猫の章 一 島根県
昔々――
月の神は、悪党の頂点に立つ十二の部族を決めるため、ある戦いを始めた。
その名も――月戒十二選戦。
月の神は各部族にそれぞれ動物の名を与え、八岐大蛇の肉を食わせることで、陰という力を授けた。
狐、兎、犬、猿――その数、六十八。
彼らは悪役十二支の座を巡り、互いに命を奪い合った。
中でも大きな勢力を持っていたのが、子と丑の一族。
長く敵対していた両者だったが、終わりの見えない戦いに終止符を打つため、一時的に手を組む。
後に――この同盟の儀式は、干支合戦と呼ばれるようになる。
戦いは数百年に及んだ。
六十八あった部族は次々と姿を消し――最後に残ったのは、僅か十三。
これ以上戦えば、全ての部族が滅びかねない。
そう考えた月の神は、一年を巡る十二の月になぞらえ、生き残った者の多い順に十二の部族を選んだ。
こうして――悪役十二支が誕生する。
しかし。
十三番目となった一族だけは、その中へ入ることができなかった。
その一族こそ――猫。
一方、最も多くの者を生き残らせた子の一族には、褒美として永遠の命が与えられた。
多くの犠牲を払いながら、十二支になることのできなかった猫の一族。
彼らはやがて月の神から離れ――猫神と呼ばれる異形を崇めるようになる。
一九九五年十月――島根県。
箱﨑八幡神社から、一つの鈴が盗まれる。
これを機に、長い時を経て――猫の一族が、再び動き始める。
その頃――
八郎たち巳の一行は、ビッグマウスの野外ライブに訪れていた。
悪役十二支・子。
その一族で結成されたヴィランバンド、ビッグマウス。
全国に多くのファンを持つ彼らのライブ会場は、大勢の観客で埋め尽くされている。
ステージ中央では、子の長・ルーシーが力強い歌声を響かせる。
ギターを掻き鳴らし、ステージを煽るシカオ。
ドラムを豪快に叩くタケ。
眠そうな顔のままキーボードを弾く、ゆに。
ベースを手に、黙々と演奏を続けるタイド。
それぞれ癖の強いメンバーたちが、一つの音を作り上げていた。
「うおおおおお!!最高だぜぇぇぇ!!」
観客席の中でも、ひときわ大きな声を上げる大吾。
「大吾、すごく楽しそうだね」
八郎が笑う。
「当たり前だろ!生ビッグマウスだぞ!?」
「大吾、さっきからうるさい。聞こえないじゃん!」
睦子が呆れた顔をする。
ライブはいよいよクライマックス。
会場の熱気も最高潮に達した――その時。
ズン!!
巨大な何かが、ステージへ降り立つ。
「な、なんだ!?」
演奏が止まる。
観客たちの視線が一斉にステージへ集まる。
そこにいたのは――巨大な招き猫。
そして、その前に立つ四人の男女。
四人が歩くたび――小さな鈴の音が鳴る。
異様な雰囲気を放つ四人が、ビッグマウスへと向かい合う。
先頭に立つ女――アキナが口を開く。
「我らは――猫盗楽団」
その声が会場に響く。
「悪役十二支に宣戦布告する」
ルーシーが眉をひそめる。
「……はぁ?」
アキナがルーシーを真っ直ぐ見据える。
「まずは手始め――子の長、リンダはどこだ!?」
「…………」
ビッグマウスの面々が顔を見合わせる。
「リンダ?」
八郎が小さく呟く。
ルーシーが呆れたようにアキナを見る。
「アンタら……いつの時代の話してんだい?」
しかしアキナは聞く耳を持たない。
「隠しても無駄だ!」
その声に呼応するように――巨大な招き猫が動き出す。
首元に下げられた鈴が、大きく揺れる。
チリン――鈴の音が会場に響く。
「っ!?」
ルーシーが身構える。猫神の狙いは――ルーシー。
その瞬間。
「危ない!」
八郎が咄嗟にルーシーの前へ飛び出す。
チリン――!!
