未の章 北海道
七月、網走刑務所。
ここは囚人の中でも特に、人を殺めた者が収容される刑務所だ。
所長を務めるのはヒーローの原田力之助。
そして看守を務めているのが、悪役十二支――未の一味である。
そんな物騒な場所へ八郎、大吾、睦子、クボケン、菜々子の五人は向かっていた。
今回は、巳の親睦を深めるための社員旅行。
行き先として選ばれたのが、北海道だった。
一通り観光地を満喫した五人。
「北海道、最高だったわねー!」
いまだに「巳の仲間になったわけじゃない」と言い張っているものの、北海道を満喫した様子の睦子。
「睦子、誰よりも楽しんでたよな」
「だってー。来たからには楽しまないともったいないじゃん」
そう言って、睦子が楽しそうに笑う。
一方その頃――
半三は娘の授業参観に参加していた。
「……北海道、行きたかったな」
教室の後ろに立ち、どこか寂しそうに遠くを見つめる半三。娘に手を振りながら、皆を少しだけ羨ましく思う。
「お土産頼んでおくんだった……」
北海道観光を終えた五人。
「さて」
八郎が立ち上がる。
「じゃあ、もう一つの目的に行こうか」
「……え?」
睦子が四人を見る。
「もう一つの目的って何?」
クボケンが睦子に言う。
「未との干支合戦だよ」
「…………」
睦子の表情が固まる。
「聞いてないんだけど!?」
「言ってないからね」
菜々子がさらりと答える。
「なんで言わないのよ!」
悪びれる様子もなく、大吾が答える。
「だってお前、言ったらついてこなかっただろ?」
「そ、それは……」
してやられたという顔をする睦子。
八郎が微笑みながら言う。
「じゃあ行こうか」
こうして五人は、未との干支合戦のため網走刑務所へと向かう。
やがて見えてきたのは――巨大な塀に囲まれた刑務所。
「あーあ……急に旅行気分じゃなくなったわ」
睦子が刑務所を見上げる。五人はそのまま、網走刑務所の門をくぐる。
中では、五人のヴィランと一人の男が八郎たちを待っていた。
中心にいる男が、八郎を見るなりニヤリと笑う。
「よう、待ってたぜ。まさかあのヴァイパーの息子が来てくれるとはな」
未の長――ジャイロ。
その後ろには、J、ジェイムズ・ヘッド、シンディ、セルマの四人が並んでいる。
「正式に干支合戦を申し込まれた時は驚いたぜ。俺もちょうど、お前らには会ってみたいと思ってたんだ」
ジャイロが嬉しそうに笑う。
ジャイロの隣にいる男が一歩前へ出る。
「俺がここの所長を務める、ヒーローの原田力之助だ。一応、英雄十干――真英組の一人でもある」
力之助が自慢げに胸を張る。
英雄十干――別名、真英組。ヒーローたちをまとめる、十人のトップヒーローたちのことを指す。
「まぁ、大した仕事もしてねぇけどな。あとは悪役同士でよろしくやってくれや」
そう言い残し、力之助はその場を離れていく。
今回も正式な干支合戦となる。辰から立会人として加藤一平が派遣される。
「えーっと、伏龍会組長つきの加藤だ。なんかよくわかんねぇけど呼ばれました。よろしく」
「んじゃ、役者も揃ったことだし、クレイジーな一日にしようぜ!」
ジャイロが手を叩く。
今回の干支合戦は、遊びをテーマにしたタイマン勝負。
それぞれ別の部屋に分かれ、一対一で勝負を行う。
こうして――巳と未の干支合戦が始まる。
最初の勝負は、ジミーとJのかくれんぼ。
鬼はジミー。制限時間内にJを見つければ、ジミーの勝利となる。
「よっしゃ!そっこーで見つけてやるぜ!」
しかし部屋中を探し回るものの、Jは一向に見つからない。
「あっれ?すぐに見つかると思ってたのによー」
時間だけが過ぎていき――ついに残り一分を切る。
「くそっ!どこにいやがる!」
ギターをかき鳴らし、冥響召喚で死神を呼び出すジミー。
「こうなったら、まとめて炙り出してやる!」
闇雲に部屋中へ攻撃を放つ。
しかし、それでもJの姿は現れない。
「マジかよ……」
残り時間はあとわずか。
負けを覚悟しかけたその時――ジミーが床に映る自分の影を見る。
「……ん?」
炎に照らされ、揺れる影。
