フローラ 対 呉葉 一
巳の仲間たちが去り、随求堂には菜々子と呉葉だけが残る。
「あらまぁ……なんとお美しい絆やこと。眩しゅうて、目が腐ってしまいそう。けれど、上様に近づかはる者には容赦いたしません。特に女は」
「あら?ずいぶん童子にお熱なのね。それにお面で顔隠しちゃって、あんたの方がおばさんなんじゃない?」
互いに一歩も引かない二人。
少し離れたところで、立会人の加藤がその様子を覗いている。
(女ってこえぇなぁ……)
呉葉が軽く息を吐き、続ける。
「口だけでは埒が明きまへんなぁ。力で白黒つけましょうか。散々大口叩かはったんやし、すぐに死なはるなんてことのないように」
「その言葉、そのまま返してやるわ!私を敵に回したことを後悔させてやる!いくわよー!」
菜々子の全身を陰が包む。
次の瞬間、その姿が薔薇の魔女――フローラへと変わる。
さらに修行で会得した植物の使い魔を召喚する。
呉葉の表情がわずかに変わる。
「まぁ、酉の使い魔とは。少々ややこしいお相手ですね。こうなりましたら、わたくしも本気でお相手いたします」
呉葉がフローラの力量を即座に察し、ゆっくりと顔の能面に手をかける。
仮面を外し初めて露わになる、呉葉の素顔。
「それでは」
その言葉を残し、暗闇の中へ姿を消す。
「待ちなさい!逃げる気!?」
フローラがすぐさま後を追う。
闇の奥から呉葉の声だけが響いてくる。
「逃げようやなんて思うておりまへん。丑の者どもはみな仮面をつけております。それは代々、鬼であるわたくしらが人に溶け込み、身を隠すために身につけた知恵」
フローラが周囲を警戒しながら、呉葉を探す。
「その仮面を外して素顔をさらすいうことは、すなわち素顔を見た者を生かして帰さぬという意思表示。残念ですが、貴女には死んでもらいますえ」
その時。
フローラの足元に違和感が走る。
「……なに?」
足がゆっくりと地面へ沈んでいく。
(沼!?しかも、ただの沼じゃない!これは……!)
「気ぃつかはりましたか。それはわたくしの体液からできた毒の沼。貴女はもう、わたくしの罠にかかっております」
フローラが顔を上げる。
頭上には無数に張り巡らされた蜘蛛の巣。
そしてその中心には、下半身を巨大な蜘蛛へと変え、不気味に微笑む呉葉の姿がある。
フローラがすぐさま沼から抜け出そうとする。しかし、口から吐き出した呉葉の糸が、その体へ絡みつく。
「くっ!」
身動きが取れない。
もがけばもがくほど、体が毒沼へと沈んでいく。
(まずい!このままじゃ……!)
必死に糸を引き剥がそうとするが、びくともしない。
腰、胸、肩。ついには、顔だけ辛うじて沼の上という状態になる。
フローラが近くを飛ぶ使い魔へ目を向ける。
「……ごめんね。あとは頼んだわよ……」
心配そうにフローラを見つめる使い魔。
その目の前で、フローラの姿が完全に毒沼の中へ消える。
「あとは使い魔さえ片づけてしまえば、わたくしの勝ち。なんとまぁ、あっけないこと……」
呉葉が不気味に笑う。
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