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酉の章 三 宮城県

城の大広間へと足を踏み入れるバジリスク。

その先には――二人の女が待ち構えていた。

ゴルゾン姉妹。姉のスタリーナと、妹のアレー。

「提案をしに来た」

バジリスクの言葉に、スタリーナが鼻で笑う。

「取引きかしら?あなたの血を頂けるなら、なんでもするわ」

「では――」

バジリスクの表情が変わる。

「黙ってフローラを解放するか、今ここで死ぬか選べ」

「…………」

スタリーナの顔から笑みが消える。

「こんな子供が私たちを殺そうだなんて、舐められたものね!」

凄まじい陰が、城中を覆っていく。

これまで八郎が出会ってきたヴィランとは――明らかに格が違う。

一対一でも、生きて帰れる保証はない。

ましてや、二人を同時に相手にするなど、あまりにも無謀。

「そちらがそんな態度なら、私たちも力づくであなたの血を奪うけど――それで良くて?」

「…………」

張り詰める空気。

その時――

「やっぱり割に合わないんじゃないかなぁ」

何者かの声がする。

「……!」

ゴルゾン姉妹が視線を向ける。

暗がりから、一人の男が姿を現す。

「確かに借りを返したいとは言ったよ。でも相手が、あのゴルゾン姉妹だなんて」

寅のアダム。

荊の城を出る直前――八郎が連絡していた相手だった。

「アダム、もしかして怖気付いてるのかい?」

「そうじゃないよ。これじゃあボクへのご褒美じゃない。久々に楽しくなりそうだ」

「…………」

その言葉を聞いたスタリーナが、大声で笑い出す。

「ハッハッハッ!あなた達、相当イカれてるわね!いいじゃない、戦ってあげようじゃない」

そして二人を見る。

「正々堂々、一対一でどうかしら?」

「いいよ」

アダムが即座に答える。

そして――ゴルゾン姉妹を見比べる。

迷うことなく、スタリーナを指差す。

「僕はこっちの強そうなのを殺るよ」

スタリーナの眉が僅かに動く。

バジリスクはアレーへ。

アダムはスタリーナへ。

悪役十二支の中でも最強と恐れられるゴルゾン姉妹。

その二人を前に――バジリスクとアダムが構える。

こうして、バジリスク&アダムVSゴルゾン姉妹。

戦いの幕が上がる。


アダムVSスタリーナ

大広間の一角――アダムとスタリーナが向かい合う。

「まさかゴルゾン姉妹の長女と戦えるなんて、ワクワクするね。じゃあ――いくよ」

アダムがステッキをショットガンへ変える。

銃口を向け――発砲。

だが。

スタリーナの周囲から無数の蛇が現れ、弾丸を防ぐ。

さらに――大量の蛇が一斉にアダムへ襲いかかる。

「へぇ……」

アダムがステッキを剣へと変える。

迫る蛇を斬り払いながら、広間を駆け回る。

次から次へと襲いかかる蛇。それでもアダムは冷静に攻撃をかわし続ける。

そんな中――僅かに眉をひそめる。

「……手応えがないね。なぜ本気を出して来ないんだい?」

「あなた如きに本気で相手すると思って?」

「…………」

アダムの表情が僅かに変わる。

だが、すぐにいつもの冷静さを取り戻す。

蛇の攻撃をかわしながら、スタリーナの隙を窺う。

その時。四方から迫った蛇が、アダムのステッキを奪い取る。

「これで終わりね」

武器を失ったアダム。

しかし――

その手が、何もない空間を掴む。

まるで縄を引くように、アダムが腕を動かす。

「……!?」

突然、スタリーナの身体がアダムの方へ引き寄せられる。

「これは一体!?」

「ボクの能力は、物を別のものに変える能力じゃないんだよ」

