骸骨ジミーの物語
「この町のパチンコ屋の看板から〝パ〟を抜くなど、なんと破廉恥極まりない!」
キャプテンビクトリーが拳を握りしめる。
「くらえ!ビクトリースマッシュ!」
「ぐわぁぁぁぁ!!」
今日もバジリスクが空高く吹き飛んでいく。
『決まったぁ!本日もキャプテンビクトリーによって町の平和が守られました!強いぞビクトリー!ありがとうビクトリー!以上、スタジオにお返しします!』
テレビ画面の中で小さくなっていくバジリスクを見ながら、一人の老人が愉快そうに笑う。
「今日もよう飛んどるのぉ」
蛇ノ目六助。
八郎の祖父である。
「じいちゃん、笑い事じゃないんだけど」
しばらくして、八郎が帰宅し、制服に着替えながら居間へ入ってくる。
「おかえり」
キッチンから顔を出したのは、野薔薇菜々子。
「今日の飛距離、昨日より伸びてたんじゃない?」
「菜々子まで……」
「フォームが安定してきたな」
新聞を読んでいる久保田健司まで口を挟む。
「クボケンも!僕、飛距離を競ってるわけじゃないからね?」
六助がまた楽しそうに笑う。
八郎は祖父の六助、そして学校では教師をしているクボケンと菜々子の四人で暮らしている。少し変わった家族。だが八郎にとっては、これがいつもの日常である。
「しかしまあ、毎度大変じゃのぉ」
六助がテレビを消す。
「パンチ一発であんなに飛ばされんじゃろうに」
「それじゃビクトリーが困るでしょ」
ヴィランの力の源は――陰。
対して、ヒーローが宿す力は――陽。
そして、この二つには明確な相性がある。
『陰は、陽に勝てない。』
ヴィランの陰は、ヒーローの陽によって打ち消される。本来なら、ヴィランにとってヒーローは圧倒的に相性の悪い相手である。
ところが――
キャプテンビクトリーには、その陽がない。
だから八郎が本気で戦えば、結果は変わる。
それでもバジリスクは、毎日のようにビクトリーに吹き飛ばされている。
ヒーローが勝ち、ヴィランが負ける。
それが、この町に必要な〝いつもの光景〟だからだ。
その日の午後。
八郎は家の物置を片付けていた。
「……なんだこれ?」
奥に積まれた荷物をどかすと、見慣れないケースが現れる。
埃を払い、蓋を開ける。中に入っているのは――
牛の頭蓋骨をかたどった、異様な形のギター。
「ギター……?」
八郎が恐る恐る持ち上げる。妙に重い。
それだけではない。
触れた瞬間、指先からじわりと何かが伝わってくる。
「……陰?」
かなり強い。
八郎はギターを抱えたまま居間へ戻る。
「じいちゃん、これ何?」
「ん?」
六助がギターを見る。
「あぁ、それか。七瀬の物じゃったはずじゃ」
「父さんの?」
八郎は改めて、牛の頭蓋骨をかたどった奇妙なギターを見る。
「なんでこんなものがここに?」
「知らん。わしも不思議に思うとった。あの不器用な七瀬が、ギターなんて弾けると思うか?」
「……想像できないね」
「じゃろ?」
六助は笑ったあと、ギターへ目を細める。
「ただし八郎。そのギター、扱いには気をつけろよ」
「なんで?」
「かなり強い陰が込められとる」
六助がギターを指差す。
「お前ならともかく、ミドルが下手に使えば命に関わるかもしれん」
八郎の表情が少し変わる。
「……そんなに?」
「ああ。だから人に貸したりするんじゃないぞ」
「分かった」
八郎は再びギターを抱える。
とりあえず、今まで置いてあった物置よりも広い別の物置へ移すことに。
家の外へ出た、その時。
少し離れた道を歩いていた一人の少年が、八郎の抱えている物を見る。
「…………」
八郎のクラスメイト――音川大吾。
大吾は足を止める。その目は、牛の頭蓋骨のギターから離れない。
翌日。
「蛇ノ目」
授業が終わると、大吾が八郎の机の前に立つ。
「ちょっと来い」
「……僕?」
「お前以外に誰がいるんだよ」
八郎は少し身構えながら、大吾についていく。
連れてこられたのは校舎裏。
普段からガラの悪い大吾に呼び出され、八郎は嫌な予感しかしない。
「な、何?」
大吾が八郎へ一歩近づく。
そして――
「昨日持ってたギター、俺に譲ってくれ」
「……え?」
予想外の言葉に、八郎が目を丸くする。
「牛の頭蓋骨みたいなやつだ。あれだよ」
「ああ……」
昨日のギター。
「ダメだよ」
八郎は即答する。
「頼む!」
大吾が食い気味に言う。
「俺にはどうしても、あのギターが必要なんだ!」
八郎が大吾を見る。
普段の横柄な態度とは違う。
冗談で言っている顔ではない。
「譲ってくれ。頼む!」
「…………」
八郎は少し迷う。だが、あれは父の物だ。それに………。
「ごめん。父さんの物だから、勝手に人へあげるわけにはいかない」
「…………」
「ごめんね」
八郎はそう言い残し、校舎裏をあとにする。
一人残された大吾が、拳を強く握る。
「……くそっ」
その夜。
静まり返った住宅街に、突然けたたましいエンジン音が響く。
ブォォォン!
