菜々子の修行
蛇ノ目家を出て、菜々子が向かった先は宮城県――酉の城。
突然現れた菜々子に、姉妹たちが驚く。
「姉さん?どうしたの急に!?」
「フローラからここに来るとは珍しいな。まさか八郎と喧嘩でもしたか?」
「いやいや、あんなことがあってすぐに喧嘩するわけないじゃない。実はね……」
フローラは、丑との干支合戦が迫っていること、そしてそのために修行をしたいことを説明する。
「なるほど。それはちょうどいいタイミングだな」
「ちょうどいいって?」
「いやな、実を言うとフローラには教えておかなければならないことがあってね。この前ここに来た時から、心残りだったんだ」
「と言いますと?」
ボルティナが改めて口を開く。
「酉の一族はな、魔法をより自在に扱うために使い魔を従えているのが基本なんだ。酉のみ許された専売特許だな」
「使い魔?なにそれ?」
「だがフローラは、使い魔との契約の儀式の前にここを出ていった。だから姉妹の中で唯一、使い魔がいないわけだ」
「はぁ……?」
思いもよらない事実に、フローラが固まる。
「使い魔なんて初めて聞いたわよ!で、でも、叔母さまの使い魔なんて見たことないし!」
「叔母さまたちは巳の血が濃いから使い魔はいないんだよ。お母様には使い魔がいなかったが、お父様はちゃんと使い魔がいた」
ボルティナが続ける。
「私たちもフローラになかなか会えなかったから、実際に使い魔を出すところなんて見たことないだろうな。ほら、これが使い魔だ」
ボルティナがひょいっと雷の使い魔を呼び出す。
「なにそれ!初めて見た!!!え?みんなもいるの?」
「はい」
「いるよー」
ロックに続き、フレアとアクアもそれぞれの使い魔を呼び出す。
「!!?なんで教えてくれなかったのよー!!」
「いやだから、教えるタイミングがなかったんだよ。すまん」
こうして、早速使い魔との契約の儀式を行うことになる。
儀式について説明するのはロック。
「儀式といっても、畏まったものではありません。簡単に言えば、自身の核を分けて実体化することですね」
フローラがロックの説明を聞く。
「そうすることにより、一人で共有できる二つ分の核を持つことになります。核の器も広げやすいですし、もし自身の核を失っても、使い魔の核が消滅しない限り自身が死ぬことはありません。ね?すごいでしょう?」
「わ、私の今までの苦労はなんだったのよ……」
がっくりと肩を落とすフローラ。
「問題は、年齢を重ねるほど核を分けるのが困難になるということですね。だから酉の者は、核が柔軟な若いうちに儀式を済ませてしまうんです」
そこでロックが、フローラを見る。
「フローラ姉さんって……いまおいくつでしたっけ?」
「あんた、言うようになったじゃないの」
こうしてロックの指導のもと、フローラは使い魔との契約の儀式に挑戦する。
「良いですか?自分の分身を作るイメージで、手のひらに陰を集中させてください。力んではだめですよ」
ロックの説明通り、フローラが手のひらに意識を集中させる。
「うぬぬぬ……」
しかし、何も起きない。
「力を入れるんじゃなくて、体の中の陰の流れを手のひらを通して放出するんです。手のひらで優しく包み込むような感じです!」
「ほわぁー……こんな感じ?」
「全然ダメですね」
そうして三日が過ぎる。
フローラとロックは、三日三晩ほぼ徹夜で儀式を続けていた。
それでも、使い魔が現れる気配はない。
「ちょっと休んだ方が良いよー!」
「じゃないと死んじゃうよー!」
フレアとアクアが心配するが、フローラは諦めない。
(こんなところで諦めてたら、八郎に顔向けできないわ……)
しかし、そんな思いとは裏腹についに身体が限界を迎える。
「うっ……」
力が抜け、その場に崩れ落ちそうになるフローラをロックが支える。
その瞬間フローラの手のひらに、何かの感触があった。
「……?」
ぼやける視界の中。手のひらには、小さな植物のような姿をした使い魔が包まれている。
(や、やった……)
そう思った直後フローラの視界が暗くなる。
次に目を覚ました時。
目の前には、心配そうに覗き込むロックの姿があった。
「姉さん、大丈夫ですか?やりましたね!儀式は成功です!」
どうやら丸一日眠っていたらしい。
そのおかげか、身体の疲れもかなり抜けている。
グルルルル……。
「……ごめん。その前に何か食べさせて……」
腹ごしらえを終え、ロックの話を聞くフローラ。
