午の章 岩手県
三か月前――
悪役十二支・午のフランプ家にて。
「なんで兄様ばかり贔屓するのよ!」
屋敷に、メアリーの声が響く。
「贔屓などとんでもございません!旦那様も奥様も、メアリー様とクリス様を大切に想っておられます」
執事が宥めるものの、メアリーの怒りは収まらない。
「どこがよ!ママなんて兄様のことばっかりじゃない!」
「メ、メアリー様……」
「それにパパだって!私が何をするか、これからどう生きるか、何でも勝手に決めちゃうんだから!」
溜め込んでいた不満を一気に吐き出すメアリー。
「そのくせ、次の午の長は兄様に決まりって……結局いつだって兄様ばっかり!もう決めた!」
メアリーが勢いよく立ち上がる。
「私、家出する!」
「そんな……お考え直しください、メアリー様!」
「こんな家、出てってやるんだから!」
その日のうちに――メアリーはフランプ家を飛び出す。
そして――
「自由だー!!」
メアリーの声が、高らかに響き渡る。
それから三か月後の八月――
家出したメアリーは〝次萩睦子〟と名乗り、すっかり八郎たちとの生活に馴染んでいた。
未との干支合戦にも参加し、今では巳の一員のように行動している。
それでも本人は――
「巳の仲間になったわけじゃないんだからね!」
と、相変わらず言い張っていた。
しかし、勢いに任せて家を飛び出した手前、今さらどんな顔をしてフランプ家へ戻ればいいのか、睦子自身も分からなくなっていた。
そんなある日。八郎が唐突に皆に言う。
「次は、午と同盟を組みたいと思う」
八郎の一言に――睦子の表情が固まる。
「……午?」
「うん。岩手県にいる悪役十二支だよ」
「そ、それは知ってるけど!」
クボケンと菜々子は特に反対する様子もなく、大吾も乗り気だった。
「いいじゃん岩手!わんこそばもあるしよ!」
「ちょっと待って!」
睦子が慌てて止める。
「午は……別に今じゃなくてもいいんじゃない?」
「なんで?」
八郎が首を傾げる。
「なんでって……その……」
言葉に詰まる睦子。
「と、とにかく私は行かないから!」
なにやらスッキリとしない睦子に、大吾がニヤリと笑う。
「さてはお前――ビビってんのか?」
「はぁ!?」
睦子が勢いよく振り返る。
「そ、そんなわけないじゃない!」
こうして――
次なる目的地は岩手県。悪役十二支・午のフランプ家に決まった。
数日後――
八郎たちは岩手県にあるフランプ家を訪れていた。
ちなみに半三は、娘が夏休みのためお休み。
一行が屋敷へ向かうと、門の前で立会人の羽瀬光希が待っていた。
「またあの太眉くんかぁ」
大吾が光希を見て、ぽつりと言う。
「あのー、一つ言いたいんすけど」
光希がムッとする。
「干支合戦って、そもそも滅多にやらないんすよ。それなのに何度も何度も呼び出すから、そりゃ立会人も被るっす!」
「へーへー」
「僕たちも暇じゃないんすから、文句言わないでほしいっす!」
ブーブー怒る光希を置いて、一行はさっさと屋敷へ向かう。
その中で――
睦子だけは、明らかに足取りが重かった。
「…………」
目の前にそびえる、久しぶりの我が家。
「睦子?」
八郎が振り返る。
「な、なんでもない!」
その時、屋敷の扉が開く。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
一人の執事が一行を迎える。
執事が一瞬だけ睦子へ目を向けるが――何も言わない。
屋敷へ入っていく八郎たち。
ずらりと並んだメイドたちが、一斉に頭を下げる。
「おかえりなさいませ、メアリー様」
睦子が気まずそうに目を逸らす。
その声を聞きつけ、屋敷の奥から男女が駆け寄ってくる。
「メアリー!心配したじゃない!」
母アンジェリカが睦子を抱きしめる。
「本当に……よく無事で帰ってきてくれたね」
父ラウルも、安堵したように微笑む。
睦子が予想していた以上に、娘の帰りを喜ぶ両親。
しばらくして、ラウルが八郎たちへ向き直る。
「いやぁ、お恥ずかしいところをお見せしました。私はこの家の主人、ラウル・フランプ。そして妻のアンジェリカです」
軽く頭を下げる。
「娘がお世話になったようで。ありがとうございました」
「いえ――」
「では」
そう言うと、ラウルは睦子を連れて屋敷の奥へ戻ろうとする。
「ちょっと待ってください」
八郎が呼び止める。
「僕たちは今回、午との同盟を結ぶために来ました。干支合戦の申し出も届いているはずです」
「ええ、聞いておりますよ」
ラウルが振り返る。
「ですが、メアリーさえ無事に帰ってきてくれれば、それで十分です。どうぞお帰りください」
聞く耳を持たないラウル。
「これは正式な干支合戦の申し出っす。断ることはできないっすよ」
