戌の章 二 長野県
五人が目を開ける。
目の前には――どこまでも続く真っ白な空間。
そして、『GATE IN』と書かれた通路が伸びている。
「すげー!本当にこれがデジタルの世界かよ!」
ジミーのテンションが上がる。
やがて五人の頭上にモニターが現れ、ドグの姿が映し出される。
『みな無事に転送されたようだな。簡単にウェブ内の構造を説明する』
ドグが話し始める。
『ウェブの世界は主に、上からオープンウェブ、ディープウェブ、ダークウェブの三層に分かれておる。各層には“魔人”と呼ばれるプログラムがいて、それぞれの仕事をこなしている』
「魔人?」
『とりあえず行けばわかる。今回異常が見られたのは、中層のディープウェブだ。そこまでの道のりはわしが案内する。まずはGATEをくぐり、上層のオープンウェブへ向かってくれ』
五人が通路へ足を踏み入れる。
その瞬間――身体が宙へ浮かび、高速で通路を進み始める。
「私たち飛んでる!しかもジェットコースターみたいで楽しー!」
はしゃぐメアリー。
「こんなの当たり前さ。歩いてたら日が暮れちゃうだろ」
グレイプが説明する。
「正確に言うと、さっきいた場所は工場内のローカル空間。そこからケーブル――つまりこの通路を通ってアップロードされ、ウェブ内に侵入できるってわけさ」
「……なるほどねぇ。さっぱりだわ」
メアリーが両手を上げる。
やがて、一同は上層のオープンウェブへと到着する。
そこで目にしたのは、山積みの書類を運ぶ何千人もの女性。
全員、まったく同じ顔と姿をしている。
そのうちの一人が、五人へ近づいてくる。
「あら、新人さん?私はオープンウェブの魔人――マリアナ。よろしくね」
軽く手を振り挨拶するマリアナ。
「ここではウェブサイトや掲示板の投稿など、大衆が見られる情報を取り扱ってるの。私はそのデータを管理してるってわけ。一人じゃとても間に合わないから、自分を複製して仕事してるのよ」
そして――周囲にいる無数の自分へ声をかける。
「ねぇみんな!戌の人たちが来てくれたわよ!」
何千人ものマリアナが一斉にこちらを向く。
「「「「「ハーイ!」」」」」
「うおっ……」
ジミーが少し引く。
「それじゃあディープウェブは私一人で案内するわね。今回報告があったディープウェブには、個人情報などの、パスワードを持つ者しか閲覧できない大事なデータが保管されてるの。管理してるのは私の弟――マラッカよ」
「え?弟がいるの?」
「そうそう。見た目はデカいけど、いい奴よ。まぁ、とりあえず問題のディープウェブに向かいましょうか!」
早口で話しながらマリアナに案内される一同。
その道中も――
「最近パソコンやら携帯電話やらが普及してきて、もう大変なのよー。私の仕事も増えるばっかりって感じ!それでマラッカに相談しても、あの子のんびりしてるから話すのも遅いし、マゼランからは『俺は忙しい』って怒鳴られちゃって。あ、マゼランっていうのは私の兄なんだけど――」
マリアナの口は止まらない。
「……誰かこの人、黙らせてくれない?」
ジミーが小声で尋ねる。
プルーたちが同時に答える。
「無理だね……」
やがて、一行は中層ディープウェブへと到着する。
そこには、数え切れないほどの金庫が並んでいた。
「ここがディープウェブよ」
マリアナが辺りを指差す。
「マラッカはマスターキーを持ってて、どの金庫でも開けられるの。金庫を開ける権限を持ってるのはマラッカとパスワードを持っている者だけよ」
「へぇー……」
「まぁ、分かってると思うけど、マラッカはかなりの腕っぷしよ。情報を守る役目だからね」
マリアナの目線が止まる。
