種を蒔く者 半三隊長の物語
悪役十二支――。
日本各地に存在するヴィランたちの中でも、頂点に立つ十二の集団。
バジリスクは、その一つ――〝巳〟を率いる長である。
そしてスネイク団には、下っ端のテッカーたちをまとめる一人の男がいる。
その名は――半三隊長。
「この町のすべてのトイレの前に〝清掃中〟の看板を立てるとは!なんという卑劣な悪事だ!ビクトリースマッシュ!」
「ぐわぁぁぁぁ!!」
今日もバジリスクが空へ消えていく。
戦いを終えたスネイク団の一同は、撤収作業の合間に休憩していた。
「いやぁ、今日も見事な飛びっぷりだったな!」
半三が満足そうに頷く。
それを聞いていた一人のテッカーが、不思議そうに尋ねる。
「隊長って、本当に八郎様のこと好きですよね」
「当然だ」
「でも隊長って、前からスネイク団にいたわけじゃないんですよね?」
「ん?」
「どうしてバジリスク様の部下になったんですか?」
周りのテッカーたちも、興味深そうに半三を見る。
半三は少し黙ったあと、静かに笑う。
「……俺の話でいいのなら」
そして、ゆっくりと語り始める。
今から一年半ほど前。
半三――羽鳥は、陸上自衛隊に所属していた。
妻のマリ。そして、幼い娘。三人で暮らす、ごく普通の父親だった。
その日は、娘の誕生日だった。
家族三人でレストランへ行き、帰り道を歩いている。
「ごはんおいしかったか?」
羽鳥が尋ねると、娘が大きく頷く。
「うん!」
その小さな手を握りながら、マリが笑う。
「よかったわね」
何でもない会話。
何でもない帰り道。
羽鳥にとって、それが当たり前の日常だった。――その瞬間までは。
「……!」
けたたましいクラクション。羽鳥が振り向く。
制御を失ったトラックが、こちらへ突っ込んでくる。
娘を抱きかかえる。
だが――間に合わない。
「あなた!」
強い衝撃。
羽鳥の身体が道路へ投げ出される。
腕の中には、泣き叫ぶ娘。
「……マリ?」
振り返る。そこに倒れていたのは――血を流した妻だった。
自分と娘を突き飛ばし、トラックから守ったマリ。
「マリ……?」
返事はない。
「おい……マリ!」
その日、羽鳥は妻を失った。
それから羽鳥は、自分を責め続ける。
――あの時、もっと早く気づいていれば。
――自分が妻と娘を守れていれば。
本来、死ぬはずだったのは自分だったのではないか。
考えても答えなど出ない。
それでも、その考えだけが頭から離れなかった。
残された娘を一人で育てるため、羽鳥は陸上自衛隊を辞める。
妻を失ったばかりの娘に、これ以上寂しい思いをさせたくなかった。
できるだけ、そばにいてやりたかった。
そして新しい仕事を探しながら、父と娘、二人で暮らし始める。
事故から半年ほどが過ぎた、ある日のこと。
羽鳥が一人で歩いていると――
「……?」
道の先に、妙な人物が立っている。
大きな帽子。顔を隠す仮面。
人間なのかどうかすら分からない、異様な姿。
「……誰だ?」
返事はない。
その異形が、ゆっくりと羽鳥へ近づいてくる。
「おい、何なんだあんた――」
その瞬間。
羽鳥の意識が途切れた。
「……っ!」
羽鳥が目を覚ます。
見慣れた自宅の天井。
「夢……?」
身体を起こす。
特に痛みもない。
あの異形に何をされたのかも分からない。
結局、その日は何事もなかったかのように過ぎていく。
だが――その夜。
夢を見る。
あの日と同じ道。娘を抱く自分。
こちらへ突っ込んでくるトラック。
そして――
「あなた!」
自分たちを突き飛ばすマリ。
「マリ!!」
羽鳥が飛び起きる。
荒い呼吸。額には汗が滲んでいる。
「……また、あの夢か」
自分の右手に違和感を覚える。
「…………?」
握られているのは――一丁の銃。
「……なんだ、これ」
羽鳥の顔から血の気が引く。