アダムがさらに腕を引く。

スタリーナの身体が締め上げられていく。

「無いものを、あるように見せることで実体化する。その名も――『イマジン』」

アダムは蛇の攻撃から逃げながら、大広間の至る所へ、目には見えない縄を張り巡らせていた。

そして今、その縄がスタリーナの身体を縛り上げている。

「くっ……!」

アダムが強く縄を引く。

スタリーナの身体が一気に引き寄せられる。

瞬時に剣を振るうように薙ぐアダム。

次の瞬間。

スタリーナの首が宙を舞う。

「……!」

ドサっと地面に落ちるスタリーナの頭部。

だが――首と胴体が離れても、スタリーナは動きを止めない。

「やっぱり普通じゃないね」

アダムが再び腕を動かす。

透明の縄が胴体へ幾重にも巻きつき、完全にその動きを封じる。

「わ、私がこんなことになるなんて……!」

「…………」

勝負はついた。

それでも、アダムの表情には、どこか納得のいかないものが残っていた。

「ちょっと聞いてもいいかな?」

首だけとなったスタリーナへ視線を向ける。

「ゴルゾン姉妹は、見たものを石に変える目を持つと聞いたことがある。なぜ――あなたはそれを使わなかったんだい?」


バジリスクVSアレー

柱がいくつも並ぶ大広間。

バジリスクとアレーが対峙する。

バジリスクがマントを脱ぎ捨て、二本のトンファー銃――アンフェスバエナを構える。

対するアレーも、二丁の拳銃を構える。

「場所の選択を間違えたんじゃないか?お前の弾は柱で塞がれてしまう」

「それはお互い様だろ?」

バジリスクが引き金を引く。

放たれた弾丸が柱を回り込み――アレーの肩を撃ち抜く。

「弾が曲がった!?」

アンフェスバエナには、弾丸を装填する場所が存在しない。故にバジリスクは自身の能力――アギトを凝縮し、銃の中で弾丸を生成。それをボニーの陰の力によって撃ち出していた。

アギトによって作られた弾丸だからこそ――その軌道も、バジリスク自身が操ることができる。

「チッ……!」

撃ち抜かれたアレーの肩が、すぐさま再生していく。

だが、すぐにアレーは気づく。肩の傷へ指を突っ込み、体内に残っていた弾丸を抉り出す。

「くそっ!なんてもんを撃ちこんできやがる!」

バジリスクのアギトで作られた弾丸。体内に残っていれば、その弾丸を操ることで相手の身体の自由を奪うこともできる。

「…………」

アレーが柱の陰へ身を隠す。

軌道を曲げられるとはいえ、弾丸を直角にまで曲げることはできない。

「今度は私の番だよ!」

アレーが銃口を柱越しにバジリスクへ向ける。

引き金を引く。

次の瞬間――柱を貫きバジリスクの身体を撃ち抜く。

「ぐっ……!」

アレーの拳銃にも、弾丸は入っていない。

彼女の能力は――銃口の先にある空間ごと、直線上に削り取ることができる。

柱も防具も関係ない。防ぐことのできない攻撃。

避ける以外に、身を守る方法はない。

「この場所を選んだ理由が分かっただろ?あんたが負けるのも時間の問題さ!」

幸い、核である急所は外れている。バジリスクの傷がすぐさま再生していく。

だが――再生には大量の陰を消費する。

このまま攻撃を受け続けるわけにはいかない。それはアレーも同じこと。

柱の陰へ身を潜め、アレーの攻撃をかわしながらバジリスクは考えていた。

(久々に使うか……)

その時――

アレーの視界に、何かが飛び込む。

即座に撃ち抜くアレー。

だが。

撃ち抜いたのは――先ほどバジリスクが脱ぎ捨てたマント。

「くそっ!囮か!」

気づいた時には――バジリスクが、すぐ後ろまで迫っていた。

(速い!)