その中に、ある違和感を覚える。
ジミーがニヤリと笑う。
「ちょっとした豆知識を教えてやるぜ!」
影へ向けてギターを構える。
「死神には――影がないんだぜ!」
渾身の一撃を放とうとした、その瞬間。
「ちょ、ちょっとタンマ!まいった!」
ジミーの影からJが飛び出す。
Jは影を操り、その中へ溶け込むことができる。ジミーの影に潜みながら、丁寧に死神の影まで作り出していた。
しかし――それが逆に仇となった。
「どうだ!俺の勝ちだぜ!」
残り数秒。
かくれんぼは、ジミーの勝利となる。
続いては――メアリーとジェイムズ・ヘッド。
勝負は腕相撲。三回勝負で、先に二勝した方が勝ちとなる。
筋肉隆々のヘッドが、機械仕掛けの義手を台に乗せる。
「女の子だからって手加減しねぇぞ」
「望むところよ!」
メアリーは片腕をフランケンシュタインの腕へ取り替え、ヘッドと手を組む。
開始のブザーが鳴り響く。
一回戦。
互いに力を込めるが――
「くっ……!」
メアリーの腕が一気に押し倒される。
一回戦は、ヘッドの勝利。
「力なら負けないと思ったのに……」
メアリーが自分の腕を見つめる。
少し考えたあと――
二回戦。
今度は両腕をフランケンシュタインの腕へ取り替える。
「おい。腕相撲するのは片腕だぞ?」
「分かってるわよ。反対の腕だって、体を支えるのに使うでしょ?」
再び二人が手を組む。
開始のブザーが鳴る。
先ほどとは違い、今度はメアリーも押し負けない。
激しい力比べの末――
ヘッドの腕が倒れる。
「やった!」
二回戦はメアリーの勝利。
これで一勝一敗。
迎えた最終戦。
ヘッドはさらに強力な義手へと取り替える。
「これならどうだ?」
それを見たメアリーは――
両足までフランケンシュタインのものへ取り替える。
「腕だけ強くしてもダメなら、全身で踏ん張ればいいのよ!」
「なるほど、おもしれぇ!」
二人が再び手を組む。
開始のブザーが鳴り響く。
互いの腕が激しく震える。
一歩も譲らない。
ヘッドの義手が軋み、メアリーも歯を食いしばる。
そして――バキンッ!
二人の力に耐えきれず、肘を置いていた台が真っ二つに割れる。
「えっ……これ、引き分け?」
メアリーが首を傾げる。
しかし、ヘッドが自分の腕を見る。
義手にはひびが入り、生身の腕にも血が滲んでいた。
「いや。俺の負けだ」
「え?」
「このまま続けてたら、俺の腕が使い物にならなくなってた」
ヘッドが笑いながら手を差し出す。
「強ぇな、お前」
メアリーも笑って、その手を握る。
こうして腕相撲対決も――メアリーの勝利となる。
続いては――フローラとシンディ。
勝負は、だるまさんがころんだ。
鬼はシンディ。
制限時間内にフローラがシンディへ触れることができれば、フローラの勝利となる。
「だーるまさんがー……ころんだ!」
シンディが振り返る。
フローラが慎重に距離を詰めていく。
しかし――
「っ!」
わずかに動いた左足が、突然その場から動かなくなる。
「なに……?」
シンディが微笑む。
彼女の能力は、目で捉えた動くものを停止させること。
一度止められた箇所は、シンディが能力を解除するか、本人に触れるまで動かすことができない。
「だーるまさんがー……ころんだ!」
右手。
「だーるまさんがー……ころんだ!」
左手。
少しずつ体の自由を奪われながらも、フローラは前へ進む。
そしてついに――
右足までも停止され、その場から動けなくなる。
「これで終わりね」
シンディが勝利を確信し、再び掛け声を始める。
「だーるまさんがー……」
その時――
シンディの目の前の壁を突き破り、一本のツルが飛び出す。
「えっ?」
ツルがシンディの頭に触れる。
次の瞬間、フローラの体が自由を取り戻す。
「どういうこと!?」
戸惑うシンディに、フローラが笑顔を向ける。
「最初に左足を止められた時から、足元のツルを地中に潜らせておいたの」
「え?」
「あなたに見つからないよう、地中のツルをゆっくり伸ばしてたってわけ」
「あら……油断しちゃったわね」
シンディが苦笑する。
