのような服を着ている。
八郎が尋ねる。
「僕たちに何か用?」
少女が八郎を指差す。
「見つけたぞ、バジリスク!」
「……え?」
「お前を倒せば、懸賞金がもらえるんだ!」
「懸賞金?」
八郎、クボケン、菜々子が顔を見合わせる。
「なんの話?」
「知らないのか?」
少女が構える。
「だったら好都合だ!」
その身体を黒い陰が包む。
次の瞬間――少女の腕が、異様なほど巨大に変化している。
「くらえー!」
巨大な腕が八郎へ振り下ろされる。
八郎は横へ跳んでかわす。地面が大きく砕ける。
次々と繰り出される攻撃を、八郎は軽々とかわしていく。
「くそー!逃げるな!」
その時――
ぐぅぅぅぅ……。
少女が動きを止める。
「お腹……すいた……」
そのまま――ばたん、と倒れた。
「…………」
八郎が少女を見下ろす。
「……どうする?」
「とりあえず連れて帰るか」
「そうだね……」
こうして八郎たちは、襲ってきた謎の少女を家へ連れて帰ることにした。
家に着くと、クボケンが担いでいた少女を床へ下ろす。
「どうする、こいつ」
「とりあえず何か食べさせてみようか」
菜々子が用意したカップラーメンを少女のそばへ置く。
湯気とともに匂いが漂った、その瞬間――
「……!」
勢いよく起き上がる少女。
「食べ物!」
そのままカップラーメンに飛びつく。
「いただきまーす!」
「元気じゃん……」
八郎が呆れたように見つめる。
「ねえ。どうして僕を狙ってたの?」
「ん?」
少女が麺をすすりながら答える。
「だから、懸賞金だよ」
「誰が僕に懸賞金をかけたの?」
「知らない」
「知らないの!?」
「ネットで見つけた!」
再びラーメンをすすり始める。
八郎はため息をつく。
「……それだけ?」
「それだけ!」
「…………」
どうやら、これ以上聞いても何も出てきそうにない。
しかたなく八郎が電話を手に取る。どうやら、とある情報筋に電話をかけているようだ。
「もしもし。久しぶり、ドグ」
『おー!八郎か!どうしたんだ、急に』
「ちょっと調べてほしいことがあるんだ」
事情を伝え、電話を切る。
その直後――
ビーッ! ビーッ!
家中に警報音が鳴り響く。
「侵入者?」
八郎の身体を黒い陰が包む。
バジリスクの姿へ変わり、八郎たちは庭へ向かう。
そこに立っていたのは――以前、八郎たちを襲ったヴィラン。
レイリーだった。
「こないだの仕返しに来たわよん!」
「……次から次へとなんなんだ」
クボケンが呟く。
レイリーがバジリスクを指差す。
「あなたを倒せば懸賞金も手に入るし、プロのヴィランにもなれる!一石二鳥よ!」
どうやら、自分にかけられた懸賞金の情報は――思っていた以上に広まっているらしい。
レイリーがバジリスクへ襲いかかる。
「覚悟なさい!」
繰り出される攻撃を、バジリスクは軽くかわしていく。
その時――
何かが高速でこちらへ飛んでくる。
「……!」
ロケットランチャーの砲弾。
バジリスクが咄嗟にアギトを放つ。
アギトが二人を包み込み――
ドォン!
と激しい爆発が庭を揺らす。
爆炎が晴れる。
アギトに守られたバジリスクとレイリーは無傷だった。
レイリーが目を見開く。
「なんで……私まで?」
バジリスクは答えず、砲弾が飛んできた方向を見る。
「私たちのお楽しみの邪魔するなんて!いったい誰なのよん!」
そこに立っていたのは――
白塗りの顔に奇妙な衣装をまとった、一人の男。
まるでパントマイマーのような姿をしている。
「お前も私の懸賞金目当てか?」
「…………」
男は答えない。
そのまま攻撃を仕掛けてくる。彼が操るステッキはまるで刃のように固く鋭い。
バジリスクが応戦する。
戦ううちに、気づく。男の狙いは自分ではない。
巧みにバジリスクを引きつけながら、少しずつ向かっている先は――
メアリー。
「まさか……狙いはあの子か!」
クボケンと菜々子もそれに気づき、陰を纏う。
二人も戦闘へ加わる。
クボケンが男の姿を見ながら呟く。
「奴の姿からして、話し合いのできる奴じゃなさそうだな」
それでも問いかける。
「誰に雇われてきた?」
「…………」
やはり返事はない。
三人を相手にしてなお、男は巧みに立ち回る。
しかし、しばらくすると――男が突然、攻撃の手を止める。
「…………」
そして。
「あーあ。これじゃあ午の娘の誘拐は難しそうだね」
「……え?」
男が笑う。
「ボクはアダム。また遊ぼうね」
そう言い残し、その場から逃げ去っていく。
「…………」
「…………」
「…………」
「喋れるんかい!」
アダムが姿を消した後。
「……あれ?」
八郎が辺りを見回す。
「レイリーは?」
いつの間にか、その姿は消えていた。
一方、メアリーは多少の傷を負ったものの無事だった。
「大丈夫?」
八郎が声をかける。
「うん」
メアリーは答えながら、じっと八郎を見る。
三人を相手にしても巧みに立ち回っていた、あのパントマイマー。
その男を退けたバジリスク。
メアリーの頭に、ある考えが浮かぶ。
(コイツなら……兄様を倒せるかも)
「…………」
メアリーは何かを考えるように、八郎を見つめていた。
その夜。
ドグから電話がかかってくる。
『やはり、お前さんを狙う依頼がネットに出回っとったようじゃ』
「誰が出したか分かった?」
『それがのぉ。投稿者の身元がうまいこと隠されとる。面倒くさい奴に喧嘩でも売ったか?』
「笑い事じゃないよ。あれから散々な目にあったんだから」
電話を切り、八郎は眠りにつく。
そして――翌日。
朝のホームルーム。
クボケンが、どこか申し訳なさそうな顔で教壇に立つ。
「ええっと……今日は転校生を紹介する。入ってくれ」
教室の扉が開く。
「次萩睦子です!よろしくねー!」
「…………」
八郎の顔が引きつる。
聞き覚えのある声。見覚えのある顔。
間違いない。
昨日のメアリーだ。
隣の大吾が八郎を見る。
「なんだ八郎? 知り合いか?」
「…………」
八郎は何も答えられなかった。
その頃――
昨夜の戦いを思い返しながら、レイリーは一人悶々としていた。
「なんなのよ、あいつ……」
自分を倒した相手。仕返しをするはずだった相手。
それなのに――
危険が迫った瞬間、何の迷いもなく自分まで守った。
「なんなの……」
レイリーの頬が赤くなる。
そして――
「バジリスク閣下……好き!」
こうしてバジリスクは――新たにストーカーまで抱えることとなる。
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