酉の章 二 宮城県
一方――
菜々子は、すでに酉の本拠地へ戻っていた。
目の前にいるのは、ゴルゾン姉妹。
姉のスタリーナがフローラへ声をかける。
「よく戻ってきてくれたね、フローラ。巳の長の血は手に入れたのかしら?」
「……いえ。持ってきていません」
「何?」
フローラがまっすぐ二人を見る。
「その件で、お願いがあります。巳の長には……八郎には、手を出さないでいただけないでしょうか?」
スタリーナの表情が変わる。
「何を言ってるのかしら。私たちには、どうしても巳の血が必要なの。あなたにその重要性は分からないでしょう?」
「……はい」
一度言葉を飲み込み、フローラは続ける。
「ですが、その代わりに私が戻ってきました。私は医学にも精通しています。巳の血の代わりになる方法を、必ず探します」
そして――頭を下げる。
「だから……どうか八郎には手を出さないでください」
「…………」
その時。
妹のアレーが、ふと顔を上げる。
「どうやら――あっちの方から来てくれたみたいだね」
「……え?」
フローラの顔が強張る。
アレーはすでに、酉の敷地へ入り込んだ者たちの気配を察知していた。
「まさか……八郎……?」
酉の城下に広がる森を、巳の一行が進む。
夜の森は鬱蒼と木々が生い茂り、先を見通すことも難しい。
「お、お化けが出そうな森だな……」
大吾が辺りを警戒する。
「へ、変なこと言わないでよ!お化けなんているわけないでしょ!」
睦子も落ち着かない様子で周囲を見る。
「お前らが言うと説得力ないんだよなぁ」
クボケンが呆れる。
「…………」
さらに森の奥へ進んでいくと――前方に、いくつもの人影が見える。
足を止める巳の一行。
暗がりから姿を現したのは、酉の姉妹たち。
そして、その中には――
「……菜々子!」
八郎が思わず声を上げる。
「どうしたんだよ!散々探したんだよ!」
「…………」
フローラは答えない。
いつもの柔らかな表情もない。
「残念だけど、ここで帰ってもらうわ。この先には通さないから」
「菜々子……?」
巳の一行に緊張が走る。
「ど、どうしましょう……?相手は殺る気みたいですよ……!」
半三がフローラたちの様子を窺う。
「……やっかいなことになっちまったな。ここはバラけるぞ。八郎だけでも菜々子と話せるようにする」
クボケンが八郎へ視線を送る。
「分かった」
こうして――巳と酉の戦いが始まる。
半三VSロック
散り散りになった巳の一行。
半三の前に、フローラの妹――ロックが立ちはだかる。
「ここから先には行かせません」
ロックが本を開く。
ページの一部を破り、地面へ落とす。
土の使い魔の力によって、地面が大きく盛り上がり――巨大な人型へと姿を変える。
土人形――ゴーレム。
「菜々子様は、八郎様を残してどこかへ行くような人じゃない。菜々子様に何をしたんだ?」
半三が銃を構える。
「私たちは何もしていないわ。これは姉さんが自分で選んだことよ。あなたたちこそ、本当に姉さんのことを理解しているの?」
ゴーレムが半三へ襲いかかる。
半三が銃を連射する。
弾丸が次々とゴーレムの身体を抉るが――土の身体にはほとんど効いていない。
「くっ……!」
振り下ろされる巨大な腕をかわしながら、半三がゴーレムの懐へ入り込む。
至近距離から銃弾を撃ち込み、すぐに離れる。
それでもゴーレムは止まらない。
半三は攻撃をかわしながら、少しずつ距離を取っていく。
そして――
そのままゴーレムに背を向け、走り出してしまった。
「…………」
ロックがその背中を見つめる。
「逃げ出すなんて……所詮、その程度の繋がりなのね」
少し寂しそうに呟いた、その時。
ゴーレムの身体が内側から爆発する。
「なっ!?」
土の身体が崩れ落ちる。
その中心には――焼け焦げた、本の切れ端。
半三は先ほどゴーレムへ接近した際、身体の中へいくつもの小型時限爆弾を仕込んでいた。
その後、爆発に巻き込まれないよう、距離を取っていたのだ。
「私のゴーレムが……!」
ロックがすぐに本を開き、数枚のページを破り捨てる。
地面から次々と土が盛り上がり――数体のゴーレムが現れる。
