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申の章 栃木県

薄暗く、閉ざされた空間。

幼い頃のクボケンが――見ず知らずの子供と遊んでいる。

色白で白髪、知らないはずの相手。

それなのに、なぜか不思議な親近感を覚える。

場面が変わる。

先ほどまで一緒に遊んでいた子供は、少し成長した少年の姿になっている。

少年がクボケンに向かって、必死に何かを叫んでいる。

「…………」

しかし…何を言っているのか聞き取ることができない。

ただ、何かを必死に訴えていることだけは分かる。

その異様な光景に恐怖を覚えるクボケン、

少年を残しその場から逃げ出してしまう。


「……夢か……」

目を覚ましたクボケンを、薄明かりが照らす。

汗で湿った肌。どうやら、ひどくうなされていたようだ。

「…………」

クボケンには――

ヴァイパーと出会う以前の記憶がない。

自分が何者なのかも分からないまま、今日まで生きてきた。

そして――この日。

八郎の携帯電話へ、一通のメールが届く。

このメールが、クボケンの失われた記憶を呼び覚ます始まりになるとは――この時は、まだ誰も知らなかった。

八郎が届いたメールを読み上げる。

『巳の諸君。私は申のハイリー・ハーロウ提督である。

バジリスクよ。私は君の母の死の原因を知っている。

真相を知りたければ、私たちと戦え。

勝負に勝ったなら同盟を組み、君の母について教えよう。

ヴィランの統率を願う君にとって、悪い話ではないはずだ。

明日の十八時。〇〇病院廃墟で待つ』

「……なに、この不気味なメール」

睦子が顔をしかめる。

菜々子もメールを覗き込む。

「ハイリーって、申の長の名前よね?でもこのメール、本当に本人からのメールかしら?」

「…………」

八郎がもう一度メールを見る。

「集会の時、僕が同盟を組む理由を話したんだけど、それを知ってるとなると、おそらく本人で間違いないと思う。それに母さんについて知ってる人も限られてくるし」

少し考え――

「罠の可能性もあるけど……」

「まぁ考えても仕方ねぇ!」

大吾が口を挟む。

「菜々子先生も戻ったし、今の俺たちは無敵だ!行くしかねぇだろ!」

大吾の言葉に、八郎たちも頷く。

申の挑戦を受けることで意見はまとまった。しかしクボケンだけは黙ったまま動かない。

「…………」

理由は分からない。

だが――胸の奥に、妙なざわつきを感じていた。


翌日の夕方。

巳の一行は栃木へ向かい、指定された廃病院へと辿り着く。

建物の周囲には、立ち入りを禁じるテープが張り巡らされている。

人気のない敷地。薄暗い院内。不気味な雰囲気が、辺りを包んでいる。

「お化けが出そうな場所だな…」

「お、お化けなんているわけないでしょ!」

睦子が恐る恐る辺りを見渡す。

「いや、もうそのくだり一回やったから」

八郎が冷静に返す。

一同が病院内へ足を踏み入れる。

受付に設置されたモニターが突然点灯する。

そこに映し出されたのは、申の長――ハイリー・ハーロウ提督。

『諸君、よく来てくれた』

静まり返った院内に、ハイリーの声が響く。

『予定通り、巳と申の干支合戦を始めよう。今回の勝負は団体戦。どちらかの長が戦闘不能になった時点で勝敗が決まる。巳の長バジリスクが戦闘不能になれば、我らの勝利。私が戦闘不能になれば――約束通り盃を交わし、バジリスクの母について教えよう』

「…………」

『戦闘はこの病院内のみ。私は屋上で待っている。当然、私の部下たちが屋上へ向かう君たちを阻止するだろう。君が本当にヴィランを統率できる力量を持つ者であれば、必ず私のもとへ来られるはずだ』

