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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
3
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エール

「そんなことがあったんだ。よっしゃ、一学期より背が五ミリ伸びた!」

身体測定の日、健治は直樹からの話を目を輝かせながら聞き、身長計から飛び降りた。

「そうなんだよ。俺は正攻法で行ったけど馬鹿にされちゃってさ。怜は本当にかっこいいよ。俺、2センチ」

直樹も身長計から降りると、怜がピッチングする姿を真似てみた。体幹が鍛えられていない直樹は、不恰好によろけた。

「どうする? 今更ほかの三年が吹部にまた入りたいって言ってきたら」

健治は体重計に乗って聞いた。身長はろくに伸びないのに、体重は1キロ増えていた。

「どうするって、入れてあげるしかないんじゃない」

直樹も健治の後で体重計に乗って答えた。体重はほぼ変わらなかった。

「俺は絶対嫌だな。偉そうに仕切られたりしたら」

「今の時期にそれはさせないよ。受験生なんだし」

直樹がはっきり言った。

「そうだな。なんかホッとした」

健治は直樹に笑いかけると、二人とも聴力検査の部屋へ向かった。


三年生に梅子が絡まれて怜が助けたという話は、スピーカーの直樹によって部内に伝わった。まりあは面白くなさそうだったが、響は嬉しそうにしていた。

「大鷹君、梅ちゃんを助けてくれてありがとう」

第二音楽室の椅子に座っている怜に向かって、響が言った。怜は意外そうに響の顔を見た。

「うちのことも、あのとき助けてくれてありがとう」

響は海でのことを振り返って、少しはにかみながら、改めて感謝した。怜は黙って背中の辺りを掻いた。柄にもなく照れているようだ。

「俺、お前のこと、助けられてねーし」

「そんなことないよ」

響は優しく微笑むと、楽器倉庫へ行ってしまった。怜は、今度は顎のあたりを掻き始めた。


二学期の学校は予定が目白押しだ。最も大きいイベントの一つ、文化祭だけでなく、中間テスト、体育祭、合唱大会、期末テストと、学期末までイベントは続く。生徒も教師もタスクが増えて、校内は何かと忙しなくなっていた。

授業を終えて雛形が家庭科室から職員室へ戻ると、パソコンと睨めっこしている琳太郎の姿が目に入った。

「何やってるんですか」

教材を自席の机上に置くと、雛形は琳太郎のパソコンを見て話しかけた。画面のなかでは、ミド中とは違う制服を着た生徒達が合唱している映像が流れている。

「合唱大会の選曲をしてるんですけど、まだ全クラス分、決められてなくて」

琳太郎がイヤホンを外してぼやいた。合唱大会はクラス対抗で競う校内大会の一つだ。

「それに俺も、合唱の指導があんまり得意じゃないんですよ」

琳太郎は憂鬱そうに言った。

「先生にも苦手分野があるんですね」

雛形が意外そうに聞いた。

「雛形先生とのデートだったら得意なんですけど」

琳太郎は雛形の分厚いメガネの奥にある目を覗き込み、密やかに笑う。

「頑張ってください。私は部活に顔、出してきますね」

雛形は華麗にスルーすると、職員室を出て行ってしまった。


西関東大会を翌日に控え、吹部は体育館のステージに向かった。楽器を抱えて校内をぞろぞろ移動しても、ステージで演奏していても、以前のようにからかわれることはなくなった。興味を持って遠巻きに見る生徒が増えた。南校舎にかけられている垂れ幕と校長の挨拶のおかげで、吹部の評判は明らかに上がっていた。


体育館のフロアではバレー部やバスケ部が声を掛け合いながら練習していた。吹部はステージに椅子を並べ、練習を始めた。休憩時間になると、一人の女子生徒がフロアから呼びかけた。

「まりあー」

「うわ。お姉ちゃんじゃん」

まりあは姉の登場に面食らって言った。他の吹部達は、まりあにそっくりな姉を興味深そうに眺めていた。まりあの姉は陸上部だったが、三年生なので夏の大会で引退している。まりあよりもひとまわり背が高く、声が大きく、威勢が良かった。

姉はまりあに向かって言った。

「うち、まり達には西関、頑張ってほしいって思う。応援してるからね。ねえ、みんなー来てー」

まりあの姉は振り返って友達を呼んだ。体育館入り口にいた数人の女子達がバタバタと駆け寄ってきた。ほとんどが陸上部を引退した三年の女子達だったが、そのなかに帰宅部の健治の姉も混ざっていた。

「姉ちゃん」

健治は小っ恥ずかしそうに歯を食いしばった。健治の姉とまりあの姉は友達同士らしく、肩を抱き合い手を振る。

「健治もしっかりやんなよねー」

健治の姉が笑って手を振った。

「あれ? ねえねえ、この前の夏祭りにいたよね?」

女子達の一人が、ステージの縁に顎を乗せながら、フルートを持っている直樹を指さして言った。直樹は赤面して頭を下げた。

「ねー、あれ、かっこよかったよねー。すごいじゃん。頑張ってんじゃん、吹部」

女子達が直樹に向かって拍手すると、直樹は「どうも」と蚊の鳴くような声で答えた。

「あ、王子」

女子達の一人が、トイレから戻ってきた琳太郎を見つけた。キャーと言って一斉に駆けて行った。琳太郎は女子達に囲まれてもみくちゃにされてしまい、そこへバレーボールが飛んできて、尻に激突した。痛そうにうずくまる琳太郎を見て、ステージにいる吹部達は爆笑した。


最後の合奏練習となった。会場が遠方なため、明日は合奏の時間は取れない。琳太郎は課題曲と自由曲を順に指揮し、演奏させた。何回か通しでやってみて、それぞれ雛形がストップウォッチで時間を測った。

「大丈夫です。制限時間内です」

雛形が言った。

「よし。じゃあ今夜はよく寝てくれ。夜更かしすんなよ」

「はい」

琳太郎が言うと、部員達は元気に返事した。

部員達の片付けが終わって全員帰宅した。第二音楽室を施錠すると、雛形は職員室に戻った。職員室は閑散としていて、琳太郎が机に向かって事務仕事をしていた。雛形もパソコンを開き、明日の会場のウェブサイトをチェックすることにした。

現地では有名な複合施設で、広大な敷地には陸上競技場と野球場、フットサル場、テニスコート、アスレチック、プールに加え、植物園と動物園、果樹園があった。体育館と美術館、音楽ホールがほぼ中央に位置し、ミュージアムショップやレストラン、ファーストフード、コーヒーショップ、ケーキショップも完備している。

「明日の会場、琳太郎先生の好きなショートケーキも売ってますよ」

雛形がケーキショップのサイトを見ながら、気楽に話しかけた。返事はなかった。雛形が向かいの机を見ると、琳太郎はうつ伏せて寝ていた。顔は横向きにして、スースーという寝息のリズムに合わせて長いまつ毛が揺れていた。雛形は自分の羽織っていたカーディガンを脱ぐと、琳太郎の背中に掛けた。

つづく

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