「でも、あなたの勝ちは勝ち。巳にこんな強者がいるなんて知らなかったわ」
粘り強い作戦で――だるまさんがころんだ勝負も、フローラの勝利となる。
続いては――クボケンとセルマ。
勝負はじゃんけん。
先に五勝した方が勝ちとなる。
「じゃんけんなんて運だろ」
クボケンは変身もせず、気楽に勝負へ挑む。
しかし――
一回戦、セルマの勝利。
二回戦も、セルマ。
そして三回戦も――
セルマが勝つ。
「……これ、ただのじゃんけんじゃないだろ」
クボケンがセルマを見る。
「当たり前だ」
ロボットのような姿をしたセルマが淡々と答える。
「相手の体温、行動パターン、思考パターン。あらゆるデータを分析して、次に出す手を計算している」
「なるほどな」
クボケンの表情が変わる。
「だったら、こっちも本気でやるか」
クボケンがマクベスへ変身する。
そして四回戦――
「じゃんけん、ポイ!」
またしてもセルマの勝利。
これで四対〇。あとがなくなったマクベスだったが――
「こういうことか」
何かに気づいたように、セルマの手元をじっと見る。
五回戦。
「じゃんけん、ポイ!」
結果は――あいこ。
「……あいこ?」
計算通りにいかなかったことに戸惑うセルマ。
「よしよし。だんだんコツが掴めてきたな」
続く六回戦。
今度はマクベスが勝利する。
そこからさらに勝利を重ね――
ついに四対四。
「……あなた、何かしてるわね」
セルマがマクベスを睨む。
「じゃんけんにイカサマも何もないだろ。それに、イカサマ禁止なんてルールもないしな」
マクベスが使っていたのは、限りなく同時に近い後出し。
セルマの手が決まる瞬間を見極め、ほんの僅かに遅れて勝つ手を出していたのだ。
それはマクベスの並外れた動体視力があってこその荒技だった。
しかし――
「……あ」
突然、マクベスの変身が解ける。
「ヤバい……」
マクベスの変身には時間制限がある。
クボケンに戻ってしまった今、先ほどの方法は使えない。
そして最終戦。
(こうなったら一か八か……!)
「じゃんけん!ポイ!」
クボケンが勢いよく手を出す。
だが――その手は、グーでもチョキでもパーでもない。
キツネ。
「…………」
「あ、テンパりすぎて間違えた」
その瞬間――
セルマの体から警告音が鳴り響く。
「エラー……エラー……」
「え?」
想定外の手に処理が追いつかず、その場で動きを停止するセルマ。
しばらくすると、ロボットの扉が開き――
中から一人の少女が姿を現す。
「もう。これじゃ使い物にならないわね」
「お前がセルマなのか?」
少女の体から何本ものコードが伸びる。
セルマはそのコードを機械へ接続し、自由に操ることができる。
「ロボットも動かなくなっちゃったし、なんか疲れちゃった」
セルマがため息をつく。
「この勝負、あなたの勝ちでいいわよ」
そう言い残し、セルマは部屋を出ていく。
クボケンはキツネの形を作ったまま、その背中を見送る。
「まぁ……勝ちは勝ちだよな」
こうしてじゃんけん勝負も――クボケンの勝利となる。
そして残るのは――
八郎と、未の長ジャイロ。
「さて。最後は僕たちだね」
八郎がジャイロを見る。
しかし、ジャイロは首を横に振る。
「いや。俺たちはやめとこう」
「え?」
「俺の能力は、空間操作と創作。陰陽六行すべての属性を使って、この刑務所の七割を俺の能力で作ってる」
ジャイロが周囲を見渡す。
「つまり今のお前とは、百パーセントで戦えない」
「じゃあ、勝負は?」
「俺の負けでいい」
あっさりと答えるジャイロ。そして八郎を見る。
「その代わり――お前に会わせたい奴がいる」
「会わせたい人・・・?」
「ああ。ちょっと気になる奴がいてな」
ジャイロに連れられ、八郎は刑務所の奥へと進んでいく。
やがて辿り着いたのは、一般の牢屋から離れた場所にある三つの特別隔離室。
「ここには、普通の牢屋じゃ収容できない奴らが入ってる」
ジャイロが三つの扉を見る。
「右は、特殊な囚人を隔離してる」
続いて、中央の扉へ目を向ける。
「真ん中は……俺も開けたことがない」
