八郎の修行 二
ダンテとの修行を終え、八郎が次に向かったのは名古屋――伏龍会。
辿り着いた場所は、いかにも怖そうな人たちがいそうな事務所――ではなく、清楚な日本家屋だった。
屋敷の中には道場があり、そこから威勢のいい稽古の声が聞こえてくる。
八郎が恐る恐る声のする方へ向かうと、そこには剣道着を着た部下たちと、補佐の高杉雅美がいた。
「おう、来たな。今、頭を呼んでくるから待っててくれ」
そう言い残し、高杉が屋敷の奥へ消えていく。
数分後、同じく剣道着を着た太刀花が姿を現す。
「思ったより遅かったな。ダンテの修行に手こずったか?」
八郎を見るなり、太刀花が言う。
「まぁいい。とりあえず座れ」
八郎は道場に正座し、太刀花と向かい合う。
「ボニーから話は聞いた。お前、丑とやり合うつもりらしいな」
「はい。干支合戦まで、もう時間がありません。ですが、今の僕が童子に勝つにはまだ力不足です」
緊張しながらも、八郎はまっすぐ太刀花を見る。
「太刀花さんに、稽古をつけてもらいに来ました」
「……わかった」
太刀花が腕を組む。
「だが、条件がある」
八郎の表情が引き締まる。
「俺が認めるまで、ここから出さん。たとえ干支合戦の日が来たとしてもだ」
「………」
「中途半端なまま童子と戦っても死ぬだけだからな。俺が認めない限り巳の元へ帰ることもさせんし、下手したら一生ここで暮らすことになるかもな」
太刀花が目を細くする。
「それが、俺が稽古をつける条件だ」
残された時間は、決して多くない。
その間に、太刀花に認められるだけの力を身につけなければならない。
それでも八郎は、ダンテから言われた言葉を思い出し、力強く頷く。
「わかりました。お願いします」
「ここで逃げ出してたら、いよいよ帰さんつもりだったが」
太刀花が立ち上がる。
「さて、稽古の内容を話そうか」
道場を見渡す。
「見てわかる通り、ここは剣道の道場。やるのは無論、剣道だ」
太刀花が八郎を見る。
「俺から一本取ってみせろ。そしたら、お前を認めてやる」
「一本……」
「ただし、お互い自身の能力を使うことは禁止だ。能力を使った時点で反則負け。あとは通常の剣道のルールと同じだ」
稽古の終了条件は、至ってシンプルなものだった。
だが――太刀花から剣道で一本取る。八郎の中にあった自信が薄れていく。
「因みに、お前がここにいる間は常にこの竹刀を持っておけ。それも稽古の一環だ。わかったな?」
そう言って、太刀花が一本の竹刀を八郎へ渡す。
「はい」
八郎は剣道着に着替え、防具を身につける。
太刀花は剣道着のまま八郎に言う。
「竹刀と言っても、俺が振るうと死ぬかもしれんからな」
太刀花が竹刀を手に取る。
「俺とやり合う時は防具をつけろ。では、早速試合といこうか」
二人が向かい合い、蹲踞の姿勢を取る。
「構えは様になってるな」
「はい。幼い頃から祖父に剣術の稽古をつけてもらってました」
「なら、手加減はいらねぇな」
審判が二人を見る。
そして――
「はじめ!」
試合開始の合図。
その直後――八郎は、すでに床へ倒れていた。
「………」
何が起こったのかわからない。
遅れて、右の脇腹に激痛が走る。
「ぐっ……!」
立ち上がろうとするが、身体に力が入らない。
「みっともねぇな。剣術習ってたんじゃねぇのか?」
八郎が痛む脇腹へ目をやる。防具の胴が大きくへこんでいた。
「ダメだな。試合は中断だ」
その言葉に、八郎が食らいつく。
「大丈夫です……続けさせてください」
「ダメだ」
太刀花が即座に言い放つ。
「なにが続けさせてくださいだ。立ち上がることもできねぇで、どうやって試合すんだよ」
そう言い残し、太刀花はその場を去っていく。
そして八郎も――脇腹の激痛に耐えきれず、そのまま意識を失う。
「おい!起きろ!大丈夫か?」
その声で、八郎は目を覚ます。
目の前には高杉の姿があった。
「かろうじて……大丈夫そうです」
八郎が右の脇腹を確認する。
太刀花から受けたダメージは、八郎の再生能力によってほとんど回復していた。
「いつ見ても巳の回復力には驚かされる。にしても太刀花さん、いきなり本気で打ってくるとはな」
「……みっともない姿を見せてしまいました。もう稽古つけてもらえないかもしれません……」
「んなこたねぇよ」
高杉が即座に否定する。
「一発目から本気で打ち込んできたのは、お前が耐えることができると踏んだからだ。普通の奴なら意識不明でそのまま病院送り。全治三ヶ月ってところだろうさ」
