第九八三話 三倍
身につけたるはガッツリと最強装備。今回背負うのはブースターではなく、副腕のデフォルト形態だ。
対峙するのはトレモちゃん。徒手空拳と見事な体捌きを駆使し、鋭い打撃を雨あられと繰り出してくる。
それらに対し、先ずは防御を行う私。超必殺技ゲージを溜めるには、防御も有効な行動としてカウントされるからね。
納刀月日の防御力に加えて、装備の自己修復効果をもってすれば、どれだけ殴る蹴るされようとダメージらしいダメージにはならない。
『ゲージの溜まり具合はどうですか?』
『今のところ一〇分の一くらいかな。まだまだかかりそう』
『なるほど。しかしトレモさんの攻撃頻度からして、ゲージの蓄積スピードは存外速いようですね。問題は超必殺技がどの程度の威力なのか、という点ですが』
念話にてそのようにやり取りしつつ、先ずはゲージの蓄積量を軽く調査。
以前は迷宮の待機室で、オブジェクト相手にドタバタして溜めたわけだけど、こうして実戦形式での蓄積を図ってみたなら、なかなか好調に溜まっていくじゃないか。
これならば実際の戦闘に於いても使い物になりそうで、一安心といったところ。
そうしたら、ここからが本番。パッシブスキル【チャージ】の性能を見ていくわけだ。
先ずは概要のおさらい。チャージは時間経過とともに一撃の威力を高めてくれる、一風変わった特徴を持つバフ系のスキルだ。
以前クラウを相手に調べたところ、チャージが最大限性能を発揮するためには、一〇秒の時間が必要になることが分かった。
一〇秒間『攻撃行動の一切を控える』ことで、次に繰り出した攻撃へ三倍もの威力補正が乗るという仕様となっている。
また、一〇秒というのは“最大値”であり、攻撃を控えた時間に応じて補正値は増えていくため、例えば三秒時点で攻撃を繰り出したとしても、その分の威力補正は乗るらしい。
しかしまぁ、一〇秒も我慢してたった三倍……? と、正直思わないでもないけども。
でもよくよく考えてみたなら、例えばやたら溜めが長くて一撃の威力に秀でたスキルがあったとする。って言うかそういうのは実際ある。
溜めに一〇秒以上掛かるのだとしたら、そうしたスキルを確定で三倍の威力にしてくれるっていうんだ。
そう考えると、恩恵はかなり大きいように思う。
それにこのチャージのスキルレベルが上昇した場合、補正値上限の上昇や、攻撃を控える時間の軽減など、一層強力なスキルに化ける可能性が高い。
あと何より注目するべきは、『初手確定威力三倍』という点だろう。
非戦闘時に於いても、パッシブスキルが故にチャージは機能し続けており。その結果、戦闘が始まった際最初に繰り出す攻撃には、確定で威力三倍の補正が乗ると考えて良いはずだ。
つまり、所謂開幕ブッパと滅茶苦茶相性が良いのだ。ポップ狩りにも重宝するだろう。
それを今、トレモちゃん相手に試してみようという。そういう話。
『んじゃ、攻撃しようと思うんだけど。アーツスキルの指定とかある?』
『そうですね……ポイントとなるのは“威力補正”という部分。これが“ダメージ補正”だった場合、確定したダメージが三倍になると捉えることが出来ますが、威力の場合は攻撃の出力が上昇する、と解釈するのが妥当でしょう。よって、派手目の……そうですね。無難にファイアーボールでも撃ってもらいますか』
『出力が普段の三倍になっているかを、視覚的にも確認するってわけだね。了解だよー』
トレモちゃんにバカスカと殴られたり蹴られたりしながらも、ずいと右腕を前方へ突き出す私。
普段のような即時発動ではなく、感触を確かめるために、勿体ぶったゆっくり丁寧な発動を心がける。
するとどうだ。突き出した手の平に生じる火球には、何とも奇妙な変化が生じたのである。
MPが魔力に変換され、魔力が魔法を紡いでいく。殆ど自動的に行われるそのプロセス自体はいつも通り。
なれど不可解なのは、用いられた魔力の量に対して、発生する現象が明らかに過剰であるという点。
私の魔力や生命力等、何かしらのコストを追加で支払ったって感覚は一切無いにも拘らず、生じた結果だけが異常を示している。
まるで外部から私の術に手を加えられているような、何とも言えない不気味さがそこにはあり。
けれど結果として、私の生み出した火球は、それこそ通常の三倍の巨大さでもって顕現し。百合の間に挟まる男よろしく、私とトレモちゃんの間に割り込むよう、メラメラと燃え上がったのだ。
飛び退り、警戒を顕にするトレモちゃん。
彼女へこの、でっかい火球をぶつける。避けられてはダメージ計測が出来ないため、慎重に狙いを定めて……。
ファイアッ!
