とある男と相棒の話
その日もいつものように、編集作業に追われていた。
映像カメラマンの仕事は、撮って終わりじゃない。
撮影した映像をパソコンへ取り込み、必要な部分を残して繋いでいく。
テロップを入れ、音を整え――
地味だが、これがなかなか時間のかかる作業だ。
画面には、先日撮影したビクトリーとバジリスクの戦いが映っている。
いつものようにビクトリーが拳を振りかぶり、バジリスクへと渾身の一撃を――
と、その時。
「ビッグニュース!」
勢いよく部屋の扉が開く。
「ビクトリーの正体が分かったわよ!」
「うおっ!」
驚いた拍子に、反射的に映像を止める。
「あいこ……お前忙しい時に限ってくるよな」
「そんなことより聞いてよ!」
まったく気にする様子もなく、あいこが机へ身を乗り出す。
「ビクトリーの正体につながる情報を手に入れたの!」
「……またか?」
この手の情報は今までにも何度かあった。
そのたびに調べてみるものの――結果は全部ハズレ。
「その情報、確かなのか?」
「とある不良高校生から聞いたんだけどね」
あいこがニヤリと笑う。
「どうやら、その子たち――ビクトリーの妹と同じ学校らしいのよ」
「妹?」
「そう。だから今までの噂よりは、かなり信憑性が高いと思わない?」
「うーん……」
だが、やっぱり胡散臭い。
そんな俺をよそに、あいこはもう出かける気満々だ。
「じゃあ早速行くわよ!用意して!」
「今から!?」
「善は急げよ!」
こうなったら、あいこに何を言っても無駄だ。
仕方なく席を立つ。
そして――
作業途中の映像をそのままに、あいこと共にビクトリーと噂される男のもとへ向かう。
その男の名は――一ノ瀬英雄。
いかにもヒーローらしい名前だ。
「……胡散臭いなぁ。本当にこいつがビクトリーなのか?」
少し離れた場所から、英雄の様子を窺う。
「まだ分からないわ。しばらく動きを見てみましょう」
「……やっぱりそうなるか」
早く帰って編集の続きをしたいところだが――あいこは納得するまで動かないだろう。
仕方なく付き合うことにする。
しばらく英雄を観察してみる。
通勤は電車、ごく普通だ。
服装もどこにでもいそうな会社員だ。
だが、見ているうちに少しずつ分かってきたことがある。
駅へ向かう途中。
重そうな荷物を抱えたおばあさんを見つけ、声をかける英雄。
荷物を持ち、そのまま目的地まで付き添っていく。
「親切な人ね。」
あいこが言う。
「親切っていうか……お人好しだろ」
さらに電車の中。
隣に座っていた女性が眠り込み、英雄の肩へもたれかかる。
そして――
英雄が目的とする駅を通り過ぎてしまった。
どうやら女性を起こすことができなかったようだ。おかげで見事会社に遅刻する。
その後も英雄を追う。
職場では同僚から仕事を頼まれ――
「一ノ瀬さん、これもお願いしていい?」
「あ、はい!任せてください!」
嫌な顔一つせず引き受ける。
さらに別の同僚がやって来る。
「悪い一ノ瀬、これも頼める?」
「もちろん!お安い御用です!」
「…………」
次々と増えていく書類。
それでも英雄は、文句一つ言わず仕事を続けている。
「あいつ……断るってこと知らないのか?」
少し度が過ぎているくらいに、人が良い。
だが、その顔を見ていると――嫌々やっているわけではないことも分かる。
誰かに感謝されるたび、英雄は嬉しそうに笑う。
本当に――人の役に立つことが好きなのだろう。
「うーん……なかなか本性を現さないわねぇ……」
双眼鏡を覗きながら、あいこが呟く。
「本性って……」
思わず苦笑する。
結局――一日張り込んだが、ビクトリーにつながるような事柄は何一つ見つからなかった。
唯一分かったのは、一ノ瀬英雄がとんでもなく良い奴だということだけ。
なんだか、こんな男を一日中つけ回していたことに罪悪感まで湧いてくる。
「もういいだろ。今日はおしまいにしよう」
「あーあ……何にも成果なかったわねぇ」
落ち込むあいこ。
だが――もし英雄が本当にビクトリーだったとしても、それはそれで俺は悪くないと思った。
これまで見てきた名前だけ立派なヒーローたちより、こいつの方がよっぽどヒーローらしい。
あいこと共に家へ戻り、途中だった編集作業を再開する。
「えっと……続きはここからだったな」
止めていた映像を再生する。
画面の中では――ビクトリーが振りかぶった拳を、バジリスクへと叩き込む。
次の瞬間。バジリスクの身体が勢いよく宙へ吹き飛ぶ。
何度も見てきた、いつもの光景。
だが――
「……ん?」
手が止まる。
今の一瞬、何かがおかしかった。
「どうしたの?」
「あいこ、ちょっとこれ見てみろ」
映像を少し巻き戻す。
もう一度再生。
ビクトリーが拳を振りかぶる。
バジリスクへと――渾身の一撃。
そして吹き飛ぶ。
「…………」
やっぱり何かがおかしい。
再生速度を落としてみる。
ゆっくりと迫るビクトリーの拳。
拳が当たる瞬間――バジリスクは両足を上げ、その足裏をビクトリーの拳へ合わせている。
そして。
その勢いに合わせるように――自ら後方へ跳んでいる。
「……おいおい」
思わず画面へ顔を近づける。
「これ……殴られて飛ばされてるんじゃないぞ」
「え?」
あいこもモニターを覗き込む。
もう一度、ゆっくりと映像を流す。
間違いない。
ビクトリーの拳が届くより先に――バジリスクは、すでに飛ぶ動作へ入っている。
「自分から…飛んでる……?」
「……そう見える」
部屋が静まり返る。
これまで何度も撮影してきたビクトリーとバジリスクの戦い。
誰も疑うことのなかった、
ヒーローがヴィランを打ち倒す光景。
だが――この映像が意味するものが事実なら。
「……つまり…バジリスクは…。」
画面には、いつものように勝利のポーズを決めるビクトリー。
そして――遠くへ吹き飛んでいくバジリスク。
さっきまで何とも思わなかったその光景が、今はまるで違って見える。
俺たちは――触れてはいけない何かに、
気づいてしまったのかもしれない。
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