そう言われても、見限られたのではないかという不安は消えない。
その時、道場へ近づいてくる足音が聞こえる。
「どうだ、怪我の方は」
太刀花だった。
「回復したら稽古を再開する。準備しておけ」
それだけ言い残し、太刀花は再びその場を去っていく。
高杉が八郎を見る。
「ほらな」
「……はい」
こうして八郎は、毎日のように太刀花と試合を繰り返す。
最初は一本取られただけで立ち上がることもできなかった。
しかし、何度も打たれ、何度も倒されるうちに、次第に痛みにも慣れ、試合を続けられるようになっていく。
だが、立てるようになったところで結果は変わらない。
あっさりと二本目を取られ、試合は終わる。
「もう一度」
太刀花の言葉に、八郎は再び竹刀を構える。
負けては挑み。倒されては立ち上がる。それを朝から日が落ちるまで繰り返す。
そして夜は、言いつけ通り竹刀を抱きながら眠った。
日が経つにつれ、丑との干支合戦が着々と近づいてくる。
しかし八郎は、太刀花から一本取るどころか、毎日の稽古で立っているのがやっとの状態だった。
陰を使わない生身の戦い。それなのに、二人の間には圧倒的な差がある。
太刀花の鍛え上げられた肉体と精神。
八郎が竹刀をぶつけ剣先を弾いても、太刀花の身体はまるでブレない。
それどころか押し返され、八郎の方が体勢を崩してしまう。
そして――干支合戦の日が目前に迫る。
「このままじゃ、干支合戦には間に合わねぇな」
「はい、分かっています」
「なら、お前の全てを俺にぶつけて来い」
太刀花との試合が始まる。
もう後はない。このまま一本取れなければ、仲間の元へ帰ることすらできない。
負けられない。何としてでも、太刀花から一本取らなければならない。
八郎の手に力が入る。
しかし――結果は変わらない。
あっという間に二本を取られ、八郎は敗れる。
「これで終わりじゃねぇだろうな?」
「まだまだこれからです!」
八郎が再び竹刀を構える。
その後も、八郎は何度となく太刀花へ挑み続ける。
気づけば、外は夕方になっていた。
何度挑んでも、どうしても一本が取れない。
八郎の体力は、すでに限界を超えている。
それでも、八郎は諦めようとはしなかった。
「これ以上やったら、干支合戦どころじゃねぇぞ?」
太刀花が八郎を見る。
「それでもやるか?」
「……はい」
迷いのない返事だった。
太刀花が少し黙ったあと、問いかける。
「なぜそこまでして、丑との戦いにこだわる?」
八郎は荒い呼吸を整えながら答える。
「僕は巳の長です。そして、ヴァイパーの息子です」
握った竹刀に、もう一度力を込める。
「童子に勝って、この国を変えなければなりません」
そして八郎の声が道場に響く。
「父の思いを継がなければならないんです」
その言葉を聞いた瞬間。太刀花の脳裏に、師であるヴァイパーの言葉が蘇る。
『俺はな、悪党じゃねぇ。“悪役”なんだ。だから俺は争いなんて望まねぇ。俺が求めるのは、この国の平和だ。そのために――“悪役”が必要なんだよ』
太刀花が、改めて八郎を見る。
太刀花へと再び構える八郎。
しかし、その構えはこれまでとはまるで違っていた。
居合のように、竹刀の剣先を大きく左へ逸らしている。
さらには防具すら外し、文字通り身一つで太刀花と向き合っていた。
「てめぇ……何の真似だ?舐めてんのか!?」
「舐めてなんかいません」
八郎は荒い呼吸のまま答える。
「体力的にも、これが最後になると思います。少しでも動きやすいようにしたまでです」
「それが舐めてるって言ってんだろうが!」
太刀花の声が道場に響く。
「てめぇ、稽古だからって自分が殺されねぇと思ってんのか?」
一瞬の沈黙。
「……たわけが。死にたきゃ勝手に死ね」
太刀花の目の色が変わる。
先ほどまでとは明らかに違う、凄まじい殺気。その場の空気が硬くなったように感じる。
(太刀花さん……殺る気だ……)
周囲で見守っていた部下たちも息を呑む。
審判が二人を見る。
「はじめ!」
先に動いたのは太刀花。迷うことなく、八郎の面を狙う。
だが、今までとはまるで違うスピードと力で、八郎が太刀花の竹刀を弾く。
「!?」
太刀花の剣先が、大きく左へ弾かれる。
その瞬間――八郎がくるりと身体を回転させながら飛び上がる。
無理やり体勢を変え、その勢いのまま――太刀花の面へ竹刀を振り下ろした。
パァーン!
