志英館の章 一 新宿
一月――八郎たちの街に、とある男がやってくる。
「やっとつきやしたね」
改札を出て、軽い足取りで目的地へ向かう男。
その姿は、どこか大正時代を思わせる風貌をしている。
街の人々が物珍しそうな視線を向けるも、男はまるで気にする様子もない。
「よっ!学生!アホになるまで勉強しなよ!」
すれ違った学生へ声をかけ、今度は近くにいた老婆へ――
「ばぁさん!死ぬまで生きろよ!」
真冬にもかかわらず、気さくに声をかけて回る彼の雰囲気に、街は少しだけ暖かくなっていた。
やがて、目的地である蛇ノ目宅へ到着した男がインターホンを鳴らす。
「はいはーい」
玄関から出てきたのはクボケン。
男の顔を見るなり、驚いた表情を見せる。
「あ、アンタは!!?」
「…………」
少し考え――
「……どなたでしたっけ?」
その日もいつものように、大吾が蛇ノ目家へ遊びに来ていた。
男を客間へ通し、八郎たちが話を聞く。
「いやぁ、急にお邪魔してすいやせん。あっしは真英組六番隊組長、井上寝三郎と申しやす。今日は、先日あったウェブの件についてお伺いしに来やした」
「真英組…組長!?」
突然飛び出した大物の名に一同が驚く。
「どうりで見覚えあったわけだ。にしても話が伝わるのが早いな」
妙に感心するクボケン。
「ええ、先生から連絡があったものでして。あ、先生というのはドグ博士のことで。あっしはもともと先生の生徒の一人なんす。昔から先生は要領が良い人でしたから、まさか弟子のあっしがこんな頓珍漢なやつだとは思いやせんでしたでしょ?」
自虐気味に笑う寝三郎。
しかし、八郎たちはまだ身構えている。
「失礼、話を戻しやしょう。例の事件の現場に巳の方も数名居合わせたとお聞きしやした。どなたかお伺いしても?」
恐る恐る睦子と大吾が前へ出る。
「そんな怯えなくても。とって食おうってわけじゃありやせんよ。ただ、ちとめんどくさい事になりまして。率直に要件をお話し致しやす。皆さんに志英館へお越しいただきたい」
「志英館って言ったらヒーローの本部でしょ?ヴィランである僕たちがそう簡単に行っても良い場所とは思えない。それに大吾と睦子はあくまで偶然現場に居合わせただけだ。彼らは何も悪いことはしていない」
八郎が二人を庇うように答える。
「それは重々承知してやす。あんさんたちを疑っているわけではないんす。ただ……」
「ただ?」
クボケンが聞き返す。
寝三郎が少し声量を落とす。
「正直に申しやすと、先生のところで起きたことの聞き込みは、便宜上です。八郎さん、あんさんの活躍は志英館で話題でして、あんさんを一目見たいというのが局長含め他組長共の本音でしょう。確か、八番隊組長の原田力之助にはもうお会いしたことがありやしたよね?」
八郎が頷く。
そして――何かを察したように呆れた顔へ変わる。
「お察しのように、力之助が『巳は面白い奴らばかりだ!奴等をまとめてるバジリスクは凄いやつだ!』とか、有る事無い事言いふらしてまして。そりゃもう皆あんさんに興味津々。そこで今回のことを口実に、あっしが巳の皆さんをお呼びに上がった次第です。ね?めんどくさい人たちでしょ?」
「はぁー……」
一同の緊張が一気に解ける。
菜々子が呆れながら口を開く。
「ヒーローにはヒーローの建前ってのがあるのね。でもなんで私たちがわざわざ東京まで行かなくちゃならないのよ。聞き込みならここで終わるし、八郎に会いたいのならそっちから来るべきでしょー」
「もちろん交通費等はこちらが持ちやす。それに、あんさんたちにも悪い話じゃありやせんよ」
寝三郎が大吾を見る。
「大吾さん。あんさんには、ご病気の妹さんがおりますでしょ」
「な、なんでそれを!?」
大吾の表情が変わる。
「ここに来る前に少々あんさんたちについて調べさせて頂きやした。志英館には医療課がありやして、その婦長の沖竹なら妹さんの病気を治せるやもしれません」