「ジャイロも?」
「ああ」
それ以上は語らず、ジャイロは左の扉の前で足を止める。
「お前に会わせたいのは、こっちだ」
重い扉が開く。
その奥にいたのは――ボサボサの髪をした、一人の女。
虚ろな目で床を見つめ、何かを小さく呟いている。
「……八郎……八郎……」
八郎の表情が変わる。
「僕の名前……?」
「こいつは昔、志英館の一番隊で看護師をしてた女だ」
ジャイロが声を落とす。
「精神を病んで、ヴィランを無差別に殺した。それでここに収監されたんだが――」
女を見る。
「ここへ来てからずっと、お前の名前を呼んでる」
「………」
「だから気になってな。本人に会わせたら何か分かるかもしれないと思っただけだ」
八郎が女へ近づく。
ゆっくりと女が顔を上げる。
八郎を見る。
その瞬間。
「いやぁぁぁぁ!!」
突然、女が悲鳴を上げる。
「殺さないで!殺さないでぇぇ!!」
「……!」
八郎が思わず足を止める。
女が怯えきった様子で壁際へ後ずさる。
明らかに――八郎を知っている。
「大丈夫」
八郎が静かに声をかける。
「僕はあなたのことを知らない。もちろん、危害を加えるつもりもない」
女の荒い呼吸だけが、部屋に響く。
八郎は少し迷ったあと、尋ねる。
「ただ――もし、僕の母のことを知っているなら教えてください」
女の動きが止まる。
「僕の母を殺した犯人について、何か知りませんか?」
しばらく沈黙が続く。
やがて女の口が、ゆっくりと開く。
「あなたの……母を殺したのは……」
八郎が息を呑む。
「――ヴァイパー」
「…………」
頭の中が、真っ白になる。
何を言われたのか理解できない。いや――理解したくなかった。
「いやぁぁぁぁ!!」
再び女が悲鳴を上げる。
激しく暴れ始め、面会はその場で中断された。
部屋を出たあとも、八郎は何も言わない。
「……すまなかったな、八郎」
ジャイロが申し訳なさそうに声をかける。
「まさか、あんなことを言うとは思わなかった」
「……大丈夫」
八郎はそう答える。
だが、その表情から動揺が消えることはなかった。
干支合戦を終え、八郎たちは再び未の一味と顔を合わせる。
「いやー、面白かった!」
Jが満足そうに笑う。
「久しぶりに刺激的な一日だったぜ!」
ジャイロも機嫌よく八郎たちを見渡す。
「勝った負けたは俺たちにとってどうでもいいことだ。お前ら、なかなか面白い連中だな」
「え?」
八郎がジャイロを見る。
ジャイロがニヤリと笑う。
「気に入ったぜ。巳との同盟、喜んで受けよう」
こうして巳と未は盃を交わす。
立会人の加藤が確認する。
「めでたしめでたしだな。んじゃ、俺は帰るわ」
加藤はさっさとその場を後にする。
ジャイロが八郎へ声をかける。
「また何かあれば連絡してくれ。できる限り協力する」
「……ありがとう」
八郎が小さく答える。
北海道からの帰り道。
大吾たちが話す中、八郎は一人、新幹線から窓の外を見つめていた。
頭から離れない。
あの女の怯えた顔。
そして――
『あなたの母を殺したのは……ヴァイパー』
信じたくない。
だが、あの女が嘘をついているようにも見えなかった。
「八郎……大丈夫?」
睦子が心配そうに声をかける。
「……うん」
それ以上、八郎から言葉が出ることはなかった。
それから数日後。
テレビのニュースに、八郎の目が止まる。
『昨夜、網走刑務所に収監されていた囚人が、房内で死亡しているのが発見されました』
「……」
八郎がテレビを見つめる。
それは――あの女だった。
自ら命を絶ったのだという。
八郎の脳裏に、再びあの言葉が蘇る。
『あなたの母を殺したのは……ヴァイパー』
八郎はただ、黙って画面を見つめていた。
このエピソードはpixivで挿絵付き版も公開しています。
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pixiv:【https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=28990710】




