寅の章 大阪府
九月に入ったある日――
「この街のたこ焼きの中身を、全部イカにしておいたわ!ハッハッハッ!」
「たこ焼きはもちろん美味い!イカが入っていても美味い!だが――」
ビクトリーが拳を構える。
「それはたこ焼きではなーい!許せん!ビクトリースマッシュ!」
「ぐわぁぁぁ!!」
いつものように吹っ飛ばされるバジリスク。
「はい、おつかれ!じゃあ、やることもやったし早速行こうか!」
八郎たちはそのまま新幹線に乗り、大阪へ向かう。
ちなみに半三は、娘の運動会のため今回もお休み。
新大阪駅に到着し、街へ繰り出す一行。
「やっぱりまずはたこ焼きでしょ!」
睦子が目を輝かせる。
本場のたこ焼きを頬張りながら、八郎が小さく笑う。
「僕らの町は今頃、イカ入りのたこ焼きを食べてるんだもんね。クックック……」
「八郎ってめちゃくちゃ悪い奴だな」
大吾が呆れたように言う。
今回、大阪を訪れた目的は――悪役十二支・寅との同盟。
寅は、クリーピーサーカスという一座を率いて全国を巡っている。
数日前。
八郎は寅へ干支合戦を申し込む手紙を送っていた。
返ってきた返事は――
『堅苦しいのはいいから、とりあえずおいでー!』
「……大丈夫かな」
あまりにも軽い返事に若干の不安は残るものの、約束の時間は夕方。
それまで大阪観光を楽しむこととなった。
食べ歩きをしたり、街を見て回ったり――気づけば、ちょっとした修学旅行のように皆で大阪を満喫していた。
そして夕方。
八郎たちが辿り着いたのは、大きなテントが張られたサーカス会場。
その入口に一人の男が立っている。
「よく来てくれたね、八郎くん!そして巳の皆さん!」
両手を広げ、満面の笑みで一行を迎える。
「僕はクリーピーサーカスの団長、ダンテ・ブロディ!悪役十二支・寅の長だよ!」
そして勢いよくテントを指さす。
「さぁさぁ!僕の自慢の仲間たちを紹介するよ!入って入って!」
「すごいテンションだな……」
大吾が呟く。
一行がテントの中へ入ると、そこにはサーカス一座の団員たちが待っていた。
ダンテが一人ずつ紹介していく。
「彼女はマジシャンズクイーン!その名の通り、マジックのスペシャリスト!」
華やかな衣装の女性が笑顔で手を振る。
「そして彼がジャック・ザ・リッパーJr.!ナイフ芸の達人だ!」
「ジャックや。よろしゅうな」
ジャックが片手を上げる。
「こっちのでっかいピエロがクラウンキング!それから、この小さい子たちはプティットさ!」
個性の強い面々を前に、八郎たちが圧倒される。
「そして最後に――」
ダンテが一人の男の肩へ手を置く。
「僕の弟、エースさ!」
「…………」
巳の一同の動きが止まる。
白塗りの顔。特徴的なパントマイマーの姿。
忘れるはずがない。
以前、バジリスクの懸賞金騒ぎの際に現れ――メアリーを誘拐しようとした男。
アダムだった。
「あっ!」
思わず睦子が声を上げる。
アダムも八郎たちの顔を見る。
「…………」
一瞬、気まずそうに目を逸らす。
八郎が睦子を見る。
「…………」
睦子は何も言わず、ふいっと顔を逸らす。
「あれ?」
ダンテが首を傾げる。
「エースを知っているのかい?」
「えっ?あ、いや……テレビで見たことがあるんです」
八郎が咄嗟に答える。
「凄腕のパントマイマーとして、僕らの街でも有名なんですよ」
「そうかそうか!」
ダンテが嬉しそうにアダムの肩を叩く。
「エースもいつの間にか有名人か!なんだか僕も鼻が高いよ!ハッハッハッ!」
「…………」
アダムが八郎へ小さく目を向ける。
八郎もそれ以上は何も言わなかった。
一通り自己紹介を終え、話は今回の目的である干支合戦へと移る。
「それで、干支合戦のことなんですが――」
八郎が切り出すと、ダンテは軽く手を振る。
「いやいや、戦いなんてしなくていいよ」
「え?」
あまりにもあっさりした返事に、八郎たちが顔を見合わせる。
「実はね、ヴァイパーさんは僕の師匠なんだ」
「父さんが?」
ダンテが嬉しそうに頷く。
「そうさ。ヴァイパーさんからは、本当にいろんなことを教わった。彼の教えは今でも僕のバイブルさ」
そして、八郎を見る。
「その息子である君が同盟を求めてきたんだ。断る理由なんてないだろ?」
「じゃあ……」
「もちろん。巳との同盟を受けるよ」
ダンテが笑う。
しかし――
「ただ、一つだけお願いがあるんだ」
その表情から、僅かに笑みが消える。
「十年前、僕の父――前団長のアルジャーノが、何者かに殺された」
