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緑谷中学吹奏楽部  作者: taki
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十六人目

吹部の朝練は、いつも午前七時半に直樹が鍵を持って開けてから始まる。怜は朝七時に職員室を訪れ、第二音楽室と第二音楽準備室の鍵を失敬した。誰にも邪魔されず、一人で練習をしてみたかったのだ。トロンボーンの本体にマウスピースをつけ、息を吹き込む。ボーッと低い音が教室の中に響いた。怜は嬉しくなった。一人でコンサートホールを独演しているような気持ちになった。すると突然、部屋の戸がガラガラと開いた。

怜が吹くのをやめて見ていると、入ってきたのは一人の女子生徒だった。髪が少し赤く、背の高い女子生徒である。吹部ではない。

「おい。勝手に入んな」

怜が乱暴に言うと、女子生徒はチラリと見てきた。しかし、何も言わずにピアノの椅子に座った。女子生徒は右手で旋律を弾き始めた。

それは怜も知っている曲だ。今度のコンクールでやる展覧会の絵の「プロムナード」である。それぞれ楽器を分担して演奏する吹奏楽と違い、十本の指で弾くピアノはたった一人で曲が成り立つ。そこが、怜には物凄く高度なことだと感じられた。女子生徒は楽譜もないのに、「プロムナード」を弾き終わった後は「牛車」へと、どんどん弾き進めていく。淀みなく、太い川の流れのように弾いていく。完全に記憶しているのだろうか。怜は我を忘れて、演奏に聴き入っていた。

女子生徒が弾き終わると、立ち上がって部屋を出ようとした。

「お前、何しにきたんだよ」

怜が怪訝な顔をして尋ねた。さっきのように語気を荒げることもなく、冷静に聞いた。

「ここは、変わったね」

女子生徒は怜の質問には答えなかった。

「変わった?」

怜は聞き返した。

「前はもっと陰気だったよね。こんな感じのイメージ」

女子生徒は再びピアノの前に戻り、怜の知らないメロディーを弾き出した。陰鬱で苦しげな、なんとも言えない不穏なメロディーだった。

「それが、今はこんな感じ」

次に女子生徒は、打って変わって明るく爽やかで陽気なメロディーを弾き始めた。

「すげえ」

怜が感心して呟いた。女子生徒は構わず弾き続けた。今度は急に、切ない甘いメロディーを、力強い左手の和音で支えながら弾き始めた。

「これは何のイメージ?」

怜が聞いた。

「あなたのイメージ」

女子生徒が答えた。

「俺?」

「そう」

女子生徒は弾き続ける。

「何かが苦しくて、でも信じてて、やり遂げようとしているイメージ」

そう言って弾き終えると、女子生徒は部屋を出て行った。怜は呆然として、しばらく立ち尽くしていた。

 

「ピアノの上手い子?」

放課後になって、怜が梅子に尋ねると、梅子は顔を傾けて考え込んだ。

「すげえ上手いんだよ。何も見ないで展覧会、弾いてた」

怜が力を込めて言った。

「へえ」

梅子は誰のことか想像を巡らした。吹部以外でピアノを習っている女子は何人もいるが、特に上手い子と言ったら…。

「女にしては背が高かった。少し髪が赤い」

「あ、もしかしてそれ、朱雀(すざく)さんかも」

梅子が言った。

「そいつ誰」

怜が聞いた。

「ピアノのコンクールとかに出てる子だよ。私は話したことないけど」

「そいつは何者なのかな」

「変人だってのは聞いたことがある」

「変人?」

「絶対人の話聞かないし、授業中も突然いなくなったりするし、体育でバスケやらないでずっと見学してるから、先生に注意されたんだって。そしたら、理由が『突き指したくないから』って言ったんだって」

「何だそりゃ。ただの運動音痴だろ」

怜が容赦なく言った。

「それもあるだろうけど、突き指してピアノが弾けなくなったら困るからじゃない?」

「そういう奴には集団行動は向かねえな」

怜が言うと、梅子が面白そうに笑った。

「まあ俺も人のこと言えないけど」

怜が梅子の顔を見て、少し申し訳なさそうに笑って言うと、琳太郎が満面の笑みで音楽室に入ってきた。

「おっす、みんなー。朗報だぞー。新入部員だ。拍手ー」

琳太郎がそう言って、連れてきた女子生徒を紹介しようとした。怜が顔を上げると、まさに朝、会った女子生徒がそこにいた。梅子は、ちょうど自分が予想していた相手が登場して驚いた。直樹は「あっ!」と声を上げた。女子生徒は一瞬だけ直樹の方を見て、小さく笑ってみせた。

朱雀(すざく)音羽(おとわ)です。よろしくお願いします」

音羽は皆に向き合うと、愛想のない顔と声で言った。

「朱雀、パーカッションできるか?」

琳太郎が聞いた。音羽は表情ひとつ変えずに、琳太郎を見返した。それから何も言わずに、音楽室後方にセッティングされたパーカッションの元へ行った。

「どれですか?」

音羽が聞いた。

「シンバル」

琳太郎が答えると、音羽はすぐそばに置いてあったシンパルを両手に持ち、バアーンと打ち鳴らした。次に、控えめな音量でバン、バン、バン、バンと規則的に打った。皆が黙って見ていると、今度は隣に置いてあったサスペンドシンバルの前に立ち、マレットを両手に構えると、ごくわずかな小さな音から次第に音量を上げながら連打し、ロールを実演してみせた。ちょうど部屋に入ってきた銀之丞が驚いて、指を使って口笛を吹いた。

「大丈夫だな。今日からよろしく」

琳太郎が言うと、音羽が聞いた。

「ほかのもやらせなくていいんですか」

「ん? ああ」

琳太郎は右手のひらを天井に向け、「好きなものをどうぞ」とジェスチャーを送った。音羽はパーカッションをまじまじ見ながら、スネアの前に立った。こちらも同じくロールをやってみせた。琳太郎と銀之丞が拍手すると、ほかの部員もつられて拍手した。怜は二度びっくりして、口もきけない状態だった。

この日から、吹部は十六人になった。響と健治と大輝は、三人でハイタッチを決めた。


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