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ヤンデレ吸血鬼への罪滅ぼしのため、私は下僕へと成り下がった  作者: 椿


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1/8

市川胡桃の後悔

 「お前気持ち悪いんだよっ!」


 「ひっ……! い、いや……!」


 「バケモンが人間の言葉喋んないでよ、キモいなぁ!」


 純粋な悪意が、そこにはあった。一人の少女に対して、4人の男女が酷い罵声を浴びせている。少女は汚水で汚れ、ガタガタと震えながら泣いていた。


 私はそれを、黙って見ていた。彼女を助ければきっと、次の標的は私になるだろうから。


 「おらバケモン! これ片付けとけよな!」


 「きゃっ……!!!」


 集団の一人が、生臭い雑巾を少女へ投げつけた。一段と薄汚れた少女の姿を、一同は更に笑いものにする。その声が聞こえる度、ズキズキ、ズキズキと心が痛んだ。なのに、私は何もしない。


 「言っとくけど、チクっても無駄だかんね? 中村せんせー、求血病患者嫌いみたいだし」


 侮蔑と軽蔑の視線を向け、異物を無慈悲に排除する彼らを、私は糾弾できない。何故なら、声を上げない時点で私も同罪だからだ。


 その集団はけらけらと笑いながら、その場を去って行った。後に残ったのは、何もしなかった私と、必死に声を押し殺しながら泣く少女だけだ。


 仕方ない。しょうがない。私にできることは無かったと……必死に言い訳をする。そうしないと、勝手に私の心が自壊してしまうから。


 あぁそうだ。今からでも遅く無い。たった今、彼女を見つけたフリをしよう。そして傍で彼女の身体を暖めよう。


 酷いことをする奴らだと、あんな奴らに屈するなと、私だけは味方だと、そう告げよう。そうすればきっとこの痛みも、幾分かマシになるはずだ。


 ほら、早くしろ。早く。動け、動けよ。早くしろって。なんでお前が泣いているんだよ。


 なん、で……! 私は黙ってるんだよ……! なんで何もしないんだよ……!


 「胡桃ちゃん……」


 「っぁ…………」


 「どうして、助けてくれなかったの?」


 ち、違う……わ、私は何も……何も、知らないっ……! 何も、見てないの! 本当は助けたかったけど、知らなかったの! だから、そんな目で私を見ないで……!


 「なんで、黙って見てたの?」


 「ひっ……!」


 「ねぇ、どうして? なんで、助けてくれなかったの?」


 私の身体は石のように固まって、動かなかった。そんな私に、少女の手が伸びる。ゆっくり、ゆっくりと、その目に憎しみを宿らせながら、近付いてくる。


 「裏切り者。結局、胡桃ちゃんも他の子と一緒なんだね」


 「ち、ちがっ……!」


 「じゃあ、どうして黙っていたの!? どうして今も抱きしめてくれないの!?」


 「ぁ…………」


 「貴女だけは、味方だとおもってたのにっ……!」


 パキンッと……何かが、壊れる音がした。


          1


 「っぁは……!? はぁっ……はぁっ……!!!」


 ガタガタッと音を立て、私はイスから転げ落ちた。鈍い痛みと、汗ばんで不快な感触が、私を現実へと回帰させた。しばらく荒い息を吐き、ようやく落ち着きを取り戻す。いつものことだった。


 ……また、あの夢だ。もうずっと見ていなかったのに、最近はずっとあの光景がフラッシュバックする。それ故眠りが浅くなり、何度もあの夢を見ているのだ。私は、酷い悪循環へと陥っていた。


