第九七八話 ぽんっ!
食堂には必然、立派なキッチンも併設されており。魔道コンロからオーブン、冷蔵庫に流し台、各種調理器具も充実していた。
その反面食材の類いは一切用意されておらず。勿論調理を担当してくれるスタッフの類いも存在しない、無人の調理場。
どうやら何か食べたいのなら、手持ちの食材を自分たちで調理しなさい、というセルフサービス方式の様子。
しかしながら、迷宮の用意した食物を飲食する、というのに抵抗のある私たちにしてみたなら、寧ろ有り難い配慮と言えよう。
幸いにしてストレージ内にはまだまだ食材は豊富に入っており、料理のできる人員にも事欠かない。我々の女子力も捨てたものじゃないってわけだ。
……まぁ、私は調理班にカウントされてないんだけどね。
そんなこんなで、しっかりとした食事と十分な睡眠を取り、やつれ気味だった聖女さんもすっかり元気を取り戻すに至った。顔色も良い。
全員が調子を整えたところで、いよいよロビーへと再集合した私たち。対峙するはメッセージウィンドウ。
イクシスさんと目配せし合い、なんとなく私が一歩前に出たなら、一度皆を振り返った後、そっとメッセージウィンドウへと手を触れる。
すると、変化は起こったのである。
メッセージウィンドウが、壁の中へと吸い込まれるように消え去ったかと思えば、直後。
ニュルンと壁面が奇妙に変形し、あっという間に一枚の扉を形成したのだ。
どうしてこんなギミックを……? なんて首を傾げるのは野暮だろうか。ただ鍵のかかった開かずの扉、というのでは芸がないとでも考えたのかもしれない。ウェブデさんなりの工夫ってことかな。或いは迷宮の製作者が……。
なんてメタ読みをしつつ、ともあれ道は開かれたわけだ。
「さて、何が待ってることやら……」
「戦闘がないとも限らないからな。皆注意は怠るなよ?」
「戦闘上等じゃないですか。新スキルの実戦テストが出来るというのなら、寧ろ望むところです! どうせなら簡単に倒れない強敵を希望します!」
「腕が鳴るぱわー!」
「グラグラー!」
ソフィアさんと血の気の多い人たちが盛り上がっているけれど、安全に帰れるんならそれに越したことはない。
どうか戦闘などありませんようにと、内心にてお祈りしながら、先ずは透視スキルを用いてみる。
……覗き防止が掛かっているようだ。扉を透かして見ることは出来なかった。皆へも一応情報を共有。
仕方がないのでおっかなびっくりドアノブへ手をかけ……少しだけ開いた。
これと言って気配の類いは感じないけれど、用心するに越したことはないだろう。最強装備を身につけ、警戒態勢で一気に扉を全開へ。
「……モンスターは、居ないみたいね」
「台座の上に宝箱が一つ、ですか」
「罠も無さそう」
「わ、私たちに恐れをなして、モンスター帰っちゃいましたかね~?」
ぞろぞろと扉を潜る私たち。全員が入っても窮屈しない程度には広さのある室内。
部屋の中央には、でんと台座が一つ横たわっており。その上には一抱えほどある宝箱が一つ。
早速オルカとクオさんが調べてくれたけど、どうやらこれにも罠が仕掛けられている様子は無さそうだとのこと。
二人が言うのなら間違いないと、皆で宝箱の前に集合し、いよいよ開封である。
「この中に、記念品とやらが収められているのです?」
「中身を透視って出来ないの?」
「これにも覗き防止が掛かってるみたい。どういう仕組なのか、ちょっと気になるね……箱ごと持ち帰っちゃダメかな?」
「流石ミコト様、大胆な発想です!」
「スキルの効果を阻害、ですか。確かに興味深いですね!」
「なら部屋の扉も外して持ち帰るぱわ? サンプルは多い方がいいぱわな!」
「迷宮を出た瞬間、消失するんじゃないか?」
「ええい、そんなことよりさっさと開封よ開封! 誰も開けないなら私が開けてやるわよ!」
言って、せっかちなリリがグワシと宝箱の上蓋を掴み、大胆に押し開けた。
その瞬間だ。箱の中から、ピコンと飛び出たメッセージウィンドウ。
小さな悲鳴を漏らし、ぴょんと跳び上がるリリ。ビックリ系には弱いらしい。
──────
篩の迷宮踏破証明書、授与。
あなた達は見事、心・技・体の試練を乗り越え、篩の迷宮を踏破しました。
これを証し、踏破証明書を授与します。
──────
なんだなんだ、なんか卒業証書授与みたいなこと言いだしたよ。
そのくせ手渡しするわけじゃないんだ。妙な趣向を用意してくるじゃないか……自意識過剰かもしれないけど、もしかしてこれも私の前世を匂わせる演出だったりするんだろうか……?
狼狽えるリリの隣から、宝箱の中を覗いてみる。すると、そこにあったのは見覚えのある黒い筒。
ワニ皮で出来てるとかなんとか聞いたことがあるけど、もしやこの筒もワニ皮製だったり?
