溢れ出る欲望
「なんで、こんなところに……?」
ある日の金曜日。珍しく、お姉ちゃんが夕方頃になっても帰ってこなかった。
それ自体は不思議なことではない。お姉ちゃんとて、華の女子高生。色々とあることは理解している。
けれど、何の連絡も無い、ということは初めてだった。お姉ちゃんは帰宅が17時以降になる時は必ず、メッセージを送ってくれるはずだ。今日はそれが無かった。
その代わりに、何故か雪子から位置情報のURLが送られてきた。添えられていた言伝は短く、「胡桃は私と一緒にここに居る」とだけだ。全く意味が分からない。
タクシーを手配して、その住所の場所に向かう。到着すると同時に、まるで私が来たのを何処かで見ていたように雪子が私の前に現れた。
「どういうこと? 説明、してくれるんだよね?」
「まずは落ち着きなさい。話はそれからよ」
「……私は落ち着いてる。だから早く話して」
この人のことは、少し苦手だ。同じ求血病で、年上で、それでいて何故か私達のことを酷く気に掛けてくる。何を考えているのか分からなくて、凄くやりづらい。
「この前、胡桃の首に噛み痕ができていた件の続きよ。結論から言えば、私はすぐにでも手を出すべきだと判断したわ」
「それが、この場所への隔離ってことなの……?」
「貴女達のお家でも良かったのだけど、アイツが帰ってきたら胡桃がリラックスできないでしょう?」
あの齋藤雪子が、無理矢理にお姉ちゃんへ干渉した。それはつまり、それだけのことが起こったということだ。
一体、お姉ちゃんに何があったの?
「胡桃の友達……愛園アリサは、あの子の血に酔っているわ。そう遠くないうち、胡桃を殺しかねないほどにね」
「……っぅ! やっぱり、私の言った通りになったじゃん!」
「そう、ね……結果論ではあるけど、今は貴女の意見が正しい。だから、少し乱暴な手段を使うことになってしまったわ」
暗い月夜を頼りに、私と雪子はコテージに辿り着いた。その間、私は僅かに違和感を感じていた。
彼女は……雪子は、倫理観をきちんと持った人間だ。犯罪など論外。法に抵触せずとも、モラルを重視する人であると、私は認識している。
「お姉ちゃんを傷付けるのは、雪子でも許さないよ」
「ふふっ……そんな乱暴なことはしないわ。ただすこーし、説得をしてるだけ」
「……? どういうこと……?」
なのに、今の彼女からは異様な雰囲気を醸し出している。それに、乱暴な手段、というのが妙に引っかかる。
それはつまり、雪子が無理矢理お姉ちゃんを攫った、ということで……雪子がそんなことをすること事態がおかしいのだ。
「胡桃は此処よ」
「……っ! お姉ちゃん! 入るよ!」
そんな思考を遮るように、雪子は私を一室へと誘った。返事が無かったので、そのまま部屋へ入っていく。
甘い匂いがした。クラッとしそうな、甘ったるい匂いだ。窓を閉め切ったその空間に、充満するその香りは……
「────」
「え……? おねえ、ちゃん……?」
身体を弛緩させ、緩んだ口元からは涎を垂らしたその姿は、まるで打ち上がった魚のよう。
ひゅうひゅうと浅く呼吸をしながら、時折身体をビクつかせ、短い嬌声を何度もあげる。明らかに異常な状態だった。
「雪子っ!!! お姉ちゃんに何したの!?」
「だから言ったじゃない。説得をした、って」
「説得……? お姉ちゃんをこんな風にしておいて、何が説得よ!!!」
頭の中で色々な可能性がよぎる。薬、求血病由来の何か、それとも私の知らない未知の技術……? 分からない。でも、今のお姉ちゃんを放置するのは絶対に駄目!
「何をしたか知らないけど、早く元に戻して! 私のお姉ちゃんを返してよ!」
「あら、本当に良いの? 胡桃を元の状態に戻して、それで満足なの?」
「な、何言ってるの……!? 当たり前じゃん!」
その言い方は、私がこうなることを望んで居たような口ぶりだった。違う。私は、こんなことを求めていた訳じゃ……!