「おーい!マラッカ!」
その先には大柄な男が一人、金庫の前で何やら作業をしている。
「んー……他には誰もいないみたいだけど」
ピッチが周囲を見回す。
その時――頭上のモニターからドグの声が響く。
『マリアナ、離れろ!マラッカの様子が変だ!』
「え?」
男が振り返る。
「ど、どうしたのアンタ!?その姿は!」
なにやら様子がおかしいマラッカ。
大きな耳。ぎょろりとした目。そして――巨大な口から鋭い牙を覗かせ一同を威嚇している。
初めてマラッカを見るジミーとメアリーにも明らかに異常な状態であることが分かる。
「ン?ナンダ?ダレダオマエラ?」
さらに――マラッカの背後に、ドグとは別のモニターが浮かんでいる。
何者かの姿が映っているが、映像は乱れ顔までは確認できない。
『もう来ちまいやがったか……とりあえず欲しい情報の一つは手に入った。こいつらを片付けてから、もう一つの情報を手に入れよう』
その言葉を合図に、マラッカが五人へ襲いかかる。
「ちょっと!どうしちゃったのよマラッカ!」
マリアナが呼びかけるも、マラッカは聞く耳を持たない。
『ダメだ!何者かに操られているようだ』
「父さん、どうしますか!?」
鋭い牙と爪をむき出しにし、マラッカが突進してくる。
直線的な攻撃ではあるが、その巨体から繰り出される一撃は凄まじい。
「どうするも何も、このままじゃヤバい!攻撃するしかないね!」
グレイプが叫ぶ。
『やむをえん。攻撃を許可する!今から武器を転送する!手加減するな、死ぬぞ!』
次の瞬間――グレイプの腕に銃。プルーにはソード。ピッチにはハンマーが転送される。
ジミーも炎の死神を召喚。メアリーは巨大な腕を構える。
「ギャハハ!オレ、タタカウホウガスキ!!」
グレイプがマラッカへ銃を撃ち込む。
しかし――放たれた弾丸は、まるでBB弾のように弾き返されてしまう。
「まるで効いてないね」
「あのパワーじゃ接近戦はやめた方がいいみたい」
打つ手を考える中、プルーが提案する。
「ここはガルワンキャノンを使おう!父さん、転送をお願いします!」
『わかった。しかし、あれは威力は高いが、狙撃時にチャージが必要だ。それにマラッカの皮膚は頑丈だ。確実に急所を狙わんといかんぞ』
「それなら私に任せて!」
メアリーが自ら名乗り出る。
「おいおい!大丈夫か!?なにか作戦でもあるのかよ?」
ジミーが不安気に聞く。
「あの姿って、どう見てもオオカミよね?」
メアリーがマラッカを見る。
そして、自信あり気に笑う。
「いい案思いついちゃった!とりあえずジミーの首に巻いてるスカーフ貸して!」
「スカーフ?」
言われた通り、首に巻いていたスカーフをメアリーへ渡す。
その時――巨大な光線銃、ガルワンキャノンが転送されてくる。
メアリーが皆を集め、小声で作戦を伝える。
「…………」
「そんなの、うまくいくわけないね」
グレイプが呆れた顔をする。
「でも、一か八かやってみる価値はありそうだよ」
「まぁダメで元々だ!メアリー、作戦実行!」
ジミーのスカーフを頭に被り、メアリーが恐る恐るマラッカへ近づいていく。
そして――
「あのー……おばあさん。どうしてそんなに大きな耳をしているの?」
その名も――赤ずきんちゃん作戦!
「……グルルル」
(いやいや、やっぱり無茶でしょー!)
グレイプが心の中で突っ込む。
(全然おばあさんの姿じゃないし!)
プルーも不安そうに見守る。
(早く逃げてー!)
ピッチも祈るように見つめる。
一同が固唾を飲む中――マラッカが口を開く。
「コレハネ、オマエノコエヲヨクキクタメヨ」
「…………」
(((かかったー!!!??)))