一同が黙る。
「未だに犯人は見つかっていない。だから、もし何か情報を掴んだら僕にも教えてほしいんだ」
「……分かりました」
八郎が頷く。
「ありがとう」
ダンテが再び笑顔を見せる。
「それと――来年は閏年だ。とうとう寅の番が回ってくる。僕がこうしていられるのも、あと僅かだからね」
そう言いながらも、ダンテの口調はどこか明るい。
「その前にヴァイパーさんの息子に会えて良かったよ」
ダンテが八郎へ手を差し出す。
「八郎くん。君に会えて、本当に嬉しい」
「……僕もです」
八郎がその手を握る。
「よーし!」
次の瞬間、ダンテが勢いよく立ち上がる。
「湿っぽい話はここまで!せっかく同盟を結んだんだ、まずはお祝いしようじゃないか!」
パンパンと手を叩く。
プティットたちが一斉に動き出し、酒や料理を運んでくる。
「せっかくクリーピーサーカスへ来たんだ!僕たちのショーも楽しんでいってくれ!」
ダンテが舞台へ飛び乗る。
「まずはマジシャンズクイーンのマジックから!美しい彼女の、華麗な手捌きをご覧あれ!」
「はーい♡」
クイーンが華やかに舞台へ上がる。
こうして――
巳と寅の、騒がしい宴が始まった。
クイーンのマジックを皮切りに、クリーピーサーカスのショーが始まる。
次々と披露される団員たちの芸に、八郎たちも見入っていた。
「ほな次、いくでー!」
舞台へ上がったジャックが、何本ものナイフを宙へ放り投げる。
回転するナイフを軽々と操り、最後の一本を掴むと得意げに笑う。
「どや?」
「おおー!」
歓声が上がる。
続いてキングが大きな玉の上に乗り、器用にバランスを取りながら舞台を転がっていく。
「フォーーン!」
プティットたちの芸も続き――
やがてアダムの出番がやってくる。
「続いてはエース!我らがクリーピーサーカス自慢のパントマイマーだ!」
ダンテの紹介を受け、アダムが舞台へ上がる。
一言も発することなく、得意のパントマイムを披露するアダム。
演技を終えて一礼すると、大きな拍手が起こった。
一通りの芸が終わると、ダンテが再び舞台へ上がる。
「さぁ!最後を飾るのはこの三人!」
クイーン、キング、ジャックが並ぶ。
「素晴らしいトリオ芸をご堪能ください!」
三人が披露したのは――なぜか漫才だった。
「なんでやねん!」
ジャックのツッコミが響き渡る。
「フォーーン!」
「ハッハッハッハッ!!」
腹を抱えて笑うダンテ。
その横で――八郎たちは若干引いていた。
ショーが終わり、そのまま宴会へ。
「菜々子さんってお綺麗ですね。おいくつなんですか?」
酒を片手に、ダンテが菜々子へ声をかける。
「あら、やだぁ」
「団長ぉ、そんなおばさんより私がいるじゃないですかぁ」
クイーンが割って入る。
「お、おばさんですって!?」
少し離れたところでは――
「まだまだぁ!」
クボケンが酒を一気に飲み干す。
「フォーーン!」
キングも負けじとグラスを空にする。
その一方で――
「ジャック!俺もやってくれよ!」
大吾が自ら骸骨ジミーの姿になる。
「ええよ、やってみよか!」
ジャックがジミーの骨を使い、次々とジャグリングしていく。
「アハハハハ!」
それを見て、睦子が腹を抱えて笑う。
しばらくして――
今度はバラバラとなったメアリーの体が宙を舞う。
「アッハッハッハッ!!」
今度は大吾が腹を抱えて笑っている。
「ちょっと!落としたら承知しないわよ!」
「任せとき!ワイは一流のパフォーマーやで!」
「なんてカオスなんだ……」
八郎が呆然と呟く。
飲めや食えやの宴は、そのまま夜遅くまで続いた。
やがて――
日付が変わる頃。
先ほどまでの騒がしさが嘘のように、テントの中は静まり返っていた。
聞こえてくるのは、眠っている者たちの寝息と、酔い潰れた者たちのいびきだけ。
ダンテも大きく口を開け、満足そうに眠っている。
「僕もそろそろ寝ようかな……」
八郎が立ち上がろうとした、その時。
トントン。
誰かが肩を叩く。
振り返ると――アダムが立っていた。
「シー」
口元に人差し指を立てる。
そして、小さな声で言う。
「内密で話したいことがあるんだ。いいかな?」
アダムに連れられ、八郎はテントの外へ出る。
テントの外は、先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返っていた。
「ボクのこと、黙っていてくれてありがとう。君に借りができちゃったね」
