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ヤンデレ吸血鬼への罪滅ぼしのため、私は下僕へと成り下がった  作者: 椿


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2/9

キュートアグレッション

 今でも思い出せる。それは、小学二年生の頃の話だ。その頃の私は活発で、休み時間にも男子に混じって鬼ごっこを良くしていた。


 だから、アリサと遊んだのも、その延長線上だった。


 「ねぇ! ありさちゃんのかみ、すごくきれいだね!」


 「えっ……? だ、だれ……?」


 「わたし、いちかわくるみ! ありさちゃんもいっしょにあそぼ!」


 当時から、アリサは綺麗だった。けれど、いつだって彼女は日陰でジッとして、こちらを見つめてくるだけだ。だから、声を掛けた。


 アリサの手を引いて、一緒に遊ぶ。最初は戸惑っていたアリサも、段々とその顔を綻ばせた。その時は分かっていなかったが、私は彼女の笑顔に魅了されていった。


 比重が傾いて行く。次第に、アリサとばかり遊ぶようになった。


 転機が訪れたのは、四年生の頃だった。私はその時、クラス替えでアリサとは別のクラスで学校生活を送っていた。だが、休み時間になればアリサの元へ行き、あまり外に出たがらない彼女の好きな図書室で、一緒に本を読んだ。


 「ねぇ、くるみちゃん」


 「なぁに? アリサちゃん」


 「くるみちゃんは、私の味方だよね?」


 「当たり前じゃん! ずっとずっと、アリサちゃんの味方だよ!」


 「そっか……そう、だよね」


 脳天気な私は知らなかった。アリサが、その頃からイジメを受けていることを。


 上履きが隠される。体操着が汚されている。陰口を叩かれる。初めは些細なイタズラだったのが、段々とエスカレートしていった。


 理由は当然、アリサが求血病だからだ。彼女は誰にも、血を飲ませろなんて言わなかったのに、それだけのことで迫害された。


 そして……事件は起きた。


 「ねぇアンタ、調子乗ってんでしょ?」


 「え……? きゃあ……!?」


 「お前、気持ち悪いんだよっ!」


 とある日、アリサは体育館裏に呼び出された。そこは校舎から完全に隠されており、教師の目が届きづらい場所だった。そんな場所で、彼女は悪意に晒された。


 汚れた水を掛けられ、理不尽にも酷い言葉で罵倒される。


 だが、何よりも彼女を追い詰めたのは……


 「なん、で……? くるみ、ちゃん……?」


 「ひっ……!?」


 「あ~あ、市川さん怖がってんじゃん」


 「さいてー。これだからバケモンはさぁ──」


 その集団に、友達だと信じていた私が居たことだろう。


 子供というのは残酷で、そして狡猾だ。どうすれば人が最も傷付き、その心を砕くのかを良く理解している。


 私は脅され、半ば無理矢理イジメの片棒を担がされた。もし庇えば、次の標的はお前だと。そう言われてしまうと、私は何も出来なかった。


 アリサが汚され、穢され、心を殺されるのを、黙って見ていた。ただ息を詰まらせて、みっともなく泣いて、何もしなかった。それが、私の罪。今も尚、私を苛むトラウマだ。


 その後、アリサは転校した。そのイジメが原因か、本当に家庭の事情だったのか、それは分からない。事実として、私達の関係は確実に破綻した。ただ、それだけのことだ。


 私はすっかり内向的になり、下ばかり俯いて過ごすようになった。常に心にはアリサが居て、ずっと私を罰する。


 何をしていても冷めた視線が、私を思い出したくないトラウマへと引き戻すのだ。軽い睡眠障害にもなった。


 だが、とある人のサポートや家族の献身もあり、少しずつ私のトラウマは改善されていった。眠ってもあの悪夢が流れることは無くなり、少しだけ、前を向けるようになっていた。


