第九八六話 因縁の地へ
会議から一夜明け、時刻は午前九時。朝食を終え、集ったのは転移室である。
今日は皆、普段に比べて口数もやや少なく、空気も何所か張り詰めて感じられた。
それというのも、この後の予定が予定であるからして、已むからぬことなのだろうけれど。
魔王城跡地の調査、或いは下見と表するべきだろうか。
篩の迷宮の隠し部屋にて、ウェブデさんに聞かされた隠しダンジョンの情報。それによると、どうやらエンドコンテンツの解放に伴い、魔王城跡地に何かしら変化があるらしく。
ならば念のため、エンドコンテンツが稼働する前に一度、現地の様子を確認しておこうという話になったわけだ。
幸いにして移動手段には事欠かない私たちである。プランとしては、一旦私だけで転移を用いて目的地の近くまで飛び、飛行で魔王城跡地付近まで移動。その後ストレージを駆使して皆を呼び寄せ、イクシスさんやサラステラさん先導のもと現地入り。
そうして、以前は魔王城のあった場所に、現時点でおかしな点はないかとチェックする、って予定だ。
跡地とは言えど、魔王城。勇者であるイクシスさんや、彼女とPTを組んでいたサラステラさんにしてみたら、因縁浅からぬ場所である。
これからそんな場所に赴こうっていうんだ。そりゃ心中穏やかでなんていられないだろう。
それに脅威度の観点から見ても、特級危険域の中では一際危険な場所でもある。
いくら力をつけたからと言って、油断の許されるような所でないのは確かだ。しっかりと装備の点検を行い、準備に余念はない。
それにしても、マップウィンドウで見る限り、目的地周辺はまだ足を踏み入れたことのない場所ってことで、直接転移で飛べないんだよね。
特級危険域は一応、そこそこマップ埋めに励んではいるんだけど、何せ広大だもの。それに特別危険な場所とか、今回のように因縁のある場所なんていうのは、どうしても避けがちだったりして。
特に魔王城跡地は、以前魔王城が存在していただけあって、フィールドモンスターのレベルも高いってんで、イクシスさんがマーカーを立ててくれており。
結果として、それを避けるようマッピングを行ったっていうのもある。
「さて、それじゃそろそろ出発するよ。現地までそんなに時間はかからないと思うから、皆も心の準備をしておいてね」
「ギャウンギャウン」
皆へそのように告げたなら、小気味好い返事を受け取り。
そうして私は、ワープのスキルを発動。特級危険域へと飛ぶのだった。
★
ダンジョンが攻略されると、幾らかの時間を置いた後、それは跡形もなく消滅する。
ばかりか、ダンジョン消失はフィールドにまで影響を及ぼす。具体的には、モンスターの脅威度が低下する。
の、だけど。厳密に言うと、そこにはもうちょっと細かいルールが存在しており。
はっきり言ってしまえば、ダンジョンが消えた“だけ”では、フィールドのモンスターは弱体化しないのである。
そも、ダンジョンがモンスターの脅威度に与える影響とは、『ポップ発生時』に最も大きく作用する。
つまりはダンジョンの力が、周辺フィールドに存在するモンスターの『初期能力』を底上げしているらしい。
ダンジョンの近くでポップ・リポップを果たしたモンスターは、ダンジョンの成長度合いに比例した強さを持って発生する、というわけだ。
また、この初期能力を下回るモンスターには、ダンジョンの影響で成長促進バフが掛かる、なんて説もあり。
結果としてダンジョンの周囲には、一定以上の強さを持ったモンスターが常駐することになるようだ。
んで、ダンジョンが消えた場合。
初期能力は一気に下がり、『次にポップする際』は脅威度を大きく低下させる事となる。
逆に言えば、一度倒さねばモンスターの力は衰えない、ということでもあり。故にこそ、ダンジョンが消えただけでは、モンスターは弱体化しないって話でもある。
また、ダンジョン周辺の初期値は確かに下がるものの、どうやらモンスターは最寄りのダンジョンから大なり小なり影響を受けるらしく。
ダンジョンを攻略して消滅させたからと言って、モンスターの初期値が大暴落を起こす例は限られるようだ。
例えば、周囲には大したダンジョンはないけれど、一つだけ極端に育ったものがある……なんて場合は、それが攻略された際の変化は大きい。
私たちもそういう、困ったダンジョンには何度も関わってきたしね。
とまぁ、そんなわけで。
結局何が言いたいかっていうと……魔王城跡地周辺に存在するモンスターは、魔王城があった当時からあまり弱体化しちゃいないんだってこと。
それでいて、モンスターは各々成長もする。それを鑑みたなら、寧ろ魔王城が健在だった頃よりも一層危険であるとすら言えるだろう。
予定通り転移を終えた私は、高機動型最強装備に換装した後、マップウィンドウのマーカーを頼りにバビュンと飛行。
程良き頃合いを見計らって着陸。元の装備へ戻し。周囲に敵影がないことを確認した後、皆に念話を送りPTストレージ経由で合流を果たして、現在に至る。
今更「一体イクシス邸からここまでどれだけ距離があると……」なんて言うのはフゥちゃんくらいのもの。
彼女もそのうち、これくらいの移動が自力で出来る様になると良いのだけど、さてどうなるものやら。
