辰の章 名古屋市
学校から帰った八郎、大吾、睦子は、いつものように蛇ノ目家で宿題をしていた。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴る。
「はいはーい」
玄関から一番近い大吾が立ち上がる。
ガチャ。
扉を開けた、その瞬間――
「え?」
頭から黒い布を被せられ、大吾の身体がそのまま外へ引っ張り出される。
「ちょっ!?なんだ!?」
「大吾!?」
声を聞いた八郎と睦子が慌てて玄関へ飛び出す。
しかし――
大吾を乗せた黒いベンツは、二人の目の前を走り去っていく。
「大吾!!」
睦子が叫ぶ。
八郎が遠ざかる車をじっと見つめる。
「どうしよう八郎!?」
不安そうに睦子が言う。
「大丈夫。ナンバーも覚えたし、車にアギトを潜り込ませた。アギトを追えば大吾の居場所も分かるよ」
一方――車内。
何も見えない大吾の耳に、男たちの話し声が聞こえてくる。
「……なんか簡単すぎやしないか?」
加藤が訝しげに大吾を見る。
「こいつ、本当に八郎か?」
運転席の光希が笑う。
「やだなぁ先輩。表札に蛇ノ目って書いてあったじゃないっすかぁ。他人がいるはずないっすよ」
「それもそうだよな」
やがてベンツが停まる。
頭に被せられていた布を外され、大吾が恐る恐る目を開く。
目の前には――いかにも物騒な男たち。
「…………」
「おい加藤」
その中の一人が大吾の顔を見て眉をひそめる。
「こいつ、八郎じゃねぇぞ」
「え!?マジっすか!?」
加藤が大吾の顔をまじまじと見る。
「蛇ノ目宅から出てきたもんで、ついコイツかと……」
「この落とし前、しっかりつけてもらうからな」
「高杉さん、勘弁してくださいよー」
そんなやり取りの最中――
「大吾!」
聞き慣れた声がする。
八郎と睦子がそこに立っている。
「八郎ぉぉぉ!!怖かったよぉぉ!!」
半泣きの大吾が八郎に訴える。
高杉が三人を見て口を開く。
「……手間が省けたな」
八郎が高杉へ視線を向ける。
「どうして僕たちを?」
「本当はお前だけ連れてくるはずだったんだがな」
高杉が大吾を見る。
「訳の分からねぇ奴まで増えちまった」
「誰が訳の分からねぇ奴だ!」
高杉は大吾を無視して話を続ける。
「俺たちは辰――伏龍会のもんだ」
高杉が自分を指す。
「俺は補佐の高杉。頭から、巳の長の実力を測ってこいと言われている」
一枚の写真を机へ放る。そこに、一人の男が写っている。
「今からお前らに、この男を捕まえてもらう」
三人が写真を見る。
「違法に入国したヴィランだ」
高杉が続ける。
「干支合戦の立会人だけじゃない。俺たち辰の本業は他国のヴィランとのやり取りだ。違法入国したヴィランを捕らえ、元の国へ引き渡すのもその一つだな」
机の上へ、同じ男を写した写真が何枚も並べられる。
「難易度はCランクってところだ。男が所持していた物もいくつか用意してある」
高杉が八郎を見る。
「この程度の任務もこなせないようじゃ、悪役十二支どころか――巳の長も務まらねぇわな」
そして、口元を僅かに上げる。
「任務を遂行できたなら、巳との盃を考えてもいい。頭からそう言われている」
高杉から任務を言い渡された八郎たちは、そのまま名古屋の街へ放り出される。
「……で、どうやって探すんだ?」
大吾が手にした写真を眺める。
「所持品もあるけど……これだけで人を探すのは難しいね」
八郎が考え込む。
睦子も辺りを見回すが、当然それらしい男の姿はない。
ひとまず作戦を考えながら、三人で街を歩く。
「こういう時、犬とかいたら匂いで追えそうなのにな」
「大吾が嗅いでみたら?」
「俺は犬じゃねぇよ!」
そんなことを話していると――
「……あれ?」
八郎が足を止める。
少し離れた歩道を、一人の男が歩いている。
三人が同時に写真を見る。
「……こいつじゃね?」
大吾が男を指差す。
「いたー!!」
男もこちらに気づく。
一瞬、目が合い――次の瞬間。
その姿が消えた。
「消えた!?」
睦子が辺りを見回す。
「……透明になれる能力!?」
見えない何かが、人混みを掻き分けて逃げていく。
八郎たちもすぐに追いかける。
だがすぐに見失う。
「どこ行った!?」
大吾が立ち止まり、目を閉じる。
周囲の喧騒。車の音。人々の足音。
その中から――
ひとつだけ、不自然な足音を拾う。
