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ヤンデレ吸血鬼への罪滅ぼしのため、私は下僕へと成り下がった  作者: 椿


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市川家の現状

 『悪い。今日も帰れそうにない』


 メッセージアプリにはいつもの如く、お父さんからの連絡が来ていた。私は短くそれに返信して、息を吐いた。


 電車に揺られながら、私は首元を抑える。また、傷を作ってしまった。もしあの子に見られてしまったら、何と言って誤魔化せば良いのだろうか。それとも、素直に白状すべきなのだろうか。


 いいや、駄目だ。今、あの子の傍に居られるのは私だけだ。余計な心労を、彼女に与えたくはない。


 それに、この傷は私が望んで付けたものだ。アリサに差し出した結果だ。何も問題なんて、無い。


 そう自分に言い聞かせて、私は帰宅した。家の中は暗く、カーテンで締め切られて日の光が完全に遮断されていた。


 鞄を置いて、自室の隣……『みらい』というプレートのかけられた部屋を、ノックした。


 「未来……? 今、帰っ──」


 その瞬間、ドアが勢いよく開かれて、黒くて大きな物が私の身体へ直撃した。


 暗闇に溶け込むような、長い黒髪。そして……爛々と輝く紅い瞳と、尖った歯。


 「おかえり、お姉ちゃん……待ってた、よ……」


 私の妹であり、求血病罹患者でもある……市川未来いちかわみらいだった。


 未来は私の二つ下。中学二年生だ。だが、現在は不登校であり、家での自宅学習がメインとなっている。


 原因は……家庭の不和の原因と、なってしまったからだ。


 未来が小学五年生の時、お父さんとお母さんが離婚した。


 理由は、お母さんが未来の存在を肯定出来なかったからだ。それが、彼女を精神的に追い詰めた。一時期は自殺未遂にまで発展し、今も彼女の心の傷は癒えていない。


 唯一救いだったのは、お父さんは未来のことを大切な娘だと思っていたことだろうか。親権はお父さんが受け継ぎ、私は未来の傍に居たかったので、こうして今は三人で暮らしている。


 未来は学校を休みがちになり、中学に上がる頃には完全な自宅学習になっていた。


 お父さんはそんな私達に負い目を感じて、あまり家へと帰ってこない。そして時折帰宅すると、本当に申し訳なさそうな顔で、いつも謝ってくるのだ。お父さんの震えた背中を見る度に、私まで悲しくなってしまう。