独特な構えを取るバジリスク。

アンフェスバエナによる連続打撃が、アレーへ叩き込まれる。

凄まじい速さと威力。

アレーの身体が柱へとめり込む。

だがその最中、バジリスクの全身に激痛が走る。

筋肉が、次々と切れていく。

それでも攻撃を止めない。

最後の一撃を叩き込み、

アレーごと柱を破壊する。吹き飛ばされるアレー。

「これはボニーから教わった兎の体術と、巳の武術を組み合わせた私のオリジナルの技――蛇頭の舞」

兎の一族が持つ、圧倒的な俊敏さと力。

それを無理やり自身の身体で再現し、巳の武術と組み合わせる。

本来、兎の一族の強靭な肉体でなければ耐えられない技。

バジリスクが使えるのは、傷ついた身体を瞬時に修復できる再生能力があるからこそだった。

「はぁ……はぁ……」

さすがのバジリスクも膝をつく。

舞い上がった砂埃の向こうに、倒れたアレーの姿が見えてくる。

しかし。

そこに横たわっていたのは――アレーが脱ぎ捨てた〃皮〃のみ。

「……!」

先ほどの攻撃中。

筋肉が切れ、バジリスクの動きが僅かに鈍った瞬間。

アレーは脱皮し――自らの皮を身代わりにして攻撃を逃れていた。

残された皮のそばには、アレーの衣服。

そして、眼帯。

「ここまで私を追い込んだのは褒めてやるよ。だけど、もう終わりにしてやる」

広間の上方から、アレーの声がする。下半身を蛇へと変えたアレーが、天井を這っている。

露わになった蛇眼。バジリスクはすぐに目を閉じる。

直接目を合わせれば石にされる。

視界を捨て、気配だけでアレーの位置を探る。

だが…不気味なほど静まり返った広間。

そして部屋中を覆う、アレーの殺気。

その居場所を掴むことができない。

度重なる再生によって、残された陰も僅か。

アンフェスバエナで使えるアギトの弾丸も――あと数発。

膝をついたまま、アンフェスバエナを地面へ置く。

「……ごめん菜々子。懐中時計、返せないかもしれない」

ポケットから、一つの懐中時計を取り出す。

それはフローラと別れる際、渡されたものだった。

『それは私にとって大切なお守りなの。きっとあなたを守ってくれる。だから必ず返しに来て』

懐中時計の蓋を開く。

秒針は…今も静かに時を刻んでいる。

「…………」

ふと、蓋の裏面に目を向ける。

そこには――天井から静かに忍び寄るアレーの姿が映っていた。

バジリスクが懐中時計から手を離す。

同時に――地面に置いていたアンフェスバエナへ手を伸ばす。

前を向いたまま、銃口を天井へ。

アレーの顔へと向け――発砲。

「ぐあっ……!」

弾丸が、蛇眼を撃ち抜く。

アレーが苦しみながら身体を大きくよじらせる。

「なぜ……!?私の居場所が分かった……!?」

弾丸は眼球を貫き――アレーの頭部に残る。

バジリスクが、そのアギトを操る。

途端――アレーの身体が動きを止める。

体内に残された弾丸によって、その自由を完全に奪っていた。

こうして、遂にバジリスクとアレーの戦いに決着がつく。


ふと大広間の奥から、誰かが歩いてくる。

「どうやら、ボクが聞いていた話とは違うみたいだよ」

アダムだった。

その腕には、スタリーナが抱えられている。

先ほど斬り落とされた首はすでに胴体へ戻り、傷も再生していた。

「……これは、いったい……?」

思いもよらない光景に、バジリスクが眉をひそめる。

アダムがスタリーナへ視線を向ける。

「この二人は君を殺すつもりなんてなかったみたいだ」

「……?」

バジリスクがスタリーナを見る。

「私を殺そうとしていたのではないのか?」

「最初からあなたの血が必要って言ってるでしょ」

スタリーナが呆れたように答える。

「フローラは、あなたが傷つけられる――ましてや殺されるかもしれないって勘違いしてたんでしょうね。私たちは単純に、巳の血を分けてほしかっただけよ」

「…………」

バジリスクとアダムが顔を見合わせる。

「血を……分けてほしかっただけ?」

先ほど撃ち抜かれた目を再生させながら、アレーが口を開く。

「まぁ、詳しく話さなかった私たちも悪かったよ」

アレーが身体を起こす。

「でも――話すと長いんだ」

「…………」

そして――アレーは、かつて酉で起きた出来事を語り始める。


酉の過去

かつて、酉の一族には、絶対的な権力を持つ王がいた。

その名は、ガンダルフ。

一族を支配するだけでは飽き足らず、いずれは世をも我が物にしようと考えていた。

そのためにガンダルフが求めたのは、強大な力を持つ跡取り。

古くから酉には、ある伝説が伝わっていた。

酉と巳。その二つの血を受け継いだ者には、強大な力を持つ怪物『バジリスク』の力が宿るという。

ガンダルフは妻がいるにもかかわらず、巳の娘を城へ招き入れる。

そして酉と巳、二つの血を受け継ぐ三人の娘が生まれた。

長女、スタリーナ。

次女、アレー。

そして三女――メディッサ。

三人はガンダルフの望み通り、並外れた陰を持って生まれる。

さらに、見つめた者を石に変える『蛇眼』まで宿していた。

スタリーナとアレーは片目。そしてメディッサは――両目に。

ガンダルフは、そんな三人を『ゴルゾン姉妹』と名付ける。

スタリーナとアレーは蛇眼を眼帯で隠し、両目に蛇眼を持つメディッサは、目元を包帯で覆って生活していた。

酉の者たちは石にされることを恐れ、特に両目に蛇眼を持つメディッサを毛嫌いしていた。

しかし蛇眼を持つ者同士なら、目を合わせても石になることはない。そのためメディッサが包帯を外し、素顔で接することのできた相手は、姉であるスタリーナとアレーだけであった。

