第九八四話 超・必殺!!
トレモちゃんを呑み込むように、豪快な稲妻が着撃する。
大樹を思わせるような、遠目にも分厚い紫電。きっとそこらの落雷などとは比較にもならないだろう。
遮音の魔法により、音が轟くことこそ無かったけれど、十分に過ぎる迫力を携え、それは三〇メートルほどの短い距離を蹂躙したのだ。
果たしてギャラリーである皆の目には、これがどのように映ったものか。或いは眩しい上に一瞬の出来事だったため、上手く捉えられなかったかも知れない。
トレモちゃんの頭上には、なかなかインパクトのある数字が出ており、最強装備(装備一七枠)プラス威力三倍という組み合わせの凄みを、遺憾なく見せつけているようじゃないか。
すっかり丸焦げになり、ブラックトレモちゃんに近い容貌となったトレモちゃんは、されど一拍の後あっさりと完全回復。普段の姿に戻ってみせた。流石は不死身である。
『今のが、“普通の三倍ライトニングボルト”か……最早メチャクチャだな』
『さ、流石ミコト様なのです!!』
『待って、それって何? ライトニングボルト一発分のMPで、あの威力が出てるってこと? コスパどうなってるのよ!?』
『普通のってことは、まだ出力が上がるってことぱわ? パワフルぱわなー!』
『ガウガウガウラー!』
『っていうかこっちまでビリッと来ましたよー!? 配慮足りてないんじゃないですかー!?』
『アレが後ろから飛んでくるって考えると、ミコトと組むのはちょっと恐いかなぁ』
念話上でコメントが飛び交っているけれど、レッカの発したそれは結構刺さった。確かに、後衛からこんな雷が飛んできたんじゃ、おちおち目の前の敵に集中することも出来ないって意見は尤もだ。あと、ビリッとしたのはごめん。
出力を落とさず規模を収縮する、みたいな工夫が必要になってくるだろう。これだから『普通の』は使いづらいんだ。
でもまぁ、しかし。三倍の運用には、味方への被害も考慮しなくちゃならない、っていう注意点が見えた。それは有意義なデータと言っていいだろう。
ってなると、恐ろしいのがこの後に控える本命なのだけど……。
『三倍魔法、やはりとてつもない威力ですね……それではミコトさん、続いて超必殺技行ってみましょうか!』
『ま、待ってくれ。一応もう少し距離を取るとしよう。無性に嫌な予感がする』
『う、わ、吾輩はここに残るのだ! 師匠の技を、近くで見届けるのだ!』
『よくぞ言いました同志フゥクス! それでこそ崇拝組の一員です!』
『ミコト様の雷撃を受けられるなんて、寧ろご褒美だよ!』
『なんだか興奮してきたのです……!』
『ミコトの影は、ミコトの傍を離れない』
『…………私も、残ろうかな』
『楽しみぱわなー!』
『チームミコバト、頭のおかしい人が多すぎませんかー!? いくらトレモ内だからって、痛みも衝撃も本物なんですよー!?』
スイレンさんがまともなこと言ってる……。
私としても、出来ればしっかり距離を取ってから見物してほしいところなんだけど、かと言って当人たちの希望を曲げさせるほど、強く呼びかけるつもりも無い。だって仮想空間内だし。死にはすまいよ。なれば自己責任の範疇だ。
それより心配なのは、ミコバトがダウンしないだろうか、いつぞやの悪夢が再来しないだろうかという、その一点である。
地面にとんでもない穴を開けて、処理落ちさせるような事態を引き起こさない限り大丈夫だとは思うのだけど。
それでもワンチャン、変なことになりやしないかっていう不安はあり。
それを払拭するためにも、ここできちんとデータをとっておく必要はあるだろう。
何より、せっかくの超必殺技が、使い物にならないとか悲しすぎる。それこそトッツォくんの再来だ。
であれば、覚悟を決めて撃つしかなかろう。超必殺技を!
『……よし。それじゃ、そろそろ行くよ。みんなちゃんと距離は取れた?』
『すまないがミコトちゃん、双眼鏡か望遠メガネを貸してくれないか? 距離を取りすぎてよく見えん』
皆が移動を済ませたであろう頃合いを見計らって呼びかけてみたのだけれど、帰ってきたのはそんな言葉。
確かに遠視持ちじゃないと、あの距離からじゃ何も見えないだろうってくらい遥か彼方に位置する面々。
それと比べたなら、精々一〇〇メートル圏内に佇む彼女らの存在感よ。巻き込まれても文句言わないでね……?
一先ず要望に応じ、双眼鏡や望遠メガネをストレージ経由で貸し出し、彼女らめがけて手を振ってみる。
『おー、見える見える。ミコトが手を振ってるよ』
『安心して下さいミコトさん、この距離からでも私の演奏は聴こえるはずですー』
『ガウガウラー』
『流石にここまで離れていれば大丈夫よね……っていうかうちのPT、私以外みんな現場に残ってんじゃない! どうなってんのよ!』
『大丈夫だ、こっちに居るのが常識人枠。あっちに残ったのが異常者枠。我々は常識人だ』
『つまり私以外異常者ってことじゃない!!』
あ、ホントにスイレンさんの演奏、ここまで問題なく聴こえてくる。分かってはいたことだけど、スキルの力って凄いなー。
あと、バフを掛けてはデータに支障を来すからと、能力に作用しない普通の演奏を行う辺り、しっかりと弁えていらっしゃる。
それにしても、リリがボソッとフラグめいたことをつぶやいてるけども、まさかあそこまで影響が行ったりはするまい。一〇キロくらいは離れてるんじゃなかろうか?