再び鈴が鳴る。
八郎の身体から何かが引き剥がされ――そのまま猫神の鈴へと吸い込まれていく。
「ぐっ……!」
八郎が膝をつく。
「八郎!?」
大吾と睦子が駆け寄る。
八郎が自分の手を見る。
いつものようにアギトを発動しようとする。
しかし――何も起こらない。
「……アギトが……」
八郎が目を見開く。
「使えない……」
その間にも、猫盗楽団は猫神と共にステージを離れていく。
「待ちな!!」
ルーシーたちが後を追う。
八郎たちもすぐに追いかけるが――
猫盗楽団はその名の通り、猫のようにするりと人混みを抜けていく。
そして――気づいた時には、その姿はどこにもなかった。
ライブは中止となり、観客たちは会場を後にする。
残ったのは、ビッグマウスと巳の一行。
「おい、にいちゃん。大丈夫か?」
タケが八郎へ声をかける。
「うん……僕としたことが、油断しちゃったよ」
「君は悪くないよぉ。元気出してぇ……むにゃむにゃ」
眠そうな顔で、ゆにが八郎を励ます。
タイドは何も言わず、少し離れた場所から八郎の様子を見ている。
「ルーシーを庇ったせいで、八郎の能力が奪われちまった。すまない」
シカオが頭を下げる。
「私は別に助けてもらおうなんて思ってなかったのにね!」
ルーシーが不機嫌そうに腕を組む。
「余計なことするから、こうなるんだ!」
「……相変わらず素直じゃねぇな」
シカオが呆れる。
「なんだって!?」
「まあまあ……」
八郎が苦笑する。
クボケンが猫盗楽団の消えた方角を見る。
「にしても、なんなんだあいつら。悪役十二支に宣戦布告するとか言ってたな」
「あぁ」
シカオの表情が僅かに曇る。
「おそらく俺たちに恨みを持つ連中だろう。それより――リンダさんの名前を知ってたのが気になる」
「そのリンダっていう人は誰なの?」
八郎が尋ねる。
ルーシーが答える。
「リンダさんは、私たちの師匠であり――子の前の長さ」
少しだけ間を置く。
「八年前、贄になったよ」
「八年前……」
「アイツらが狙ってたのは、おそらくリンダさんの能力だ」
ルーシーがステージに残された猫神の足跡へ目を向ける。
「それを使って、悪役十二支に何か仕掛けるつもりだったんだろうね」
クボケンが腕を組む。
「とにかく、八郎の能力を取り戻すには猫について調べる必要がある」
そしてビッグマウスの面々を見る。
「リンダって人の能力が関係してるなら、その人について教えてくれないか?」
「それがなぁ……」
シカオが困ったように頭を掻く。
「あの人の能力を実際に見た奴はいねぇんだ」
「師匠なのに?」
「昔の話なら、色々聞かせてもらったんだけどな」
しばらく考えたシカオが、ふと思い出したように顔を上げる。
「……そういや、一人いるな」
「誰?」
「昔、リンダさんとデュオを組んでた人だ」
シカオが答える。
「ローズさんなら、何か知ってるかもしれねぇ」
こうして――ルーシー、シカオ、八郎、クボケンの四人は、リンダの元相方・ローズのもとを訪れることとなる。大吾たちには残ってもらい、八郎の能力を取り戻すための作戦を考えてもらう。
辿り着いたのは、どこか西洋の雰囲気を感じさせる古風な家。
シカオが扉を叩く。
しばらくして――一人の老婦人が姿を現す。
「あら……もしかしてシカオくん?」
「ご無沙汰してます」
「まあ、本当に久しぶりね。さあ、中へどうぞ」
四人は案内されるまま家の中へ。
「改めまして。私はローズ。皆さんもご存じの通り、昔リンダとデュオを組んでいました」
ローズが穏やかに微笑む。
「今日は、何か聞きたいことがあって来たのでしょう?」
「はい」
シカオが答える。
「俺たちの師匠――リンダさんについて、教えていただきたいんです」
「リンダのこと……」
ローズが懐かしそうに目を細める。
「そうね。もう何十年も前に聞いた話だから、思い出せることしか話せないけれど――」
ローズは四人に紅茶を用意する。
「まずは、あの子の生い立ちから話さないといけないわね」
そして――ローズは、かつての相棒・リンダについて語り始める。
リンダは、子の一族に生まれた。
かつては数の多かった子の一族。
しかし長い年月の中で市民との混血が進み、純血の者はリンダを含め、僅かしか残っていなかった。
子の血を引く者は、生まれた時からアンデッドというわけではない。
最初は普通の人間として生を受ける。
そして――自ら命を絶った時、初めてアンデッドとして覚醒する。
そのため、アンデッドになることを恐れる者。それを望まない者。さらには、自分に子の血が流れていることすら知らず、市民として一生を終える者も少なくなかった。