 それが、市川家の現状だった。


 「ん、ぅ……お姉ちゃん、お帰りのぎゅーは……?」


 「ただいま。良い子にしてた?」


 「えへへ……うん、ちゃんとお勉強、してたよ」


 その場で未来を抱きしめ、頭を撫でる。数分はそうしてスキンシップを交わした後、未来を抱きかかえてリビングへと降りていった。


 もうすっかりと大きくなって、私よりも身長は高い。けれど、私にとってはいつまでも可愛い、大切な妹だ。多少の重さくらい、我慢してみせる。


 「ご飯は食べた?」


 「まだだから、一緒に食べよ」


 「えぇ。じゃあ、和食と洋食、どっちが良い?」


 「洋食! オムライスが良いな!」


 家事は基本的に私と、未来が負担している。以前は不慣れだったそれは、二年以上も繰り返せばそれなりにできるようになっていた。


 「お風呂入れてくる。お姉ちゃん、一緒に入ろ!」


 「……未来。貴女もう中学二年生でしょ? そろそろ、お姉ちゃんとのお風呂は卒業しなさい」


 「むー! 先月までそんなこと言わなかったじゃん!」


 当然だ。お風呂に入れば、ガーゼは外さなければならない。そんなことをしたら、アリサに付けられた噛み痕が一瞬でバレてしまう。


 それに、未来のスキンシップは少し激し過ぎる。彼女が不安定だった時期はもう終わった。


 今の私の役目はを傍で支えつつ、未来がまた一人で歩けるようにサポートすることだ。あまり、依存させるようなことをするべきでは無い。


 「ワガママ言わないの。添い寝はしてあげるから、それで許してね」


 「分かった……我慢、する」


 「よしよし……良い子ね」


 未来の頭を撫でながら、私は漏れそうになった弱音を必死に押し込んだ。


 私が必死にアリサから吸血されていることを隠す理由。それは、求血病罹患者にとって、他者への直接的な吸血という行為は、性交渉に匹敵するものだからだ。


 求血病の者が他者へ吸血する際、彼女達は対象者へ特殊な成分を唾液を媒介として流し込む。それは脳内を麻痺させ、痛みや不快感を全て快楽へと変換させる。


 私がアリサに吸血された時に意識を飛ばしたのは、そういった理由からだった。だからこそ、噛み痕を晒すというのは到底容認できることではないのだ。


 私の手料理を頬張って笑顔を浮かべる未来に、私は……上手く、笑えているだろうか? こんな不甲斐ない姉の姿を、ちゃんと隠せているだろうか?