「じゃあ、どうしてそんなに大きな目をしているの?」
メアリーが続ける。
「ソレハネ、アナタノカワイイカオヲミルタメヨ」
その瞬間――ジミーが戌の三人へチャージ開始の合図を送る。
ガルワンキャノンへ、エネルギーが蓄えられていく。
「なら……どうしてそんなに大きな口なの?」
「ソレハネ……」
マラッカが巨大な口を開く。
「オマエヲタベルタメサー!!!!」
メアリーへ襲いかかるマラッカ。
そこへ――待ってましたと言わんばかりにジミーが飛び込む。
マラッカの口へ、ギターをつっかえ棒のように挟み込む。
「今だ!撃て!!!」
「「「ガルワンキャノン!発射!!!」」」
放たれる強力な光線。一直線にマラッカの口へ向かう。
「ぐがががぁぁぁぁ!!!」
ガルワンキャノンの光線によってマラッカの身体が大きく膨れ上がり、凄まじい音を立て爆発。
辺りにマラッカの残骸が散らばる。
「やった……やったわ!作戦成功!」
喜ぶメアリーのもとへジミーやプルーたちが駆け寄る。
「やりましたねメアリーさん!さすがです!見事な作戦でした!」
「だろー?俺は初めからうまくいくと思ってたんだぜ?」
「いや思ってなかったでしょ!?」
そんな中、グレイプが散らばった残骸を見る。
「でもさ、マラッカバラバラになっちゃったんだけど……どうすんの?」
「…………」
マラッカの残骸を見つめ、一同の表情が曇る。
『心配はいらんよ。マラッカはプログラムだ。またインストールすればいい。記憶のバックアップもとってある。再インストール後には、いつものマラッカに戻っているはずだ』
モニター越しにドグが親指を立てる。
「よかったぁ……!」
マリアナが胸を撫で下ろす。
「ほんとによかった!もう会えないのかと思って心配しちゃったわ!だって私の唯一の弟なのよ。いつもノロマに見えるけど、本当に大事な弟なんだもん。それにマゼランに『弟の面倒見てない』って怒られるってドキドキしちゃって……」
止まらないマリアナを横目に、皆もほっと胸を撫で下ろす。
『一同、見事なチームワークだったな!上出来だ。そしてメアリー、ジミー、よくやってくれた!改めて礼を言わせてくれ。ありがとう』
「いやいや、そんな大したことしてないっすよー」
「それは私のセリフでしょうが!!」
メアリーがジミーへ突っ込む。
そして――先ほどマラッカが作業していた場所に目を向ける。
「でも例の侵入者、マラッカを操って一体何をしていたのかしら?」
荒らされた金庫の前へ向かう一同。
そこには『禁書』と書かれた一冊の古い書物。
書物の一部はバラバラになり、辺りに散らばっている。
「古い文字で読めねぇな」
ジミーが覗き込む。
その瞬間モニター越しのドグの表情が変わる。
『こ、これは……』
「博士、これ何なの?」
ピッチが尋ねる。
『これはヴィラン協会と真英組が、重要機密として保管していたものだ。この書物は十二支十干の中でも、五本の指に入る権力者しか読むことが許されとらん。もちろんお前たちにも見せられんし、無断で読もうもんなら刑務所行きだ』
少し間を置き――
『いや、刑務所ならまだいい。その前に何者かによって消されるだろうな』
「ぎゃー!そんなとんでもないものなの!?怖いからしまって!」
メアリーが慌てて書物から離れる。
ジミーに至っては後ろを向いて耳を塞いでいる。
「あーあー!俺なんも見てねぇ!なんも聞いてねぇ!」
『度胸があるのかないのか、わからん奴らだ……』
その後――
一同は無事にウェブから現実世界へ戻る。
「八郎の様子は!?」
大吾と睦子が真っ先に菜々子へ尋ねる。
しかし、八郎はまだ目を覚ましていなかった。
そこへクボケンの治療室から、ドグが姿を現す。
「すまんが、皆を呼んできてくれ」
ドリアンとクボケンを除くその場にいた全員が集まる。
ドグが一同を見渡し口を開く。
「今回のマラッカの異常の件だが、知っての通り何者かがウェブ内に不正アクセスし、何かしらの能力でマラッカを操っておった」
少し考え――
「いや、あれは操るというより、取り憑いておったという方が正しいだろう」
「取り憑く……ですか…」