少し間を置き、ハイリーが締めくくる。

『では、健闘を祈る』

モニターが消える。

再び静寂に包まれる院内。

「…………」

「え?これもう始まってんの?」

大吾が辺りを見回す。

「そうみたいね。とりあえず屋上に向かわないといけないんだけど……八郎を一人にしておくのは……」

菜々子の言葉に、一同が八郎を見る。

少し考え――

「一人で大丈夫でしょ」

睦子が答える。

「そうね。アレー姉さんを倒したみたいだし」

「八郎が負けるわけねぇな」

「いや、それ本当に大丈夫なのか?」

クボケンだけが不安そうに突っ込む。

全員ヴィランの姿へと変身。

バジリスクを残し、四人は屋上への道を探す。

ジミー、メアリー、フローラは手前の階段から二階へ。

マクベスは奥の階段から三階へ。

しかし、どの階段もそのまま屋上へは繋がってはいなかった。

屋上へ辿り着くためには、病院内に用意された特殊な経路を探し出す必要があるようだ。

廊下を警戒しながら進むフローラ、ジミー、メアリー。

突如、三人の前に一人の女が現れる。

申の部下――ガーネット。

「こんばんはぁ」

妖艶に挨拶をするガーネット。

次の瞬間、ガーネットの足が三人へ襲いかかる。

咄嗟に飛び退く三人。

その一撃は壁へと直撃し粉々に砕く。

「なんつーパワーだ……」

ジミーが崩れた壁を見る。

「それもそうだけど……」

フローラがガーネットの足へ目を向ける。

「足の模様と、あの禍々しい陰……なにか見覚えがあるわね。私の勘が外れてればいいんだけど」

ひとまず身を潜め、ガーネットを倒す作戦を立てる。

拡声器からガーネットの声が廊下に響く。

『診察の時間よ。早く出てこないと、もっと痛いことしちゃうわよー』


その頃――

三階を進むマクベスは、妙な感覚を覚えていた。

「…………」

初めて来たはずの場所。

それなのに――なぜか、この廊下に見覚えがある。

記憶を辿ろうとした、その時。

「君がperfect match 002のステロだね」

声の方へ振り向く。

そこには、申の部下である白衣姿の男が立っていた。

「私はバイオレット。私は君に嫉妬しているんだ。君だけ特別扱いなのが気に食わない」

「……何の話だ?」

問い返すマクベス。

だがバイオレットは答えの代わりに、自らの腕を巨大なメスへと変え、マクベスへと振り下ろす。

咄嗟に剣で受け止めるが、間髪入れず次の攻撃が飛んでくる。

一撃、二撃――執拗な連続攻撃が、マクベスの身動きを封じる。

(こいつ……)

攻撃を防ぎながら、マクベスの脳裏にバジリスクの安否がよぎる。

その様子にバイオレットが笑う。

「気づいたようだね。提督は巳の長のもとへ向かったよ」

「くそっ!…やはり八郎を一人にするのはマズかった!」

強引に距離を取り、バジリスクのもとへ向かおうとするマクベス。

しかし、その進路を塞ぐように再び巨大なメスが振るわれる。

「ハハッ!これじゃあバジリスクの元へ行くこともできないだろう!」

バイオレットは、初めからマクベスを倒そうとしているわけではなかった。

その視線は、マクベスの胸元にあるタイマーへ向けられている。

「君の弱点は知っているよ!陽の鎧には時間制限があるのだろ?」

「…………」

「私はねぇ、君の本当の力が見たいんだ!君の中のバケモノを殺して、私が一番になるのだよ!」


一方――受付のロータリー。

仲間たちが上階へ向かう中、一人残されたバジリスクは…

アギトを椅子代わりにして本を読んでいた。

「久々に一人の時間ができた」

そんなバジリスクの前に、一人の人影が現れる。

本を閉じ、顔を上げる。

「意外だね。そちらの方から来るとは」

現れたのは、申の長ハイリー・ハーロウ。

「私も予想外だったよ。もう少し警戒されるかと思っていたが、一人でいるとは。舐められたものだ」

ハイリーが真っ向から歩いてくる。

バジリスクが躊躇なく、アンフェスバエナの引き金を引く。

無数の銃声が院内に響き渡る。

銃弾を浴びハイリーがその場へ倒れる。

「…………」

倒れたハイリーを見つめるバジリスク。

(……おかしい)

