八郎の修行 一
「じゃあ、今度会う時まで体には気をつけるんだぞ。無理するなよ」
「うん、クボケンもね」
健司の背中を眺めながら、八郎は少しだけ名残惜しさを感じていた。
この一年、ずっと一緒にいた仲間たち。
その仲間が今、自分のために強くなろうとしてくれている。
それが嬉しかった。
八郎が最初に訪れたのは大阪――クリーピーサーカス団。
団長のダンテが八郎を迎え入れる。
「連絡くれて嬉しかったよ!さぁ入って入って!」
八郎はダンテに案内され、テントの中へ入る。
「話は事前に聞いていた通りだね。いよいよかぁ」
ダンテが嬉しそうに笑う。
「先生の息子を指導できる日が来るとは思わなかったよ。贄になる前にこんなサプライズがあるなんて。ボニーからもビシバシ鍛えてくれって言われているからね」
そして八郎を見る。
「僕の全てを君に教えるよ」
ここへ来る前――八郎は、修行先についてボニーに相談していた。
「丑との戦いは十中八九、個人でのタイマンだね。童子はアンタを自らの手で葬る気だわさ」
ボニーが続ける。
「そうなると、まず自身を守るためのお供が必要。つまり陰獣召喚で二対一の構図を作る必要がある」
少し考え、付け加える。
「まぁ、相手も同じように陰獣を使ってくる可能性もあるから、どちらにしろ鍛えておくに越したことはないね」
そして八郎へ目線を向ける。
「まずはダンテのところに向かいな。ダンテは陰獣召喚のスペシャリスト。これに関して、あいつの右に出るものはいないわさ」
ボニーがニヤリと笑う。
「私からもダンテに連絡しとくから、たっぷりしごいてもらいなさいな!」
――そうして八郎は、ダンテのもとを訪れたのだった。
ダンテは八郎を、テントの中央にあるステージへと案内する。
「早速だけど、とやかく話すより見た方が早い」
そう言って、ダンテが腰に巻いていた鞭を解き、勢いよく振るう。
「陰獣召喚!いでよ、ケルベロス!」
鞭が地面を叩いた瞬間、その場所が光り輝く。
そして――遠吠えとともに、三つの頭を持つ巨大な陰獣が姿を現す。
「これが陰獣召喚さ。ケルベロスは僕のお気に入りでね。かっこいいでしょ!」
八郎が目の前のケルベロスを見上げる。
「君は陰武召喚ができるみたいだね。原理は同じだよ。召喚に使う陰が多いほど、強い陰獣が現れる」
ダンテが鞭を軽く持ち上げる。
「でも、一つ違うのはその後さ。召喚できたとしても、言うことを聞かないんじゃ意味がない」
そして、手にした鞭を八郎に見せる。
「僕の場合は、この鞭に陰を込めて叩くことで陰獣を操ることができる。僕だけの能力さ」
改めて陰獣召喚の仕組みを聞き、八郎は一つの問題に気づく。
自分には、陰獣を従わせるための術がない。
「困っているね?」
八郎の表情を見て、ダンテが笑う。
「そう。君には陰獣を従えさせる術がない。では、どうするか」
ダンテがケルベロスへ振り返る。
「ありがとう、ケルベロス!戻っていいよ」
光と共にケルベロスが姿を消す。
「次に召喚するのは、ケルベロスとは別物だと思っておいた方がいい」
ダンテの表情が少しだけ引き締まる。
「危険だから、少し離れていてね」
八郎が距離を取る。
再びダンテが鞭を振り上げ、地面へ叩きつける。
「陰獣召喚!いでよ、ベアトリー!」
地面が光り輝く。
だが――その光の範囲は、先ほどのケルベロスとは比べものにならない。
「……!」
広大な光の中から、ゆっくりと巨大な白虎が姿を現す。
神々しい光を纏うその姿を前に、八郎は言葉を失う。
「こ、これが陰獣?いや、これは……」
「ふふ、驚いただろう?」
ダンテが嬉しそうに笑う。
