神崎旭の横恋慕
あたし、神崎旭は……白状すると、可愛いものが好きだ。それも、小さくて可愛いものが、本当に大好きなのだ。素直に言うと気持ち悪いので、このことは幼馴染みの真希しか知らない。
そんなあたしにとって市川胡桃という少女は、まさに青天の霹靂だった。それくらい、好みドンピシャの愛らしい少女だったのだから。
身長は多分、150cmも無いくらいで小っちゃくて可愛い。長い黒髪は、シャンプーのCMに出れそうなほど真っ直ぐな黒髪。前髪で隠れているけれど、とても綺麗な顔をしている。
目つきは隈があって少し悪いけど、あたしにとってはそれすら加点ポイントだった。
あまり活発な性格ではないようで、人に声を掛けられると肩をビクッと震わせ、オロオロと慌てふためく。ちょー可愛い。今すぐ抱きしめたい。
「アンタ、マジできもいよ」
「そんなこと言わないでよ~! あたしはただ、市川さんと仲良くなりたいだけなんだよぉ~!!!」
「声でっか……普通に話しかければ良いじゃんか」
黒いマスクを着けた、薄ピンク色の髪をサイドテールにしたあたしの幼馴染み……岡崎真希が、冷たい目で見てきた。何て薄情な幼馴染みなのだろう。あたしはこんなにも悩んでいるというのに。
「はぁ……あんな子のどこが良いのよ……」
「へ? 何か言った?」
「何でも無い。旭がいつも通り、キモいなぁって思っただけ」
真希は少し顔を曇らせると、すぐにあたしを見て意地悪く笑った。
少し不自然だったけど、真希があたしには分からないことを考えているのはいつものことだ。そのままあたしも釣られて、真希にじゃれつき始めた。
ちらりと、後ろを見る。真希の隣の席……つまり、市川さんの席だ。脇に何も掛かっておらず、机の中に教科書の一つすらも入っていなかった。綺麗好きなのかな?
……ちょっとだけ。ちょっとだけ、だから。
あたしは妙な罪悪感に僅かな喜びを感じながら、市川さんの机に腰を掛けた。
やった、やってしまった……! 市川さんが普段から使っている机に、あたしのお尻を乗っけてしまった。
何だろう……もの凄く、ゾクゾクする。こんなの行儀が悪いのに、迷惑なのに、あたしは妙な汗を掻きながら、その行為を継続した。
そして、そんなはしたない行為に夢中になっていると、その子は現れた。
黒いタイツや下に着込んだシャツで、顔と手以外の素肌を隠した少女……市川さんが、狼狽しながら手を右往左往させていた。
今すぐ土下座して詫びたい気持ちを必死に抑えながら、あたしは上擦ってしまいそうな声を正常値に戻し、キリッとした顔で立ち上がった。
「はぅ……!? あ、ごめん市川さん! 席、座るよね!」
どこが正常だ。完全に挙動不審な変なやつだろう。あたしは1.5倍増しの声量で、身体を強ばらせながらその場を退いた。
あぁもう……! 完全に変なやつだと思われた……!
「う、うん……ごめんね」
「なんで謝るし!? 悪いのあたしじゃん!」
びくりと、あたしの声に驚いたのか市川さんの身体が跳ねた。ほんとごめんなさい! 悪気はないんです! 許してくださいお願いします!
「~~! どしたの!? 平気!?」
「だ、大丈夫……ありがとう神崎さん」
にこりと、市川さんが微笑んだ。というか待って? 市川さん、今あたしの名前呼んだ? 待って待って!? あたしのこと認知してくれてたの!?!?
市川さんのエンジェルスマイルと、こんな左横でぐふぐふ言ってるキモい女のことを知っていて、なおかつ名前を呼んでくれた喜びで頭が爆発しそうだった。
「へ~……! 市川さん、あたしの名前知ってたんだ……!」
「なんか意外かも。市川さん、グルチャにも入ってないし」
あたしは真希の方を向いて、市川さんに見えないようニマニマ笑った。真希は呆れたように、そんな私を見て苦笑いしていた。
なんだその目は。天使があたしのことを知っていてくれたんだぞ!? こんな大事件、あって良いの!?
あぁ……! 今もにこやかに笑ってくれる市川さんの、なんと可愛らしいことか! チェキ1枚1000円と言われても、財布の中身が無くなるまで撮り続けたいレベルの愛らしさだ。可愛い。スマホのホーム画面にしたい。
「あ、チャイム鳴った。ほら旭、早く座んな」
表情筋を必死に締めつつ、脳内で汚い悲鳴を撒き散らすあたしの耳に、突如甲高い音が響いてきた。始業を告げる、チャイムだった。
くそ……!!! もっと市川さんとお喋りしたかったのにぃ!!!