「まだやるのか……」
先ほどの攻撃で、半三もすでに傷を負っている。
それでも銃口を下ろさない。
そんな半三を見て、ロックが問いかける。
「そこまでして、どうして姉さんを取り戻したいんですか?」
「…………」
半三がロックを見る。
「フローラ様――いや、菜々子様は、俺が妻を亡くしたことも、二歳の娘がいることも知っています。そんな俺を気にかけて、たまに娘と遊んでくれるんです」
銃を握る手に力が入る。
「菜々子様だけじゃない。巳のみんなは、こんな俺を心配してくれる。期待してくれる。俺を――巳の仲間だって認めてくれてるんです」
半三がロックをまっすぐ見据える。
「だから俺は、命に変えてでも仲間の菜々子様を取り戻します!」
「…………」
ロックがしばらく半三を見つめる。
「命に変えてでも、ですか」
「はい!」
「あなたが死んだら……娘さん、一人になっちゃいませんか?」
「…………」
半三の顔が固まる。
「あーー!そうだ!死ねない!娘を残して死ねないわ!」
「…………」
ロックが思わず吹き出す。
「ふふっ……なんだか、やる気が失せちゃいました」
周囲のゴーレムが、次々と土へ戻っていく。
「それに、あなたや巳の皆さんが、姉さんのことをそこまで思ってくれているって分かりましたから」
「ロックさん……」
「このまま続けても、また同じようにゴーレムを壊されて、お互い陰を使い果たすだけです。そんなことになったら、姉さんに叱られちゃいます。娘さん、大事にしてくださいね」
そう言い残し――森の奥へと姿を消していった。
ジミー&メアリーVSフレア&アクア
森の中を彷徨う大吾。
「こんな森の中じゃ、どこに相手がいるのか分からねぇな……」
一方――睦子も辺りを警戒しながら歩いていた。
「どうかお化け出ませんように……」
その時。
二人の背中がぶつかる。
「ぎょえっ!?」
同時に飛び上がる大吾と睦子。
「なんだ、お前かよ!」
「びっくりしたじゃない!」
胸を撫で下ろす二人。
だが――そんな二人の前に、二人の少女が姿を現す。
フローラの妹――双子のフレアとアクア。
「なーんかハズレっぽい」
「なーんか弱そうー」
「誰がハズレだ!」
大吾と睦子が顔を見合わせる。
そして――大吾はジミーへ。睦子はメアリーへと姿を変える。
フレアが炎の使い魔を呼び出し、アクアが水の使い魔を従える。
次の瞬間。炎と激流が、ジミーたちへ襲いかかる。
「危ねぇ!」
ジミーがギターを構え、炎の死神を召喚する。
ぶつかり合う炎。僅かにジミーの炎が押し勝ち、フレアが後退する。
その隙に、メアリーは激流をかわしながらアクアへ距離を詰めていく。
「なんか生意気ー!アレやっちゃおうか!」
「うんうん!アレやろう!」
フレアとアクアが互いの手を合わせる。
途端二人の身体が一つとなり――先ほどまでの幼い姿から、成長した一人の女性へと姿を変える。
二人が一つになった姿――アレア。
「じゃあ、ここから本気出すわね」
箒に跨り、一気に上空へ飛び上がる。
炎と水を融合させ発生させたのは――水蒸気爆発。
森が大きく抉れ、ジミーとメアリーが吹き飛ばされる。
「うおおっ!?」
「なにあの威力!?」
次々と起こる爆発から逃げ、なんとか木の陰へ身を隠す二人。
「どうしよう!?このままじゃ負けちゃう!」
「……よし。こうなりゃ俺たちも合体だ!」
「は?」
ジミーがメアリーの身体をバラバラにし、自分の身体へとくっつけていく。
手足を取り付け――肋骨の中にはメアリーの頭。
「完成!名付けて――ジアリーだ!」
その直後。
アレアの攻撃が直撃する。一瞬で吹き飛ばされる二人。
「全然ダメじゃん!!」
「おっかしいな……」
再び木の陰へ逃げ込む。
上空から森を順々に吹き飛ばしていくアレア。
隠れられる場所が、少しずつ減っていく。
そんな中、またしてもジミーがある作戦を提案する。
「今度はちゃんとした作戦でしょうね!?」
「相手は所詮子どもだ。今度の作戦はきっと上手くいく。ただ、この作戦にはメアリーにも協力してもらわないといけねぇ」
「…………嫌な予感しかしないんだけど」
しばらくして――
森の開けた場所に、堂々と立つジミーとメアリー。