一方、アンデッドとなった子の者たちは、終わりのない生の中で娯楽も楽しみもやり尽くし、退屈な日々を送っていた。
リンダは、そんな一族の生き方に疑問を感じていた。
そしてリンダもまた――人間として生きることを望んだ一人だった。
リンダには歳の離れた弟がおり、子の跡を継ぐことも決まっていた。
それなら、自分まで一族に縛られる必要はない。
そう考えたリンダは家を出る。
そして市民として暮らす中で――音楽と出会った。
やがて彼女は、音楽を通じて一人の女性と知り合う。
その名は――ローズ。
リンダとは正反対で、人前に立つことさえ苦手な内気な女性だった。
しかし不思議と二人は気が合い、いつしか親友となっていく。
ある日。
「ねぇローズ。アンタの歌、聴かせてよ」
突然そう言われ、ローズは戸惑った。
「む、無理よ……人前で歌うなんて……」
「大丈夫。ここにはアタシらしかいないよ」
リンダに押され、ローズはしぶしぶ口を開く。
そして――
歌い始めた、その瞬間。
リンダの表情が変わる。
力強く、それでいて優しい歌声。その場の空気すら変えてしまうような、澄んだ声。
歌い終えたローズを、リンダが目を輝かせて見つめる。
「……ローズ」
「な、なに?」
「一緒にデュオ組まない!?」
「ええ!?」
リンダが勢いよく立ち上がる。
「アンタがメインボーカル!アタシがサブコーラスとギター!」
「ちょ、ちょっと待って!私、人前でなんて――」
「大丈夫だって!アタシがついてるからさ。」
こうして――二人のデュオ、
『リンダ&ローズ』が結成される。
もちろん、最初から全てが上手くいったわけではない。人前に立てば緊張してしまうローズ。
そんな彼女の隣には、いつもリンダがいた。
少しずつ人前で歌えるようになり――二人の歌は、次第に多くの人々の耳へ届いていく。
そしていつしか、
『リンダ&ローズ』は国を代表するほどの人気デュオへと成長していった。
数々のヒット曲を世に送り出し――気づけば、結成から十年の月日が流れていた。
順風満帆な日々。
しかし――それは突然終わりを告げる。
子の一族が襲撃された。
リンダが駆けつけた時には、すでに全てが終わった後だった。
そこには――一族の者たちの亡骸。力を使い果たし倒れた父。
そして、猫の一族と思われる者たちの亡骸も転がっている。
激しい戦いがあったことは、一目で分かった。
その中で――リンダは弟を見つける。
「…………」
言葉が出ない。
ただ弟の身体を抱きしめる。
この事件によって、リンダを除く純血の者はほぼ全滅。
現場の状況から、襲撃したのは猫の一族と判断された。
やがて事件の調査のため、真英組やヴィラン協会の者たちが集まってくる。
そこにいる誰もが一つの疑問を抱えていた。
誰が子を継ぐのか。
その場に居合わせた酒呑法師が、弟を抱いたまま動かないリンダへ歩み寄る。
「……死とは、心の臓が止まることではない」
リンダがゆっくりと顔を上げる。
「誰からも忘れ去られた時に、本当の死がやってくる」
法師が倒れた子の者たちへ目を向ける。
「お主は――一族と弟の意思を紡がぬのかね?」
「…………」
リンダが腕の中の弟を見る。
本来なら――子を継ぐはずだった弟。
自分は人間として生きる道を選んだ。
一族を離れ、音楽と出会い、そしてローズと出会った。
しかし――
ここで自分が背を向ければ、弟が継ぐはずだったものは途絶えてしまう。
「……私が」
リンダが静かに口を開く。
「私が、子を継ぎます」
酒呑法師がリンダを見つめる。
それから数日後――
リンダは酒呑法師のもとを訪れていた。
「お主は、悪役十二支に伝わる昔話を知っておるか?」
「月の神が、十二の部族を決めるために行わせた戦い……月戒十二選戦ですよね」
「うむ」
法師が頷く。
「その昔、月の神は子の一族へ褒美として永遠の命を与えたという」
そして――
「じゃが、わしはこう考えておる」
リンダが法師を見る。
「月の神が子に与えた本当の褒美は――人として生きるか、ヴィランとして生きるか。その道を自ら選択できることなのではないかとな」
法師の目が鋭くなる。
「お主がヴィランとして生きるのなら、それ相応の覚悟が必要じゃ」
しばらく沈黙した後――リンダが頷く。
「……分かりました」
そしてリンダは――
ナイフを手に取り、首に当て――
自ら人としての生を終える。
やがて再び目を覚ました時。
その身体は、以前とは違っていた。
人として死に――
アンデッドとして生まれ変わったリンダ。
こうして彼女は、