プルーが腕を組む。
「その後ろでは、マラッカに指示を出す別の者の姿も確認されている。二人、またはそれ以上による組織的な犯行だ」
一同の表情が険しくなる。
「そして奴らが漁っていた禁書。あそこには、この国に変異をもたらすほどの重要な情報が記されておる」
「…………」
「話をまとめるに、組織的な何者かがこの国を脅かそうと動いている可能性が出てきたわけだ。これは真英組及びヴィラン協会に報告せなければならん」
そして、ドグが一同へ忠告する。
「お前たち。ここ数年のうちに、何かしらの変革があるやもしれん。心しておくようにな」
「…………」
ドグの言葉に、一同の表情が引き締まる。
この先何が起ころうとしているのか、誰にも分からない。
ただ――不穏な何者かが動き始めていることだけは、その場にいる全員が感じていた。
三日後。
マクベスの鎧と安全装置の再調整が完了。
そして、八郎も無事に目を覚ます。
「よかった……心配したんだから!」
菜々子が安堵する。
「ここは……ドグのところだね。菜々子、ありがとう」
「俺も頑張ったんだぜ!」
「私も私も!」
大吾と睦子が前へ出る。
「わかったわかった。ありがとう、大吾、睦子」
嬉しそうな二人。八郎が半三を見る。
「半三がここまで連れてきてくれたんでしょ。遠い中すまなかったね、助かったよ」
「いえいえ、そんな!俺なんかに……」
そう言いつつ、半三の目には嬉し涙が浮かんでいる。
「ところで……クボケンは?」
その頃――意識を失ったままのクボケンは、再びあの夢を見ていた。
いつものように、見ず知らずの子供と遊んでいる。
そして場面が変わり少し成長した少年が、クボケンに向かって必死に何かを叫んでいる。
声は聞こえない。何を訴えているのかも分からない。
恐怖を覚え、その場から逃げようとするクボケン。
だが――今回の夢は、いつもとは違っていた。
逃げながら、クボケン自身が少年へ向かって叫ぶ。
「兄さん!」
その瞬間、クボケンは目を覚ます。
そこには心配そうに自分を見守る八郎たちの姿があった。
やがて戌たちとの別れの時がやってくる。
菜々子から眠っている間に起きていたことを聞いた八郎とクボケンが、改めてドグたちへ礼を言う。
「ドグ。また助けられてしまったね。ありがとう」
「何を今更。今度はちゃんと連絡してから来い。美味いもん用意しとくからな」
「うん。そうするよ」
一方、クボケンはドリアンへ声をかける。
「おかげで助かったよ。仕事増やしちまって悪かったな」
「いいんだ。これが俺の仕事だ」
ドリアンがクボケンを見る。
「健司、いい仲間を持ったじゃないか」
「…………」
八郎たちへ目を向けるクボケン。
「……そうだな」
少し恥ずかしそうに答える。
「それじゃあ、帰りましょうか!」
半三の声を合図に、巳の一行はドグたちのもとを後にした。
その頃――暗闇の中。
モニターの明かりだけが灯る部屋で、一人の男が泣き崩れていた。
「三郎が、死んじまったよぉー……」
「ペットの一匹や二匹死んだくらいで……呆れるな」
ハイリーが冷たく言い放つ。
「テメェがウェブなんかに送り込むからだろうが!なぁ、三郎〜!?」
「で、情報は得られたのか?」
「ケッ!三郎より情報かよ」
男が不満そうに吐き捨てる。
「残念だが、勾玉のありかはわからなかった。だが――ゲートを作る方法はわかったぜ」
「ほう」
「陰陽で門を合同召喚し、その上に鳥を乗せ鳴かせる。案外シンプルだろ?」
ハイリーが少し考える。
「だが我らが作るゲートは、常識外に巨大なものだ。ならば鳥も、それに相応しいものが必要になるな」
「んな馬鹿でかい鳥いるのか?……あー」
男が何かに気づく。
「あそこか」
こうして――彼らの次の標的は、亥へと変わる。
このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。
キャラクターデザインが見たい方はこちら!
pixiv:【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29150547】




