神崎旭は見た!!!
「別に良いって! 強引に誘ってこっちこそごめん!」
溢れてしまいそうな涙を必死に堪えながら、あたしは笑顔を作った。真希の目が、鋭く光る。真希は目敏いから、あたしの異変に気付いてしまったようだ。
「へぇ……市川さん、愛園さんと仲良いんだね」
敵意を含んだ言い方で、真希が愛園さんを見た。別に愛園さんは悪くない。これはただ、私が勝手に舞い上がって、期待して、一人で傷付いただけだ。悪いのは、私だけだ。
だから、辞めて。真希が私を想ってくれているのは嬉しいけれど、辞めてよ。
「じゃ、じゃあ私達はこれで! 誘ってくれてありがとう!」
「あっ……」
市川さんは慌てたように、愛園さんの手を引いて立ち去っていった。私は何も言えず、ただ二人が駆けていく後ろ姿を見送るだけだった。
「……私、なんかしちゃった?」
「分かってる癖に……」
「…………だって、だってさ」
真希は言い淀んだ。それは、ただの逆ギレだと分かっていたから。
市川さんも、愛園さんも、何も悪く無い。ただ、真希は私の幼馴染みとして、声を出してしまった。この子はいつもそうだった。
いつだって、私のことを傍で支えてくれる。私の大好きな親友。本当に頼りになる幼馴染みだ。
だから、いつまでも私がうじうじしてちゃ駄目だよね。
「ありがと。私のために怒ってくれてんでしょ?」
「は、はぁっ!? 意味分かんないし!」
「全くもう~! 真希ってば私のこと好き過ぎでしょ!」
「~~~~!!! 馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!!!」
真希は顔を真っ赤にして、私を殴ってきた。癇癪のようなそれは、あまりに微笑まし……痛、痛い痛い!!! ちょ、普通に痛いんですけど!?!?
「旭の馬鹿! もう知らない!」
「あ、ちょ……! どこ行くの~!」
そのまま、真希は飛び出して行っていまった。
……私、何かしちゃった? 何で、あんなに怒ってたんだろ。
「とりあえず、真希を探そっか」
中庭、学食、体育館、その他色々……何人か知り合いに声を掛けて聞いてみたけど、何処にも居ない。となると、普段から行くような場所じゃないみたいだ。
う~ん……そうすると、人気の少ないところとか、かなぁ……? それでいて、あんまり行かないところ? どこだろ……?
あたしはうんうん唸りながら、校内を散策した。そして、思い出した。
別棟……! そうだ、別棟には行ってないや! あっちは部室とか機械系の設備とかばっかりで、日中はほとんど人が居ない。
つまり、あっちの方に真希は居る可能性が高いってこと! あたしってば、ちょー頭良い!!!
早速、あたしは別棟へ向かった。部室やPCルームは施錠されているし、多分グラウンドの方かな? うちはグラウンドが二つあって、こっちの小さい方は部活以外だとあんまり使われてないし。
「──、──リサ」
「っ……!?」
きょろきょろと辺りを見回すあたしの耳に、誰かの声が響いてきた。私の鼓膜が間違えるはずがない。この声は……市川さんだ。
でも、何だか普段話すよりも柔らかくて、楽しげに聞こえる。チクッと、また胸が痛んだ。
何故か、私はその声のする方へ向かっていた。きっと、市川さんと愛園さんが居て、二人の姿を見て更に傷付くだけだと分かっていたのに。
それでも、私の足は止まらなかった。
「お弁当、作ってこようか?」
「……どうして、そんなことを?」
「何かお礼したいなって」
二人の横顔が見えた。愛園さんは先ほどの柔らかな表情は消え去り、能面みたいに無表情だった。市川さんは対照的に、ニコニコと、太陽のような眩しい笑顔で笑っていた。あんな顔、愛園さんにはするんだ。
また、胸がズキズキ痛んだ。
「そう。じゃあ、来週からはそうして貰おうかな」
「うん。アリサの好きなもの、沢山入れるね」
「ふひひっ……♡ 流石は下僕。媚びるのが上手だね♡」
……へ? 今、なんて言った? あたしは目を見開いて、その場に固まってしまった。ゴクリと、唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
「んっ……駄目だよ、こんなところで」
市川さんは顔を赤らめ、しかしそこには匂い立つフェロモンのような何かが漂っていて……とにかく! ものすっごいエロい顔で愛園さんの手にすり寄っていた。
胸がズキズキ、ドクドクと主張が激しくなる。鼻息が荒くなって、目の前がぼやけてきた。
やけに色っぽい二人は、少しずつ、少しずつ……その顔を近づけていき──
「んんっ……! ん、んぅ……!」
濃厚なキスで、交じり合い始めた。
「んぷ……!?!?」
飛び出しそうになった声を、両手で塞いで必死に塞き止める。
え!? え!? えぇ!?!?
ふ、二人ってそういう関係なの!? え、やば、えっろ……!? じゃなくて! あぁもう! 頭ぐちゃぐちゃで全然纏まんない!
「ちゅ……♡ ほぉら、胡桃ちゃん♡ もっときて♡」
気になっていた子が他の女に取られていた敗北感。夢中になっていた子の新たな一面を見て沸き立つ高揚感。あまりに尊い二人の逢い引きを見て、いけない気持ちを爆発させる背徳感。
全てが波になって、洪水となって、氾濫して私を襲う。私は目を白黒させながら、様々な感情が混じり合った複雑な悦楽に溺れていた。
悔しさと、諦観と、背徳と、単純な色欲。これはきっと、私が知るには早すぎるものだ。こんなの知ったら、もう普通じゃ居られない。
「ぷはぁ……! ふふ、ごちそうさま♡」
「ごほ、ごほっ……! や、やり過ぎだよ……!」
市川さんはその唇を湿らせて、少し怒ったような素振りをしながら、その瞳の奥には隠せない好気の視線が滲んでいた。
バキバキと音を立てて、私の中の感情が壊れていく。
市川さんと友達になりたかった。それは今も変わらない。でも、これから先、市川さんの顔や唇を見る度に、この光景を思い出すことになるのだろう。
あの蕩けきった顔を、二人の愛撫で塗れた唇を、その心が既に、別の女に向けられているという何よりの光景を。
私は息を切らしながら、その場を立ち去った。未だ、この心臓は鳴り止まない。
耳まで赤くなって、頭が茹だって、出てくるのは市川さんの横顔ばかり。
「なんであたし……興奮してるんだろ」
綺麗な市川さん。可愛い市川さん。天使みたいな市川さん。
そんな市川さんを、色情塗れにしてしまった愛園さん。その様子を、黙って見ているしかできない、無力で無価値なあたし。
敗北感に塗れて、屈辱的で、もうこんな思いはしたくないはずなのに……!
「可愛かったなぁ……市川さん」
あたしは未知の快感に震えながら、懲りもせずに市川さんのことを思い浮かべていた。
あたしは多分、どこかおかしくなってしまったみたいだ。