「カレナの病気を……?」
「それに、沖竹は八郎さんのお父様と長い付き合い。お母様のことも知っておられるでしょう」
今度は八郎の表情も変わる。
寝三郎が二人を見渡し、穏やかに笑う。
「ここはどうか、お互い持ちつ持たれつということで」
そんなわけで二日後――
東京・新宿にあるヒーローたちの本部、志英館へと赴いた巳一同と、大吾の妹カレナ。
志英館の前で、寝三郎が一同を待っていた。
「わざわざ遠いとこまでありがとうございやす。ささ、こちらへ」
寝三郎に案内され、一同が志英館の中へと入っていく。
外観は、まさに日本の城と呼ぶにふさわしい造り。
しかし一歩中へ入れば、そこには近未来を彷彿とさせる景色が広がっていた。
「堅苦しい場所だと思ってたが、まるで違うな。明るいし、何より広い」
初めて訪れたヒーローの本部に、一同が目を奪われる。
そんな彼らへ、一人の美しい女性が声をかける。
「八郎くん?やっぱり八郎くんね!こんなに大きくなっちゃって!」
「え?」
女性は八郎を見るや否や、嬉しそうに抱きしめる。
「ちょっ、なんですか!?」
「あら、ごめんなさい。前に会ったのは、あなたが三歳くらいでしたものね。覚えてないのも無理はない」
女性が優しく微笑む。
「私は一番隊組長、沖竹総妃と申します。この日が来るのを待ち侘びていました。またお会いできて本当に嬉しい」
そう言うと、沖竹は再び八郎を熱く抱きしめる。
その様子を、大吾が羨ましそうな瞳で見つめている。
一方の八郎は、沖竹から逃げるように一同の背後へ。
「話は聞いていますよ。えっと……あなたがカレナさんですね。今日の気分はどうかしら」
沖竹がカレナと目線を合わせるように優しく声をかける。
寝三郎の計らいでカレナの病気については既に伝わっているようだ。
「えっと……いつもよりは良さそうです……」
沖竹の問いにカレナが恥ずかしそうに答える。
大吾がすぐさま前へ出る。
「そ、そうなんです!僕の妹の病気を診て欲しくて!治るんでしょうか!?」
「あらあら、よく診てみないとまだわからないけど。あなたがカレナさんのお兄さんね。妹想いの良いお兄さんって感じね」
「へへ……そうっすか?」
沖竹に褒められデレデレする大吾。
「な、なんかムカつく……」
睦子がそんな大吾を横目で見る。
そんな睦子へ寝三郎がこっそり耳打ちする。
「あの、実は沖竹さん、ああ見えて男性なんす」
「…………」
幸せそうな大吾に、一同はこの事実を言わないでおくことにした。
「さて、今は十時前ですね。十三時からの定例会までまだ時間がありますし、早速カレナさんの容態を診てみましょうか」
沖竹が一同を見る。
「多人数で動いてもあれでしょうし、カレナさんの付き添いで大吾くんと八郎くんは私と医療課へ。他の皆さんは志英館の見学でもなさっててください。井上さん、皆様のご案内お願いいたします」
「了解しやした」
こうして、八郎と大吾はカレナに付き添い、沖竹と共に医療課へ。
クボケンたちは、寝三郎の案内で志英館を見学することとなった。
「にしても広いな。吹き抜けで上の階が見えるが…何階まであるんだ?」
「五階までありやすね。一階には先ほどの沖竹率いる医療課がありやす。傷ついたヒーローや、たまに一般の方もみえますね。すぐに患者を受け入れられるように、一階のすべてのエリアを医療チームが管理してやして、病室も五百床ほどありやす。それじゃあ二階から順に回っていきやしょうか」
エスカレーターで二階へ上がる一同。
そこには教室やトレーニングスペースなど、学校を思わせる設備が並んでいる。