万一そんな場所まで影響が行くようなら、実戦で扱いづらいったらないよ。
まぁ実際のところどうなのかってのは、試してみなくちゃ分からないのだけどね。
……ってことで。
『それじゃ始めるよ。ソフィアさん、大丈夫そう?』
『ええ。私は上空からしかと見届けますので心配ご無用。本当なら私もこの身をもって味わってみたかったところですけれど、それは次のお楽しみということにしておきましょう。今はデータ採取が優先です!』
『あ、はい。じゃ、いきまーす』
薄く目を閉じ、深呼吸を一つ。
いよいよ新しい技を試そうっていう、この気持ちを何に喩えようか。
さながら……対戦アクションゲームに新しく実装されたキャラクターを、初めて使う時の気持ちに近いだろうか。
概要だけは知っていても、実際に自分で触ってみるあの瞬間っていうのは、何物にも代え難い喜びがあるものだ。
今の心境は、それに近い気がする。勿論、全く同じってことはないけど。
打ち上げ花火の導火線に火をつけるような、ワクワク感とおっかなさの共存。そんな気持ちも感じている。
閉じていた目を開き、正面からトレモちゃんを見据える。
右手を突き出し、左手を添え。スゥと息を吸い込んだなら、お腹に力を込めて声を張った。
「超・必殺!!」
コールに応じるよう、超必殺技ゲージが視界の端で、一際派手な輝きを放つ。
チャージは十分。先程の雷撃からとっくに一〇秒経過し、三倍の条件は整った。
だからだろうか。ぞわりと、怖気を誘うような巨大な力の到来を感じる。
何処から降って湧いたとも知れず、強いて言うなら自然現象を無理矢理に捻じ曲げているような、そんな歪さすらあり。
ビシバシと、突き出した右腕がスパークを帯び始める。
引けそうになる腰を、努めてしゃんと正し。私は、トリガーワードを力いっぱい叫んだのである。
「ライトニングゥ……ボルトォォォォオオオ オ オ オ !!」
刹那。耳の奥で、形容の難しい嫌な音が鳴り。全身に感じる、瞬発的かつ理不尽なまでの衝撃。
視界は白とも黒ともつかず、壊れたモニターのように狂いを見せ。
それらの異変に対し、何かしらの感想を懐くよりも早く、私の思考も意識もブッツリと途切れてしまった。
次の瞬間には、仰向けになって天を仰いでおり。
そこでようやっと出てきたのは、背中の副腕や尻尾が干渉して、非常に寝心地が悪いな、と。そんな明後日の感想。
一体全体何が起きたのか。少なくとも一つ言えるのは、ここはまだトレーニングモードの中であって、現実世界ではないってこと。それだけだった。
分からないのならば尋ねなさい。小学生の頃、担任の先生にそんなことを言われた記憶が、つつつと頭の中を横切っていく。
『……えっと。何が起こった? なんも分からなかったんですけど』
半ば放心状態のまま、誰にともなくそのように問い掛けてみた。誰かしらが返答を寄越してくれるものと期待したのだけれど。
しかしどうしたことか、一秒経っても二秒経っても、なかなか誰からも応答はなく。
少なくともソフィアさんなら、こちらが聞いていようがいまいが関係なく、ペラペラと何かしら喋り始めるだろうって期待していたのが、どうしたことかそうはならず。
念話の中も外も、何とも静かなものである。不可思議な静寂。
もしや念話スキルに何かしら不具合でも起きたかと、いよいよ不安に駆られ出した頃、ようやっと聞こえたのは。
『これ、は…………ダメだな。とても現実で使って良い代物ではない』
常識人枠を自称したクラウの、絞り出すような念話だった。
すると、これを皮切りに皆もポツポツとコメントを述べ始め。
『信じ難いことだが、こちらまでそれなり以上の電流が届いたぞ……!』
『カッと光ったかと思ったら、バリバリッときました~!』
『バカ仮面! 無茶苦茶するにも限度ってものがあるでしょうが!!』
とか何とか、ザワザワしているのは大きく距離を取ったメンバーたち。
では、比較的近くで成り行きを眺めていたメンバーたちはどうかというと、妙に静かにしており。
どうしたことかと視線を向けてみれば、全員が先程の私と同じく地に横たわっており、等しく放心しているようだった。
ならばと、空へ視線を向けて彼女へ問うてみる。
『ソフィアさんは大丈夫だった? 何が見えたのか教えてほしいんですけど』
『……ええと……』
珍しいことに、言いよどむソフィアさん。
未だ宙に浮かんでいることから、どうやら被害は免れたらしいけれど、なかなかショックなものを目の当たりにしたらしいことは、その様子から十分に察しがついた。
そんな彼女より語られた、その内容はというと。
『太さにして、恐らくミコトさんの背丈の数倍はありました。そんな雷が一瞬発生し、トレモさんを呑み込んで……勢い収まらず、暴走。そもそも発動時点でミコトさんご自身も、雷に飲み込まれていたように見えました』
『えぇ……』
『暴走した雷は地面を伝って、四方八方へと蛇のように散り。ギャラリーの皆さんはこれに巻き込まれた形になりますね』
それ、もうライトニングボルトとは別の技じゃん……。
っていうか、技が強すぎて私がそれに耐えきれてないってこと? なるほど。なるほど。
『そっか、つまり……新手の“へんてこスキル”ってことか』
『新手というか、むしろ正しい意味でへんてこスキルと言えるのかも知れませんが』
『使いものにならないという意味では、そうかも知れないね……』
破格の新スキル【超必殺技ゲージ】は、破格すぎて使用者もろとも破壊する、正に諸刃の剣的なスキルだったらしい。
しかも三倍で撃ち出したものだから、現実で使ってたら多分、私死んでたね。ははは……ワロタ。笑えない。




