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ヤンデレ吸血鬼への罪滅ぼしのため、私は下僕へと成り下がった  作者: 椿


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12/17

無意識への介入

 後部座席で片手を拘束されたまま、私は揺られていた。移動中、普段のような会話は一切介在しなかった。ただ、時折こちらを見つめる雪子さんの顔を、見つめ返すだけ。


 「さぁ、着いたわよ」


 一時間ほど経った後、車はようやく停車した。町並みは消え失せ、ただ深い闇のみが溢れかえる場所だった。


 雪子さんは私に着けられた手錠を自分の右腕に取り付け、更に手を絡ませてきた。


 逃がさないという、強い意志が感じられた。私は初めて感じる雰囲気に気圧され、何の抵抗もできず、雪子さんと砂利道を進んでいった。


 そこは別荘地のようだった。人よりも野生動物の方が多いだろう土地を、雪子さんは勝手知ったるといった様子で進んでいく。その先には、一軒のコテージが建っていた。


 「元々、以前していた仕事で使っていた場所なの。少し不便だけど、静かで良い場所よ」


 「……そう、なんですか」


 たとえ、この場で叫んで助けを求めたとしても、この近辺に人が住んでいるとは思えない。この場所に踏み入ってしまえば、誰かに気付かれる可能性はほぼゼロになるだろう。


 それでも、私に拒否権は無かった。手を引かれ、コテージの中へと飲み込まれていった。


 少し埃っぽくはあるが、綺麗な場所だった。月明かりだけが周囲を照らす中、雪子さんは二階へと私を連れていった。


 「はい。じゃあ、そこで横になって」


 一つの大きなベッドがある部屋だった。雪子さんは自分の手に嵌められた手錠をベッドのフレームに引っかけてから、私に寝そべるように指示をした。


 「なに、するんですか……? こんなことしなくても、言うこと聞きますよ」


 「言うことを聞く、だなんて人聞きが悪いわ。それじゃあ、まるで私が脅しているようじゃないの」


 「……脅してるでしょう」


 人を拉致して、山奥に連れ込んで、こうして手錠に繋いで監禁しようとしている。これが脅しや恐喝でなくて、何と言うのだろうか。


 「そう……じゃあ、胡桃。もし、私が今胡桃の血を飲ませて欲しいってお願いしたら、貴女は受け入れてくれる?」


 「だから……! この状況で、私に選択肢なんてないじゃないですか……!」


 「なら、いつもの教会で私がそう願ったら? 胡桃の血を飲み干したいと、私に懇願されたら、貴女はどうするの?」


 「…………雪子さんは、そうしたいのですか?」


 雪子さんはいつだって、私の身を案じてくれた。


 市川家が崩壊してしまった時も、私達と同等かそれ以上に深く悲しんでくれた。ずっとずっと、私のことを支えてくれた。今の私があるのは、間違いなく雪子さんが居てくれたからだ。


 そんな恩人の頼みを断ることを、私はきっとしないだろう。求められているのだから、それに応える、応えたいと思う。当然のことだと思う。


 「あぁ……やっぱり、貴女はそうするのね。そうやって自分を傷付けて、苦しめて、自分の存在を確かめようとする」


 そんか私の考えを読んだように、雪子さんの顔が歪んだ。


 湿っぽい紅い瞳が、私の双眸を射貫く。憐れむような、蔑むような、悲しむような……そんな、複雑な感情が伝わってくる。


 「ダメ、ダメよ。絶対にダメ。貴女の自己犠牲は、決して尊くなんてないわ。それはただの自傷でしかない。そんなのは間違っている」


 「……っ! そんなの、私だって分かってますよ!」


 アリサとの関係が、未来からの依存が健全でないことなんて、承知の上だ。


 それでも、私は間違えた。間違えることが、私には必要だと思ったから。


 「罰してほしいと、たとえ歪んでいようと支えたいと願うのは、そんなにいけないことなのですかっ!?」


 「……それじゃあ、貴女は救われないじゃない」


 「救われなくたって良い! 私は苦しんで藻掻いて、痛いまま死んで行けば良いの!」


 私の贖罪は、そうして果たされる。アリサはそれを叶えてくれるだろう。未来は私が拒まなければ、離れることはしない。


 ずっとずっと、惨めったらしくあの日の後悔を嘆きながら、そうして死ねば良い。


 それこそ、こんな私に相応しい末路だ。


 「自分のことばっかり。だから貴女はまだまだ子供なのよ」


 激高する私を、雪子さんは冷静に窘めた。駄々をこねる幼児を諭すように、私とは対照的に冷静な声で続ける。


 「何が……言いたいんですか?」


 「自分だけが苦しんで、自分だけが痛い思いをして解決するなんて、夢物語も大概にしなさい。胡桃が傷付くことで、同じだけの苦痛を誰かに与えることは考えないの?」


 そんな、ことは……だって、アリサはそれを望んでるはず。未来だって、私が傍に居ないと、きっとまた自殺を考えてしまうはずだ。それを防ぐためには、私が犠牲にならないと……


