第九七六話 やっとの合流
ジャカジャーン!
待機室に、趣深い楽器の音が響き、彼女の歌声が跳ね回る。
そうさ、ご機嫌に歌唱を披露してみせるのは、我らが頼れる演奏系バッファーであるところのスイレンさんだ。
彼女は歌詞に乗せ、体の試練をどのようにして乗り越えてきたのか、その経緯を語ってみせた。
ステータスを奪われ、スキルを没収され、アイテムまで持ち込み禁止という、生粋の後衛である彼女にとって絶望的な状況の中。
それでもスイレンさんが選んだ得物は、楽器だった。愛用の弦楽器と同系統のそれを選び手に取り、決死の覚悟で試練に臨んだのだと言う。
私たちに言わせたなら、まぁ自殺行為でしか無いのだけど。しかしボスのこと思えば存外そうとも言い切れないのか……。
でも、道中の戦闘はどうしたのだろうか? なんて皆で不思議がりつつ、彼女の歌に耳を傾けていると、とんでもないことが語られたのだ。
モンスター相手に歌を聞かせたなら、見る見るうちに彼らの敵意は萎み、何なら踊り始めるものもあった程だと。
そしてそれは、不可避と思われた渡り廊下での戦闘に於いても同様で。
音楽を介して通じ合うことに成功したなら、モンスターたちはスイレンさんに道を譲ったのだと言う。
俄には信じ難い話だけど、現にこうして私たちと合流を果たしたスイレンさんが、つまりは生き証人ってやつで。
ボス戦、ブラックトレモちゃんとの隠れんぼだって、彼女は堂々と演奏を行ったのだそうな。
しかも案の定、ブラックトレモちゃんの得物もまた楽器。
結果として始まったのは、魂をぶつけ合うような熱いセッション。
まるっと三〇分間、音を重ね合い。音楽を通してコミニュケーションを果たしたスイレンさん。
最後には熱い握手を交わして、満足気に消えていったらしいブラックトレモちゃん。
なんか、彼女だけ別ゲーで遊んでませんかねコレ……。いや遊びじゃないけどさ。
「うぅむ……何というか。スイレンちゃんは時々、ミコトちゃん並みにワケの分からない行動に出るな」
「むー! その言い草はないと思いますー! ミコトさんと同列っていうのは流石に心外ですよー!」
「ちょっとスイレンさん、それってどういう意味かな?」
「ミコト様を侮辱しているのです? 処します?」
「ひぇ、ちがっ」
「私もパワーでブラックトレモちゃんと分かりあったから、スイレンちゃんの話も分かるぱわな~」
……どうやら、一風変わった攻略法っていうのも存在していたらしい。
果たしてそれは、スイレンさんのような後衛組への救済措置だったのか、はたまた本当にモンスターと音楽を通じて心を通わせる、なんてことが可能だったのかは、判断の難しいところ。
スイレンさん曰く、モンスターにも曲調はもとより、音の好みなんてのもあるらしく。それを探り当てるのが、楽しくも大変だったとのこと。
モンスターにも個体差とか個性ってのは、実際存在するものなんだろうか。何にせよ興味深いデータである。
そのように、スイレンさんのトークと歌唱で一頻り賑わい、皆で彼女の無事を喜んだのは良いのだけど。
しかしながら、残り一人。未だ姿を見せない聖女さんへの気掛かりから、皆の口数は緩やかに減っていき。
やがて、何とも神妙な空気が、待機室をゆっくりと満たすのだった。
誰も彼もがチラチラと、時折見つめる先。ワープポータルの転移先に指定されている、開かずの出入り口前。
次の瞬間には、聖女さんがそこに立っているんじゃないかと。そう期待して、つい視線を送ってしまう。
けれどなかなか、望む彼女の姿は認められず。
それはあたかも、特定の記述を見つけ出さんと、本のページを捲っているかのようで。次のページにこそ記載されているかもしれないと、延々期待を持ち続けるような、そんな心持に近い気がした。
反面、何より恐ろしいのはメッセージウィンドウだ。
もしも『メンバーが全員揃いました』なんて旨が、聖女さんの到着を待たずして告げられてしまえば、それは即ち彼女の脱落を意味しているわけで。
どうかそのような結末だけは寄越してくれるなと、祈るような心持ちで私も皆も、聖女さんの到着を待ち続けたのだ。
そして。
魔力反応。気配の発生。皆の視線が一斉に集ったなら、そこにパッと姿を現す人影が、一つ。
得物である長杖を携え、油断のない佇まいにて姿を見せた彼女は他でもない。私たちが待ち望んでいた聖女さんその人に他ならず。
あからさまに窶れて見えもするけれど、きっとそれだけ大変だったってことなのだろう。
音楽を武器に体の試練を乗り越えたスイレンさんと違って、きっと彼女は後衛専門だてらにモンスターたちとの戦闘をこなしてきたはずだから。
そう考えると、本当によくぞ無事ここまで辿り着いたものである。
そんな聖女さんへ、真っ先に駆け寄っていくのはリリ、クオさん、アグネムちゃんの三人だ。
ワープポータルからの転移に際し、何が待ち受けているものかと警戒していたであろう聖女さんも、PTメンバーがドドドと突っ込んできたなら戸惑いも一入。何せ心の試練では、ニセモノだなんて存在が現れたり現れなかったりしたからね。
すごい表情で迫ってくる彼女たちは果たして本物かと、反射的に疑った結果として彼女は、とっさに物理障壁を展開して三人の突進を阻んだのだった。
頭から障壁に激突するリリとアグネムちゃん。ちゃっかり衝突を免れたクオさん。
なんかすごい音したけど、大丈夫だろうか……?