(……ああ、なるほど。いつもなら別の魔法を駆使して、トレモちゃんの動きを妨害したり固定したりするところなんだけど、そこに威力三倍の効果を持っていかれたら意味ないものね。結果として使える択が絞られるわけか)
私がファイアーボールを撃ち出すのと同時、身を翻して回避を試みるトレモちゃん。
結果、ヒットするにはしたけれど、直撃とまでは行かず。想定していたダメージ値と比較したなら、それを下回る数字がトレモちゃんの頭上に表示され、威力三倍と呼ぶには微妙に残念な結果を生じさせた。
ただ、ここで運用に際する注意点を洗い出せたっていうのは、素直に収穫と言えるだろう。
『ほほぉ……興味深いデータが取れましたね!』
『だね。あ、ゲージの蓄積具合は……結構行ったね。こっちにもチャージの恩恵は見込めそう』
『それは朗報ですね。何を基準にゲージが蓄積していくのか、それも細かく調べたいところです。繰り出した攻撃の威力? ヒットさせた際のダメージ値? 命中判定も関係しているのか……』
『なんか、調べるべきことが山のようにありそうだね』
『宝の山というやつですね! ミコトさん、今夜は寝かせませんよ!!』
『えー……お手柔らかにお願いします』
検証は続く。
一〇秒で三倍の威力ってことはつまり、一秒あたり攻撃に20%もの威力補正が乗っかるってわけだ。
例えば一秒毎に攻撃を二発繰り出したとしたら、補正はそれぞれ約10%程度。傍目にはちょっと効果を確認しづらい数値だろう。
だけどトータルダメージの観点で見たならどうか。
一〇秒間攻撃を控え、三倍の補正を受けるのも、細かい攻撃を一〇秒間続けて小さな補正値を受けるのも、結果として三倍という数字は変わらないと思うんだ。
とは言え、選んだ攻撃の内容によっても、対象へ通せるダメージだとか、負傷だとか、そういったものはガラッと変わってくるだろうからね。それに攻撃がヒットするかどうかってのも、大きく結果を左右するだろう。
どういう運用がベストなのかっていうのは、結構ケースバイケースだと思われる。
言い方を変えると、融通の利くバフスキルだってことだ。
一番もったいないのが、一〇秒を超えてなお攻撃を控え続ける状態。威力補正の上昇を無駄にしちゃうこと。
それを避けるためには、一〇秒以上間を空けることなくコンスタントに攻撃を繰り出し続けることだ。
多分それが、このチャージってスキルをベターに運用する方法だと言えるのだろう。
『お、やってるな』
そんな声に振り向いてみれば、いつの間にやらソフィアさんの近くに人が増えていた。
って言うか、チームミコバトメンバー勢揃いである。流石はミコバトの名のもとに集いし者たちだ。
何をしに来た、なんてのは愚問だろう。自分たちで部屋を作るでもなく、わざわざ私たちの居るこの部屋にアクセスしてきたってことは、私のスキルを見物しに来たってことだ。
なんともタイミングが良いじゃないか。何せたった今、超必殺技ゲージが溜まりきり、いよいよ超必殺技の記念すべき第一射目を繰り出さんとしていたところなのだから。
ソフィアさんにその話を聞き、盛り上がりを見せるメンバーたち。皆興味津々な様子。それはそうだ、何せ『超必殺技』だものね。否が応でも期待しちゃうよ。
しかも、チャージスキルにより強化された状態がデフォルトになっちゃったからね。
一体どんな威力を発揮するのか、期待の裏に少しの恐さすら感じている。
っていうか、ちょっと嫌な予感があるんだ。またトッツォくんのように、無闇に使用できない系のアレになるんじゃないかって。
最悪の場合、またミコバトが強制終了して、現実へ送り返される、なんて展開も……そうならぬよう、なるべく注意したいものである。
『それではミコトさん、始めましょうか。トレモさんの動きを止めるので、超必殺技を命中させて下さい』
『チャージは最大?』
『ええ、半端な状態より一〇秒待機後のものを確認しておきたいです』
『おっけー。あ、超必殺技の前に、先ずは普通の三倍ライトニングボルトを見せておこうか』
『普通の三倍ライトニングボルトというのも変な話ではありますが……そうですね。比較対象があったほうが、データも取りやすいですし。それでお願いします』
『あいあい』
念話にてそのように打ち合わせたなら、ソフィアさんの言った通りピタリと動きを止めるトレモちゃん。設定をいじり、待機状態に戻したのだろう。
例によって、その場でファイティングポーズを取るトレモちゃん。今の彼女はガードも回避も反撃もしない。
そんな彼女にこれから浴びせるのは、チャージスキルで威力が三倍になったライトニングボルトだ。ちょっと心が痛いが、これもデータを取るためである。
『はい、それじゃ先ずは三倍ライトニングボルト、行きます!』
念話を介してそのように皆へ告げたなら、ざわざわしていた声が徐に止み。取って代わるように漂うのは、緊張感のある静寂。
風の音すらしない、空虚なトレーニングモードの中。トレモちゃんと、三〇メートルほどの間合いを置き、彼女へ向けて手の平を突き出した。
構えは先程の、ファイアボールを発した時と同様。同じ構えから全く別の魔法が発せられるっていうのは、実戦に於いて意外と相手を惑わす事が出来るものだ。
ただ、今回は先程のファイアボールと違い、勿体つけずにパッと発動するつもりだ。
雷魔法の特性上、全ては一瞬の出来事となるだろう。
既に前回の攻撃行動から、一〇秒と言わず間を置いている。チャージも十分なはずだ。
耳をつんざく音の発生も予想されるため、遮音の魔法も既に準備済み。
スタンバイは整った。トレモちゃんを真剣に見据え。
三倍ライトニングボルト、発動。




