大吾の修行
蛇ノ目家を出る大吾と睦子。並んで歩く二人。
「睦子はどこで修行するつもりなんだ?」
「んー、やっぱり実家でしっかり基礎から学び直そうと思ってる。みんなのおかげで家に帰ることも怖くなくなったし、お爺様なら強くなる秘訣とか知ってると思うしね。大吾はどうするの?」
少し悩んだ後、大吾が答える。
「俺は、やっぱりルーシーさんとこかなぁ。俺自身も冥響召喚についてイマイチわからねぇことだらけだしな。睦子、今度俺に会った時はメチャクチャ強くなってるだろうからビビるんじゃねぇぞ!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるわ!じゃ、時間も無いし私いくね!」
睦子の背中を見送る大吾。
睦子の言う通り、修行の時間は限られている。
一秒でも早く強くならなくては――そう自分に喝を入れ、大吾は子の本拠地、岡山県へと向かう。
「なんだい、急に現れたと思ったら弟子にしろだって?」
ビッグマウスの元へと赴いた大吾が、早速ルーシーに修行を頼む。
「俺、もっと強くなりたいんです!冥響召喚について教わるなら、ルーシーさんたちしかいないと思って。どうか弟子にしてください!」
深々と頭を下げる大吾に、ルーシーが答える。
「ダメだね。弟子にはできないよ」
ルーシーの返答に、大吾が食らいつく。
「無理言ってるのはわかってます。でも八郎のために強くなりたいんです。お願いします!」
大吾が再び深く頭を下げる。
「頭を上げな、ガイコツボーイ」
ルーシーが少し考える。
「うーん……弟子っていうのは、ちょっと違う気がするんだよね。まずは冥響召喚で召喚できる死神について教えなきゃならないね」
ホワイトボードを用意し、説明を始める。
「いいかい?冥響召喚の死神にはランクがあるのさ。あたしらはそのランクをチェスの駒に例えている」
駒の名前がホワイトボードに並ぶ。
「陰の量によって召喚できる死神のランクが変わり、少なければポーン、多ければクイーンやキングが召喚できる。まぁ、未だかつてキングを召喚した事例はないんだけどね」
大吾が真剣に説明を聞く。
「あたしらはビショップ程度の強さだね。死神に十字のマークがあるだろ?同じく、あんたの炎の死神にも同じ印がある」
ルーシーが大吾を見る。
「つまりだ。あたしらとあんたは同じランクにいるってことさ。そりゃ戦闘スキルや経験の差はあるだろうが、同じランクのあたしが師匠で、あんたが弟子ってのはなんか腑に落ちないんだよ」
「え?じゃあ俺はこれ以上強くなれないってこと?」
「ちゃんと話を聞けっての!」
ルーシーの垂直チョップが大吾の頭に直撃する。
「うげぇ!」
頭を押さえる大吾をよそに、ルーシーが話を続ける。
「あたしらは冥響召喚を覚えて十数年経つけど、音楽活動に力を入れてきたし、しっかり修行なんてしてこなかった」
そして思い出すように続ける。
「ちなみにリンダさんの薔薇の死神の額には、ルークのマークがあった。おそらくだが、リンダさんの師である法師はクイーンほどの実力はあるんじゃないかと思う。つまり、修行して陰を増やせば、今以上のランクの死神を召喚できる見込みがあるってことさ」
しかし、大吾は俯いてしまう。
「俺にはそんな猶予ないんす……。二十日後の丑との干支合戦に間に合うように強くならなくちゃいけなくて……」
そしてルーシーに泣きつく。
「ルーシーさぁーん!どうしましょう!!」
「気安く触ってんじゃねぇ!」
すかさず殴られる大吾。
「うげぇ!」
「なるほど、遂に丑との干支合戦かい」
ルーシーが腕を組む。
「本当は丑の法師に弟子入りするのが効率的なんだけど、そりゃ無理な話だろうね」
少し考えたあと、ルーシーが口を開く。
「わかった。こうなりゃあたしらが全力でアンタを強くしてやるよ。猫の時の借りもあるしね。いいだろ、シカオ?」
「はいはーい」
(どうせダメって言ってもやるんでしょーが。)
そんな顔でシカオが返事をする。
「じゃ決まりだね!修行の前に少し時間をくれ!あたしが最高の特訓メニューを考えてやる!」
ルーシーの活き活きとした声に、ビッグマウスのメンバーたちが集まってくる。
