一ノ瀬結衣の苦難 二
菜々子の助言を受け、結衣はヒーロー本部・志英館を訪れていた。
目的はただ一つ。
自分がヒーロー、ヴィラン、ミドル――そのどれに属しているのかを確かめるため。
「ここが志英館……」
結衣が見上げた先には、日本の城を思わせる巨大な建物がそびえていた。
その周囲は高い塀で囲まれ、内側には広い運動場や訓練施設が広がっている。
「……なんでこんなに人がいるんだろ?」
入口には、大勢の若者たちが列を作っていた。
どうやら今日は、志英館が運営するヒーローアカデミーの入学試験らしい。
戸惑いながら、辺りを見回す結衣。
すると――
「あれ?あんたも高校生?」
突然、二人の女子高生に声をかけられる。
見るからに派手なギャル二人組。
「え?あ、はい……」
「やっぱそうじゃん!うちらも高校生!」
「一人で来たの?じゃあ一緒に受付行こーよ!」
「あ、いや、私――」
「名前なんていうの?」
「一ノ瀬……結衣です」
「じゃあゆいぴーね!」
「ゆ、ゆいぴー?」
「うちはお鵜!」
「お鳩だよー。よろしく、ゆいぴー!」
「よ……よろしく……。」
気づけば――
結衣は、お鵜とお鳩という二人のギャルと友達になっていた。
「じゃ、受付行こー!」
「ちょ、ちょっと待って!私、試験を受けに来たわけじゃ――」
結衣の言葉も聞かず、二人が背中を押していく。
「ほらほら、早くー!」
「えぇぇ……?」
そして――あれよあれよという間に。
結衣はヒーローアカデミーの入学試験を受けることとなる。
最初の試験は、基礎的な身体能力を測るもの。
ヒーローを目指す者の試験だけあって、一般人以上の身体能力が求められる。
最初は――砲丸投げ。
「だるー。汗かいちゃうじゃーん」
「ほんとそれー」
ぶつくさ言いながらも、お鵜とお鳩は好記録を出していく。
そして、結衣の番が回ってくる。
「…………」
砲丸を手にしたまま、逃げ出す隙を窺う結衣。
そんな様子を緊張していると勘違いしたお鵜が声をかける。
「ゆいぴー、もっとリラックスー!最近あったムカつくこと思い出して投げてみなー!」
「最近あったムカつくこと……」
結衣の頭の中に、大吾の言葉が蘇る。
『そういやさぁ、一ノ瀬ってなんでそんなに馬鹿力なの?』
「…………」
結衣の眉がピクリと動く。
「バカで悪かったなぁー!!」
ブォン!!
砲丸が凄まじい勢いで飛んでいく。
「…………」
その記録は――まさかのトップ。
「ゆいぴー、やるー!」
「いや、これは……」
困惑する結衣をよそに、試験はどんどん進んでいく。
次は握力テスト。
今度こそ抜け出そうと辺りを窺っていると、お鳩が声をかける。
「そんな緊張しないでー。日頃のイライラをぶつけてみなぁー」
「日頃のイライラ……」
今度はクボケンの言葉が蘇る。
『一ノ瀬の力はゴリラ並みだなぁ!ハハハッ!』
「…………」
ギリギリギリ――握力計が嫌な音を立てる。
「誰がゴリラじゃー!!」
バキィン!!
握力計が壊れる。
そしてまたもや――トップの記録。
次はパンチ力テスト。
結衣が測定器の前に立つ。
「今度こそ普通に……」
そう自分に言い聞かせた、その時。
頭に浮かんだのは――八郎。
『ごめん、今日は大吾たちと帰るね』
「…………」
結衣の拳が震える。
「ハートブレイクン!!」
ドゴォォン!!
渾身の一撃が測定器へ炸裂する。
こうして――
本来、入学試験を受けるつもりなどなかった結衣は、全ての競技をトップで通過してしまった。
「ゆいぴー、やるー!」
「マジすごー!」
お鵜とお鳩が盛り上がる。
その近くで、一人のヤンキー風の受験生――バンチョウが結衣を見て呟く。
「……とんだ化け物がいたもんだ」
結衣の耳がピクリと動く。
「誰がバケモンじゃー!!」
「えっ!?」
結衣がバンチョウを掴む。
「ちょ、待てって――」
ブォン!!