「僕のガールフレンドであり相棒、白虎のベアトリーさ」
圧倒的な陰を放つ白虎を見上げる。
「見てわかる通り、彼女の陰は陰獣の枠を遥かに超えている。言わば『神』に近い存在」
そしてダンテは、何の警戒もなくベアトリーへ歩み寄っていく。
「でも恐れることはない。とても可愛い子なんだ」
手にしていた鞭すら使わず、ダンテがベアトリーの前へ立つ。
「おいで、ベアトリー」
その声に応えるように、ベアトリーがダンテへ顎を差し出す。
ダンテが顎の下を優しく撫でると、ベアトリーがゴロゴロと甘えた声を出す。
「……」
その様子を、八郎はじっと見つめる。
「腑に落ちないと言った様子だね、八郎くん」
「だって……明らかに白虎の方が陰の量は上です」
八郎がダンテの手元を見る。
「なのにダンテさんは白虎を手懐けている。しかも、鞭も使わずに」
「簡単な話さ。僕らは親友だからだよ」
ダンテがベアトリーを撫でながら答える。
「ベアトリーは、僕が初めて召喚した陰獣でね。幼かった僕と同じように、ベアトリーもまだ子供だった」
懐かしそうに笑う。
「と言っても、熊ほどの大きさはあったけどね」
ダンテがベアトリーを見つめる。
「一緒に生活して、助け合いながら共に成長してきたんだ。僕とベアトリーとの間には絆がある」
「つまり……陰獣との絆を深めれば、道具は必要ないと」
「その通り」
ダンテが頷く。
「これから君には、陰獣と契約して仲を深めてもらうのさ」
一呼吸置きダンテが続ける。
「君におすすめの陰獣を探しておいた。その名も『蛇王』。きっと君も気に入るはずだよ」
こうして、ダンテとの陰獣召喚の修行が始まる。
それから十日後。
「よし。とりあえず契約も済んだし、陰獣召喚はものにできてるね」
ダンテが満足そうに頷く。
「しかし、蛇王があんなにクセのある奴だとは思わなかったよ」
「……はい」
八郎の反応に、ダンテが笑う。
「慣れるまでは大変だろうけど、悪い奴じゃなさそうだしね。きっと君の良き相棒になってくれるさ」
八郎が改めてダンテへ頭を下げる。
「ご指導ありがとうございました」
そして――少し迷ったあと、八郎が口を開く。
「……ダンテさん。本当に贄になるおつもりですか?」
ダンテが八郎を見る。
「これで最後になるかもしれないと思うと……正直、つらいです」
「そう言ってくれるだけで、僕は幸せだよ」
ダンテが穏やかに微笑む。
「ここにいた証を残すことができた。それで十分さ」
そして、八郎へまっすぐ視線を向ける。
「これからも寅は巳と深く関わっていくだろう。エース……いや、アダムのことをよろしく頼むよ」
八郎は黙って頷く。
「ところで、残りの時間はどうするつもりなんだい?」
「辰の太刀花さんのところで修行するつもりです」
「ボニーの勧めだね」
ダンテが納得したように頷く。
「龍ちゃんなら、君をさらに強くしてくれるだろう」
だが、すぐに真剣な表情になる。
「ただ、彼は頑固だからね。いいかい?大変な修行になるだろうけど、決して彼の前で弱音を吐いてはならないよ」
八郎が真剣に耳を傾ける。
「龍ちゃんは、そういうのが大っ嫌いだからね。意地でも彼に喰らいついていけば、きっと彼も君を認めてくれる」
ダンテが八郎の肩に手を置く。
「君は間違いなく先生の息子だ。だからきっと大丈夫。僕が保証するよ」
ダンテの言葉を胸に、八郎はその場を後にする。
こうしてダンテとの十日間の修行を終えた八郎は、次なる修行の場へと向かうのだった。
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