半三の修行
「なんじゃお前たち、庭で腕立て伏せなんかしよって。それに最近、八郎たちの姿を見んが何かあったのか?」
蛇ノ目家の庭では、半三とその部下たちが筋トレに励んでいた。
「八郎様たちは、丑との干支合戦に向けて修行に出ています。その間、本部の留守番を任されたんですけど、やっぱり俺たちも鍛えておいた方が良いと思いまして」
「そうか、精が出るのぉ。良きことじゃ」
六助が縁側へ腰を下ろす。
「いよいよ八郎も、丑との干支合戦かね。一年足らずで、よくここまで頑張ってきたものじゃ」
八郎との日々を思い返すように、六助が静かに庭を眺める。
そんな六助へ、半三がおずおずと声をかける。
「あのぉ……実は六助様に教えてほしいことがありまして……」
「わしに聞きたいこと?こんなおいぼれでよければ力になってやるぞ」
半三は少し躊躇いながら口を開く。
「会議中や会話の中で『贄』って言葉をよく聞くんですが、俺はまだヴィランになって間もなくて……何のことだかさっぱりなんです」
そして、申し訳なさそうに頭を掻く。
「六助様にしか、こんなこと聞ける方がいなくて……」
「そうか。それはヴィランなら知っておかんといかんな」
六助が自分の隣を軽く叩く。
「よしよし。わしが贄について教えてやろう。こちらに来なさい」
半三が六助の隣へ腰を下ろす。
六助は少し遠くを見るような目をして、話し始める。
「よいか。これはあくまで昔話として聞いとくれ。真実かどうかも定かではない、童話のようなものじゃ。
時は遡ること、奈良時代。
太陽の神と月の神、そして大地の神。三柱の姉弟がおった。
太陽の神は、月の神と大地の神に己の核を半分ずつ与え、月の神には陰を、大地の神には陽を授けた。
大地の神は自ら子孫を残し、その末裔が今のヒーローとされておる。
そして月の神は――自らの陰を使い、八つの頭を持つ龍を作り上げた。
この龍こそ、この国最古のヴィランとされておる存在じゃ。
月の神は、その龍の血肉を人間に食わせ、陰の力を与えた。
そしてその中から、国を統ずる力を持つ十二の部族を選び『悪役十二支』と名付けた。
悪役十二支には、それぞれ役割が与えられておる。
しかし、それとは別に――もう一つ、特別な使命があった。
龍を作り、長い眠りについた月の神へ陰を返し、再び月の神を復活させること。
それが『贄』というしきたりじゃ。
四年に一度の閏年。子から順に、一族の中でも特に強い陰を持つ者を月の神へ捧げる。
そうして、かつて与えられた陰を元の月の神へと返す。
その儀式を――何千、何百年もの間、繰り返してきたのじゃ」
六助が一度言葉を止める。
「わしも、このしきたりの真相までは分からん」
珍しく真剣な表情だ。
「しかし、これを守らねばヴィランの命は途絶え、三つ巴の均衡は崩壊してしまうと言われておる」
六助の表情が少し曇る。
「じゃが……一族の誰かを差し出すというのは、誠に心苦しいものでな」
「………」
「悪役十二支の間でも暗黙の了解として、贄について敢えて触れる者はおらんのじゃ」
半三は、六助の話を聞きながら一つの疑問を抱く。
「巳の一族も、贄に選ばれた者がいるってことですよね」
少し考えながら続ける。
「単純計算で……三十六年前、ですか?」
「うぬ。巳の前回の贄に選ばれたのは、わしの兄じゃった」
六助が遠くを見つめる。
「掴みどころのない性格での。兄が何を考えているのか、まるで分からんかった」
そして、当時を思い返すように話を続ける。
「しかし贄の番が来た時、自ら贄に名乗り出たのは兄じゃった」
六助が少し俯く。
「その時は……正直ホッとしたわい。自分が贄にならんで良いとな」
半三は黙って話を聞いている。
「じゃが、今思い返してみれば、兄は常にわしらのことを考え、一族に貢献しておった」
六助の表情がわずかに和らぐ。
「特に弟であるわしに対しては、特別に気を配っておったな」
少しの沈黙。
やがて六助が再び口を開く。
「半三や」
「はい?」
「今、お前さんが思うとることはよく分かる」
六助が半三へ目を向ける。
「次に贄の番が回ってきた時、誰が贄になるのか気にかけておるのじゃろ?」
半三がゆっくりと頷く。
「安心せい。八郎は贄にはさせんよ」
そして静かに続ける。
「次は、わしの番じゃ」
「………」
いつものように穏やかに笑う。
「あと二十年は生きるつもりじゃ。いや――なんとしてでも長生きせんといかんな」
そう言って、六助は空を見上げる。
「今なら、兄の気持ちが痛いほど分かるわい」
そして隣に座る半三を見る。
「半三。もしお前さんが、わしの立場なら分かってくれるかの?」
急に質問され、半三は少し考えてから答える。
「今の俺は……正直、分かりません」
六助が静かに半三を見る。
「ヴィランである前に、俺は娘の父親ですから。娘を一人残して贄になるなんて考えられません」
「ほほ!正直でよろしい」
六助が笑う。
「わしらより、よっぽど父親ができておるわい」
そして、少し表情を和らげる。
「じゃが、今の八郎にはお前さんのような良き仲間がおるからな」
六助が庭へ視線を向ける。
「八郎は今や、わしのたった一人の肉親であり、大切な孫じゃ」
その声には、祖父としての強い想いが込められていた。
「わしの命に変えてでも、守らねばならんのじゃ」
そして半三を見る。
「半三。これからも八郎を支え、仲間であり続けてやってくれ」
六助の言葉を聞き、自分とは違うその覚悟の重さを感じながらも、半三は改めて巳の仲間として八郎の力になろうと強く決心する。
そして――いよいよ、丑との干支合戦が幕を開ける。
第一章 完
第二章へ続く
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今話にて第一章は終わりとなります。第二章では丑との干支合戦から始まり、いよいよタイトルである悪の門The Villains Gateの物語の本筋へと移行していきます。とにかくまず、ここまで読んでくださった方に深くお礼申し上げます。そして次に入る第二章は、おそらく第一章を超えるものとなるでしょう。これは期待していてくださいね!今後ともこの悪の門をよろしくお願いいたします。