子の新たな長として――ヴィランの道を歩み始める。
その後、酒呑法師のもとで陰の扱いを学び始めたリンダ。
月日は流れ――
子の長として申し分ない力を身につけたリンダに、法師は最後の術を伝える。
「お主に、わしの扱う召喚術を教えよう」
法師が琵琶を手に取る。
「奏鳴術・冥響召喚。音を媒介に、死神を現世へ呼び寄せる術じゃ」
法師が静かに琵琶を奏でる。
「死神が奏者の音や旋律に応えた時、初めて契約が結ばれる。そして契約した死神を現世へ呼び寄せる代償として、術者の寿命が削られるのじゃ」
法師は一本のギターをリンダへ差し出す。
「お主のために用意したものじゃ」
それは、かつて丑のヴィランだった者の亡骸から、法師が作り上げたギター。
その内部には今も、亡骸の主の陰が宿っており、召喚者への負担を抑えることができる。
「……いいね」
リンダがギターを手に取る。
弦へ指をかけ――音を響かせる。
その旋律に呼応するように、巨大な影が姿を現す。
冥響召喚は成功。
しかし――ここで法師すら予想していなかった事実が判明する。
本来、冥響召喚は術者の寿命を代償とする。
だが、リンダはアンデッド。
すでに一度死んだその身体には――寿命という概念そのものがない。
つまりリンダは、寿命を失うことなく死神を召喚することができた。
アンデッドだからこそ可能となった、新たな召喚術。
酒呑法師は、それを――
「奏永術・冥響召喚」と名付ける。
子の長となり、奏永術・冥響召喚を身につけたリンダ。
しかし――それは同時に、市民として歩んできた人生との別れを意味していた。
リンダがローズのもとを訪れる。
「……ローズ」
「どうしたの?」
「…もう一緒に歌えない」
ローズが黙ってリンダを見る。
「一族を継ぐことにした。これからは、悪役十二支として生きていく」
「…………」
ローズが静かに微笑む。
「ごめんな。勝手でさ」
「謝らないで」
ローズが首を振る。
「リンダが決めたことだもの」
そして――ローズが、自分の頭につけていた薔薇のスカーフを外す。
「これ、持っていって」
「いいのかい?」
「ええ」
ローズがスカーフをリンダへ手渡す。
「これからも――私の相棒でしょ?」
「……当たり前だ」
リンダがスカーフを受け取り、強く握りしめる。
こうして――
十年もの間、多くの人々に歌を届けた『リンダ&ローズ』は解散する。
「その後、リンダが一度だけシカオくんを連れて来てくれたことがあったの」
ローズの言葉で、話は現在へと戻る。
「もう十年くらい前になるかしら」
シカオが懐かしそうに目を細める。
「それからしばらくして……リンダは贄となって、この世を去った」
ローズが少し寂しそうに微笑む。
「これが、私の知っているリンダの話よ」
「……ありがとうございます」
シカオが頭を下げる。
「ローズさん。リンダさんが召喚していた死神について、何か知りませんか?」
「死神……」
ローズが考える。
「詳しいことは覚えてないけど――」
少し懐かしそうに笑う。
「とてもリンダらしい力だった、と記憶しているわ」
「リンダさんらしい……」
「ええ。でも私には死神を見ることができないから。ごめんなさいね」
「いえ、十分です」
ローズが四人を見渡す。
「今日は来てくれてありがとう。昔のことを話していたら――なんだか、リンダがここにいるような気がしたわ」
シカオが黙ってローズを見る。
やがて四人はローズに礼を告げ、仲間たちのもとへと戻る。
「それで、何か分かったのか?」
大吾が八郎たちに尋ねる。
「リンダさんのことは色々分かったよ。でも肝心の死神の能力については、ほとんど分からなかった」
八郎が答える。
「ただ――リンダさんが使っていた冥響召喚は、もともと子の能力じゃない。酒呑法師から教わったものだった」
「ってことは、他のヴィランが使えてもおかしくねぇってことか」
大吾が納得したように頷く。
クボケンが腕を組む。
「そういや……あいつらの名前……」
「……!」
一同がクボケンを見る。
八郎がライブでの光景を思い返す。
――アキナが名乗った、その名前。
「……猫盗楽団」
一同の表情が変わる。
誰も口にはしない。だが、全員が同じ可能性に辿り着いていた。
このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。
キャラクターデザインが見たい方はこちら!
pixiv:【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=29055837】