「良いわよ、元に戻しても」
「じゃ、じゃあ早くやっ──」
「でも、そうしたら胡桃は、愛園アリサに食べられちゃうわね」
「っ……!?」
いや……そんなこと、無い。お姉ちゃんが私を置いて誰かの物になるなんて、そんな訳ない。
だって。お姉ちゃんはいつだって私のことを考えてくれた。私のことを認めると言ってくれた。私に全てを差し出してくれた。
そんなお姉ちゃんが、私を見捨てて誰かの元へ行くなんて、ありえない。
「よーく考えて頂戴。胡桃が貴女へ異常なほどの献身をするようになったのは、一体どうしてかしら?」
「そ、それは……お姉ちゃんが、私のことを愛してくれたから……」
「本当にそう? たったそれだけで、自分の全てを差し出せるものなの?」
「違う……お姉ちゃんは、私を愛して、くれて……」
──分かってる。私が一番分かってる。
お姉ちゃんが私のことを気にかけて、愛してくれるのは……自分のためだ。
かつて、お姉ちゃんが後悔したことを、もう一度繰り返したくないだけなのだ。
それで良いと思っていた。お姉ちゃんがそれで満足するなら、良心の呵責に苛まれるお姉ちゃんの心労を、少しでも無くすことができるのなら。
私を通して、違う誰かのことを見ていようと、それで良いと思っていたのに。
「胡桃は罰を求めてる。そして、愛園アリサはその執行人に相応しい。私達は所詮、その代替品にしかなれないの」
甘言が、じんわりと染みていく。駄目だ。流されちゃ、駄目。こんなの、正しくない。
「愛園アリサが胡桃を蹂躙して、屈服させて、最後にはその魂までも飲み干して……全部全部奪われて、それで良いの? 胡桃がそう望むなら、その結果が正しいの?」
「はぁっ……! はぁっ……!」
「私達の胡桃を、ただ出会ったのが少し早いだけの女に盗られて……そんな結末が最良なのかしら?」
いや、だ……そんなの、絶対に嫌だ。お姉ちゃんは私のお姉ちゃんだ。私だけの、私のためのお姉ちゃんだ。誰にも渡さない。その血も、髪も、吐息すらも全て私のものだ。それを他の求血病罹患者が横取りする? そんなのあり得ない。私のものなのに。私だけのお姉ちゃんなのに。私のためだけに生きてくれるとまで言ってくれたお姉ちゃんなのに。お姉ちゃんの居ない世界なんて意味が無いのに。私の宝物を、奪おうとするなんて許せない。あぁそうだ。あの日からずっとずっとずっとずっと私はお姉ちゃんだけを見てた。お姉ちゃんさえ居れば他に何にも要らない。お姉ちゃんの温もりだけがあれば良い。それだけあれば良い。そうだそうだ。そうだった。こんな簡単なことすら忘れていたなんて妹失格だ。大丈夫、これからはお姉ちゃんのことだけを考えて、お姉ちゃんのためだけに生きるから。そうしたらお姉ちゃんも私のためだけに生きてくれるよね? だって約束した。お姉ちゃんの全部をくれるって言ってくれた。その約束を破るような真似、お姉ちゃんは絶対にしないよね? そうだよね? 大好きだよ、お姉ちゃん。一生愛してるよ。これからも一生一緒に生きようね。
「…………雪子、一つ聞いて良い?」
「何かしら?」
「今のお姉ちゃんは、どういう状態?」
「簡単に言えば、意識と無意識の狭間……身体は動かないけれど、脳は覚醒してる状態ってところね」
雪子は言う。お姉ちゃんは今、夢を見ているような状況らしい。だから、今のお姉ちゃんには抵抗なんて不可能。更に言えば……そういう状態の脳は、普段以上に擦り込みや思い込みが容易になるのだそう。
つまり……この溢れ出る気持ちを全て、お姉ちゃんの脳髄に刻み込むことができる、ということだった。
「ふひっ♡」
「あいつへの連絡は私からしておくわ。どうぞ、ごゆっくりと♡」
パタン、と……扉が閉まる。月夜が照らす一室に、両手を拘束され、酷く蕩けた顔をしたお姉ちゃんと、理性を溶かしきった私の、二人きり。
邪魔は入らない。お姉ちゃんは無抵抗。何もかもが、許されている。
「我慢できる訳……無いじゃん♡」
私は衣服を脱ぎ捨て、下着姿になるとお姉ちゃんの身体に腰を降ろした。
細い身体だ。今にも折れてしまいそうな、か弱いお姉ちゃん。その癖、すぐに自分の身体を差しだそうとする、破廉恥なお姉ちゃん。
悪い子だよ、お姉ちゃん。そんなお姉ちゃんには、罰を下さないと……ね?
「頂きます、お姉ちゃんっ♡」