 「……酷い顔」


 茜刺す教室で一人、窓に映る自分の顔を見て呟く。


 長い前髪、隈で更に酷くなった目付き。そして、ちんちくりんで貧相な身体。歳ばかり重ねて、全く成長していない私……市川胡桃いちかわくるみの姿が、そこにはあった。


 高校生となって早2週間。その間、私は早くもコミュニティからあぶれていた。


 だから、授業が終わって居眠りを続けていたって、誰も声を掛けようともしない。環境が変わろうと、私が変わっていないのだから当然のことだった。


 「帰ろ……また未来みらいに心配されちゃう」


 そんな自分を卑下しながら、私は教室を後にした。


 カツカツ、コツンコツン。人気の無い校舎に、私の足音が響く。ただ俯いて、下を向いて、前を見ないようにしていた。


 「──下を向いていたら、危ないよ?」


 「ぇ……?」


 ぼすん、と……私の身体に、柔らかいものが当たった。白い手が、呆然とする私の肩を掴んだ。たったそれだけのことで、心臓が大きく鳴り響き始めた。


 呼吸が、また荒くなる。小刻みになって、息が吸いづらかった。


 「ねぇ……? 胡桃ちゃん?」


 「あり、さ……?」


 「うん。貴女のご主人様、アリサちゃんだよ?」


 そこに居たのは、陶器を思わせる白い肌の少女だった。その瞳は紅く、歯は鋭利に尖っている。そして何より……その髪は、あまりに美しい銀色だった。


 それもそうだろう。愛園あいぞのアリサという少女は、世間一般であるところの求血病……吸血鬼症候群とも呼ばれる症状の罹患者だ。


 その病は先天的に現れ、その殆どが謎に包まれている。特徴として、紅い瞳を持っていること、歯牙が発達していること、女性しか発症しないというものがある。


 そして……栄養の他、人間の血液を求めるようになるのだ。まるで、お伽話の吸血鬼のように。


 その奇怪さ故、今もなお根強い偏見と差別に悩まされている……それが、求血病という存在だった。


 「な、なんで帰ってないの……?」


 「知ってるでしょ? 別に日の下に行ったって灰になったりはしないけど、本能的に嫌なの」


 「日傘、使えばいいでしょ……」


 「へぇ……? そういう態度、取っちゃうんだぁ」


 アリサの瞳が、光ったような気がした。


 「い、痛いっ……!」


 「ほら、こっちに来て。おしおき、するから」


 「ひぃ……!」


 肩にぐっと力が込められ、私の身体を強引に引き摺っていく。


 連れて行かれた先は、女子トイレだった。当然、他に誰も居ない。個室に連れられ、私はされるがまま、抱き上げられた。バックハグの体勢で、じたばたと無意味な抵抗しか、私には許されなかった。


 「んー♪ 相変わらず、堪らない匂いで誘うねぇ」


 「や、やだぁ……」


 「え、嫌なの? 私のこと、また見捨てるんだ?」


 「そんな、つもりは……」


 アリサは手で私の目を覆うと、耳元でゆっくりとその言葉を流し込んだ。それは、あまりに鋭利な言の葉だった。


 「こんなこと頼めるの、胡桃ちゃんしか居ないのにさ……貴女はまた、そうやって見ない振りするんだ」


 「はっ……はっ……!」


 心が、抉れていく。アリサは私の首筋に顔を当てて、熱っぽい吐息を吐き出した。


 「酷いなぁ……胡桃ちゃん、助けてよぉ……辛いの、もう嫌なの……」


 分かっている。こんなのは、アリサの演技だ。見えない後ろで、彼女は嗜虐的に顔を歪め、私が苦しむのを楽しんでいるのだ。そんなこと、分かってる。


 けれど、私は服をはだけさせ、首元のガーゼを剥がした。


 「吸って、良いから……もう、辞めて……」


 「そんなんじゃ駄目だよ。何被害者ぶってるの?」


 「……っぅ。お、お願いします、ご主人様……私の粗末な身体を差し上げますので、どうか許してください……!」


 かぁっと、顔が熱くなる。そしてこれから起きることに、無意識に身体が期待を始めてしまった。それがまた私を、羞恥の波に浸らせていく。


 「──しょうがないなぁ♡ じゃあ、吸ってあげるね♡」


 「うぁ……!?ぃぃ……!?」


 湿った何かが、私の首元を這う。まるで焦らすように、私の首から肩をアリサが嬲っていく。くすぐったさともどかしさが、眼球を少しずつ上へと押し上げていった。


 「あぁ、美味しぃ♡ 胡桃の身体、すっかり私好みになっちゃったね♡」


 「ふぁ……! や、やらぁ……」


 「ふふ、本当に可愛いなぁ♡ こんなの、襲ってくれって言ってるのと変わんないからね?」


 千切れそうな理性を、必死に繋ぎ止める。じゃないと、どんな粗相をしてしまうか分からないから。


 「じゃあ──いただきますっ♡♡♡」


 「ぁ!?!?」


 一瞬、鋭い痛みが走った。けれど、ほんの僅かだけ。後は染みこむように、甘い快楽が私の身体を駆け抜けていく。


 「ぁあぁあぁ~~!?!? ぅぁあぁああぁ~~!?!?」


 「んぅ……♡ うる、ひゃい♡」


 「んぉ……!? んっんぃ~~……!!!?」


 抑えきれない嬌声を出す私の口に、アリサの指が侵入してきた。私は半開きの口から涎を垂らしながら、絶え間なく続く悦楽の濁流に堕ちていった。


 「ぷはぁ……ごちそうさま、でしたっ♡」


 「はぁ……! はぁ……!」


 ──数分間は、そうして吸血されていただろうか。彼女の口がようやく離された。


 「あぁよしよし……♡ 気持ちよかったねぇ、凄かったねぇ♡ よく頑張ったよ、胡桃ちゃん♡」


 だらりと、力の入らなくなった私を、アリサは赤子を可愛がるかのように抱きしめた。


 まだパチパチと目の前が弾け続ける私は、黙ってその抱擁を受け入れるほか無かった。


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