光希が間に入る。
さらにクボケンが口を挟む。
「それに、今まで睦子をほったらかしにしておいて、それはないんじゃないか?」
「……ほったらかし?」
ラウルの目つきが変わる。
「それは聞き捨てなりませんね。私たちはこの三か月、必死でメアリーを捜していました」
八郎たちを睨むラウル。
「しかし見つからなかった。もしや――あなた方がメアリーを連れ回していたのでは?」
「パパ!」
睦子が声を上げる。
「八郎たちは何もしてないわ!私が自分の意思で家を出たの!」
「お前が?」
ラウルが驚いた顔をする。
「メアリー、お前がそんなことをするはずがないだろう」
「だから私が――」
「まさか……この人たちに何かされたのか?」
「はぁ!?」
ラウルが真剣な顔で睦子を見る。
「もし洗脳されているのなら、すぐに調べなければ。場合によっては脳を取り替える必要も――」
「いいかげんにしろよ」
大吾が前へ出る。
「俺と八郎は睦子の友達だ。洗脳なんてするわけねぇだろ!」
ラウルを睨みつける。
「勝手に決めつけてねぇで、ちゃんと睦子の話を聞いてやったらどうなんだ?」
「大吾……」
睦子が少し驚いたように大吾を見る。
しばらく沈黙したあと、ラウルが小さく息を吐く。
「……まあ、いいでしょう。辰の立会人まで来ている以上、干支合戦をお受けします」
ラウルが八郎たちを見る。
「ただし、あなた方が負けたら――今後一切、メアリーには関わらないでいただきたい」
そして睦子へ目を向ける。
「ただ――もうこの子は、私たちの知るメアリーではなさそうだ。巳に支配され、巳に蝕まれている。そこで今回の干支合戦は、巳のメアリーと午の長クリスとの一騎打ちでいかがでしょう?」
「はぁ!?そんな勝手な――」
大吾が声を上げる。
「大吾」
八郎が静かに制する。
そして、睦子を見る。
「睦子はどうしたい?」
「え……?」
「これは睦子のことだから。睦子に決めてほしい」
睦子が少し黙る。
やがて――ラウルをまっすぐ見返す。
「……やるわ。その勝負、受けてたつ!」
しばらく娘を見つめたあと、ラウルが小さく頷く。
「では、決まりですね」
フランプ家の大広間。
メアリーと一人の男が向かい合う。
「久しぶりだな、メアリー」
午の長――クリス・フランプ。
メアリーの兄である。
「まさか、お前と正式に戦う日が来るとはな」
クリスが構える。
「では――始めようか」
次の瞬間。
クリスの体が、無数の黒い粒子へと変わる。
煙のようにふわりと散った粒子が消え――
「っ!」
次の瞬間には、メアリーの目の前で実体化する。
クリスの能力――ディープインパクト。
自らの体を影の粒子へ変え、瞬時に移動する能力。影の状態では攻撃を受けつけない。
そして――
「くっ!」
実体化したクリスが、鋭い爪を振り下ろす。
メアリーは咄嗟に腕で防ぐ。
クリスへ攻撃できるのは、彼が実体化したその瞬間だけ。
しかし、すぐさま再び粒子へと変わり、姿を消す。
「速い……!」
次々と繰り出されるクリスの攻撃。メアリーは防ぐだけで精一杯のようだ。
「本当に大丈夫なのか?八郎」
戦いを見守る大吾が、不安そうに尋ねる。
「負けちまったら、もう睦子に会えないんだぜ」
八郎は何も答えず、二人の戦いをじっと見つめていた。
戦況は明らかにクリスが優勢。
実体化する一瞬を狙おうにも、メアリーは反撃の糸口を掴めずにいた。
それを見つめるアンジェリカが、悲しそうに呟く。
「この短期間で、ずいぶん変わってしまったわ……」
「この姿を天国のお義父様が見たら、なんと言うか……」
ラウルが遠い目をする。
「わしゃ死んどらんぞ」
「え?」
振り返ると、一人の老人が立っている。
メアリーの祖父――チャールズ。
「なんだお義父様。まだ生きていらしたんですね」
そんなやり取りをよそに、戦いは続く。
クリスの攻撃を受けながら、メアリーは以前クボケンとした修行のことを思い出していた。
「兄様に勝てるくらい、強くなりたい」
睦子の話を聞き、クボケンが腕を組む。
「なるほどな」
少し考えたあと、口を開く。
「近接戦で大事なのは、相手の動きを読むことだ。だがお前の兄貴は、影となって瞬時に移動する。しかも実体化した瞬間しか攻撃が通らないときてる」
眉間に皺を寄せる睦子。
「だったら逆に考えろ」
「逆?どういうこと?」
「相手が実体化するタイミングを、こっちで決めてやればいい」
睦子が首を傾げる。
「そんなことできるの?」
クボケンが睦子の頭を指さす。
「お前の核は頭にあるんだろ?」
「ええ」
「それを兄貴も知ってるなら――必ず頭を狙ってくる」
メアリーがクリスの動きをじっと見る。
そして――わざと頭を無防備に晒す。
クリスの粒子が消える。
(来る――!)
