マーキング行為
アリサと別れて、教室に戻る。唇にはまだあの時の感触が残っていて、頬が少し上気した。いけない、こんな顔をしていたら神崎さんや岡崎さんに怪しまれる。
「……そうだ。二人に謝らないと」
折角声を掛けてくれたのに、無下にしてしまった。私のコミュ力のなさで、きっと不愉快にさせてしまっただろう。
……どうやって謝ろう? 何か埋め合わせとかした方が良いのかな? それとも、軽く一言謝る程度で良いのかな?
悩んでいると、もう教室へ到着していた。
「……ぁ、市川、さん」
「神崎さん、さっきは急にごめんね? 折角誘ってくれたのに」
「良いの良いの! ほんと、気にしないで……!」
「…………?」
神崎さんは顔を先ほどの私以上に赤面させ、両手で顔を覆っていた。指の隙間からチラチラとこちらを覗き、そしてその度に顔から湯気を噴き出していた。
「旭……? あんた、マジでどしたの……?」
「んぁ!? にゃ、にゃんでもにゃいぃ!!!」
「えぇ……? 市川さん、旭になんかした?」
「してないよ……」
その後……後ろと横から視線を感じながら、残りの時間を過ごすことになった。授業間の小休憩中も、二人は何処かへ行ってはギリギリの時間に戻ってくるので、その理由を聞くことも出来なかった。
放課後も、神崎さんは顔を真っ赤にして、岡崎さんの手を引いて帰ってしまった。
……? どうしたんだろ? 私、何かしちゃったかな?
「胡桃ちゃん。帰ろっか」
「アリサ……今日はしない、よね……?」
「なぁに? してほしいの?」
「っぅ!? もう……!」
今日はアリサからのお仕置きは無かった。安堵すると共に、アリサの妖艶な笑みにドキッとしてしまう。否定しきれないところが悔しい。
「ね。手、繋ごっか」
「注目されちゃうからやだ」
「見られてなきゃ良いの?」
「…………うん」
本当は、見られたって別に構わない。けれど、それでアリサに注目が集まるのは我慢ならなかった。私がどうなったって良いけれど、アリサがまた酷い目に遭うのは絶対に駄目だ。
「……そう。じゃあ、これで我慢してあげる」
「まぁ、そのくらいなら……」
私の袖を、アリサは軽く摘まんだ。たったそれだけ。いつもと違う、ささやかな触れ合いだった。
そんなことで、私の胸はどうしてか高鳴っていた。お仕置きの時とは違う。甘酸っぱくて、いじらしくて、くすぐったい。そんな未知の感情が溢れてくる。
「ん……? どうしたの?」
「なんでも、ない……」
余裕たっぷりに、アリサは微笑を浮かべていた。いつもそうだ。私ばっかり、いつも感情を揺さぶられて、辱められて、虐められる。
その癖、今みたいに優しくする。飴と鞭で躾けられているようだ。
「……アリサの女たらし」
「は? 貴女がそれ言うの?」
「はぇ? え? なんで?」
よく分からないことを言う。私のどこが女たらしなのだろう?
7
「それでね。未来ってば未だにミニトマトが食べられなくって……」
「ふぅん……貴女の血でも塗してあげれば?」
「……ほんとに効果ありそう」
胡桃ちゃんの袖を掴みながら、雑談に興じる。会話をしながら、その顔を盗み見た。お仕置きしている時よりも、明るくて可愛い。泣いて許しを請う胡桃ちゃんも良いけれど、こういうのも悪くない。
胡桃ちゃんの表情は本当に分かり易い。特に、心を許している人の話をするときは、その顔が緩む。
妹や父、雪子さんという女性について話す時の胡桃ちゃんは、その顔を綻ばせることが多い。私を失って以降、彼女の中核に入り込んだ人達だろう。
……正直、気に入らない。胡桃ちゃんは私のものなのに、傷心中の彼女につけ込んで誑かしているのだ。特に、雪子さんとやらは本当に気に入らない。
妹ちゃんはまだ良い。きっと、胡桃ちゃんに似て可愛いだろう。姉妹丼、というのも悪くないかもしれない。悪い笑みが少々零れる。
お父さんも良い。むしろ、胡桃ちゃんをこの世に生誕させてくれたことを感謝したい。
ただ、赤の他人である雪子という女だけは許さない。一体、どこから湧いてきた虫なのだろう。叶うことなら、八つ裂きにしてやりたい。
胡桃ちゃんは私だけのものだ。横から掻っ攫おうとする泥棒猫なんぞに、絶対渡さない。
「……? どうかしたの、アリサ?」
「何でもないわ。ただ、ね……」
その妄想は、私の独占欲を大いに刺激した。周囲を見回してして、人が居ないことをしっかりと確認する。
そのまま彼女の手首を掴んで、路地裏に連れ込む。
「っぇ!? な、なに……!?」
「少し、昂ぶっちゃってね♡」
壁に胡桃ちゃんを押し付け、そのまま彼女の唇を強引に奪う。お昼の時とは違う、心を通わせない身勝手な愛情表現だ。
「んんんっ……!!!」
「あむ♡ ふふ、おいしっ♡」
血は違う、まろやかな味だ。それを私のものと絡めて、ブレンドして、お互いに分け合う。なんとも官能的な行為は、私を更に興奮させた。
「ふぅ……! ふぅ……!」
「ふふっ♡ 胡桃ちゃん、可愛い♡」
「んむぅ……!?」
数秒の休憩の後、もう一度胡桃ちゃんを堪能する。
二回、三回、四回……何度も何度も、濃厚な口づけを交わし続ける。気がつくと、胡桃ちゃんの目はとろんとしていて、涎が垂れていても気に留めないほど緩んでいた。
「こんなとこじゃ、らめ……♡」
「ふふ、ふふっ♡ なぁに、その声♡ 誘ってるの?」
この子は本当、人をその気にさせる天才だ。一体、何人の女の子を虜にしてきたのだろう。全くもって末恐ろしい。
だからちゃんと。私が保護してあげないと。ちゃんと私のものだって、印をつけておかないと。
私は胡桃ちゃんの首裏に回って、歯を立てずにちゅーっと、白い肌に吸い付いた。
「んぁ……♡ や、やらぁ……♡」
はぁ? 何その声。わざとやってるんでしょ? そうなんでしょ? そうやって自分は悪くないですって顔して、心の中真っピンク色で染まっているんでしょ? ねぇ? そうなんでしょ?
「はぁ……はぁ……待って、ちょっと休憩、させて」
「だぁ~め♡♡♡」
胡桃ちゃんの腰を持ち上げて、そのまま首筋を舐る。ドクドクと流れる血液を感じながら、傷付けないように上から吸い付くと、その度に虫刺されのような痕が幾つも出来上がる。
明らかなマーキングだった。分かり易いくらい、痕を付けまくった。
「今日はお仕置き無しって言ったけど、やっぱり無しね♡ そのキスマーク、隠しちゃだめだから♡」
「うん……♡ 分かっ、た……♡」
熱っぽい視線を絡めながら、私達はそのまま熱いキスを交わした。
「ふぅん……人目も憚らず、ね……」
物陰から二人を観察する、紅い瞳など気にも留めずに。