「なんだなんだ?珍しく張り切って、ルーシーどうしたんだ?」
「あ、大吾くんがいるよー」
タイドも無言のまま、そーっとルーシーへ近寄る。
しばらくして――ルーシーが口を開く。
「我ながら完璧な特訓メニューだね。じゃあ説明するよ!」
大吾がルーシーを見る。
「まず五広力で核の器を広げる。これに関してはタイドに任せようか。タイド、良いかい?」
タイドが静かに頷く。
「タイドを選んだのには訳がある」
ルーシーが説明を続ける。
「ヴィランの核は陰で満ちているのは知ってるだろう?陰は能力を使っていない時でも、常に血液を流れ身体中を駆け巡っている」
大吾が黙って聞く。
「だが、タイドの能力でその巡りを一時的に制限する」
ルーシーがタイドへ視線を向ける。
「タイドの海の死神に触れると、深海と同じ圧があんたにかかる。血液は水圧が高まると心臓に集中し、同じように陰も核に集まる。いわゆるブラッドシフトってやつさ」
大吾の表情が少しずつ険しくなる。
「陰で膨れ上がった核は、強制的に器を広げざるを得ない。呼吸は出来るだろうが、深海と同じ圧がかかるからね。覚悟しとくんだよ」
ルーシーの説明についていけない大吾。
しかし、なんとなく並の修行ではないことだけはわかる。
「基本はタイドの修行だね。核の器が大きくなったら、シカオたち相手に実戦。陰が減ったら休んで、またタイドの修行。これを繰り返す」
そしてビッグマウスの面々を見渡す。
「あたしたちも暇じゃないから、ローテーションを組んでアンタを鍛えていく。じゃあ早速始めるよ!」
タイドの前に立つ大吾。
ベースの音と共に、タイドの海の死神が召喚される。
「じゃあ、死神に触れてみて」
「タイドさん、話せるんすね」
大吾が海の死神へ手を伸ばす。
触れた、その瞬間――全身に激痛が走る。
「うぐっ……!」
思わず手を離し、その場へ倒れ込む。
「まだ50mくらいしか潜ってないんだけど……大丈夫かい?」
「ま、そうなるわな」
ルーシーが大吾を見下ろす。
「悪いが、徐々に水圧を上げてくれるかい?」
タイドが再び静かに頷く。
こうして何度も海の死神に触れては倒れる。
それを繰り返し――三日が経つ。
「うん、深海50mに慣れてきたね。ちょっと休憩しようか」
三日三晩、タイドの修行を繰り返し、満身創痍の大吾。
(マジかよ……タイドさんだってずっと死神を出しているのに、全然ピンピンしてやがる。こんなところで休んだら、みんなに顔向け出来ねぇ!)
「いや、まだ続けさせてください……」
そんな大吾に、タイドが言葉をかける。
「君の気持ちも分かるけど、このまま死んじゃったら意味ないし。体もだけど、心の休憩も必要なんだ」
タイドが穏やかな口調で続ける。
「もっと気を抜いて、海のように広く心を持つんだ。焦りは禁物。僕はいつでも君に付き合うからさ」
その優しい言葉を聞いた途端、大吾の張り詰めていた緊張が切れる。
そのまま倒れるように眠ってしまった。
「あらあら、こんなところで寝たら風邪ひくよー」
ゆにとタイドが大吾をソファーへ寝かせる。
しばし休息する子の一同。
「仕方のない子だね、まったく」
眠る大吾を見ながら、ルーシーが呟く。
「ここに来た時のルーシーにそっくりだな」
シカオが懐かしそうに笑う。
「余裕がなくてガムシャラで、無理しすぎてよくリンダさんに叱られてたな」
「こいつが起きてる時に言うんじゃないよ。かっこ悪いだろ」
ルーシーが少し照れくさそうに返す。
「じゃあ、あたしの出番だね」
大吾のそばで、ルーシーが優しい歌声を響かせる。
その歌声によって召喚された花の死神。そこから漂う甘い蜜の香りが、疲れ果てた大吾の身体をゆっくりと癒していく。
数時間後、大吾が目を覚ます。
身体を起こし、自分の状態を確かめる。
「ちょっとしか寝てねぇのに、嘘みたいに体が軽い……?」
「起きたね!」
ルーシーがすぐさま声をかける。
「じゃあ特訓を再開するよ!」
こうして、大吾の修行は、丑との干支合戦の前日まで続いていった。
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