 「少なくとも、私は胡桃がそういうことをしていると考えると、はらわたが煮えくり返る思いになるわ。こうして強硬手段に移る程度にはね」


 「じゃあ……じゃあっ! どうすればいいんですかっ!?」


 アリサを拒めば良かったのか? 未来を突き放し、あの子の苦しみを無視すれ良かったのか? 全部全部見なかったことに、無かったことにしてのうのうと生きていけと言うのか?


 そんなことが正解だなんて、私は絶対に認めない!


 「──私が、胡桃に言い訳をあげる」


 「え……?」


 「愛園アリサが罰を与えるように、私は逃げ道を胡桃に作ってあげる。貴女が誰かを傷付けるのも、見放すのも、全部全部私のせいにして良い」


 「そんな免罪符を、胡桃にあげるわ」


 雪子さんは私を抱きしめると、そのまま私の頭を撫でた。こんな状況でも、その行動は私に安心感を与えていく。ベッドの柔らかさと貧血気味なこともあって、段々と微睡みが強くなっていく。


 「けれど、胡桃はそうやって罪の意識から逃れようとはしないでしょう。だから、無意識の中に擦り込んであげる。自分自身でも気付かないくらいに、巧妙にね」


 アイマスクのようなもので視界が遮られる。そうして、右耳に何かを入れられた。小さなそれは、ワイヤレスイヤホンだった。


 「お姉さん、これでも色々勉強しててね。ちょっとした小技は沢山できるのよ」


 「い、一体なに、を……」


 「胡桃には今から、一種のルーティンのような反復動作を刻んであげるわ。分かり易く言えば、催眠術をかけてあげる」


 イヤホンからは水の滴るような音声が流れていて、空いた左耳からは雪子さんの吐息混じりの囁き声を流し込まれる。


 くすぐったいような、ゾクゾクするような、そんな感覚が脳に染み渡っていく。


 「人間って凄いわよね。想像だけで身体や精神に影響を与えてしまうのよ。痛みや快楽も、脳の出す信号一つで思い通り。ほんのちょっと、きっかけと意識をさせてあげれば……」


 耳に熱っぽい息が送られてくる。たったそれだけが、私を妙な気分にさせていった。


 無視しようとしても、真っ暗な視界の中、身体を抱きしめられて息や声で刺激されているのだ。いけないと分かっていても、逆にそれが、もっとこの行為を意識させていく。


 「ふふ、蕩けた顔しちゃって……胡桃ってば、いやらしい子だったの?」


 「ち、ちひゃう……わた、わらひ、は……」


 「違くない。胡桃は悪い子なの。誘惑に弱くて、すぐに負けちゃう、弱くて貧弱な雑魚。だから、貴女は悪くない。負けるのは当たり前なの」


 「ちがう……ちが、ひぃん……!」


 身体が痙攣したみたいに、ビクビク跳ねる。腰が浮いてきて、足が忙しなくベッドのシーツをなぞっていく。


 溶けていく。思考が、理性が、溶けていく。段々と、今自分が起きているのか、それとも眠っているのか、分からなくなっていた。


 「堕ちて、堕ちて、堕ちていく」


 「もう、何も分からない。分からなくて良い」


 「貴女は何もできない。だから、何もしなくて良い」


 「ただ、声の言うことを聞いていれば良い」


 「そうすれば、もう何も考えなくて良い」


 「分からなくて良い。何もしなくて良い。この声を聞けば良い。何も考えなくて良い」


 「──甘い甘いぬるま湯に溺れて、そして刻みつけなさい」


 「胡桃はもう、私の命令を無視できない」


 「胡桃はもう、私の言葉を無視できない」


 「胡桃はもう、私の存在を無視できない」


 「ただ、気持ちいいことだけ、考えましょうね……♡」


 も、う……よく、分から、ない……


 ただ、こうし、て、何も、かも、ゆだ、ねると……


 「はぁー……! はぁー……!!!」


 全部溶けて、気持ち、良い、よう、な……

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