譜読み
翌日の放課後、琳太郎がコンクールの課題曲と自由曲の楽譜を配りにきた。琳太郎が職員会議に出かけてしまったので、部員達は全員で譜読みを行うことにした。
「よし、これくらいの速さだな。難しいから展覧会の絵からやろう。ちょっと長いから『プロムナード』のところだけ先にしよう」
直樹がメトロノームの振り子を持って、遊錘を目盛りの八十のところに合わせた。プロムナードは組曲である展覧会のイントロ部分で、曲中に何度も出てくるフレーズだ。カチ、カチ、カチとメトロノームは規則的にリズムを打つ。
「ワン、ツー、スリー」
「ターンターンター、タタター、タタターター、ター、ター、ター…」
開口一番、公彦がたった一人で歌い出した。出だしは有名なトランペットのソロ部分だ。結那は思わず聴き入る。続いて梅子と史門、恵里菜が歌い出した。ここはトランペットのソロを受けて、金管楽器でユニゾンする部分である。楽譜が読めない怜と結那、幹生はほかのメンバーが歌うのを聞きながら、頭を振ったり手拍子したりしてリズムを取る。曲は進んで、木管楽器が展開する部分になる。木管では大輝以外は楽譜が読めるので、それぞれ歌い出す。大輝はほかの楽譜読めない部員と同じように、首を振ってリズムだけを取る。プロムナードでは出番がないパーカッションの銀之丞と伊久馬は、皆の様子を大人しく見守っていた。
「なんだかね。4分の4拍子と4分の3拍子が混ざってて途中でよく分かんなくなるね」
公彦が苦笑した。
「本当は六拍子と五拍子の繰り返しで、もっと難しいんじゃなかった? 簡単にしてある楽譜を選んだとか、先生が言ってたよ」
梅子が言った。
「そうなんだ? でも、これでも十分難しいよね」
健治はしんどそうに言った。
「何回も歌ってればどうにか体に染み込むんじゃない」
響が突き放すように言った。
「そうだけど。俺はもっと簡単かと思ったの。音で聞くと、簡単そうじゃん。でも、楽譜で見るとこんがらがるの」
健治が根を上げると、響が健治の楽譜に顔を近づけた。
「じゃあこうすれば」
響がそう言って、健治の楽譜に鉛筆で書き込みをした。フレーズごとに丸で囲ってある。
「ああ、ありがとう。こういう塊で吹いていくのか」
健治は途端に理解し、感心して言った。
プロムナードの譜読みに続いて、ほかの部分の譜読みをしていく。それも終わって、今度は課題曲「春の日を浴びて」の譜読みを始めた。
「なんか、雰囲気が星条旗とかワシントンポストみたいな感じ」
譜読みが終わると、梅子が感想を言った。星条旗の正式名称は「星条旗よ永遠なれ」といい、ワシントンポストと同様にスーザ作曲の行進曲だ。スーザはマーチ王と呼ばれるほど数々の行進曲を生み出し、その楽曲は吹奏楽部やマーチングバンド御用達としてあちこちで演奏されている。
「知ってたけど俺、ソロがある。やばい」
直樹が素直に恐怖を訴えた。
「これこそ王道な行進曲だね」
展覧会の絵のような興奮を感じられないらしく、公彦がつまらなそうに言った。
「うん。でもまあ、課題曲なんてそんなもんじゃん?」
健治が気取った声で、知ったかぶって言った。
「ねえ、ちょっとこれまずいよ」
珍しく銀之丞が切羽詰まった声で言った。
「どうして?」
直樹が聞いた。
「この曲、パーカッションが三人必要なんだ。絶対」
銀之丞が言うと、全員が銀之丞と伊久馬を交互に見る。そして、「え?」という顔をした。
「そこなんだよなー」職員会議から戻ってきた琳太郎が笑って言った。「シンバルが足りないんだろ? どうにかもう一人、リクルートしなきゃいけないんだよ」
琳太郎は「春の日を浴びて」のスコア譜を見ながら言った。パーカッションはバスドラムとスネア、それにシンバルが必須となる。
「え。そんなの無理じゃないですか」
梅子が早々に噛みついた。
「それは分からないだろ。もう一人くらい増えるかもしれないし。それが叶わなかったらバスドラに合わせシンバルを兼務させるか、」琳太郎が一息ついた「クラを一人減らすかだな」
琳太郎がこともなげに言うと、クラリネットの健治と響が弾かれたように椅子から立ち上がった。
「俺は絶対嫌です」
「私も絶対嫌です」
「お前ら、まあ落ち着け」
琳太郎が言った。出遅れた一年生の大輝は呆然として、二人の様子を見るばかりだ。
「コンクールまでは時間がある。これ以上は無理だと判断したらパート替えする」
琳太郎が言うと健治と響、大輝は黙り込んだ。互いに目配せし合っては、思い悩んでいるような顔をした。