乾いた音が道場に響く。
静寂。
誰もが、目の前で起きたことを理解できずにいた。
審判すら呆然としたまま、声を出すのが遅れる。
「い……一本……?」
ざわめきが広がる。
太刀花から……八郎が一本を取った。
(嘘だろ……太刀花さんが一本取られた?こんな姿、今まで見たことねぇ……)
信じられない光景に、部下たちがざわつく。
そんな中、太刀花が八郎を睨む。
「てめぇ、その技……ボニーの兎の舞だろ」
「………」
「能力を使ったら、その時点で反則負けと言ったはずだ。どういうつもりだ?」
八郎はふらふらと身体を揺らしながら、何とか口を開く。
「これは……僕の能力ではなく……ボニーの技です……」
そう言い残し全ての力を出し尽くした八郎が、その場に倒れる。
おそらく今の言葉は、八郎自身もほとんど無意識のまま口にしたものだった。
「ボニーの技か……」
太刀花が俯く。
「フフ……フハハハッ!」
突然、大声を上げて笑い始める。
「あの太刀花さんが笑ってる……?」
部下たちが再びざわめく。
「稽古は終わりだ」
太刀花が倒れた八郎を見る。
「約束通り、お前を認めてやるよ」
「待ってください!」
そこへ高杉が割って入る。
「いくら一本取ったからって、こんなの反則負けだ!認められない!」
「高杉、まだわかんねぇのか?」
太刀花が高杉を見る。
「俺は『自身』の能力は使うなと言った。それをこいつは、ボニーの技だと返した」
そして、小さく笑う。
「わかるか?」
「は、はぁ……」
「俺はこいつに、二つの意味で一本取られちまったんだよ」
高杉の肩から力が抜ける。
数時間後。
八郎が目を覚ます頃には、外はすっかり暗くなっていた。
道場には、太刀花以外の姿はない。
「……」
ゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡す。
そしてようやく、自分が太刀花から一本取ったことを思い出す。
そんな八郎のもとへ、太刀花が二本の刀を持ってくる。
そのうちの一本を手に取り、八郎へ見せる。
「これは、俺が先生との修行を終えた時にもらったものだ」
太刀花が刀へ視線を落とす。
「今でも肌身離さず大切にしている。まぁ、今まで一度も使ったことはねぇがな」
そして、もう一本の刀を手に取り、八郎の前へ差し出す。
「そしてこれは、お前が俺から一本取れたら渡そうと思っていたものだ。まぁ、師匠の受け売りといったところか」
「僕に……?」
「ああ」
太刀花が刀を差し出したまま続ける。
「ここにいる間、竹刀を手放すなと言っただろう。それが守られていたなら、この刀は力を発揮するはずだ」
八郎が刀を受け取る。
「抜いてみろ」
「はい」
言われた通り、八郎がゆっくりと鞘から刀を抜く。
「!……これは?」
八郎が目を見開く。
「ここで、お前の精神は大幅に鍛えられたはずだ」
太刀花が刀を見る。
「だからこそ使える代物。言うなれば――『決して朽ちぬ剣』だな」
そして八郎へ視線を移す。
「やはり、お前は先生の息子だよ」
太刀花が小さく笑う。
「一本筋が通っていて、決して折れることを知らねぇ」
八郎が手にした刀を見つめる。
「お前の心が折れない限り、この刃も朽ちることはないだろうよ」
こうして――太刀花との修行は幕を閉じる。
翌朝。
八郎が向かう先は、仲間たちの待つ蛇ノ目家。迷いのない足取りで屋敷を後にする八郎。
太刀花はその背中を、黙って見送るのだった。
このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。
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pixiv:【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29295509】




