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第2話 死神

2話です!

復讐を誓った騎士がどのように親友の剣を使うのか…!

最後まで読んでくださると嬉しいです

 帝国の辺境、荒れ果てた宿場町の酒場。

 安酒の酸っぱい臭いと、拭い切れない煤煙が立ち込めるその場所で、傭兵たちは声を潜めて語り合っていた。


「……おい、聞いたか? 北の街道で、帝国の一個小隊が全滅したらしいぜ」


「またかよ。例の『亡霊』か?」


「ああ。生存者の話じゃ、そいつは騎士の鎧も着てなけりゃ、まともな長剣すら持ってなかったそうだ。顔から指先まで全身真っ黒。折れた鉄屑一本で、重装歩兵の喉笛を次々と掻き切っていったってよ」


 酒を煽る傭兵の指が、わずかに震える。戦場を渡り歩く彼らにとって、死は見慣れたものだ。だが、その「噂」だけは異質だった。


「……名前は?」


「……『エリオス』だとよ」


「エリオス? 聞いたこともねえ名だな。どっかの高名な騎士か?」


「さあな。だが、帝国軍の連中はその名を聞くと、まるで呪いにでもかかったみたいに顔を真っ青にするんだ。……どこぞの小国で、真っ先に踏みつぶされた名もなき雑兵の名前だって説もあるが……」


 そう。今、各地で帝国軍を震え上がらせているその男には、輝かしい背景など何一つなかった。

 華麗な剣技はない。騎士の誇りもない。

 ただ、執念深く、泥臭く、確実に獲物を殺す。

惨たらしく残忍で。殺し屋のような殺しの美学すらない。

そんな死神を、同業者である傭兵ですら恐れていた。


◇◇◇◇◇


 深夜。街道を往く帝国軍の輸送部隊は、突如として静寂に包まれた。

 先頭を歩いていた護衛兵が、声も上げずに崩れ落ちためだ。


「……ッ、何だ!? 敵襲か!」


 松明の明かりが激しく揺れる。

 闇の中から現れたのは、人かどうかも判別できない「黒い塊」だった。

 鎧の擦れる音もしない。ただ、不気味な気配だけを纏い、そいつは重装歩兵の懐へと滑り込んだ。


「死ねッ!」


 帝国兵が長剣を振り下ろす。だが、その一撃は空を切った。

 黒い塊は、人間とは思えぬほど低い姿勢で地面を這い、兵士の足首を掴んで強引に引き倒す。転倒した衝撃で兵士が息を詰まらせた瞬間、手がその喉元を掴んだ。

 握られているのは、白銀の輝きを失った、歪な鉄塊。

 半ばから無残に叩き折られた、かつての騎士の剣だ。


「……あ、が……っ」


 死神は、その折れた剣の「断面」を、兵士の喉笛に迷わず突き立てる。


 斬るのではない。


───抉り、抉り、力任せに押し潰す。


鋭利な剣先がないからこそ、殺すにはより強い力と、より長い時間が必要になる。その「殺している時間」を、男は慈しむように、至近距離で兵士の絶望を赤い瞳が凝視していた。


「ひ、ひぃっ……化け物め!」


 後方から槍を突き出そうとした兵士に対し、男は盾を使うことすらしない。

 傍らに転がっていた騎士の死体を無造作に引き寄せ、それを「肉の盾」として槍を受け止めた。グチャリ、と肉が裂ける嫌な音が響く中、男は死体の陰から飛び出し、折れた剣を兵士の眼へと叩き込んだ。

 華麗な剣筋も、誇り高き名乗りもない。

 噛みつき、泥を塗りつけ、窒息させる。

 それは戦いというよりは、害獣の駆除、あるいは呪いの執行に近い光景だった。


「……がはっ、…き…さま、貴様は何者だ……っ!」


 最後に残った隊長格の男が、血反吐を吐きながら問いかける。

 男は、返り血を浴びてさらに黒く染まった顔をゆっくりと向けた。泥の隙間から覗く赤い瞳だけが、異常なほどに冷たく、澄んでいる。


「……エリオス」


 男は、掠れた声でそれだけを告げた。

 次の瞬間、折れた鉄塊が隊長の胸に深々と突き刺さる。

 男は、既に絶命している死体の胸に体重を預け、何度も、何度も、その鉄屑を突き立て続けた。まるで、その動作だけが、自分の存在をこの世界に叩き付けるようにみえた。



 夜明け前。

 街道に残されたのは、原型を留めぬほどに破壊された帝国兵の骸と、血の足跡だけだった。

 小国の、一介の兵士に過ぎなかった親友。

 世界中の誰も知らず、記録にすら残らなかったはずの、たった一人の大切な名前。

 それを、俺が世界で一番「有名な名前」に変えてやる。


(……そうだ。もっと震えろ。その名を聞くたびに、あの日のお前たちの所業を思い出せ)


 俺が『エリオス』として殺せば殺すほど、あいつの名前は帝国の歴史に深く、黒く刻み込まれていく。

 (✕✕✕)が消えて、あいつ(エリオス)が「復讐の化身」として蘇る。

 それが、あの日生き残ってしまった俺にできる、唯一の供養だ。


「……待ってろよ。すぐ、帝国(あいつら)を連れてってやるからな」


 男は誰に言うともなく呟き、立ち上がった。

 膝の震えは、もうとっくに止まっていた。代わりに、胸の奥でドロドロとした怨念が、今夜も静かに脈打っている。

 男は再び、夜の闇へと溶け込んでいった。

 その背中には、英雄の面影も、救いの光もない。



───誰のものかも分からぬほどに混じり合った、どす黒い返り血の海だけだった。

ここまで読んでくださりありがとうございます!


ちなみに、『エリオス』は輸送部隊から何も盗ってはいません。

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