あまりにも――手応えがない。

その瞬間、背後から声が聞こえる。

「流石だ。違和感への反応の速さ――ヴァイパーの息子なだけはある」

「……!」

振り向くと同時に、バジリスクはアギトを展開する。

しかし間に合わない。

ハイリーの刃がバジリスクを捉え、その身体を傷つける。

すぐに距離を取り、先ほどハイリーが倒れていた場所へ目を向ける。

しかしそこには――何もない。

「…………」

バジリスクの傷ついた身体がすぐさま再生していく。

一方のハイリーは、刃に付着した血を確認。

そしてもう一方の手には、先ほどの攻撃で削り取ったアギトの一部が握られている。

「君の血とアギトを少々いただいた」

満足そうに二つを眺める。

「私の目的は果たされた。これで失敬するよ」

「待て!」

だが――

「私に構っている場合かね?」

ハイリーが足を止めることなく言う。

「君の部下は無事でいるかな」

三階――

長引く戦闘の中、マクベスの胸元にあるタイマーが赤く点滅を始めていた。

「くそっ……!」

それを見たバイオレットが笑みを浮かべる。

「この時を待っていた!」

マクベスを包んでいた陽が薄れていく。

やがて鎧が消え――その場に現れたのは、人間の姿へ戻ったクボケン。

「……!」

クボケンが体勢を整えるより早く、バイオレットの巨大なメスが襲いかかる。

「さぁ――見せてくれ!」

その一撃が、無防備となったクボケンを捉えた。

「君の本当の姿を――!!」

「ぐっ……!」

床へ倒れるクボケン。

その身体から、黒く禍々しい陰が溢れ出す。

クボケンの身体を、黒いウイルスが覆っていく。

やがて――

言葉を失うほどの禍々しい異形へと姿を変える。

その口から、獣のような叫び声が院内へ響き渡る。

一階。

その叫びを聞いた瞬間、バジリスクの表情が変わる。

ハイリーとは別の凄まじい陰。

そして何より、その声に聞き覚えがあった。

「まずい事になった」

声のした方へ急ぐバジリスク。

辿り着いた先には――

禍々しい陰をまとった異形と、血溜まりの中に倒れるバイオレットの姿があった。

そこへガーネットを追ってフローラ、ジミー、メアリーも合流する。

血だらけで横たわる仲間の姿にガーネットの表情が変わる。

怒りに任せ異形へと飛びかかる。

しかし、その攻撃が届くより早く、ガーネットの身体が吹き飛ばされる。

倒れた二人を助けようとするジミーとメアリー。

「それ以上近づいてはダメ!」

フローラの声に、二人の足が止まる。

「なんだアイツは?」

「あれは健司の本来の姿。マクベスは、あの化け物を抑える陽の鎧をまとった姿なの」

「じゃあ、なんで今……」

「おそらく、マクベスの鎧に限界がきたんだと思う。マクベスの姿には制限時間があったから……」

バジリスクが二人の前へ出る。

「アイツはウイルスで覆われている。近づくだけで身体が蝕まれ、死に至る。ジミーもメアリーも離れていろ」

いつもとは違う、バジリスクの険しい声。

その間にも、化け物は倒れたバイオレットとガーネットを弄ぶように暴れ続けている。

やがて、その視線がフローラたちへ向く。

「…………やばい!」

バジリスクが意を決する。

次の瞬間――化け物の懐へ飛び込みその身体へ抱きつく。

「八郎!?」

黒いウイルスが、みるみるバジリスクの身体を蝕んでいく。

「フローラ、あとは頼んだ」

「八郎……!」

「刑具召喚No.9――アイアンメイデン」

巨大な人型の棺が現れ――バジリスクごと化け物を飲み込む。

棺の内部には無数の棘が張り巡らされており、閉じ込められた二人の身動きを封じる。

「ジミー、メアリー!今のうちに二人を!」

フローラの指示を受け、ジミーとメアリーがバイオレットとガーネットを救出する。

幸い、二人ともまだ息はある。

その時、閉ざされた棺の中から、八郎の絶叫が響き渡る。

ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁ――!!

「……!!」

聞いているだけでも身を切られるような叫び。

メアリーの顔が青ざめる。

「いったいなんなの!どうなってるの!?」

八郎の声が、次第に小さくなっていく。

やがて――何も聞こえなくなる。

「…………」

ゆっくりと、アイアンメイデンが開いていく。

その中に横たわっていたのは――気を失ったクボケン。

そして、全身の皮膚がただれ、肉が崩れ落ちた、見るに耐えない姿となった八郎だった。

「八郎!」

「いったいなんなんだよ!」

「八郎はどうなっちゃったの!?」

混乱するジミーとメアリーへ、フローラが放つ。

「詳しいことは後で!とにかく、ここを離れましょう!」


一行は廃病院を抜け、安全な場所へと移動する。

バイオレットとガーネットの傷が少しずつ塞がっている。どうやら二人にも自己再生能力があるようだ。念のためフローラが陰獣植物を残し、二人の治療を任せる。

一方、大吾と睦子はいまだ状況を理解できずにいた。

「菜々子先生……さっきの、なんだったんだよ?」

菜々子が眠ったままの八郎とクボケンを見る。

「八郎が使ったのは、刑具召喚アイアンメイデン。元々ヴァイパーが得意としていた技で、今は健司が暴走した時に使う緊急用の拘束技なの」

「拘束?」

「そう。健司ごと自分を閉じ込めて、ウイルスが私たちに及ばないようにしたのよ」

大吾が傷だらけの八郎を見る。

「じゃあ、八郎がこんなボロボロなのはなんでなんだ?」

「八郎に高い再生能力があるのは知ってるわよね。あれは巳一族が持つ特性なの」

菜々子が続ける。

「それともう一つ。巳一族には、毒やウイルスが効かないと言われている」

「言われている?」

睦子が聞き返す。

「そう。正確には、毒やウイルスに侵されないわけじゃない。身体は確実に蝕まれている。でも驚異的な再生能力で、壊された細胞をすぐに修復しているの」

「じゃあ……」

「八郎はわざと健司のウイルスを自分の身体へ移した。そして、自らの免疫力と再生能力でウイルスを抑え込みながら――健司の暴走まで鎮めたのよ」

「…………」

「その時の苦痛は……想像もつかないわ」

眠る八郎の身体には、今も深い傷が残っている。

「おかげで健司は元に戻った。でも見ての通り八郎の再生も追いついていない。それに今は暴走を抑え込んでいるだけ。またいつあの化け物が出てきてもおかしくない」

「よくわかんねぇけど……ヤベェじゃねぇか!これからどうすんだよ?」

「選択肢は一つしかないわ」

菜々子がクボケンを見る。

「マクベスの鎧の開発者――ドグ博士のところへ行く。彼ならあの化け物を抑え込む術を知っているし、八郎のことも診てくれるはずよ」

こうして急遽、半三に連絡。車を手配してもらい、一行は長野県にあるドグ博士のもとへ向かうこととなった。

このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。

キャラクターデザインが見たい方はこちら!

pixiv:【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29134878】

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