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第3話 呑まれた太陽

久しぶりの投稿になってしまい申し訳ございません。

 「……にげ、ろ……。行け、✕✕✕……っ!」

 耳元で聞こえたその声は、ひどく掠れていた。

 俺を庇い、盾となり、数多の帝国の刃にその身を刻まれた男。



 ───本物のエリオス。



 お互い孤児で、同じ日に後の騎士団長・ダンテに拾われ、共に泥を啜って育った、唯一無二の親友。

 彼は、俺とは対照的な「太陽」のような男だった。

 陽光を透かしたような、柔らかな茶色の髪。

 澄み渡った冬の空のように、どこまでも真っ直ぐな青い瞳。

 どんなに過酷な訓練でも、理不尽な上官のシゴキでも、彼はいつもへらへらと笑い、俺の分まで泥を被ってくれた。


『俺はエリオス。いつかお前を守れるくらい、勇敢な騎士になる!そう決めた!』


孤児である自分自身に名前を付ける時彼はそう宣言した。

 そう言って笑う彼の背中は、臆病な俺にとっての、この世界のすべてだった。

 

 ──だが今、その「太陽」は、無慈悲な帝国の鉄靴によって泥の中に踏みにじられていた。


 数刻前まで、戦場を鮮やかに駆けていた彼の茶髪は、今や溢れ出した鮮血と汚泥にまみれ、重く、赤黒い塊となって頭皮に張り付いている。

 白銀の鎧は無残にひしゃげ、その隙間からは、切り裂かれた肉が「爆ぜた果実」のように剥き出しになっていた。

 一太刀浴びるたびに、彼の誇り高き身体から、確かな熱が奪われていく。

 背中を縦横無尽に走る、深く、執拗な斬撃の痕。

 そこから溢れる血は、降り注ぐ雨に薄められ、ピンク色の不気味な泡となって泥濘へと溶け出していく。


「あ、……ぁ、……っ」


 俺を守るためだけに、彼は動かない「肉の壁」と化した。

 突き立てられる槍が、彼の肺を貫き、胸板を砕く鈍い音が響く。

 それでも彼は、折れた剣を杖代わりに、俺を隠すようにして立ち塞がり続けた。

 やがて、限界は訪れる。

 どさりと、重い音がして、彼が俺の上に覆い被さった。

 間近で見た彼の青い瞳。

 かつて希望に満ちていたその双眸は、今はただ、痛みと、朦朧とした意識の混濁に揺れていた。瞳孔は散大し、流れ込んだ泥水がその澄んだ青を濁らせていく。

 唇は紫色に変色し、溢れ出す血を飲み込むことすらできず、口角からどろりと赤い線を引き、泥へと滴り落ちる。

 俺の指先に触れる彼の肌が、急速に「モノ」へと変わっていくのが分かった。

 鎧の隙間から伝わっていた確かな鼓動が、雨に打たれるたびに細くなり、やがて、指先を浸す汚泥と同じ冷たさへと沈んでいった。


 重い。


 俺を押し潰すこの冷徹な重みは、もはや親友のものではない。

 ただの、死んだ「肉塊」の重みだ。


◇◇◇◇◇


「はぁ!!!……はぁ、……っ」

 跳ね起きると、鼻腔の奥にこびりついた鉄錆の臭いが、湿った夜の空気にかき消された。

 視界に入るのは、見知らぬ洞窟の岩肌と、消えかけの焚き火。

 

 自分の手を見る。血まみれではない。

 だが、指先まで真っ黒に塗り固められた「血」が、皮膚のひび割れに食い込み、乾いてこびりついている。


「……また、あの夢か」


 何度見ても、あの草原の雨音は止んでくれない。

ずっと、耳の中で反響している。

 俺は震える手で、枕元に置いた「折れた剣」を強く握りしめた。


「……臆病者の俺が、お前の名前を盗んでから、もう五年か」


 俺は立ち上がり、洞窟の外に広がる深い闇を見つめた。

 あの日から、俺の朝日は一度も昇っていない。

 

 茶色の髪も、青い瞳も。

 その美しさはすべて、あの草原の泥の中に置いてきた。

 

 今の俺にあるのは、ただ、返り血を隠すための黒い泥と、死人の名を食らうための汚れた喉だけだ。


「……そう言えば、今日は共和国の傭兵部隊に入るんだっけな」


───デヌーチ共和国


文化が色濃く出ている国である。今、まさにその国が帝国の侵略の魔の手が伸びていた。

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