次の瞬間。
メアリーの頭上にクリスが実体化する。
鋭い爪が、頭を狙う。
しかし――
それこそがメアリーの狙いだった。
クリスの爪が振り下ろされる寸前――メアリーの頭部が勢いよく胴体から飛び出す。
「なっ!?」
ドゴン!!
飛び出した頭が、そのままクリスの顔面へ直撃する。
「ぐっ……!」
クリスがよろめく。
鼻から、一筋の血が流れる。
「……血?」
自分の鼻に触れ、指についた赤い血を見るクリス。
「血……血だ……俺の血が……!」
みるみる顔が青ざめていく。
「お、俺の……血……」
そのままフラフラとよろめき――
遂には床に倒れる。
「そこまでじゃ」
チャールズの声が大広間に響く。
「見ての通り、クリスはもう戦える状態ではないな。よってこの勝負、メアリーの勝ちじゃ」
「私の……勝ち?」
チャールズがメアリーを見る。
「メアリーよ。お前は確実に強くなっておる」
そして、八郎へ目を向ける。
「どうやらこの短い間に、巳で自分の道を見つけたようじゃな。バジリスクよ。これからも孫を頼むぞ」
「はい」
倒れたクリスが、メイドたちに抱えられて運ばれていく。
その途中――
「メアリー……」
クリスが声をかける。
「お前を見くびっていたようだ。すまなかった」
「兄様……」
「クリス!あなたは負けてないわよ!」
アンジェリカが慌てて駆け寄る。
「まだやれるでしょ!?」
クリスが鋭く言い放つ。
「これ以上、俺に恥をかかせるな!」
そう言い残し、クリスはそのまま運ばれていった。
干支合戦は、メアリーの勝利で幕を閉じた。
アンジェリカはクリスの元へ向かい、八郎たちはラウルとチャールズに客間へ案内される。
「まさかクリスが負けるとは思いませんでした」
ラウルがメアリーを見る。
「この短い間に、ずいぶん成長したようだね」
そして八郎たちへ向き直る。
「先ほどまでの非礼をお詫びします。約束通り、巳との同盟をお受けしましょう」
光希の立ち会いのもと、巳と午は盃を交わす。
「はい!これで正式に同盟成立っす!」
役目を終えた光希が立ち上がる。
「じゃ、僕は忙しいんでこれで!おつかれっした!」
そう言い残し、さっさと帰っていった。
しばらくして――
ラウルがメアリーを見る。
「ところで、メアリー」
「……なに?」
「お前はこれから、どうしたいんだい?」
メアリーが少し驚いた顔をする。
ラウルが穏やかに続ける。
「お前の正直な気持ちを聞かせておくれ」
少し俯くメアリー。
そして――
「午の長とか……本当はどうでも良かったの」
ラウルが黙って耳を傾ける。
「私、ただ……私を必要としてくれる場所が欲しかった」
メアリーが八郎たちを見る。
「私にも、初めて友達ができたの」
声が少し震える。
「だから……もっとみんなと一緒にいたい」
気づけば、メアリーの目から涙がこぼれていた。
「お父様、ごめんなさい」
ラウルは何も言わず、メアリーを優しく抱きしめる。
「謝るのは私の方だ」
「え……?」
「私はお前にとって良い父親ではなかったようだね」
ラウルがメアリーを見る。
「これからは、自分の好きな生き方をしなさい」
「お父様……」
「もし何かにつまずいた時は、いつでも帰ってくればいい。ここはお前の家だからね」
「……うん!」
こうして――
メアリーとラウルのわだかまりは解け、メアリーは正式に巳の仲間となった。
その後――
八郎たちはチャールズから、午の一族について話を聞いていた。
「わしら午には、特殊なヴィランの討伐と、天叢雲剣――草薙の剣を守る役目がある。元々はミドルの陰陽省が管理しておったんじゃが、一人の女に盗まれての。その剣の力によって、多くのヴィランが殺された」
一同の表情が変わる。
「女は捕まったが、陰陽省に置いておくのは危険だということになってな。それ以来、午が管理を任されておる」
八郎が尋ねる。
「その草薙の剣は、どんな力を持ってるんですか?」
「まぁ、実際に見た方が早いじゃろ」
チャールズに連れられ、八郎たちは屋敷の奥へと進んでいく。
やがて辿り着いたのは――