「なんで俺がぁぁぁ!!」
バンチョウはそのまま勢いよく投げ飛ばされていった。
完全なるとばっちりである。
そして――残すところ、最終面接のみとなる。
最終面接。
緊張しながら部屋へ入った結衣を待っていたのは、二人の人物だった。
真英組局長――近桃勇。
そして、真英組一番隊組長――沖竹総妃。
「一ノ瀬結衣です……」
「うむ」
近桃が結衣を見る。
「身体試験は全てトップ。随分と優秀なようじゃな」
「えっ!?いや、あれは……!」
結衣が慌てる。
「実は私……入学試験を受けに来たわけじゃないんです!」
「ほう?」
「自分が何者なのか知りたくて、志英館に来たんです。そしたらお鵜ちゃんたちに連れていかれて……気づいたら試験を受けてて……」
「なるほど」
近桃が静かに頷く。
「つまりお主は、自分がヒーロー、ヴィラン、ミドル――そのどれに属しているのかを確かめに来たわけじゃな」
「はい」
「総妃や。この子を案内してやりなさい」
「分かりました」
沖竹が立ち上がる。
「一ノ瀬さん。こちらへどうぞ」
沖竹に案内され、結衣は別の部屋へと向かう。
その部屋の奥に置かれていたのは――人の背丈を遥かに超える、大きな丸い鏡。
「すごい……」
鏡を見上げる結衣。
「これは三種の神器の一つ――八咫鏡」
沖竹が鏡の前へ立つ。
「この鏡は、映した者が陰、陽、中――そのどれに属しているのかを見極めることができます」
結衣が八咫鏡を見る。
「陰の者を映せば、黒い円。陽の者なら、白い円。そして中の者なら、黒と白、半々の円が浮かびます」
「じゃあ、これを使えば……」
「ええ。あなたが何者なのか、はっきり分かります」
結衣が緊張した面持ちで鏡の前へ立つ。
「…………」
八咫鏡に、結衣の姿が映る。
やがて――
鏡の中に、大きな白い円が浮かび上がった。
「白……」
沖竹が鏡を見る。
「あなたは紛れもない陽。つまり、ヒーローの血が流れていますね」
「…………」
予想していた答え。
それでも――結衣の表情は曇る。
「やっぱり……そうなんだ」
普通の女の子として生きたかった。
その願いから、少しずつ遠ざかっていくような気がした。
そんな結衣を見て、沖竹がふと尋ねる。
「もしかして――あなたは一ノ瀬英雄さんの妹さんではありませんか?」
「え?」
結衣が驚いて顔を上げる。
「お兄ちゃんを知ってるんですか?」
「ええ」
沖竹が少し間を置く。
「英雄さんも以前、この八咫鏡の前に立ったことがあります」
「お兄ちゃんが……?」
結衣の知らなかった、兄の過去。
沖竹が静かに話し始める。
「あなたのご両親は、かつて有名なヒーローでした。それだけではありません。一ノ瀬家は代々、優秀なヒーローを輩出してきた家系なのです」
そのため英雄も、幼い頃からヒーローになることを期待されて育った。
しかし――英雄は成長しても、陽を使うことができなかった。
心配した両親は、英雄を志英館へ連れてくる。
そして――この八咫鏡の前に立たせた。
「その時、鏡に浮かんだのは――黒い円でした」
「黒……?」
結衣が八咫鏡を見る。
先ほど沖竹から聞いた言葉が蘇る。
黒い円は――陰。
「じゃあ、お兄ちゃんって……」
「ええ。英雄さんは陽ではなく、陰に属する人間です」
「…………」
「ごく稀に、家系とは異なる属性を持って生まれる者もいるのです」
「ご両親は、その事実に大きなショックを受けたそうで……」
だが――
幼い頃からヒーローになることを望まれて育った英雄は、その夢を諦めることができなかった。
「陽を持たない者がヒーローを目指すのは、決して簡単なことではありません」
沖竹が静かに続ける。
「どれだけヒーローになりたいと願っても、生まれ持った属性によってその道を閉ざされる者もいます」
「…………」
結衣は言葉を失う。
自分は、ヒーローになりたくない。
それなのに――陽を持って生まれた。
英雄は、ヒーローになりたかった。
それなのに――陰を持って生まれた。
「お兄ちゃんに……そんなことがあったなんて、初めて知りました」
この世界には――ヒーローになりたくても、なれない人がいる。
沖竹が結衣を見る。
「一ノ瀬さん。あなたがヒーローになるかどうかは、今すぐ決める必要はありません」
「え?」
「ただ、その力を持て余しているのであれば――しばらくここで、力の制御の仕方を学んでみてはどうかしら?」
結衣が自分の手を見る。
これまでずっと隠し続けてきた力。
その正体を知ったからといって、どう生きればいいのかまでは分からない。
それでも――このまま目を背け続けるわけにはいかない。
「……やってみます」
沖竹が優しく微笑む。
こうして結衣は――
しばらく志英館で、自分自身と向き合うこととなった。
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