こんなものを家に持ち込んだ覚えはない。それなのに、自分は確かに握っている。
慌てて手放す。
「なんで……」
隣の部屋には娘が眠っている。
羽鳥はしばらく、床に落ちた銃を見つめていた。
それから、同じことが何度も起こる。
眠れば、事故の夢を見る。目を覚ませば、手には身に覚えのない銃。
「どうなってるんだ……」
病院にも通う。だが、原因は分からない。身体に異常はない。
眠ることが怖くなる。眠れば、またあの事故を見る。そう分かっていても、疲れ切った身体はいつしか意識を手放してしまう。
そして次第に――
眠っていない時でさえ、気がつけば銃を握っているようになっていた。
「……またかよ」
震える手が収まらない。羽鳥が銃を見つめる。
自分の身に何が起きているのか。いつ、この力が娘へ向くかも分からない。
娘のそばにいたくて仕事まで辞めたのに、その自分自身が一番の危険になるかもしれない。その恐怖が、羽鳥をさらに追い詰めていく。
ある日の昼。人通りの多い街中。
「……っ」
羽鳥が頭を押さえる。何日まともに眠っていないのか、自分でも分からない。
視界が揺れる。耳鳴りがする。
「大丈夫ですか?」
通行人が声をかける。
「……来ないでくれ」
「え?」
「頼む……近づかないでくれ!」
羽鳥の手に、また銃が現れる。周囲から悲鳴が上がる。
「違う……!」
羽鳥を恐怖が支配する。
「違うんだ!俺はこんなもの――!」
人々が逃げ出す。誰かが警察を呼べと叫ぶ。
混乱の中、近くにいた一人を咄嗟に掴んでしまう。
「来るな!」
羽鳥は人質を抱えたまま、銃を握る。
「誰も近づくな……!」
手が震えている。
「俺だって……こんなことしたくないんだ……」
どうすればいいのか分からない。自分が怖い。
その時だった。
「……あの」
人混みの向こうから、一人の少年が歩いてくる。
「来るな!」
羽鳥が銃口を向ける。だが少年は足を止めない。
制服姿の――蛇ノ目八郎。
「来るなって言ってるだろ!」
「聞こえてます」
「だったら――!」
八郎が羽鳥をじっと見る。いや。見ているのは、羽鳥の身体を覆っている黒い力。
「……陰」
「何?」
八郎はすぐに理解する。
この男は、自分から人を傷つけようとしているわけではない。自分の力を、制御できていない。
「その人、離してあげてください」
「できるならやってる!」
羽鳥の声が震える。
「俺にも分からないんだ!勝手にこんなものが出てきて……気がついたら握ってて……!」
静かに羽鳥の話を聞く八郎。
「怖いんだよ……」
羽鳥が俯く。
「このままじゃ、いつか娘まで……」
八郎の表情が変わる。
「娘さんがいるんですね」
「…………」
八郎が手を差し出す。
「その力が何なのか――僕なら、分かるかもしれません」
「……お前が?」
「はい。僕ならあなたを助けることができる。だから、その人を離してあげてください」
目の前の少年を見る。どう見ても、自分よりずっと年下だ。それなのに。
なぜか、その言葉だけは信じてみたいと思った。
「…………」
羽鳥の腕から、少しずつ力が抜けていく。
やがて――人質を解放する羽鳥。
「……すまない」
その場に崩れ落ちる。八郎がゆっくりと近づき、彼の前にしゃがむ。
「大丈夫です」
羽鳥が顔を上げる。
「まず、その力が何なのか調べましょう」
数日後。
羽鳥は、蛇ノ目家の庭に立っていた。目の前には八郎。そして少し離れたところで、六助が二人の様子を見ている。
「もう一度やってみてください」
「……ああ」
羽鳥が右手へ意識を集中させる。黒い陰が腕を包み――
その手の中に、一丁の銃が現れる。
「出た……」
銃を見るたび表情を強張らせる羽鳥。
「大丈夫です」
八郎が声をかける。
「無事に自分の意思で出せたでしょう?」
「……そうだな」
「だったら、消すこともできます」
ゆっくりと呼吸を整える羽鳥。