それから数年後――メディッサは、美しく心優しい女性へと成長していく。

同時に、その陰の力も日に日に強大なものとなっていった。

やがて、その力を恐れ始めるガンダルフ。いつか自分の王座を脅かす存在になるかもしれない。そう考え、ゴルゾン姉妹を城の離れへ隔離してしまう。


一方、ガンダルフには、実妻との間に生まれた息子がいた。

名は、アルバス。

酉の純血を受け継ぎ、才能にも恵まれた青年。次期王となることも決まっていた。

植物を使った魔法を得意とし、父ガンダルフとは違い、優しく素朴な心を持っていた。

そして、その実力と人柄から、弟子を取ることもあった。

その弟子こそ――幼き日の閻魔。封豨。そして、ヴァイパーだった。

ある日。

弟子たちとの修行を終えたアルバスが、城の敷地を歩いていると――

外でお茶をしているゴルゾン姉妹と出会う。

そこでアルバスは、メディッサに心を奪われる。

やがてアルバスは、頻繁にゴルゾン姉妹のもとを訪れるようになる。

「なぁ、先生はどこ行ってんだ?」

ヴァイパーが尋ねる。

「そりゃ、いつものメディッサさんのところだろ」

封豨が答える。

「……ふしだらだ」

閻魔が呟く。

弟子たちをそっちのけにしてまで、メディッサのもとへ通うアルバス。

目を塞いで生活する彼女のために、外で見たもの。自分が経験したこと。様々な話を聞かせ、少しでも彼女を楽しませようとする。

とはいえ、女性には慣れていないアルバス。時には空回りすることもあった。

だが、そんな不器用なアルバスとのやり取りが、メディッサを笑顔にしていた。

そしていつしかメディッサも、アルバスに心惹かれていく。

またスタリーナとアレーも、楽しそうに笑う妹の姿を見て、次第にアルバスへ心を開いていった。

そして一年後――アルバスとメディッサは婚約。

二人の間に、長女ボルティナが生まれる。

しかし――ガンダルフは、その関係を快く思ってはいなかった。

メディッサの血が王家へ入り込めば、いずれゴルゾン姉妹に政権を奪われるかもしれない。

そう考えたガンダルフは、密かにメディッサを消そうと企み始める。

それから――次女フローラ。三女ロック。そして双子のフレアとアクアが生まれる。

五人の娘に囲まれ、幸せな日々を送るアルバスとメディッサ。

だが…そんな日々は、長くは続かなかった。

その頃から、アルバスの身体に異変が現れ始める。

アルバスは、不治の病に侵されていた。

さらにそんな中、酉に贄の番が回ってくる。

贄は基本的に一族の中でも特に強い陰を持つ者が選ばれる。

ガンダルフはそれを利用し――メディッサを贄へと任命する。

「ふざけるな!なぜメディッサなんだ!」

当然、父へ猛反発するアルバス。

しかし、病に侵された身体では、ガンダルフを止めることもできない。

日に日に弱っていく身体。

そして、愛する妻を失う恐怖。

一人苦しむアルバスに、メディッサが優しく声をかける。

「これも宿命です。私がいなくなっても、あなたや姉様たちが子供たちを守ってくれる。だから私は、安心して神に命を捧げることができます」

「メディッサ……」

そして――メディッサは贄となり、この世を去る。

最大の脅威だったメディッサがいなくなり、安堵するガンダルフ。

だが、次の矛先はスタリーナとアレー、そしてメディッサの娘たちへと向かう。

ガンダルフは彼女たちを城の牢獄へ閉じ込める。手枷をつけられ、家畜同然の扱いを受けるスタリーナたち。食事すら満足に与えられない。

「お願いです。せめて子供たちに食べ物を……!」

スタリーナが懇願する。

しかし、その訴えにガンダルフは激怒する。

スタリーナの蛇眼へ杭を打ち込み、凄惨な拷問を加える。

「ああああああああっ!!」

高い再生能力を持つスタリーナ。傷ついた蛇眼は、その度に再生する。

だが――再生するたび、再び杭が打ち込まれる。

何度も。何度も。