「二階はヒーローのアカデミーとなっておりやす。四番隊組長、松笠休地校長のもと、プロのヒーローを目指す学生たちが日々鍛錬を積んでおりやす。自身の陽の才能に気が付かず、市民としての生活に息苦しさを感じる方々のシェルターにもなっていやすね。松笠さんは尼さんでして、あの方の説法は一度聞いてみる価値ありっすよ」
続いて三階へ。
「ここはあっし管轄の刑事課、三番隊組長斎藤一寸管轄の諜報課。で、あっちの服が並んでるところが七番隊組長、藤堂鶴姫のデザインルームでやんす」
「すごーい!可愛い衣装がいっぱい!」
睦子が目を輝かせる。
「そこでヒーローのコスチュームをデザインして作ってるんす。やっぱヒーローも見た目が大事っすからね。それに鶴姫ちゃんの作った衣服には陽が込められてやして、簡単には破けないようになってやす」
寝三郎が真面目な顔で続ける。
「よくアニメや漫画でヒーローが攻撃を喰らっても、大事なところは隠れてやすでしょ?ちゃんとした根拠があるんすよ」
「…………」
妙に納得するクボケンたち。
「じゃあ四階へ――と言いたいところですが、四階は定例会などで使う大広間。どうせあとで行くんで省きやすね。五階は局長室でして、許可なしでは入れやせん。てなわけで、ざっと志英館はこんな感じっすね」
「へぇー、なんだかヒーローの裏の姿が見れたみたいで面白かった。ところで、ちょっとお腹が空いてきちゃったんだけど……」
菜々子がお腹に手を当てる。
「心配しないでください。食堂は一階でやんす。ちょうど昼時ですし、ご飯にいたしやしょうか」
一方――
診察室へと案内された八郎、大吾、カレナ。
沖竹が口を開く。
「では診察を始めましょうか。紹介状はカレナさんの病院から既に頂いてます。念のためカレナさんと大吾くんからも病気について聴いても良いかしら」
沖竹に、発症時期からこれまでの症状を事細かく伝える二人。
話を聞きながら、一つ一つ確認していく。
「なるほど。生まれつき症状は続いていて、歳を重ねるごとに悪化の傾向。一般の病院の検査では原因はわからず。症状が良くない時は大吾くんの能力で対応。大吾くんの能力は、陰を込めたギターの能力でしたね」
「そうです。奏でる曲によって効果は変わるんですが、カレナには回復効果のある曲を聞かせてました」
「…………」
少し考えてから、沖竹が口を開く。
「問診で考えられるのは、やっぱりアレかしら」
「心当たりがあるんですか?」
「ええ。でもまだ検査したわけではないから、確実に診断するには少し場所を変えなければならないわね」
そしてカレナたちは、丸く巨大な鏡が置かれた部屋へと案内される。
「これは三種の神器の一つ――八咫鏡。鏡の前に立った者が、陰・陽・中のどれに属するかを見ることができます」
沖竹が大吾へ手を差し出す。
「試しに大吾くん、こちらへ」
大吾の手を引き鏡の前へ立たせる。
「鏡に映る大吾くんに被さるように、円が見えるはずです。その円の色は何色ですか?」
「えっと……黒い円が浮かんでます」
「私の前には何色の円が見えますか?」
大吾が沖竹を見る。
「白色です」
沖竹が頷き、大吾と共にカレナのもとへ戻る。
「つまり、陽を持つ者には白い円が、陰を持つ者には黒い円が浮かぶのです。中の者には、陰陽半々の円が見えます」
沖竹がカレナへ優しく声をかける。
「では、カレナさん。こちらへ」
沖竹に車椅子を押してもらい、鏡の前へ移動するカレナ。
その肩にそっと手を置き、沖竹が尋ねる。
「カレナさん。あなたの前には何が見えますか?」
「円が、二つ見えます。白い円と黒い円でしょうか……?」
「そうですね。私にも見えていますよ。やはりそうですか」
沖竹が鏡に映るカレナを見つめる。
「カレナさんの病気の原因がわかりました」
一同は再び診察室へ戻る。沖竹が三人へ向き直りゆっくりと口を開く。
「やはり私が思った通りでした。カレナさんの病名は『核分裂症』と言います。これは五千万人に一人の割合で発症すると言われている、非常に珍しい病気です」
