第九八一話 わがままの綱引き
篩の迷宮で合流してからというもの、ソフィアさんの様子が変だ。
スキルへの執着が、以前にも増して大変なことになっているのだ。
しかしながら、考えてみたらそれも已むからぬことで。篩の迷宮で課された試練っていうのが、彼女にはとにかく酷だった。酷過ぎたと言ってもいい。
迷宮に入って早々に共有化しているスキルの一部が封じられ、第二の試練に於いては使えるスキルの中から三つだけしか持っていけないという制限を受け。
極めつけが第三の試練。スキルもステータスも奪われた彼女は、翼をもがれた蚊蜻蛉も同じ。
聞いた話によると、どうやって第三の試練を突破したかも、当人は覚えていないのだと言う。記憶がすっぽり抜けていると。
スキル関係なしに狂戦士化しちゃったってことだ。ソフィアさんにとってはそれだけショッキングだったわけである。
そんな経験を経たものだから、スキルへの欲求が抑圧より解き放たれた反動で、現在暴走状態にあると。
今の彼女を分析するのなら、まぁそんな感じだろうか。私も鍛錬が満足に出来なかったことで、随分とフラストレーションとかストレスとか溜まってたからね。正直気持ちはちょっと分かる。
分かるのだけど……だからといって、暴走に巻き込まれては堪ったものではない。
「ご飯。お腹空いた」
「何をおっしゃいます! そんなものは後です! それより早く私とイイコト(スキル検証)しましょ!!」
「へぇ……いいんだ? 空腹で集中力を欠いた私とスキル検証しちゃうんだ? ソフィアさんのスキルへのこだわりってそんなものなの? 私だったら、しっかり食べてから鍛錬に打ち込むけどな!」
「はうっ!! ぐ、ぐぬぬ……仕方ありません。食堂へ行きましょう」
「ガウ……」
「ミコト、すごい……!」
いつまでも自称妻に振り回されるだけの私ではないのだ。ソフィアさんがスキルに対して並々ならぬ情熱を注いでいるように、私も周囲には鍛錬バカって印象がすっかり根付いているからね。
なれば鍛錬を引き合いに出すことで、ソフィアさん相手にも一定の説得力を発揮できるというもの。やはり鍛錬! 鍛錬は全てを以下略!
ソフィアさんに手を引かれ、早足で食堂へと向かう私たち。
早く早くと私を急かすソフィアさんは、なんだか遊園地に遊びに行きたい子供のようで、ちょっと可愛かった。
「ソフィアさん、魔法少女にならない? 幼女姿で急かされたら、もうちょっとやる気出るかも」
「お望みとあらば喜んで! むしろ私の本来の姿ですし!」
「ソフィア、変身は外で」
「ガウ」
「わ、分かってますよ!」
イクシス邸の窓は、換気用に開け閉めが出来るものと、光を取り込むことが主な目的の所謂はめ殺し窓っていう、二通りが存在しており。
ソフィアさんは急ぎ開閉できる窓を探し当てると、そこから勢いよく飛び出し、空中にてど派手な変身エフェクトを発生させた。
そうしてすぐに、魔法少女化して戻ってきた彼女。私が言えたことじゃないけど、何とも見事な早着替え(?)である。
幼い姿となった彼女は、ぎゅっと私の手を握ると、グイグイ引っ張って「ほらミコトさん、はやく行きますよ! ほらはやく!」と食堂へ連れて行こうとする。
ああ……ゆるせるっ! この姿のソフィアさんなら、スキル狂いでも許せる気がするっ!
そんなこんなで食堂。幼いソフィアさんが、厨房へ向けて夕飯を催促したなら、優秀なスタッフはその要望に素早く応え。
あっという間に出された料理。そういえばこの場所でご飯を食べるのも、久しぶりってことになるのか。
隣にはオルカ。対面にはソフィアさん。頭の上ではゼノワが果物モドキを要求してきたため、一つ生成して渡しておく。
考えてみたら、これも一応は精霊術になるのか。オルカもソフィアさんも、果物モドキの生じる様に、目を丸くしていた。
しかしそれも束の間のこと。はやく食べろ、急げ急げ、でもよく噛んでと、早食いを求められる私。
そのくせ幼女化しているものだから、一口が小さいソフィアさん。格闘するように晩ごはんを頬張っている。何ていうか、ちょっと愛嬌があるね。
などとやっていると、そこへやって来たのがチームミコバトの面々。食堂の扉をくぐり、ぞろぞろと入ってくる。
そんな彼女らの顔は、一様に疲れ切っており。ソフィアさんの姿を見つけるなり、ビクリと肩を震わせたり、露骨に顔を引き攣らせたりするものだから、まんま被害者の会である。
「みんなごめんね、うちのソフィアさんが迷惑かけて……」
一応私、鏡花水月のPTリーダーだしね。それにソフィアさんが念話で催促してこないようにと、気を引いておいてくれたっていうのもきっとあるんだろう。
だからヘコっと頭を下げておく。気分はさながら、やんちゃな妹が他所様に迷惑を掛けて、恐縮するお姉ちゃんの如し。
すると代表するように応えてくれたのはイクシスさん。
「いや何、気にしないでくれ。確かにちょっとハードではあったが、お陰で新しいスキルのことを詳しく知れたというのも事実だからな」
「確かにそうぱわな。細かな発見もたくさんあったし、結果として自分の為にはなったぱわ。わけの分からない実験も、山のようにやらされたぱわけど……」
「ははふふかくふぉかふぁへーはふぉ」
「ソフィア、ちゃんと飲み込んでから喋って」
オルカママに注意され、若干ムスッとした顔で咀嚼し、飲み込むソフィアさん。
「あらゆる角度からデータを取るために、あらゆる実験が必要だったのです」
とのこと。だとしても、あのサラステラさんを疲れさせるとか余っ程じゃないか。
「それでミコト様、お師匠様方はどうでした? 大丈夫だったのです?」
「ああ、うん。それは大丈夫だったよ。なんでも、師匠たちの契約精霊が諌めてくれてたみたい。それにみんなのおかげで、おもちゃ作りの鍛錬にも打ち込めたし、ホントにありがとうだよ!」
「天使様のお役に立てたのならば、我々も身を盾にした甲斐があったというもの!」
「ミコト様のためなら何てことありませんよ!」
崇拝組はどうやら、割と平常運転な様子。やや疲れの色こそ見えるけれど、彼女らには妙なタフさがあるようだ。
っと、崇拝組と言えば、彼女らに毒されつつあるフゥちゃんはどうだろう?