 「久しぶり、胡桃ちゃん。私のこと、覚えている?」


 ──そんな私を許さないと言わんばかりに、その少女はまた現れた。それは、高校の入学式の日。式も終わり、帰ろうとしていた時だった。


 より一層美しくなり、絵画の中から飛び出してきたような顔と身体をしていた。あまりに綺麗で、可憐で、恐ろしかった。その瞳には、何の光も宿していなかったのだから。


 「ぁ……ぅ、ぁ……」


 「ふふっ……相変わらず、被害者面が上手だね? ねぇ、く る み ちゃん?」


 「ひっ……!」


 耳元で、凍えきった声が何度も反響する。アリサはそのまま、私の肩を掴んで人目の付かない場所へ、私を連れ去った。


 そして、壁に私を追いやって、ジッとこちらを見つめてきた。私はヘビに睨まれたカエルのように、身体を強ばらせて黙るだけだった。


 「ねぇ、何か言ってよ。これじゃあ、私が虐めてるみたいじゃない?」


 「あり、さ……ちゃん。ごめん、ね……」


 「何に謝っているの? 私、そんな言葉要らないのだけど」


 紅い瞳が、私を射貫く。そんなことは、分かってる。けれど、ずっと謝りたかった。そして、願わくば許されたかった。


 けれどこの少女は、残酷にも私を更なる絶望へと突き落とした。


 「──駄目だよ、胡桃。私は、貴女を決して罰しないし、許すこともしない」


 「な、んで……?」


 「胡桃にはずっと、ずっと、ずぅ~っと……そうやって苦しんでいて欲しいから♪」


 楽しげに、その顔を恍惚に歪めて、アリサは笑った。打ちひしがれる私を見て、その身体を更に震わせた。


 「あぁ……! 良い、凄く良いわ! その顔が見たかったの! あぁ~! なんて可愛い顔するのよぉ! そんな顔見せられちゃったらさぁ……!」


 チロリと、アリサの舌が私の首を舐めた。そのまま、彼女は私の肌に吸い付いて──


 「我慢なんて、出来ないよっ♡」


 望まぬ吸血が、始まってしまった。


          2


 「ほら、立てる? また肩貸して送っていくの、嫌だからね?」


 「なら、もう少し加減して……!」


 私ははだけた格好を直しながら、鞄から新しくガーゼを取り出して、応急処置をした。感染症予防、というよりは恥ずかしいから隠したかった。


 「嫌だよ。だって、胡桃ちゃんは私の下僕でしょう? 下僕に配慮するご主人様がどこに居るのよ」


 当然のことだと言わんばかりに、アリサは笑った。私は恨めしく彼女を睨み付けるだけで、その言葉を否定することは無かった。正確に言えば、否定できないが正解だが。


 アリサと再会した日、私は吸血された。そして、とある契約を結んでしまった。


 ──それは、高校生活全てをアリサに捧げること。アリサの下僕として、彼女の望むことには何でも応える。そういう契約だ。


 ただの口約束だ。けれど、私はそれを拒むことができない。できるわけが、無かった。


 私はあの日、アリサを裏切った。少しの勇気を出すだけで良かったのに、そんなことすら怠った。この罪を、私は清算し続けなければならない。


 たとえそれが直接の吸血という、操を捧げるに等しい行為であったとしても、私に拒否権などあるはずがないのだ。


          3


 「じゃあね、アリサ……また、明日」


 「うん、またね」


 私は小さなその背を見送った。その首筋には真新しいガーゼが貼り付けられており、隠された噛み痕を想像すると、それだけで達してしまいそうになる。


 「ふ、ぅ……! はぁぁ……! ほんと、美味しかったぁ♡」


 私の、私だけの胡桃ちゃん。前からずっと、彼女の血を飲みたかった。


 でも、嫌われたらどうしようと、そんなことを言い出すことは無かった。せめて、あの子の傍に居られるのなら、それで良かった。


 胡桃ちゃんだけは、私の味方だった。親からも疎まれ、どこにも居場所が無いように感じていた私に、唯一光を照らしてくれた。手を差し出してくれた。私を引っ張って、独りぼっちの私を救ってくれた。


 あぁ、なのに……どうしてあの時、胡桃ちゃんは私のことを見捨てたのだろう? 私達は親友だったはずなのに。なんで、黙って何もしないのだろう? 惨い、惨すぎる。


 けれど、どうしてこの胸は高鳴り続けるのだろうか?


 今でも思いだす。あの日、体育館裏で私は知ってはいけないものを覚えてしまった。


 「ふふ、ふふっ……ふひひ♡」


 困惑と絶望が私の中で入り交じる。けれど私の視線はずっと、胡桃ちゃんにだけ向けられていた。他の人間なんかどうでも良い。


 ──イジメられる私を見て、私以上に顔を青くし、ボロボロと泣く胡桃ちゃんの顔に……酷く興奮していた。僅かな理性で襲いかかることを止められたのは、不幸中の幸いと言えるだろう。


 私という人間は破綻していた。私は胡桃ちゃんが笑っている姿よりも、その顔を曇らせ、心をぐちゃぐちゃに砕くその様子に、堪らない愉悦を覚えてしまった。それが、私の悪徳とも呼べる本性だった。


 あの顔を思い出すだけで、私の胸は張り裂けそうなほど激しい鼓動を始める。もっと、もっと欲しい。胡桃ちゃんがもっと泣いて、悔やんで、絶望で塗れたその姿を、もっと見たい。


 その一心で、私のお芝居は始まった。あんなお粗末なイジメなど何とも思わなかったが、あえて私は涙を流し、違う環境へと移り住んだ。


 それは胡桃ちゃんの絶望を熟成させ、一番良いタイミングで味わうためでもあったが、このままでは私の理性が持たないと判断しての采配だった。


 苦しかった。ずっと傍に居た理解者が居なくなって、好奇の視線に晒され続けるのは苦痛だった。でも我慢した。そうした分だけ、得られる愉悦は増幅するから。


 そうして、私は高校生となるそのタイミングで、胡桃ちゃんと過ごした街へ帰ってきた。事前に彼女の進学先を調べ、様々な下準備に奔走した甲斐もあり、全てが上手くいった。


 そうまでして見た胡桃ちゃんの表情は──あぁ、なんと美しかったことか! 思わずその場で彼女に吸血してしまうほど、私は興奮していた。


 更に言えば、胡桃ちゃんの血液は濃厚で、むせ返るほど芳醇な香りを放っていた。あんなの、求血病に罹患した者にとっては劇毒同然だろう。どれほど私を喜ばせれば気が済むのだ。


 「好き……大好きだよ、胡桃ぃ」


 胡桃ちゃんと再会して、早2週間。その間、三回ほど吸血をした。その度に彼女の血は濃く、甘く、旨味が増していた。


 胡桃ちゃんにはそういった、求血病を持つ者を虜にしてしまう魅力がある。その血にしろ、吸血の際の感じやすさにしろ、もはや笑ってしまうくらい都合の良い身体をしていた。


 これからは、もっとそれを味わうことができる。胡桃ちゃんの小さな身体を抱き上げ、撫で回し、そして虐める。すると、彼女は可愛らしい声を漏らしながら、私を誘うのだ。


 「~~~~!?!?」


 駄目だ。こんな妄想していたら、そのうち倒れる。これは、家に帰ってからベッドの中でしよう。


 私は今日の胡桃ちゃんを脳内で焼き付けながら、帰宅をした。当然、夜は胡桃ちゃんで何度も何度も楽しんだ。


 ──あぁ、明日はどんな胡桃ちゃんを堪能できるのだろうか……本当に、楽しみだ♡

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