やがて――その後遺症により、スタリーナの蛇眼は力を失う。

そして視力も、ほとんど失われてしまう。

城に響く、スタリーナの叫び。

子供たちや義姉たちが苦しんでいるというのに――病の進行したアルバスは、自力で立ち上がることすらできない。それでも、このまま見過ごすことなどできなかった。

アルバスは一通の手紙を書く。

宛先は――真英組局長、近桃。

そして悲痛な思いを伝書鳩に託す。

手紙を受け取った近桃は、酉で起きている惨状を知る。

だが、ヒーローがヴィラン間の問題へ直接介入することはできない。

そこで近桃は、かつてアルバスの弟子だった三人へ任務を託す。

閻魔、封豨、ヴァイパー。三人に下された任務は、ガンダルフの暗殺。

そして――三人はその任務を成し遂げる。

ガンダルフは討たれ、牢獄に囚われていたスタリーナたちと子供たちも救い出される。


やがてガンダルフ亡き後、アルバスが新たな酉の王となる。

しかし、その身体はすでに限界を迎えていた。

自らの死期が近いことを悟ったアルバスは、スタリーナとアレーを酉の次期女王に任命する。

そして、娘たちのことを二人へ託す。

さらに、アルバスは二人にとある頼み事をする。

それこそが――後にスタリーナとアレーが守り続けることになる『アルバスとの約束』だった。


話を聞き終えたバジリスクとアダム。

スタリーナが、自らの眼帯に手をかける。

そして――ゆっくりと外す。

その下にあったのは、白く濁った瞳。

「この蛇眼は、もう石に変える力を失っているのよ」

「…………」

「蛇眼を持つゴルゾン姉妹の噂は有名みたいだけど、実際はこんな有様」

スタリーナが眼帯を手にしたまま続ける。

「でも、この事実が他のヴィランに知れ渡れば、酉の一族が狙われるかもしれない。だから、このことは黙っていてくれないかしら?」

バジリスクとアダムが頷く。

「しかし――」

アダムが問いかける。

「『アルバスとの約束』っていうのは、いったい何なんだい?」

「…………」

スタリーナとアレーが顔を見合わせる。

「ついてきて」

二人に案内され、

バジリスクとアダムは城の奥へと進んでいく。

そして、ある場所で足を止める。

そこにあったのは、一体の石像。

痩せ細ってはいるものの、まるで今にも動き出しそうな勇ましい男の姿。

「もしかして……これは……」

「そう。アルバス本人よ」

スタリーナが答える。

「命が尽きる前に、アルバス自身が望んでアレーの蛇眼で石になったの」

「自分から……?」

「ええ」

スタリーナが石像を見つめる。

「ちょっと彼の顔を見てくれるかしら」

バジリスクとアダムが、アルバスの顔へ視線を向ける。

そして――二人は、あることに気づく。

「…………」

スタリーナが静かに口を開く。

「私たちには酉の血が混じっている。だから、どうしてもヴァイパーと同じ――巳の純血が必要だったの」

「なんだ。それなら、こんな戦いしなくてもよかったんじゃない?」

アダムが呆れたように言う。

「ヴァイパーがいなくなってから、フローラが巳で上手くやっているのか心配だったのよ」

スタリーナが続ける。

「ボルティナは牢獄での記憶が残っているから、私たちのことを信用してくれている。でも、当時まだ幼かったフローラにとっては私たちは怖い存在みたいでね」

「…………」

「連絡もろくに寄越さないのよ」

スタリーナが小さく息を吐く。

「試すようなことをして悪かったわね。でも、最初からあなたたちを殺すつもりなんてなかったの」

「…………」

その横で、アレーが気まずそうに顔を逸らす。

「……姉さん、すまない。負けるのが嫌で、少し本気出した……」

「アンタめちゃめちゃ本気だったよ!」

思わずバジリスクが突っ込む。

「でも――」

スタリーナがバジリスクを見る。

「アレーを倒したあなたなら、フローラを任せられるわね。安心したわ」

「…………」