上空から二人を見つけアレアが笑う。
「あら?もうかくれんぼはおしまい?」
「おう!もう俺たちは逃げも隠れもしねぇ!」
「私たちのコンビネーションを見せてやるわ!」
ジミーが地面へ手のひらを広げ、ある物を召喚する。
現れたのは――巨大なアンプとステージ。
ギターを構えるジミー。マイクを握りその隣に立つメアリー。
そして――二人のライブが始まる。
森中へ響き渡る大音量。ジミーのギターとメアリーのボイス。
激しい音の振動に、アレアが箒から落ちそうになる。
「こんなの私の爆発で――!」
アレアが爆発を起こそうと構える。
だが――音の振動によって、その爆発はアレアの目の前で起こってしまう。
「きゃあっ!」
衝撃を受け、地面へと落下するアレア。
その時――ジミーとメアリーが同時に陰獣召喚、地面から大量のゾンビと骸骨が現れる。
音楽に合わせ、ノリノリで踊りながらアレアへと近づいていく亡者たち。
そのまま次々とアレアに絡みつく。
「きゃああああっ!!お化けー!!」
ゾンビと骸骨に囲まれ、そのまま気を失うアレア。
二人の姿が元のフレアとアクアへと戻る。
「決まったわね」
「おうよ!」
最後の一音を鳴らし――ジミーとメアリーがポーズを決める。
マクベスVSボルティナ
同じく森の中を進むクボケン。
(八郎は菜々子と話せただろうか……)
その時――前方に一人の女が立ちはだかる。
酉の長――ボルティナ。
「集会以来だな。まさか酉の長と戦うことになるとは」
「お前など覚えていない」
「なら覚えておくんだな。俺の名前は久保田健司だ!」
クボケンがマクベスへと姿を変える。一気に間合いを詰め、剣を振り抜く。
しかし――その一撃は、いとも簡単にかわされてしまう。
「……!」
目の前にいたボルティナの姿が変わる。
全身に雷を纏った、魔人のような姿。
「これは、自らの使い魔と一つになることで得られる力――シンクロバースト」
ボルティナが従えるのは、雷の使い魔。その力を自身へ宿すことで、身体を電気へと変え――稲妻のような速さと威力を手にしている。
ボルティナが地面を蹴る。
一瞬でマクベスの懐へ入り込み、激しい攻撃を浴びせる。
マクベスも剣で応戦。
高速でぶつかり合う二人。互いに一歩も譲らない。
そんな中――
ボルティナがあることに気づく。
「……お前のその姿……陰ではなく陽だな?」
クボケンが纏うマクベスの鎧には陽の力が宿っており、内にある陰を抑え込む役割を持っている。
さらに――変身できる時間には限界がある。
長引く戦闘の中、マクベスの胸にあるタイマーが赤く点滅し始める。
「……まずいな」
残された時間は少ない。
マクベスが剣を構え直す。
「こりゃ、あの技を使うしかないな」
陽の力を限界まで使う大技――雷鳴。
鎧に残された陽を一気に使い、音さえ置き去りにするほどの速度で敵を斬り抜ける。
使えるのは――一度だけ。
発動すれば、マクベスの変身も解ける。
「いくぞ……!」
次の瞬間、マクベスの姿が消える。
ボルティナの身体を、一閃。
そして――真っ二つに斬られるボルティナ。
変身が解け、クボケンの姿へ戻る。
だが、その表情は晴れない。
「……手応えがない」
斬り裂かれたボルティナの身体が、電気となって揺らめく。
そして――何事もなかったかのように、再び一つへ戻っていく。
「私の身体は電気そのもの。斬撃など通用しない」
クボケンはすでに力を使い果たしていた。
もはや戦う術は残されていない。
「……とどめを刺せよ」
「それは叔母さまたちから禁じられている」
「何故だ?」
クボケンの表情が変わる。
「そもそも、なぜ菜々子を奪った」
「奪ったつもりはない」
ボルティナが静かに答える。
「私は叔母さまたちのことを知っている。そしてフローラのことも、ヴァイパーのことも」
「……?」
ボルティナがしばらくクボケンを見つめる。
「健司といったか?」
「…………」
「お前、強いな。これ以上攻撃したら、お前に殺されかねん。無駄死にはごめんだ」
そして――クボケンの横を通り過ぎる。
「フローラを頼んだぞ」
「……!」