数千本もの剣が突き刺さる、大聖堂。
「この中に、草薙の剣がある。木を隠すなら森の中、というやつじゃ。どれか分かるか?」
「分かるわけねぇだろ!」
大吾が即答する。
しかし――八郎が大聖堂を見渡し、ある一点を指さす。
「あれです」
皆がその先を見る。
天井近く。そこには、刃が錆びつき、ボロボロになった一本の剣が突き刺さっていた。
「ご名答。さすがじゃな、八郎。なぜ分かった?」
八郎が剣を見上げる。
「……あの剣に、僕の陰が反応しているのを感じます」
チャールズが頷く。
「あの剣は陰を吸い取る。触れるだけでも陰を奪われ、斬られればさらに多くの陰を失う」
八郎は黙って草薙の剣を見つめる。
その後――
食堂には盛大な料理が並び、クリスとアンジェリカを除く一同で夕食会が開かれていた。
その席には、見慣れない毛むくじゃらの生き物まで座っている。
「ねぇ、あれ何?猿?ゴリラ?」
菜々子が小声でクボケンに尋ねる。
「あれは雪男のモジャジャジャさんじゃ」
離れたところにいるチャールズが答える。
ふと、足元を奇妙な生き物が横切る。
「じゃあ、あの鳥みたいなのは?」
「それは犬じゃ」
「犬?」
「クワーッ!」
「…………」
菜々子は何も言わず、その生き物を見送る。
その時――
ガシャァァン!!
屋敷の奥から、何かが割れる大きな音が響く。
チャールズとラウルの表情が変わる。
「大聖堂じゃ!」
急いで大聖堂へ向かう一同。
そこにいたのは――
草薙の剣を手にした、ハットと仮面の異形。
大聖堂のステンドグラスが大きく割れている。
「おぬしなにしておる!?その剣を置け!」
ラウルとチャールズが異形へ襲いかかる。
しかし――二人の攻撃を軽々とかわし、異形は割れたステンドグラスへ向かう。
「待て!」
そのまま異形は姿を消した。
草薙の剣と共に――。
その後――
八郎たちはチャールズから、先ほどの異形について話を聞いていた。
「あやつらは〝御使い〟と呼ばれておる。陰でも陽でもない存在じゃ。その歴史は古く、飛鳥時代の絵にも姿が残されておる。長年、悪役十二支と十干が正体を探っておるが、ほとんど何も分かっておらん。ただ一つ――古くから言い伝えられていることがある」
一同がチャールズを見る。
「御使いが頻繁に現れる時、大きな災いが起こる」
ラウルが口を開く。
「この屋敷には私の陰で作った結界が張られていましてね。陰、陽、中なら侵入した時点で分かるはずなんですが……御使いには反応しなかったようです」
割れたステンドグラスへ目を向ける。
「御使いはこれまで、そこまで高い知能を持つ存在とは考えられていませんでした」
ラウルの表情が僅かに険しくなる。
「ですが奴は、明らかに草薙の剣を狙って持ち去った。これは大きな問題です。あれが三種の神器の一つだと理解していたのなら、かなりまずいですね」
ラウルがため息をつく。
「まぁ、盗られてしまったものは仕方ありません」
そしてチャールズを見る。
「どうせなら、お義父様も一緒に連れてってくれれば良かったんですがねぇ」
高らかに笑うラウル。
八郎たちは引きつった顔で、その様子を見つめていた。
フランプ家に別れを告げた八郎たち。
「これで私も、正式に巳の一員だね!」
嬉しそうに笑う睦子に、八郎が首を傾げる。
「僕たちはずっと前から仲間でしょ」
「え?」
「だから干支合戦も睦子に任せたんだ。クボケンとの修行も見てたし、睦子なら勝てると思ってたから」
八郎が微笑む。
「まぁ、負けても僕たちのところに戻ってきたでしょ?」
「…………」
睦子の目に、うっすらと涙が浮かぶ。
「お前、泣いてんのか?」
大吾が顔を覗き込む。
ドゴッ!!
睦子の蹴りが、大吾の尻に炸裂する。
こうして――
遂に巳の一味が完成する。
このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。
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