まぁそれはまた別のお話として。
「この場所、どことなく見覚えがあるような気もするな……」
「そうぱわ? 当時はいっぱいいっぱいで、私は正直景色についてはうろ覚えぱわ」
なんてやり取りをするイクシスさんとサラステラさん。
距離云々って言うんなら、それこそ当時は殆ど陸路で魔王城まで行ったんだよね。一体どれだけ時間がかかったことやら……。
しかしまぁ、景色に見覚えがあるというのなら、道案内はイクシスさんに任せて大丈夫そうだ。マップスキルもあるしね。
彼女らの先導により、歩き始めてからややあって。生じたるはエンカウント。
勿論ランダムエンカウントとは異なり、モンスターの存在は事前に感知した上での遭遇だ。
魔王城が無くなった以上、ここらのモンスターは倒せば倒すだけガックリと初期能力の低下した個体へ入れ替わっていく。
とは言え、特級危険域は魔王城の他にも脅威度の高いダンジョンがわんさかあるからね。それらの影響を受けたなら、結局それなりには脅威度の高いモンスターとしてリポップしちゃうわけだけど。
それでも、現状と比したならずっとマシになるはず。よって、戦闘はなるべく積極的に行っておいたほうが良い。
フゥちゃん含めて一五名からなるチームミコバト。久々に揃ってモンスターに対峙する図である。あれ、フゥちゃん込みだとひょっとして初めてかな? どうだったかな。まぁいいか。
流石に全員で一斉に飛びかかったのでは、控えめに言ってもオーバーキルだろう。
というわけで、念話上で簡単にメインアタッカーの順番が決められ、今回それを担当するのはリリだ。他メンバーはサポート。
フィールドは如何にも魔王城が近くにありそうな、緑も疎らな岩場。槍の穂先が如く鋭く、やたらと巨大な岩がそこかしこで地面より突き出し、一体どういう原理で出来上がったとも知れない奇妙な地形を作り出している。
そんな岩陰より現れたるは、一つ目の巨人。サイクロプスの一種だろう。ただし、肌はやけに黒く、その身に纏う迫力も尋常ならざるものだ。
間違いなく、魔王城が存在した当時より今に至るまで生き抜いてきた、歴戦の猛者。脅威度は赤の五つ星。
されど、そんなデカブツと対峙しながらも、一切臆した様子を見せないリリ。
腰に携えた鞘から、ぬらりと得物を引き抜いては、足取りも軽くサイクロプスとの距離を無遠慮に詰めていく。
当然、応じるようにサイクロプスが動きを見せる。
リリの背丈と比べたなら、軽く五倍はある巨体より振り下ろされるのは、拳。まともに受ければ簡単にぺしゃんこにされそうじゃないか。
動きも速い。あの巨体から生じたとは思えぬ、キレのある動作にて拳骨が落下してくるわけだ。まるで隕石でも降ってきたかのような迫力がそこにはあり。
そんな拳とすれ違うよう、身軽に飛び上がったリリ。
ギョロリとした奴の巨大な目は、しかとそんな彼女の姿を追っており。即座に次なる手を打たんとした。
のだけど……残念ながら、それは成らなかった。
サイクロプスの腕が、肩口より切断される。左と、右も。次いで首も飛んだ。
不思議なことに、リリは未だ一度として、抜いたその得物を振るってはいない。目にも留まらぬ速度で剣を操っただとか、そういう話でもなく。
彼女は剣を振らずして、サイクロプスを斬ったのだ。
新スキル【斬創】。
魔法剣士であるリリは、剣に魔法を纏わせる、魔法剣を駆使して戦うのが本来のスタイルだ。
それが一歩発展し、魔創剣。魔法そのもので剣身を成し、振るうスタイルである。
更に発展して、万象ノ剣。剣そのものを魔法で生み出し、宙に浮かべて自在に操るとんでも戦法である。
斬創は、更にその先。
魔法により、斬撃を直接創り出す。そういうスキルだ。
彼女は余計なモーションの一つもなく、気が向くままに好きな場所へ、好きなタイミングで、好きな属性の斬撃を発生させることが出来る。
無論、強弱だってお手の物。魔法剣士ここに極まれりって感じ。
そして更に。
首無しのサイクロプスめがけ、得物を頭上に振り上げるリリ。
剣心にはひゅるりと風の渦を纏い。それを叩きつけるように、振り下ろした。
重ね。魔法剣と斬創を合わせ、相乗効果を生み出す技術。
サイクロプスの胴体が、ずたずたに引き裂かれるグロ映像。どう見てもやり過ぎです。
これを受けては、正しく一溜まりもなく。忽ち黒い塵へと還るサイクロプスの、なんと哀れなことか。
スタッと軽やかに着地を決めたリリは、油断なく残心の後
『他には?』
『近くには居ない。お疲れ』
『ふん。この程度で疲れたりしないわよ』
なんてクオさんとのやり取りの後、得物を鞘に収めて戻ってきた。
強者感パないっす……。
これにはイクシスさんも苦笑い。
「やれやれ、参ったな」
心眼を通して伝わってくるのは、どうしようもなく遣る瀬無い気持ち。
私たちのこの戦力が、かつての戦いの時に存在していたなら、一体どれだけ犠牲を減らせたものか。
きっとそんなことを思っているのだろう。そしてそれは、考えても仕方のないことだと誰より理解してもいる。
だからこそ、遣る瀬ないんだ。
誤字報告、感謝です。未だにやらかしまくる時がある。
お恥ずかしい限りですな……。