「別にいいよ。それで、話って?」
アダムが少し間を置く。
「さっきダンテが、前団長を殺した犯人の情報が欲しいって言ってたでしょ?」
「うん」
「本当にダンテは言葉足らずなんだから。ボクから詳しく話すよ」
アダムは、静かに自分の過去を話し始める。
「ボクは幼い頃、スラム街で暮らしてたんだ。親の暴力から逃げて、路上で生活してた」
黙って話を聞く八郎。
「そんなボクを拾ってくれたのが、前団長のアルジャーノさん。ダンテの父親だよ」
当時、アダムは五歳。
アルジャーノは身寄りのないアダムを引き取り、本当の息子のように育ててくれた。
ダンテもまた、アダムにとって兄のような存在だった。
「それから三年くらい経った頃かな。ボクも一座のメンバーとして働くようになってた」
そして――
ある日の公演を終えた夜。事件は起こった。
「みんなが寝ている間に、アルジャーノさんが何者かに殺された」
八郎の表情が僅かに変わる。
「ボクはたまたま夜中に目を覚まして……犯行現場を見たらしい」
「らしい……?」
「事件のショックで、その時の記憶を失ったんだ。それだけじゃない。言葉まで話せなくなった」
当時、真っ先に疑われたのはアダムだった。
そしてアダムを庇ったダンテにも疑いが向けられた。
「でも、現場にはボクたちとは別の陰の痕跡が残っていた。それに嘘発見器でも、ボクとダンテは犯人ではないと判断された」
アダムが続ける。
「ダンテは、父親を殺した正体不明の犯人を憎み――やがて〝ジョーカー〟と呼ぶようになった」
「ジョーカー……」
「うん」
アダムが小さく頷く。
「言葉を失ったボクは、一座を離れようとした。でも――」
アダムの表情が少しだけ柔らかくなる。
「『僕にはお前が必要だ』って、ダンテが引き止めてくれたんだ」
言葉の代わりに、身振り手振りで意思を伝える毎日。
いつしかそれが芸となり――アダムはパントマイマーとして才能を開花させていった。
「少しずつ言葉も取り戻して、今では普通に話せるようになった。そして最近――あの夜の記憶も少しずつ戻ってきてるんだ」
「じゃあ、犯人のことも?」
「…………」
アダムが僅かに黙る。
「まだ全部じゃないよ」
そして八郎を見る。
「だから、ボクはジョーカーを殺さなきゃならない」
先ほどまでとは違う、真剣な表情。
「ボクの能力は情報を集めるのに向いてる。だからダンテには秘密で、一人でジョーカーを追っている」
「ダンテさんには言わないの?」
「すぐボクのことを心配するからね」
アダムがいつもの笑みを浮かべる。
「それに――これはボク自身で決着をつけたいんだ」
しばらく沈黙が流れる。
やがてアダムが、話を変えるように口を開く。
「ところでさ」
「ん?」
「キミとボクって、なんとなく同じ匂いがするんだよね」
アダムの体から、膨大な陰が溢れ出す。
「個人的に、キミとは一度本気で戦ってみたかったんだ」
八郎をまっすぐ見つめる。
「キミに勝てなきゃ、ジョーカーにも勝てないだろうし――今からどうかな?」
しかし――八郎は構えない。
「…………」
微動だにしない八郎を見て、アダムが陰を収める。
「ダメだね。全然殺気がない」
「だって、僕にはアダムと戦う理由がないから」
八郎が答える。
「それに――」
アダムを見る。
「アダムの陰はすごいけど、君からも殺気を感じなかった」
「…………」
「これは僕の勘だけど……君、本当は優しい人なんじゃない?」
アダムは何も答えない。
八郎がふと目を離し――
再び見ると、そこにアダムの姿はなかった。
翌朝――
八郎たちは寅の一座に見送られ、帰路につく。
「八郎」
クボケンが声をかける。
「昨日、アダムと何話してたんだ?」
八郎が驚いて振り返る。
「さすがクボケンだね。酔い潰れてたんじゃないの?」
「俺があの程度で潰れるわけないだろ」
クボケンが当然のように答える。
「それに、八郎を守るのが俺の役目だからな」
「そっか」
八郎が小さく笑う。
一方――
遠ざかっていく八郎たちを見送るアダム。
その隣に、ダンテが立つ。
「良い友達ができたじゃないか」
「…………」
まるで昨夜のことを知っているかのような口ぶり。
アダムが遠ざかる八郎の背中を見つめる。
そして――
誰にも聞こえないほど小さな声で呟く。
「僕は優しくないよ……臆病なだけさ」
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