「……そこだ!」
大吾が勢いよく飛びかかる。
「うわっ!?」
何もない場所から男の姿が浮かび上がり、そのまま地面へ倒れ込む。
大吾が男を押さえつける。
「暴れても無駄だぜ!観念しろ!」
得意げにキメる大吾。
八郎が呆れたように見る。
「大吾、そのセリフ言いたかったんだね」
「なんだよ、余裕じゃんか。」
だが――捕まった男の様子がおかしい。
「……っ、う……」
大量の汗を流し、苦しそうに身体を震わせている。
「…?」
八郎が近づく。
その瞬間――男の口から、透明な何かが這い出てくる。
「なっ……!?」
アメーバのような物体が地面へ落ち、ぐにゃりと蠢く。
やがてその身体が膨れ上がり――透明な女性の姿へと変わっていく。
遠くから様子を見ていた高杉たちの表情も変わる。
「……おいおい。何だありゃ?」
男の中に潜んでいた、もう一人のヴィラン。
その名は――パラサイト。
違法入国した男に寄生し、その身体を利用してこの国へ入り込んでいたのだ。
次の瞬間――
パラサイトが身体を崩して地面を這い、その場から一気に逃げ出す。
「逃がすか!」
高杉と光希が飛び出す。
「加藤!そいつを頼む!」
「了解っす!」
寄生されていた男を加藤に任せ、八郎たちもパラサイトを追う。
そのまま人通りの多い街中へ進むパラサイト。
「やべぇ……人混みに紛れるつもりだぜ!?」
大吾がジミーへ姿を変える。
「だったらその前に!!」
睦子もメアリーへと変身。
ジミーがギターを掻き鳴らし、炎をパラサイトへ浴びせる。
続いてメアリーも拳を打ち込む。
だが――
「効いてねぇ!?」
パラサイトの身体が大きく歪み、すぐに元の形へ戻る。
「水みたいな身体だ。打撃や炎じゃダメージが入らないみたいだね」
八郎はバジリスクとなり、アギトを放つ。
パラサイトがアギトをかわし、近くにいた市民へ飛びつく。
「っ!?」
透明な身体が、口へと一気に入り込む。
市民の身体から力が抜け――次の瞬間、何事もなかったかのように歩き始める。
「どこにいった!?」
人混みへ紛れ、姿が分からなくなる。
バジリスクが周囲を見渡す。
「……いや、大丈夫」
「え?」
「かなり強い陰を持ってる。人の中に隠れても私なら分かる」
バジリスクが走り出す。
「こっちだ!」
高杉がその様子を見て眉をひそめる。
「こりゃ……Cランクどころじゃねぇな」
携帯電話を取り出す。
「太刀花さん、高杉です。標的の男から別のヴィランが出てきました。危険度はAランク以上かと」
電話の向こうから、太刀花の声。
「そっちは高杉、お前がやれ」
一方――
他国のヴィランと向かい合って座る太刀花。その後ろに、本部長の花園がつく。
「おたくんとこの寄生虫が、俺らの国に入り込んだみてぇだ」
太刀花が睨みを利かせる。
「お前ら、こうなることが分かっててあの男を送り込んだんじゃねぇだろうな?」
「それは心外ですね」
相手のヴィランが薄く笑う。
「まるで我々が、あなた方の国へテロ行為を行ったような言い草だ」
その背後から、屈強な男たちがぞろぞろと姿を現す。
「ずいぶんと失礼じゃないですか?」
「……そうかよ」
太刀花が刀へ手を添える。
「そっちがその気なら、容赦しねぇぜ」
次の瞬間――男たちの腕が宙を舞う。
「……!?」
刀を抜いた瞬間すら見えない。
太刀花が何事もなかったように刀を鞘へ戻す。
「で――落とし前の件だが」
鋭い眼差しで相手を睨む太刀花。
「三日やる。じっくり考えて返事した方が身のためだぜ?お前らのボスに、しっかり話つけとくんだな」
その頃――
バジリスクのアギトと、高杉の刀。
二人の攻撃で少しずつダメージは与えている。
しかし――パラサイトは素早く街中を移動し、次々と市民へ寄生していく。
「くそっ……また逃げやがった!」
ジミーが辺りを見回す。
「こっちだ!」
陰を頼りに、バジリスクがパラサイトの居場所を追う。
何度か攻撃を繰り返すうち、パラサイトの動きが徐々に鈍くなっていく。
「……弱ってきてる?」
メアリーが呟く。
その時――パラサイトが市民の身体から飛び出す。
今度の標的は――光希。
「光希!」
高杉が咄嗟に間へ割って入る。
次の瞬間――パラサイトが高杉の口へ入り込む。
「高杉さん!!」
身体を硬直させる高杉。
「ぐっ……!」
高杉の身体から、急速に陰が失われていく。