蛇ノ目家の前で、一台のバイクが急停止する。
バイクにまたがっているのは、骸骨のような姿をした一人のヴィラン。
男が蛇ノ目家を見上げる。
「あのギター……ここにあるはずだ」
男が敷地へ足を踏み入れようとする。
その時――
「……人ん家で何してんの」
男が振り返る。
「バジリスク……!?」
「泥棒なら、帰ってくれるか?」
「ちょうどいい!あの牛のギターを出せ!」
「……なんでお前があれを知っている?」
骸骨のヴィランがバイクから降りる。
「黙って渡せ!そうすりゃ痛い目に遭わずに済むぜ?」
「…………」
黒いアギトが、バジリスクの足元からゆっくりと立ち上る。
「え?」
数分後。
「くそっ!覚えてやがれぇぇぇ!!」
ボロボロになった骸骨のヴィランが、バイクで夜道を走り去っていく。
バジリスクがその背中を見送る。
「……何だったんだ、あいつは」
翌日の夜。
ブォォォン!
八郎が目を開ける。
「…………まさか」
窓の外を見る。
「今日こそギターを渡してもらうぜぇ!!」
昨日の骸骨がいる。
「また来た……」
さらに翌日。
「ギターを――!」
ドンッ!
「最後まで言わせろぉぉぉ!!」
それでも骸骨のヴィランは諦めない。
倒されても。追い返されても。
次の日になると、また現れる。
「……なんなんだよ、あいつ」
さすがの八郎も呆れ始める。
そして――数日後。
また夜が来る。
バジリルクが玄関の前に立ち、骸骨のヴィランと向かい合っている。
だが、今日は様子が違う。バジリスクにコテンパンにされても引き下がろうとはしない。
男は明らかに消耗している。
肩で息をし、立っているのもやっとだ。
「……今日はもう帰った方がいいんじゃないか?」
「うる……せぇ……」
男がふらつきながら構える。
「ギター……渡せ……」
「そこまでして、なんで――」
男が一歩踏み出す。
その瞬間。
「ぐっ……」
膝をつく。
「おい?」
骸骨を覆っていた陰が揺らぎ始める。
「…………!」
黒い陰が、剥がれ落ちるように消えていく。
そして、その下から一人の少年が現れる。
バジリスクが目を見開く。
「音川……くん?」
毎日、学校で顔を合わせるクラスメイト。
音川大吾だった。
「君が……ジミーだったの?」
大吾は答えない。
荒い呼吸を整えながら、地面へ両手をつく。
そして、そのまま深く頭を下げる。
「……頼む」
「…………」
「頼むから……あのギターを、俺に貸してくれ」
バジリスクがしばらく大吾を見つめる。
「……そこまでして、あのギターが欲しいのか?」
大吾が拳を握る。
「…………」
「何か理由があるんだろ?」
しばらく何も答えない大吾。
地面についた拳が、小さく震えている。
「……妹がいるんだ」
「妹?」
「カレナっていうんだけどよ。ずっと病気で入院してる」
さっきまでの荒々しい声とは違う。大吾が俯いたまま続ける。
「俺は、ギターを弾くことでいろんな効果を起こせる。傷を癒したり、身体を楽にしたり……」
大吾が小さく頷く。
「ずっと俺のギターで何とかしてきた。弾いてやると、あいつ少しだけ楽になるんだ」
黙って話を聞くバジリスク。
「でも最近、急に悪くなった」
大吾の拳に力が入る。
「俺の力だけじゃ……もう足りねぇんだ」
「…………」
「もっと強い陰が込められたギターがあれば、助けられるかもしれない」
大吾が顔を上げる。
目には涙が滲んでいる。
「俺にはもう、あれしかねぇんだよ」
そして再び、深く頭を下げる。
「頼む……!」
声が震える。
しばらく、大吾を見つめるバジリスク。
やがて――
バジリスクを覆っていた黒い陰が、静かに消えていく。
「……え?」
大吾が顔を上げる。
大吾の前に立っていたバジリスクは、もうそこにはいない。
代わりに立っているのは――毎日、学校で顔を合わせるクラスメイト。
蛇ノ目八郎。
「蛇ノ目……?」
「僕も君に隠してたことがあるから」