んで、筒の中身はやっぱり丸めた証書ってことなんだろう。凝ってるね……。
リリが警戒しつつ、宝箱の中から黒い筒を拾い上げる。さっき驚かされたから、そこはかとなく挙動不審だ。耳に息とか吹きかけたら、さぞ良いリアクションをしてくれるに違いない。代償にぶっ飛ばされそうだけど。
筒を持ったリリが、不思議そうに首を傾げながら皆へと振り返る。
「これが踏破証明書? その割に紙ですらないわね……何なのかしらこの筒」
「あー、それはね。上の方が蓋になってるんだよ。引っ張ったら開くと思うよ。ポンッ! ってね」
「む? ミコトはこれのことを知っているのか?」
「前世であったんだよ、それとそっくりな物がさ」
「ガウガウ」
「あ、ほんとにポンッ! って言いましたよ!」
懐かしの音。勢いよく蓋を取ると、結構良い音鳴るんだよね。
なんて、ほんのり懐かしさに浸っていると、筒の中に件の踏破証明書らしき紙を見つけたらしく。
皆でワイワイと引っ張り出しては、筒状に丸められたそれをシュルリと広げ。
広げた、その瞬間だった。
部屋の奥に、音もなく出現した物体が一つ。
既に見慣れた白い碑石、ワープポータルである。更にその前には、またメッセージウィンドウ。どうやら踏破証明書を広げることがトリガーとなり出現したようだ。
尚、踏破証明書はあたかも筆で描かれたかの如き書体の異世界文字にて、篩の迷宮を踏破したことを証す、的な内容が記されていた。
証書をくるくると丸め直し、筒にしまい直したリリは、それを私へと寄越した。前世云々って話が耳に届いていたらしい。
受け取り、まじまじと眺めてみる。ワニ皮……なのかなぁ?
それにしてもなんか、小中学校の卒業式を思い出しちゃうよ。そういえば高校生止まりだったっけね、私。
っと、いかんいかん。しんみりしてる場合じゃない。
皆の関心は既にメッセージウィンドウへ向いており、私も倣ってそちらに目をやる。
ぞろぞろと歩み寄り、その内容に目を通した。
──────
改めまして、迷宮踏破おめでとう御座います。
篩の迷宮はここで終点です。お帰りはこちらのワープポータルをご利用下さい。モノリス前へお送りします。
お疲れ様でした。
──────
「おお~! つまり出口ってことですね~!」
「流石に、この期に及んで変なところに飛ばされたりはしない、よね?」
「一応警戒だけは解かないほうが良いかもな」
「モンスターが待っているとしたら、この先ですか。それならそれでスキルテストの好機です!」
「皆さん、忘れ物はありませんか?」
「あ、そうだ。宝箱をストレージに……って、入らない!」
「本当に持って帰る気だったんだ」
「ガゥ」
「なら、入れるタイプの宝箱かチェックしないと」
土管と見るなり、取り敢えず上に乗って屈んでみる。世界的に有名な配管工のおじさんムーブが、今の私にはとても身近に感じられる。
皆の目を気にするでもなく、台座の上に飛び乗り、両足揃えて宝箱に飛び入ってみる。
ガツンと、靴底と宝箱の底がぶつかる音だけが虚しく鳴り。底が抜けるようなことは無かった。一応座り込んでみるも、やっぱり変化なし……。
「……なるほど。入れないタイプの宝箱ね」
「ミコトちゃんがまたなんか変なこと言ってるぱわ」
「サラにツッコまれるとは、大したものだなミコトちゃん」
「流石ミコト様です!」
褒められてる気がしないんですけど。
けど、宝箱から意外な場所に飛ばされるっていう前例が出来ちゃった以上、今後は宝箱を見つけるたびに入ってみなくちゃ気が済まない。
もしボーナスステージとかに繋がってたら、貴重なアイテムが得られるかもしれないしさ。
そんな可能性を見過ごすなんてあり得ない。何なら、これまで入らずに捨て置いた宝箱が無性に惜しく感じているほどだもの。
「なんですかミコトさん、来世はミミックにでもなるつもりですか?」
「来世というか、次の周回か?」
「ガウー……」
「ブラックジョークが過ぎませんかね!?」
心外オブ心外アンド遺憾である。でも、もし私が志半ばで倒れるようなことがあれば、『タカラバコ ハイレ』とかヒントを残すのもアリだろうか。
ナシ寄りのアリ……。でもそうしたら、本当にミミックプレイが実現しかねないな。
まぁ、そんな心配は今しても仕方がないことだけどさ。
宝箱から出て、皆に合流する。んで、忘れ物はないかという話だけど。
念のため一度待機室に戻り、全員で確認して回ることにした。
ついでに何か隠しギミックでも仕込まれてやしないかと、オルカに手伝ってもらいつつ細かく探してみた。何も見つからなかった。
そんなこんなで忘れ物の確認作業も終わり、ワープポータルへ再集合した私たち。
思い返せば十日以上も滞在した篩の迷宮。いざ出口を前にすると……うん。
やっと出られるっていう感慨深さしか無いや。大変だったもの。何より、存分に鍛錬できないっていうストレスがもう、ね。限界である。
「それでは皆、準備はいいな? 転移を始めるぞ」
イクシスさんの号令で、全員がいっぺんにワープポータルへ手を触れる。壁際に設置されているせいで、ぎゅうぎゅうである。最強装備が場所を取ってしまって、ちょっと申し訳ない。
さながら円陣でも組んでいるかのような態勢で、皆が右手をワープポータルへ置き。そして。
「いいか、『せーの』の掛け声で行くぞ? いいな? ……いっ、せー、のー、でっ」
せーのはどうしたせーのは……グダグダである。
皆いまいちタイミングが掴めずオロオロし、結局微妙にばらつきを見せつつも、一応全員が転移を成功させ。
斯くしてようやっと私たちは、篩の迷宮を後にしたのだった。
誤字報告感謝。感謝です!




