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ヤンデレ吸血鬼への罪滅ぼしのため、私は下僕へと成り下がった  作者: 椿


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焦燥感ばかり募っていく

 「どうしよ……未来になんて説明したら良いのかな……」


 私は首裏を擦りながら、溜め息を吐いた。アリサに付けられた烙印が、そこには変わらず鎮座しているからだ。


 幸い、正面から見れば痕は見えない。けれど後ろを見られた瞬間、この赤い印はまず間違いなく見つかってしまう。


 それに、私はきっとこの痕を意識してしまう。挙動不審な私に、未来は必ず気付くだろう。どう転んでも、このマーキングを隠し通すことはできないように思えてしまった。


 「──お帰り、胡桃」


 「えっ……? 雪子、さん……?」


 思い悩む私の前に、その声は唐突に飛び込んできた。ふわりと、身体が浮く。


 「不用心ね。そんなんじゃ、誘拐されるわよ」


 「え、ちょっと!? なにしてるんですか!?」


 雪子さんは私の手を引くと、そのまま路肩に停めた車へと瞬く間に連れ去ってしまった。


 時間にすれば数秒程度。私は目を白黒させながら、後部座席で雪子さんに抱かれていた。

一体、なにが起こったの……?


 「まずはおかえり、胡桃」


 「た、ただいま……雪子さん、これはどういうことですか?」


 「見ての通り、貴女を誘拐したの」


 「意味が分かりません……!」


 非力な私では、雪子さんのハグから逃げ出すことはできない。ガラスにはフィルムが貼られていて、外からは全く見えないようになっていた。


 つまり……あとはフロントガラスさえ塞いでしまえば、この車は誰からも見えなくなってしまう。その意味に、私は戦慄した。


 「どうして、こんなことを……?」


 私は抵抗を辞めて、雪子さんの瞳をジッと見つめた。きっと何か、意味があるだろうから。


 「……胡桃。貴女はもう少し、危機感を持った方が良いわ」


 「やり過ぎではないですか?」


 「何かがあってからじゃ遅いわ。貴女は特に、私達のような人間にとっては喉から手が出るほど欲しい人材なのだから」


 「…………また、その話ですか」


 求血病という症状にとって、最も困難な問題はその血液の相性である。


 血であれば何でも良いという訳ではなく、私達の食の好き嫌いがあるように、求血病罹患者にとって血液の好みというものが存在しているとか。


 濃いものが良い。どろっとしているものが良い。特定の血液型のものが良い。その違いは千差万別であり、相性の悪い血液を摂取すると、急激に体調を悪くする人も居るとのこと。


 「胡桃の血は特別なの。それは、分かっているのでしょう?」


 「癖がなくて飲みやすい。それだけです」


 私の血には、本来あるはずの特徴が無いらしい。まるで水のように、その血液は求血病を患った者の喉を潤す。馴染む、という表現を雪子さんはしていた。


 「それだけ、ね……たったそれだけのことが、どれだけ大切か」


 「…………定期的な採血には応じています。私の血が欲しいなら、いくらでもあげます」


 「じゃあ、その上に新たな吸血行為をしたら、貴女の身体はどうなるか分かる? 貧血を起こして、身体が上手く動かなくなるのよ。そのペースじゃ、命すら危うい」


 分かっている。私の血液は有限で、そう何度も差し出していいものでは無い。何度も吸われたのなら、その精製はいずれ追い付かなくなる。


 以前からしていた、求血病へ向けた採血の参加。その上、アリサへの数度に渡る吸血。その弊害は、確実に私の身体を蝕んでいることだろう。


 いつかそれは、爆発する。私の命を散らしながら、それは盛大に。


 「今朝、私はこれ以上口出しすることじゃないと言ったわね」


 「はい……そうですね」


 「でもね。何事にも限度というものがあると、私は思うわ。貴女とあの子の関係は、危険過ぎる」


 「っ……!」


 まるで今日一日、私とアリサのことを見ていたみたいな口ぶりだった。


 監視、されていた……? いつ、どうやって? 一体いつから? 分からない。ただ、雪子さんの言い方はあまりに断定的だった。


 「貴女の血に、あの子は酔っている。その結末はきっと、胡桃を害することになるでしょうね」


 「そんなことは……!」


 「無いって言い切れる? 目の前に広がるご馳走を前に、あの猛獣が自らを律せられると、本気で信じているの?」


 私にそれを否定することは不可能だ。だって、私がそれを望んですらいたのだ。万が一は起こり得ないと、言い切ることなどできない。


 愛園アリサは近い内、自制を忘れて私を貪るだろう。そして私は、私という存在の破滅をもってしてその贖罪を終えることができる。そんな未来を、思い描いていた。


 「駄目よ。絶対に許さない。そんなの、あって良い訳がないわ」


 「……お願いです、雪子さん。どうか見逃してください」


 ここで雪子さんの忠告を受け入れることは、アリサを裏切ることと同義だ。だから、私は差し出された救いの手を、握ることは叶わない。


 けれど、今の私に抵抗などできないのも事実だ。抱きしめられ、耳元で淡々と事実を並べ立てられる現状を、私にはどうしようとも覆せない。


 ……私に許されているのは、情けなく懇願することだけだった。冷たい目をする雪子さんに、精一杯のお願いをするだけだった。


 「…………なら、一つ教えて頂戴。胡桃は、生きるのが辛い?」


 「……辛いですよ。辛くて辛くて、ずっとこの苦しみから解放されたくて仕方ありません」


 「そう……なら、私のすべきことは一つだけね」


 雪子さんはそう言って、私の手に何かを取り付けた。


 ガチャリと、甲高い音がした。私は呆けて、自らの手を見た。銀色の八の字を描くそれは、日常生活では見ることの無い、捕縛を目的とした道具だった。


 片方は私の左手に。もう片方は、助手席のヘッドレス部分の金具へ。


 「これでもう、胡桃は逃げられない」


 能面のような表情で、雪子さんはそのまま助手席から降りていった。


 「待っ──」


 私の言葉を拒否するように、勢いよくドアを閉められる。そのまま運転席へ乗り込んだ雪子さんは、冷たい顔をしたまま運転を始めてしまう。何度声を掛けても、目線は前を向いたままだった。


 もうすぐ、夜も更ける。このままでは、家へ帰れるかどうかも分からない。私はすぐにポケットからスマホを取り出し……


 ──なんで、スマホが無いの……?


 「言ったでしょう? 貴女はもう、逃げられないのよ」


 「…………!」


 ゾクリと、ようやく私は事の重大さに気がついた。


 本気だ。雪子さんは本気で、私を誘拐しようとしている。私は必死に手錠を外そうと手を振り回すも、状況は何も変わらなかった。


 左右のガラスは外からは見えない。フロントガラスからは、私の姿は良く見えないだろう。私が捕らえられていることに気付いてくれる可能性は、ほぼゼロだ。


 窓ガラスも開かない。鍵も開かない。何もできない。


 私は無力なまま、どこかへ走って行く車に揺られるしかなかった。

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