大吾は言葉を失う。
「お前……バジリスクだったのか?」
八郎は小さく頷く。
そして、地面に座り込んでいる大吾へ手を差し出す。
「事情は分かったよ」
大吾がその手を見る。
「ギター、貸すよ」
「……!」
「ただし、もしものことがあったらいけないから、僕も一緒に行っていい?」
大吾の目が大きく開く。
「……いいのか?」
「うん」
「本当に……?」
「妹さんを助けるためなんでしょ?」
大吾は何度も頷く。
「ありがとう……!」
八郎はその手を掴み、大吾を立ち上がらせる。
その夜。
二人は牛の頭蓋骨のギターを抱え、カレナが入院している病院へ向かう。
消灯後の病棟。
人目を避けながら、静かに病室へ入る。
ベッドには、一人の少女が横になっている。
「……お兄ちゃん?」
弱々しい声に、大吾の表情が一変する。
「起こしたか。悪ぃ」
さっきまでバジリスクへ殴りかかっていた男とは思えないほど、声が優しい。
大吾がベッドの横へ座る。
「今日はちょっと、すげぇもん持ってきたぞ」
牛の頭蓋骨のギターを見せる。
カレナがじっとそれを見る。
「……変なギター」
「そうか?かっちょいいだろ?」
「……ダサいよ?」
「うるせー」
カレナが小さく笑う。
そのやり取りを、八郎は少し離れたところから見ている。
大吾がギターを構える。
「じゃあ、ちょっとだけ聴いてろ」
弦に指をかける。
そして――
静かな病室に、ギターの旋律が響き始める。
牛の頭蓋骨をかたどったギターから、強い陰が溢れ出す。
その力は大吾の奏でる旋律に乗り、カレナの身体を優しく包み込んでいく。
青白かったカレナの頬に、少しずつ血色が戻っていく。苦しそうだった呼吸も、次第に穏やかになっていく。
やがて、大吾が演奏を止める。
「カレナ?」
カレナは目を閉じたまま、静かに寝息を立てていた。
先ほどまでとは違う。苦しそうな表情は消えている。
大吾が、ようやく息を吐く。
「……よかった」
八郎も小さく笑う。
「効いたみたいだね」
「ああ……」
その時、廊下の向こうから人の気配がする。
「誰か来るね」
八郎が扉へ目を向ける。
「僕は先に帰るよ」
「蛇ノ目……」
「音川くんは、妹さんのそばにいてあげて」
八郎はそう言って、病室をあとにする。
大吾は何も言わず、その背中を見送る。
翌日の朝。
「蛇ノ目!」
教室に入る八郎を、大吾が呼び止める。
八郎が振り返る。
「カレナの容態、だいぶ良くなったみたいだ」
「本当?」
「ああ」
八郎の顔にも笑みが広がる。
「よかった……」
「昨日は、本当にありがとな」
「僕はギターを貸しただけだよ。妹さんを助けたのは音川くんでしょ?」
大吾が少しだけ八郎を見つめる。
「……なあ蛇ノ目。俺、お前の仲間になりたい」
八郎の表情が変わる。
「僕の?」
「ああ」
大吾は真っ直ぐ八郎を見る。
「カレナの病気がなんなのか、俺はまだ何も分かってねぇ。昨日は助かったけど、これで治ったわけじゃない」
大吾が拳を握る。
「だから、病気の原因を突き止めたい」
「…………」
「そのためにもっと強くなりてぇ。お前についていけば、何か分かるかもしれない」
八郎が少し驚いたように大吾を見る。
「ダメか?」
「いや」
八郎は小さく首を振り、そして笑う。
「よろしく、音川くん」
差し出された八郎の手を、大吾が握る。
「大吾でいいぜ」
「じゃあ……大吾」
「おう」
大吾がニッと笑う。
「よろしくな、八郎!」
こうしてできた同年代の男友達、自分から誰かと友達になるのは八郎にとって初めての経験だった。
そしてこれが後に、長い長い道を共に歩くことになる〝仲間〟との出会いとなる。
このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。
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