新スキルを得たわけではないだろうし、彼女はソフィアさんの魔の手から逃れられたはず。
だっていうのに、なんだかその顔色はあまりよろしくない。
心配になって声を掛けてみると、フゥちゃんは徐に内心を吐露してくれた。
「た、たった二週間で、皆さん進化しすぎなのだ……! 何なのだ、あの新スキル。どれもこれも強力で、吾輩、なんか……ちょっとショックなのだ……」
「フゥちゃんが凹んでる!」
「ガウガウ!」
フゥちゃんの目標は、冒険者としてより多くの人を助け、たくさんの『ありがとう』を得ること。
過ぎた力は却って活動の幅を狭めたり、望まぬ方向に彼女を追いやってしまう。
だからフゥちゃんは、力よりもスピードや効率を求め、よりたくさんの依頼をこなせるようになりたいと。その様に自らの方向性を定めたわけだ。
しかし、である。やっぱり身近で親しい人たちが成長を遂げると、複雑な気持ちになるのは避けられないのだろう。
きっと皆の新しいスキルを見ちゃったんだ。これまでのスキルと一線を画すような、例の強力なやつを。
彼女だって冒険者だ。誰より強い力を、という根源的な憧れはやっぱり捨てきれるものじゃない。
結果として、遣る瀬ない気持ちになったと。如何ともし難い問題である。
それに、ミコバトの共有が遮られていたせいで、彼女は私たちが留守にしている間、訓練場での鍛錬くらいしか出来なかったのだろう。
イクシスさんに留守を任されたため、多分外出するのにだって遠慮しちゃったんじゃなかろうか。
それらを鑑みると、なんだかフゥちゃんには悪いことをしてしまったように思う。
「よし分かった。フゥちゃん、埋め合わせはするから! 鍛錬付き合うよ!」
「! 師匠……ほ、ほんとなのだ? 吾輩を鍛えてくれるのだ!?」
「勿論。ミコバトが使えなかったのは、私のせいだしね。鍛錬できなかった分の時間は、何かしらの形で補填しなくちゃ筋が通らないもの!」
「む。それで言うと、フゥちゃんに留守を頼んでしまった私にも責任があるな。よし、ならば私も付き合うとしよう!」
「のだぁ!? 有り難いのだ!」
イクシスさん参戦!!
ってことで、新たなタスク追加である。エンドコンテンツの開放と攻略計画を練る傍ら、フゥちゃんの育成にも力を入れなくちゃなるまい。
すると、これには他の皆も次々に便乗。
「そういうことなら私も力を貸すぞ、フゥよ!」
「ミコトがそう言うのなら、私も協力する」
「フゥちゃんは我々の同志! ならばココロたちも協力するのは当たり前なのです!」
「勿論です同志ココロ!」
「ええ、お任せを! 助力は惜しみませんよ!」
「スキル育成というのならば、私の出番でしょう!」
「盛り上がってきたぱわなー!」
「BGMは要りませんか~? 要らなくても歌っちゃいますよ~!」
「元気ねぇ、あんたたち……」
「グラァ……」
「うぉぉん! 感謝感激なのだぁ!!」
ついさっきまでぐったりしていたのが、いつの間にやらすっかりと盛り上がり。
そんなこんなで久しぶりに楽しい夕飯の席を、皆で囲うのだった。
尤も、私はソフィアさんに連れられ、一足先に食堂を後にしたのだけど。
流れでオルカとゼノワも一緒である。
「やだ! お風呂入ってからでないと集中できない!」
「わがままを言わないで下さい! これ以上待てません!」
「グラグラ……」
「どっちもどっち」
鍛錬室へ私を引っ張っていこうとするソフィアさん。対して、先にお風呂に入りたいと駄々をこねる私。
だって久しぶりの広いお風呂だもの。密かにこの時を楽しみにしていたっていうのに、鍛錬室に直行だなんて悲しいじゃないか。清浄化魔法で済ませなさいとか、そんな淡白な要望には応えられない。
そんなわけで、押し問答する私とソフィアさん。それを呆れたように眺めるゼノワとオルカ。
「ソフィアさん、考えてもみてよ。このやり取りをしている時間こそ勿体ないと思わない? サッとお風呂に入って、その後鍛錬室に行ったほうがスマートだよ!」
「ミコトさんが折れてくれればそれで済む話です! さぁ折れなさい!」
「やだ! 私は何時までだって駄々をこね続けるぞ!! 執拗に!!」
「こ、この分からず屋!」
「お互い様さ!」
そんなこんなで、私は不毛な舌戦の末に、辛くも入浴権を勝ち取ったのである。