その言葉を聞き、ようやくバジリスクの緊張が解ける。

そして、変身を解き八郎の姿へ戻る。

「それじゃあ早速だけど」

八郎が指先を軽く切る。

流れ出した血を用意された小瓶へと注いでいく。

「これでいい?」

「ええ。十分よ」

スタリーナとアレーが、改めて八郎へ礼を告げる。

こうして――巳と酉の戦いは、ようやく本当の意味で終わりを迎えた。


城を出た八郎とアダム。

巳の仲間が待つ場所へ戻る途中、八郎がアダムへ声をかける。

「わざわざ来てもらっちゃって、本当に申し訳なかったよ。ありがとう、アダム」

「ボクこそ、久々に身体も動かせたし、何よりスタリーナを倒したからね。少し株が上がった気がするよ」

アダムが八郎を見る。

「それじゃあ――また遊ぼうね、八郎くん」

そう言い残し、アダムはその場を去っていく。

「…………」

遠ざかっていく背中を見ながら、八郎が呟く。

「八郎くん……初めてアダムに名前で呼ばれた」


やがて――八郎は巳のもとへと辿り着く。

クボケンもすでに意識を取り戻している。

多少の傷は負っているものの、全員無事だった。

「八郎!」

八郎の姿を見つけた菜々子が駆け寄り、そのまま強く抱きしめる。

「本当に……無事でよかった……」

菜々子の目から涙が溢れる。

「全然よくないよ、まったく。ゴルゾン姉妹は、単に僕の血を分けてほしかっただけだったんだから。結局、酉の手のひらで踊らされてただけみたい」

菜々子が固まる。

「八郎を殺そうとしてたんじゃないの……?」

少し間を置き――

「……私の早とちり?」

「だな」

クボケンが答える。

「…………」

一気に力が抜ける一同。

その時、八郎が何かを思い出す。

「そういえば」

ポケットから、懐中時計を取り出す。

「これのおかげで助かったよ」

菜々子が懐中時計を見る。

「でも……落とした拍子に壊れちゃって。ごめん」

秒針は――もう動いていない。

「そんなこといいのよ。八郎が帰ってきてくれただけで」

「…………」

八郎が懐中時計を見つめる。

「でも、一つ気づいたことがあって」

「ん?なに?」

「菜々子が僕にしてくれた昔話」

菜々子の表情が僅かに変わる。

「菜々子はさ――あの青年の目が見えること、本当は知ってたんじゃない?」

「…………」

「この懐中時計って、手巻き式だよね」

八郎が時計を手に取る。

「菜々子が昔、荊の城でこの時計を見つけた時――時計は正確な時間で動いてたんでしょ」

「…………」

「目の見えない人が、一人で時間を合わせるのは難しいからね」

しばらく何も答えない菜々子。

そして小さく笑う。

「世の中には、知らない方がいいことってたくさんあるのよ」

「…………」

「あの人が何を隠していたとしても――私は、あの頃の幸せな日々を壊したくなかった」

菜々子が、八郎の手にある懐中時計を見る。

「でも――」

顔を上げる。

「なんか吹っ切れたわ!」

いつもの笑顔。

「今が一番幸せ!みんなといられる今が、幸せよ!」

「そっか」

八郎も小さく笑う。

そして

「ところで、罰の件覚えてるよね?」

「え?」

菜々子の笑顔が固まる。

「……なんだっけ?」


後日――

かつてフローラが暮らしていた、荊の城。

あの日と変わらぬ姿で立つ青年の石像。

その前には、新しい花束が供えられている。

そして――その傍らには、

秒針の止まった金色の懐中時計が、そっと置かれていた。

このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。

キャラクターデザインが見たい方はこちら!

pixiv:【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29117475】

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