わらわらとあたかも野次馬が如く、一歩距離を取って彼女らを囲うように集った私たち。
アグネムちゃんの石頭が物理障壁に罅を入れ、対照的にリリは痛みに悶え転がった。
やれやれとため息をついたクオさんが、チラリとこちらを見て手招きをしてくる。
何事だろうかと、招かれるままに歩み寄ってみたなら、彼女は言うのだ。
「クリスにはこのミコトがニセモノに見えるの?」
その言葉に、衝撃を受けた様子でフリーズする聖女さん。
かと思えば、急ぎ障壁を解除するなり、ささっと私の前で跪いてはお祈りのポーズを示す彼女。
そうして、開いた口から飛び出したのは、何とも不可解な言葉で。
「ああ、天使様。遅ればせながら、只今あなたの杖が参りました……!」
「つ、杖……?」
曰く、ブラックトレモちゃんとの戦いの最中、彼女は自らの在り方を見つけたのだと。
それが杖。私の歩みを助ける、杖のような存在でありたいと。
「決して折れず曲がらず、何時いかなる時でも安心して頼っていただける。そんな存在に、私はなりたい……!」
キラキラとした表情で、さも夢を語る少女の如く述べる聖女さん。
すると。
「素晴らしい。素晴らしいです、同志クリスティア! 正しく崇拝組の鑑!」
「流石だよクリスちゃん! 私も見習わなくちゃ!」
感銘を受けた様子のココロちゃんとアグネムちゃん。あっという間に崇拝組ワールドを展開しては、聖女さんを含めた三人で没入してしまった。
これには、ぶつけた額を摩りながら憤懣も顕に涙目のリリも、二の足を踏んで忽ち辟易とした表情と化す。
しかしまぁ、何だ。しばらくぶりに見る彼女らの様子に、不思議な安心感を覚えているのは私だけじゃないはず。
ようやっと合流を果たせたんだと、今一度深く実感を得る。どんな奇天烈な光景も、見慣れてしまえばいつものやり取りでしかなく。
あたかもそれは、何時しかこの世界での暮らしに慣れ親しんだ自らの様を、そこはかとなく鑑みさせるようじゃないか。
「あ、見て! メッセージウィンドウが出てる!」
声を発したのはレッカだった。彼女が差した先にあったのは、この迷宮にて何度となく現れたウィンドウであり。
恐らくはウェブデさんが拵えた伝言板……いや、瓦版みたいなものだろうか。
そういえば、メッセージウィンドウはヴァルキリーナイトが用意している説、なんてのを唱えていた私だけど、どうやらその考えは的を外れていたらしい。
或いはもしかすると、ウェブデさんがヴァルキリーナイトを操っていた可能性、なんてのも考えられるけど。或いは部下のNPCとか。
まぁ、そこは掘り下げてもあまり意味は無いか。
聖女さんが合流を果たしたことにより、これで晴れて全員集合。案の定次なる動きが生じたわけだ。
と言っても、話によれば後は全ての試練を乗り越えたことを証した、記念品が授与されるとかなんとか。
それを受け取ったなら、迷宮の外に出ることが出来る……と、良いのだけど。
こうして皆が合流を果たしたのを機に、ラストバトルが用意されている可能性も否めない。
けど、何のためのラストバトル? って考えると、あまり意味は無いようにも思えるんだよね。
だって、ここまでの試練で散々私たちの能力は試してきただろうし。今更何をぶつけてこようっていうのか。
まして、この大所帯だ。技の試練で、強力なスキルも得ているはずの面々。
これに適した当て馬を用意しようってなると、それって多分とんでもない強敵になるはず。
ここに来て、わざわざそんなことをするの? って話だ。色んな意味で蛇足ではなかろうか。
だから多分、この後にバトルは無いんじゃないかな。もしもそんなものが用意されているのだとしたら、ウェブデさんおバカ疑惑浮上である。
まぁ、ここまでの試練を見ても、正直クソゲーのスメルは仄かに漂っていたけどさ。ゲームじゃなくて試練だから、それは別に良いんだけど。
ともあれ、この先の展開については、内容を確認してみれば分かること。私たちはぞろぞろと、出現したメッセージウィンドウへ歩み寄っていった。
待機室の奥、広い壁にデカデカと張り付くように展開したそれへ皆で視線をやる。
すると気を利かせたのか、彼女が代表するように口を開き、音読を始めた。
「ガウガウガウーラガウガウ」
「いやいや、ゼノワの言葉じゃみんなには伝わらないから……」
「グルゥ」
っていうかゼノワ、普通に文字読めるのか。
いや、それより何より、よく考えたら普通に異世界文字が迷宮で扱われているっていうのも、変といえば変な話だよね。
まぁそれは置いておくとして。
ゼノワに代わり、音読を始めたのはイクシスさん。嬉しい気遣いである。
斯くして私たちは、迷宮攻略のエンディングとも言える部分へと、足を踏み入れるのだった。