 その答えは、誰にも分からなかった。


           4


 「なんで求血病にっ……! 胡桃は普通なのに、どうしてあの子はっ!?」


 「辞めろ美香! 未来は何にも悪くないだろう!」


 「っ……! そんなの分かってるわよっ! でも、受け入れられないの! 私だって頑張ってあの子を愛そうとした! でも駄目なのよ!!!」


 それは、私が私を最も許せなかった時のお話。


 私が原因でお父さんとお母さんが言い争っている。それを、二階でお姉ちゃんに抱きしめられながら聞いていた。


 お姉ちゃんの部屋からでも、二人の声は聞こえた。聞こえて、しまった。


 「大丈夫……大丈夫だよ。お姉ちゃんは、未来の味方だからね」


 「ひっぅ……! お姉、ちゃん……!」


 自分が普通ではないと、分かっていた。私は血を舐めると、それを美味しいと思ってしまう。目の色も、乳歯が抜けて生えた永久歯も、私のだけ違う。


 知ってる。私は、人間の皮を被ったバケモノ、なんだって。


 学校の皆も、先生も、見知らぬ他人も……みんなみんな、私を冷たい目で見る。私は私なのに、一人だけ間違っているような気分になってしまう。


 でも、家族だけは……血を分けた人には、愛されていると思っていた。だから、私はそんな視線なんて気にしないって、強がることが出来ていた。


 違った。本当は、ただ言えなかっただけだったんだ。私はずっと、お母さんを苦しめていた。


 「ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」


 「っ……! 大丈夫、大丈夫だからっ……!」


 お姉ちゃんまで、その双眸から涙を流し始めてしまう。あぁ……お姉ちゃんまで、私は悲しませてしまった。私なんかが、生きているから。


 その日からだった。生きている意味が、分からなくなった。前はきちんとできていたのに、笑い方も、挨拶の仕方も、普通に過ごすことも、できなくなった。


 お姉ちゃんの顔を見ると、涙が溢れる。お父さんが私に謝るのを見ると、痛くて仕方がなかった。お母さんの色々な感情が混じった視線を見ると、もう訳が分からなくなった。


 死のうと、思った。こんな私なんて、居なくなった方が良い。お母さんも、私が居なくなったきっと、前みたいに過ごせる。もう、我慢なんてしなくて良いはずだ。


 だから、死ぬべきだ。私はその日から、迷惑をかけずに死ぬ方法を模索した。


 せめて死ぬ時くらい、可能な限り綺麗な方法で死にたい。私は考えた。そして辿りついたのは、餓死だった。


 人は死ぬとき、色々なものを吐き出してしまう。血液や老廃物が染み出すのだ。ならば、何も食べず、飲まずに死ねば少しはマシに終われる。そう考えた。


 水分を取らなければ、人は三日程度で死ぬらしい。その間、地獄の苦しみが私を襲うだろう。だが、それで良い。私の死に方は、それくらい惨たらしい方が良いはずだ。


 部屋に引き籠もり、ずっとベッドで横になっていた。起きている間は自分で自分を詰問し、なじり続けた。涙が零れ続けて、嗚咽が止まらなかった。


 一日が経過した。お腹が空いて、空腹感と脱水症状が私を襲う。頭がガンガンと響いて、痛かった。


 二日が経過した。もうお腹は空いていなかった。けれど、酷い渇きが襲ってきた。こんな時に血を飲みたいと思う自分に、腹が立った。


 三日が、経過、した……目の前が霞んで、意識が朦朧としていた。起きているのか、眠っているのか、その境界線が曖昧だった。


 「────!」


 誰かの声が聞こえる。必死な声だ。一体、誰の声だろう。


 その時、口に何かが流し込まれた。私はそれを反射的に吐き出した。


 「駄目、飲んでよぉ! このままじゃ死ん──!」


 ようやくその声がお姉ちゃんのものであると分かった。ごめんね、お姉ちゃん。すぐに死ぬから、それまで我慢して? お姉ちゃんに迷惑、かけたくないの。


 そんな私の元へ、また液体が流しこまれた。私はもう一度、ソレを吐き出そうとして……


 「~~~!?!?」


 甘美で芳醇な味わいに、思わず嚥下してしまった。


 理性なんて無かった。もっと、もっと……! それをもっと、味わいたい! それだけが、私の身体を突き動かした。


 その匂いがもっとも香る場所へ飛びつき、必死に吸った。でも、すぐに無くなってしまった。もっと出せと、歯を突き立てて啜った。そうしたら、沢山出てきた。


 ──その液体は、先ほどのものよりもっと、濃厚で美味しかった。


 沢山飲み干した。人生で最も、充足感で溢れていた。幸せで、満ち足りて、思わず笑みを浮かべていた。久方振りに演技じゃない笑顔が滲み出た。


 「ふー……ふー……おなかいっぱいに、なった……?」


 「────え?」


 衣服を破かれ、首元に大量の噛み痕と腫れで傷付いた……お姉ちゃんが、私の下に居た。その顔は涙で濡れ、目元は赤く腫れていた。


 訳が分からなかった。なんで、どうしてお姉ちゃんが……? 頭を抱えて、私は飛び起きた。


 そして気付いた。私の口元に残る、甘い甘い蜜の味が……お姉ちゃんの血液だったことに。


 「あ……ぁ……」


 お姉ちゃんは必死に、私へ水を飲ませようとしていた。けれど、私は何度もそれを拒否した。だから……お姉ちゃんは、自分の血を混ぜて、私へ飲ませたのだ。


 後は……私は獣のように、お姉ちゃんを蹂躙した。お姉ちゃんを襲った。お姉ちゃんを……穢した。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!!」


 「未来っ! 駄目、行かないで!!!」


 「離してっ……! 私に生きる資格なんて無い!」


 「このっ……! 馬鹿ぁ!!!」


 バチンッ……! 乾いた音が鳴り響いた。お姉ちゃんにビンタされたのは、これが初めてのことだった。


 「勝手に死のうとするなぁ……! 貴女まで居なくなったら、もう私は駄目になるの……!」


 「ぁ…………」


 また、泣かせてしまった。お姉ちゃんを悲しませたくなんて、無いのに。


 「他の誰が認めなくたって、私が……私だけは、未来のこと認めるからっ! 絶対、嫌いになんてならないからぁ! だからお願い……!」


 お姉ちゃんは私のことを抱きしめた。そして、枯れた声で、私に告げた。


 「私を置いていかないで……! 未来が欲しいもの、何でもあげるから……! 生きていてよ……!!!」


 ……今でも、鮮明に思い出せる。あの日の後悔を、希死念慮を。


 そして芽生えた……叶うことの無い、実の姉に対する恋心を。そんな言葉で括るには、悍まし過ぎる執着を。


 今も私は、ずっと抱えている。きっとこの先、手放すことは無いだろう。


 この想いは、私だけのものだ。誰にだって、絶対に渡さない。

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