その言葉を最後に、ボルティナは森の奥へ消えていく。
張り詰めていた力が抜け――クボケンは倒れ意識を失う。
八郎VSフローラ
暗い森の中――八郎の前に、フローラが立ちはだかる。
「……菜々子」
「どうして来たの?」
いつもの優しい声ではない。
「手紙に書いたでしょ。私は酉で暮らすことにしたの。だから、もう帰って」
「…………」
八郎は何も答えない。
ただ――フローラの横を通り、城へ向かおうとする。
「待ちなさい!」
フローラが八郎の前へ回り込む。
「聞こえなかったの?帰ってって言ってるの!」
「…………」
それでも八郎は歩き出す。
「八郎!」
フローラの攻撃が八郎を捉える。
身体が大きく弾き飛ばされ、地面へ倒れる。
「…………」
八郎がゆっくりと身体を起こす。
そして――再び城へ向かって歩き始める。
「……やめて」
もう一度。フローラの攻撃が八郎を襲う。
先ほどよりも強く、地面へ叩きつけられる。
「帰ってよ!」
それでも――八郎は立ち上がる。
足元はふらつき、身体のあちこちから血が流れている。
だが、変身することもない。反撃することもない。
ただ――フローラの向こうにある城を目指して歩く。
「どうして……」
フローラの表情が歪む。
「どうして分かってくれないのよ!」
再び攻撃を受ける八郎。
地面を転がり――しばらく動かなくなる。
「…………八郎」
フローラが息を呑む。
だが。
八郎の指が動く。
地面へ手をつき――震える身体を、ゆっくりと起こす。
「……もう、やめて」
八郎が立ち上がる。
そしてまた、一歩。城へ向かう。
「やめてって言ってるでしょ!」
フローラの声が震える。
「私はここに残るの!巳には戻らない!だからもう、私のことは放っておいて!」
「…………」
八郎は止まらない。
「八郎……お願いだから……」
それでも――一歩。
そして、また一歩。
フローラが眼帯へ手をかける。
「……止まりなさい」
八郎の足が止まる。
フローラの手は、眼帯にかかったまま。
「これ以上、進まないで」
「…………」
「あと一歩進んだら――」
フローラが、八郎を睨む。
その声は震えている。
「殺すわよ」
静まり返る森。
八郎が――フローラを見つめる。
そして。
何も言わず――一歩、前へ踏み出す。
「…………」
フローラの手は、眼帯にかかったまま動かない。
八郎を見つめる瞳が揺れる。
「……殺せるはずないじゃない……」
力なく手が下がる。
そして――フローラが、その場に崩れ落ちる。
堪えていた涙が、頬を伝う。
「…………」
八郎がフローラの前で足を止める。
「なんとなく事情は分かったよ」
フローラが顔を上げる。
「菜々子はいつも一人で抱え込むんだから。それに――」
八郎が少し笑う。
「僕がゴルゾン姉妹に負けると思った?」
「でも……八郎にもしものことがあったら……」
震える声で答えるフローラ。
そんなフローラへ笑顔を見せる。
「僕はもう、あの時の『守ってもらう』おチビちゃんじゃない」
「…………」
「『仲間を守る』巳の長バジリスクなんだよ」
フローラが八郎を見つめる。
幼い頃から――ずっと守ってきた、小さな男の子。
その八郎が今、自分を守るために、目の前に立っている。
「それじゃ、これまでの罰として――」
八郎がいつもの調子で笑う。
「帰ったら実年齢教えてもらうから、覚悟しておくように」
「……もう」
涙を拭いながら、フローラが小さく笑う。
八郎が背を向ける。
そして――バジリスクへと姿を変える。
城へ向かって歩き出すバジリスク。
「…………」
フローラが、その背中を見つめる。
一瞬――その姿に、かつて荊の城で見たヴァイパーの背中が重なって見えた。
やがて、バジリスクが酉の本部である城へ辿り着く。
目の前にそびえる巨大な城。
バジリスクが近づくと――閉ざされていた城の門が、独りでに開いていく。
まるで、八郎を招き入れているかのように。
「…………」
迷うことなく、その中へ足を踏み入れるバジリスク。
そして――城の門が、ゆっくりと閉じていく。
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