しばらくすると、銃が黒い影となって消えていく。
「消えた……」
羽鳥が自分の手を見る。今まで勝手に現れていたものが、初めて自分の意思で消えた。
「あなたの中にあるのは〝陰〟という力です」
八郎が説明する。
「僕たちヴィランが持っている力と同じものです」
「じゃあ……俺はヴィランになっちまったのか?」
「少なくとも、今のあなたの核は陰で満たされているみたいです」
黙って自分の手を見る。
「でも、力そのものが悪いわけじゃありません」
「…………」
「使い方を覚えればいいんです」
その言葉に、八郎の顔を見る羽鳥。八郎が続ける。
「ただ、使いすぎないでくださいね。陰が尽きれば、命にも関わりますから」
「分かった」
羽鳥は静かに頷く。
それから八郎は、何度も羽鳥の訓練に付き合った。
銃を出す。消す。狙った時だけ陰を使う。
少しずつではあるが、羽鳥は自分の力を制御できるようになっていった。
やがて、夜中に銃を握ることもなくなった。
そして何より――娘のそばにいることを、以前ほど恐れなくなっていた。
ある日。
訓練を終えた羽鳥に、八郎が尋ねる。
「羽鳥さん、今って仕事探してるんですよね?」
「ああ。娘もいるし、いつまでも無職ってわけにはいかないからな」
「だったら――」
少し考えてから言う。
「うちで働きませんか?」
「……うち?」
「スネイク団です」
「…………」
羽鳥が固まる。
「ヴィランの下っ端になれってことか?」
「そうなりますね」
「さらっと言うなぁ」
八郎が小さく笑う。
「もし力が暴走しても僕たちがついています。それに仕事も、娘さんと過ごせるように合わせますから」
羽鳥の表情が変わる。
「……そこまでしてくれるのか?」
「困ってるんでしょう?」
「…………」
あの日。
誰も近づけなかった自分に、この少年だけが手を差し伸べた。
自分でも恐ろしかった力を受け入れ、その使い方まで教えてくれた。
そして今度は、自分と娘の生活まで気にかけてくれている。
羽鳥がゆっくりと頭を下げる。
「……よろしく頼む」
「はい」
八郎が笑う。
こうして羽鳥は、スネイク団の一員となった。
「……というわけだ」
半三が話を終える。
周りのテッカーたちは、しばらく言葉を失っていた。
「隊長……そんなことがあったんですね……」
「まあな」
そこで一人のテッカーが、ふと首を傾げる。
「ちなみに隊長」
「ん?」
「なんで〝半三〟って名前で、そんな格好してるんですか?」
「あー、それはだな……」
半三が遠い目をする。
「半三って名前は、羽鳥から服部、服部半蔵って感じで八郎様がつけてくれたんだ。それと、このガスマスクも顔を隠すために八郎様がくれた。何に使ってたかは知らんが、八郎様のお父様のお古らしい」
「なるほど……」
適当な命名の由来に、テッカーたちは何とも言えない顔で頷く。
その時――
「半三」
聞き慣れた声が飛んでくる。
「はい!」
半三が勢いよく振り返る。そこに八郎が立っていた。
「次のビクトリー戦なんだけど、もうちょっとインパクトのある飛び方ないかな?」
「八郎様!」
半三の表情が一瞬で明るくなる。
「いやいや! 今のままでも申し分ない飛びっぷりでございます!」
「そうかなぁ」
「もちろんですとも!先日の飛距離なんて過去最高クラスでした!」
「そこ褒められても嬉しくないんだけど……」
八郎と半三は、そのまま次の戦いについて話しながら歩いていく。
残されたテッカーたちが、その背中を黙って見送る。
「…………」
ついさっきまで、重い過去を静かに語っていた男と同一人物とは思えない。
「隊長……八郎様のこと、本当に好きなんだな……」
誰かがぽつりと呟く。
テッカーたちが、揃って頷く。
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