「ほんとだ。じゃあね、市川さん」
「う、うん……」
そのまま自分の席に戻って、綺麗な姿勢で真面目に先生の話を聞く市川さんを眺める。もう2週間も経ってしまった。クラスの皆と話すのは楽しいけれど、市川さんとはまだ仲良くなれていない。
……もっと、市川さんと話してみたいな。あたしはその小さな背を眺めながら、そんな願望を増幅させていくのだった。
6
「で! どうやったら市川さんと仲良くなれるかな!!!」
「声でっか……んなの、普通に話かければ良いじゃん」
授業の合間の小休憩。その時間にあたしは真希を連れて、お手洗いに来ていた。前髪をイジって適当な返答をする真希に、私の不満はストップ高だった。
「それが出来たら苦労しないよ! あたし、市川さんに話しかけようとすると変な顔になっちゃうの! 通報されちゃうよ!」
「近い近い近い。良いからはよ玉砕してこい、っての」
「へぶっ!? ひ、酷いよ真希ぃ……」
私はこんなにも悩んでいるというのに、この幼馴染みは無情にもチョップをかましてきた。痛い。
軽く涙目になっていると、しょうがないという顔をした真希があたしの肩に手を置いて、真剣な瞳で見つめてきた。え、何? 照れるんだけど。
「良い? 旭は、贔屓目に見ても可愛いし綺麗だよ。だから、そんながあんたが声掛けてくれたら、市川さんだって喜ぶ、よ……多分」
「なんで言い淀んだの? ねぇ、やっぱり駄目なの?」
「いや、まぁ……市川さんは旭みたいなタイプ、苦手かもなぁ……って」
「勇気づけるなら最後まで頑張ってよ! もう!」
けれど、その言葉を皮切りに踏ん切りがついた。今日、お昼に市川さんを誘う! そう決めた!!!
早速、授業など聞き流しながら、必死に作戦を練る。
これまで、市川さんを昼食に誘おうとしたことは何度かあった。だが、彼女はいつの間にか、教室から消えているのだ。購買や学食にも姿は見えない。
はっ……! もしかして、トイレで食べているのかも!? そんなの駄目! 許せない! そう考えると、やる気が漲ってきた。
あたしが、市川さんの友達一号になる。それで、市川さんとお喋りして、一緒に帰って、休みの日にも会っちゃったりして……うへへぇ、何ソレ天国じゃん。あたしは垂れそうになった涎を必死に隠した。
脳内トリップは止まらない。だが、決心はできた。後は、見失わないうちに市川さんを昼食に誘うだけだ!
そして……その時がやってきた。その一挙手一投足を見逃さんと、あたしの視線が瞬き一つすらせず市川さんに向けられた。
半分ほどの生徒が教室から出て行き、市川さんもその最後尾となって出て行こうとしていた。その手には、昼食と呼ぶには少し心許ない栄養食が握られている。
へぇ……市川さん、お昼は少なめなんだ。サラダとかサンドイッチじゃなくて、ブロック栄養食ていうのがらしいなぁ。ふへへ、そんなとこも可愛い。
あっ、ていうか早く誘わないと! あたしは急いで市川さんの前に立つと、乱れた息を整えながら彼女に話しかけた。
「市川さぁん……お昼、それだけ……?」
あ、やべ。なんか凄い、ねっちょりした感じになっちゃった。近くで見ていた真希も、うわぁ……って顔してる。あたし、めっちゃキモくない?
「っ!? あ、神崎さん……」
ほらぁ……! 市川さんも、あまりに私が気持ち悪いせいか、ドン引きしてんじゃん! 私の顔を見ながら、なんか言葉に詰まってるし……! うわぁ……! 完全に失敗したぁ!!!
……でも! もう押すしかない!!! 私、頑張れ!!!
「一緒にお昼食べない!? あたし、市川さんと仲良くなりたいなぁ~って!!!」
言った! 言えたよあたし! 若干早口で声も上擦ったけど、ちゃんと誘えたよ!!!
嬉しくなって真希の方を見ると、凄い顔してた。ガチで引いてる顔だ。なんだよ、その顔は。
「ちょっと旭、強引過ぎ。市川さんに迷惑でしょ」
はぁ~!? あんたマジで……! なんで邪魔すんの!?!? 折角、市川さんを誘えたのにさぁ!
「えぇ~そんなことないよ。ねっ、市川さん?」
あたしは不義理を働く幼馴染みを恨みながら、市川さんから肯定の言葉を引きだそうと躍起になった。一度誘えてしまえば、次のハードルが下がる。何度か食事を共にすれば、それはもう友達といって過言ではないだろう。
「え、と……その……」
うへ、困惑してる市川さんも可愛い――じゃなくて! 市川さんが困ってる! 怖くないよ、友達になりたいだけだよって、ちゃんと伝えないと!
「市川さ──」
「──おっと。此処にいたんですね、胡桃」
「えっ……?」
伸ばしたあたしの手は、空を切った。市川さんの身体は、一人の女生徒の元へと引き寄せられていた。
その人を、あたしは知っている。今年の二組には求血病持ちが居るって、有名だったから。
でも、改めてその存在を見ると……まるで別次元の存在のようだった。二次元の存在のような、可愛いとか美しいとかそういうレベルじゃないというか……とにかく、その人は美しかった。
「すみません、お二人とも。胡桃には先約がありまして。ねっ、胡桃?」
全てにおいて負けている。あたしに、この人に勝てる要素は皆無だ。圧倒的な敗北感を味わいながら、更には市川さんすらも奪われ、あたしの心は完全に折れてしまった。
……寝取られって、こんな感じ、なのかぁ……いや、この場合、あたしが先に好きだったのにかな……
そんなくだらないことを、あたしは考えていた。