「一度儀式が終われば使い魔との契約がなされ、いつでも使い魔を呼び出せるはずですよ。儀式の時のようなイメージで、手のひらから陰を放出してみてください」
言われた通り、フローラが手のひらから陰を放出する。
すると――そこには、あの時見た可愛らしい使い魔の姿があった。
「これが……私の使い魔?」
「そうです!可愛らしいですね!」
しかし使い魔はフローラの顔を見るや否や、ぷいっとそっぽを向いてしまう。
「どうやら待ちくたびれていたようで、怒っているみたいですね」
「えぇ……?」
「使い魔の性格は契約者と似ますから。姉さんに似て、感情が表に出やすい性格みたいです」
ロックが続ける。
「これで第一段階は終わりです。第二段階は、双方の陰の器を広げながら絆を深めていくものになります」
二つ目の修行を担当するのは、フレアとアクア。
フローラは二人に着替えさせられ、なんともダサいタイツ姿になる。
「フローラ……よく似合っている……ブハッ」
「吹き出してるじゃないの!」
笑いを堪えるボルティナを睨みつけるフローラ。
「ではでは、ここからは二人の仲をより深めていくために」
「ダンスを行います!」
「ダンス?なんでダンスなのよ」
正直、この年齢でダンスは避けたい。
「ダンスは持久力、集中力を使うからね!核を広げながら使い魔との仲を深めるにはぴったりでしょー!」
「戦闘で使い魔との連携は必須なの!つべこべ言わずにやるー!」
そう言って、二人がラジカセから音楽を流す。
聞こえてきたのはエアロビクスの音。
「これエアロビじゃないの!こんな格好させられたから覚悟はしていたけど、こんなんで本当に大丈夫なの?!」
「大丈夫大丈夫!じゃ、私たちの真似をして」
フレアとアクアが元気よく身体を動かし始める。
「ワントゥー!ワントゥー!」
恥じらいながらも、フレアとアクアの真似をして身体を動かすフローラ。
その隣でフローラの使い魔も一緒になって踊っている。
(こんな姿、巳の連中には見せらんないわね……)
「フローラ……なかなか良い動き……ブハハッ」
「だから笑うなっての!」
ボルティナを睨みながらも、フローラは身体を動かし続ける。
「でも案外楽じゃないかしら。私の使い魔も楽しそうにやってるし、儀式よりも出来そうな気がする」
しかし――このエアロビの修行は、五日間昼夜ぶっ通しで行われた。
「まだまだー!!」
「ここからがクライマックスだよー!!」
疲れるどころか、ますます熱がこもるフレアとアクア。
「や、やばい……あの子たちは若いからできるのよ……もう吐きそうなんだけど……」
今にも倒れそうなフローラ。そんな様子を察したのか、使い魔がフローラへ近づき、ぎゅっと抱きしめる。そして何事もなかったように、再びエアロビを続ける。
「あれ?使い魔に抱き締められてから、なんだか元気が出てきた……」
「じゃ、ラストスパート行くよー!」
最後のダンスを終え、見事五日間踊り切ったフローラと使い魔。
「やったね!これで第二段階は終わりだよー!第三段階の先生はボルティナだからねー」
そこでフローラが先ほど感じた違和感について尋ねる。
「私の使い魔が抱きついてきたの。そしたら、なんだか体力が戻ったというか……」
「それはねー!使い魔に気に入られてる証拠だよー!ただ単に抱きついてきたんじゃないんだよー」
アクアも笑顔で続ける。
「フローラを心配して、使い魔が体力を分けてくれたんだよー。使い魔と契約者は一心同体だからねー!なかなか良いコンビだね!思ったより早く第二段階が終わったよ!」
二人の説明を聞き、フローラが自分の使い魔へ顔を近づける。
「あなたが助けてくれたの?ありがとね!」
フローラが微笑むと、使い魔は照れくさそうにまたそっぽを向く。
そして――いよいよ三つ目の修行。
担当するのはボルティナ。
ボルティナがどんな修行をするのかは、他の姉妹たちも知らないようだ。
ボルティナに連れられ、フローラは暗い森の中にある開けた場所へと向かう。
「よく短時間でここまで成長したな」
ボルティナがフローラと使い魔を見る。
「ここからは、私以外使うことができない秘伝技を教える」
フローラの表情が引き締まる。
「丑との干支合戦までに、私が伝授する技を使いこなせるようになってもらうからな」
こうして、残された十日余りの時間をボルティナとの修行に当て、フローラは丑との干支合戦に備えるのだった。
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