「核分裂症……?」
「この世のすべての生き物に核が備わっていることはご存知ですね。一個体に一つの核というのが正常な状態です。しかし、ほんの稀に二つの核を持って生を受ける者がいます」
沖竹が説明を続ける。
「一つの身体に二つの核があるため、身体への負担が大きくなります。さらにカレナさんの場合、陰と陽、それぞれの核を持っています。成長に比例してそれぞれの核の陰陽も増えていき、身体への負担も大きくなっていく……」
大吾の表情が、次第に曇っていく。
「この場合、これまでの事例を見ても……三十歳以上生きた者はいません」
「…………」
言葉を失う大吾。隣にいるカレナを見る。
これまで何度も、苦しむ妹の姿を見てきた。
もうこれ以上、妹の苦しむ顔は見たくない。
震えた声で、大吾が沖竹へ尋ねる。
「じゃあ……カレナは治らないんですか?」
「一人だけ、この病気を治せる者がいますよ」
「え……?」
沖竹が笑顔を見せる。
「あなた方の目の前にいる私こそ、核分裂症を治せる唯一の者です」
大吾とカレナが同時に沖竹を見る。
「ここで出会えたのも何かの運命でしょう。カレナさんの病気は治ります」
そして、安心させるように優しく笑う。
「私が必ず治します」
その言葉を聞いた瞬間――大吾の緊張の糸が切れる。
「よかった……本当によかった……」
俯きながら思わず涙を流す大吾。
そんな兄の姿をカレナが静かに見つめている。
八郎も二人を見ながら、ここへ来られて本当によかったと改めて思う。
「では、早速治療しましょう!」
「そんな急にできるものなんですか!?」
「私の能力で二つある核のうち一つを取り除くだけですから、午前中には終わるでしょう。術後二、三時間は大事をとって様子を見るとして、今日中にはカレナさんの元気な姿が見られると思います。皆さんと一緒にお帰りいただいて結構ですよ」
あまりにも心強い沖竹の言葉に、大吾と八郎が目を丸くする。
「ただし、治療を始める前に――カレナさんには重要な選択をしてもらわなければなりません」
沖竹の言葉に、大吾がカレナを見る。
「先ほどお話ししたように、治療で二つある核のうち一つを取り除きます。つまり今後、カレナさんはヴィランとして生きるか、ヒーローとして生きるか。そのどちらかを選ばなければなりません」
「…………」
大吾は何も言わず、妹の横顔を見つめる。
決めるのは自分ではない。これからの人生を歩んでいくカレナ自身だ。
沖竹がカレナの目を見る。
「でも……あなたの目を見るに、答えはもう決まっているようですね」
カレナに優しく微笑みかける沖竹。
「では、早速始めましょうか。八郎くんと大吾くんは待合でお待ちいただけるかしら?」
「そばで見守ることはできないですか?やっぱ心配で……」
「あらあら、お気持ちはわかりますが、年頃の女の子の裸をお見せするわけにはいきませんものね」
「…………」
顔を赤くする大吾と八郎。二人はそそくさと診察室を後にする。
治療が始まってからも、大吾は落ち着かない様子で待合を行ったり来たりしていた。
そんな大吾を、八郎が静かに見守る。
そして――
一時間も経たないうちに診察室の扉が開く。
沖竹が姿を現す。
「無事に終わりました。まだカレナさんは麻酔で眠っていますが、目が覚める頃には今までとは別人のように元気になっているはずですよ」
「……!」
大吾の顔が一気に明るくなる。
「よかった……本当にありがとうございます!」
深々と沖竹へ頭を下げる大吾。
長い間、カレナを苦しめ続けてきた病。
その苦しみにようやく終わりが見える。
安堵する大吾の姿を見つめ八郎は静かに笑みを浮かべていた。
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