バジリスクが目を見開く。
「陰を……吸っている……?」
それまで弱っていたパラサイトが、高杉の陰を吸収し力を取り戻していく。
「大丈夫っすか!?高杉さん!」
やがて高杉の身体から抜け出し、そのまま街中へ逃げていく。
「くそ……」
高杉がその場に膝をつく。
陰をほとんど奪われ、うまく身体を動かすことができない。
「僕のせいで……」
光希の顔から血の気が引き、その場に倒れる。
ショックで意識を失ってしまったようだ。
しかし――すぐにふらふらとよろめきながら立ち上がる。
先ほどまでの光希とは、まるで別人。
表情を失い、目に光はない。
次の瞬間――光希の姿が消える。
遥か先。逃げたはずのパラサイトへ、すでに光希が斬りかかっていた。
「な、なんだアイツ……!?」
ジミーが目を丸くする。
地面に膝をついたまま、高杉が口を開く。
「俺たち辰の先祖は、もともと霊媒師なんだ。呪われた武器を扱うことができる一族だ」
高杉が続ける。
「光希の刀が持つ能力は――『オート』。あいつはまだ未熟でな。気を失うと刀に支配され、任務を遂行するまで身体を操られちまう」
無言のままパラサイトを追い詰めていく光希。
だが、液体となるパラサイトになかなか決定打を与えられない。
「刀が光希の陰を使って、肉体の限界以上の力を引き出しているんだ」
「陰を使って……」
その言葉に、バジリスクが先ほどのパラサイトの動きを思い返す。
「……なるほど」
バジリスクが何かに気づく。
「パラサイトも同じだ。寄生したヴィランの陰を餌にして、力を回復している」
バジリスクが逃げるパラサイトへ目を向ける。
「なら――私の陰を餌にする」
「は?」
高杉がバジリスクを見る。
「私が陰を解放して、奴を体内へ誘い込む」
バジリスクが自分の腹へ手を当てる。
「その後、陰を腹部に集中させる。陰を餌にしているなら、奴も核ごとそこへ寄ってくるはずだ」
「まさか……」
「そこを光希の刀で貫けばいい」
高杉が眉をひそめる。
「お前の腹ごとってことか?」
「問題ない」
バジリスクが淡々と言う。
「巳には強力な再生能力がある。まあ――痛いことは痛いだろうがな」
ジミーとメアリーが顔を引きつらせる。
「いやいやいや!痛いとかそういう次元じゃねぇだろ!」
「だが、それが最善だろ?」
バジリスクがパラサイトへ向き直る。
「光希が奴を追い詰めている今がチャンスだ」
バジリスクが大きく息を吸う。
そして――全身から、膨大な陰を解放する。
その瞬間。
逃げ回っていたパラサイトの動きが止まる。
そしてゆっくりと――バジリスクへと顔を向ける。
「……食いついた」
パラサイトが光希を振り切り、一直線にバジリスクへ襲いかかる。
微動だにしないバジリスク。
パラサイトの身体が、そのまま口から体内へ入り込む。
「ぐっ……!」
身体の内側から、陰を吸い取られていく。
バジリスクが腹部へと陰を集中させる。
「……今だ!!」
「光希!」
高杉が叫ぶ。
「行け!!」
表情を失った光希が、一気に間合いを詰める。
刀を構え――
そのまま――
バジリスクの腹部を貫く。
「――っ!!」
次の瞬間――
「キャアアアアアア!!」
断末魔とともに、パラサイトがバジリスクの口から飛び出す。
地面へ落ちたパラサイトの身体が大きく崩れ始める。
やがて形を保てなくなり――ただの水となって、地面へ広がる。
「八郎!!」
ジミーとメアリーが駆け寄る。
腹部を刀で貫かれたバジリスクが、その場に崩れ落ちる。
「……さすがに、痛いな……」
そう呟き意識を失う。
その後――しばらくして目を覚ます八郎。
腹部の傷も、己の再生能力によって既に塞がっていた。
一方、パラサイトに寄生されていた男は加藤が確保。
無事に元の国へ送還されることとなる。
こうして――予想外の事態に見舞われながらも、八郎たちは任務を遂行。
大吾、睦子と共に名古屋を後にする。
後日――
今回の一件を、高杉が太刀花へ報告していた。
「……ってわけです。まさか自分の身体を囮にして、パラサイトを仕留めるとは思いませんでしたよ」
太刀花は黙って話を聞いている。
やがて――
「……やはり先生の息子なだけあるな」
その口元が、僅かに緩む。
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