第九七一話 一七枠目のシュレディンガー
「ウェ、ウェウェ、ウェブデェェェエエエエエ!!」
「ガウ!?」
「??」
頭の上で、ぴんと跳ねるゼノワ。目の前のモニターも、どことなく困惑しているように見える。
突然声を荒らげた私に、どちらも驚いたのだろう。
けれどこれが黙ってなんていられるものか。だって、ウェブデと言ったら『クワシクハ ウェブデ』のウェブデじゃないか。
拳の骸を打ち破った際、得られたヒントがそれだった。結局当時は意味が分からず、『ウェブデ=ウェブで』とし、もしかしたらこの世界でネットを利用できる可能性があるのでは? なんて話で一旦の決着を見たのだけど。
それがまさか、その名もズバリなウェブデなる存在があろうとは。っていうか拳の骸、ネタ込みでこのヒントを残したに違いない。死に際になんてことしてくれてるんだ……私ならやりかねないけども。
しかしまぁ、なんだ。
拳の骸はこのウェブデさんに、一体何を詳しく訊けっていうんだろう?
事ある毎に「その質問にはお答えできません」って返されて、辟易としちゃうんですけど。出来るのは推理推察くらいのもの。
もしかして質問の仕方が悪いのかな? もっとウェブデさんの答えられそうな質問で、有益な情報を探っていくべき?
何とも根気の要りそうな作業だけれど、情報を引き出すためには……って、そうだ。
「ときにウェブデさん」
「……なんでしょう」
「二言目には『お答えできません』って言いますけど、どうして私の質問に答えられないんです? そして、どうしたら答えてもらえるんでしょう?」
答えられないっていうんなら、『答える条件』を聞き出す。っていうアプローチはどうだろう?
これに対しても「お答えできません」だったら、堂々巡りが始まってしまうため、一か八かの問い掛けではあるのだけど。
さて、ウェブデさんはどう答えるのか。
「そろそろお引取り願いましょうか」
「えええっ!?」
「厄介プレイヤーはBANを食らって当たり前。そうでしょう?」
「ぐ、ぐぬぬっ面と向かって厄介扱いされた!」
「ガウゥー……」
擁護できないとばかりに頭を振るゼノワ。そりゃ確かに、面と向かって探りを入れてくるようなプレイヤーなんて、厄介以外の何物でもないとは私も思うけどさ……。
しかしウェブデさんって、BANだなんて選択肢も有していたのか。ちょっと予想外だった。
強制的に消されないだけ、まだ情けをかけられていると受け取るべきだろうか。それで言うと、警告を食らったようなものだ。
惜しくはあれど、ここは大人しく引き下がるのが身のためというもの。
けど、このままおずおずと引き下がるのもな……。
と、そこで目についたのが、テーブルの上の『装備枠拡張チケット』だ。
思えばこのチケット、本当に効果があるのかすら現時点では判明していないじゃないか。
私はそれを手に取ると、思い切ってウェブデさんへ声をかけた。
「そうだ。帰る前に、ここで一枚チケットを使ってみてもいいですか?」
このチケットの効果が本物であれば、少なくともウェブデさんの語った内容に信憑性が増すだろう。
結果としてそれは、エンドコンテンツである虚ろなる塔に対し、「無関係な者にとっては、毒にも薬にもなりませんよ」と言った彼だか彼女だかの言葉を補強してくれるはず。
逆にこのチケットが正常に効果を発揮しなかった場合、転じて疑いを向けるだけの確かな根拠になるはずだ。
つまりは、試金石代わり。
こちらの思惑を知ってか知らずか、存外快く「ええ、構いませんよ」とチケットの使用を許すウェブデさん。
淡々としたその口調からは、感情の色は窺えず。ただ、チケットの効果に自信はあるのだろう。
少なくとも私がここで装備枠拡張チケットの効果を試そうという、その行動に対し、何ら不都合を感じてはいない様子。
それならそれで、こちらとしても都合が良いと言えば良いのだけど。
しかしながら、ここで問題になるのがチケットの使い方だ。
技の試練の折に入手した『スキル枠拡張チケット』の場合、メッセージウィンドウに吸い込ませることで使用できたのだけど。
今回はメッセージウィンドウなんて無いのだから、どうやって使ったものかと首を傾げる私。
率直にウェブデさんへ使い方を尋ねてみたなら、答えは案外アナログチックなもので。
「ミシン目加工が施されているので、点線に沿ってもぎって下さい」
「お、おぉぅ……よもやこの世界で“もぎり”を体験することになろうとは……しかもセルフでって!」
チケットのもぎりって言うと普通、専用のスタッフさんとかがやってくれるものだと思ってたんだけど。
しかしこの装備枠拡張チケットに関しては、自分でもぎることに意味があるんだろう。もぎった当人に作用する、みたいな。
どうあれ、このチケットを差し出してきたウェブデさん自身が言うのだから間違いない。
私は切り取り線に沿って、慎重にチケットをビリッともぎ取ると、幸いそれは変な破け方をするでもなく、綺麗に二つへ分かたれたのである。
すると、次の瞬間だった。突如光り出したかと思えば、粒子状へと変じるチケット。
もいだ方ももがれた方も、ふわっと煙のように舞っては、私の胸に吸い込まれていき。
……それだけだった。
これと言って何かの力に目覚めたような感覚もなければ、派手なエフェクトが生じるわけでもなく。
「上手く行ったようですね。おめでとうございます、これであなたの装備枠は一つ増え、一七となりました。早速試されてみては如何ですか?」
なんて、淡々と言ってくるウェブデさん。対する私は半信半疑だ。が、試してみれば分かることっていうのは全くそのとおり。
しかしながら、もしテストの過程で今身に着けている装備が消失、なんてハプニングが起きたのでは事だ。
少し考え、万が一ロストしたとしても致命的な痛手は負わないような、手加減装備でセットを組み、換装にて装着。
これで一六枠を埋めた状態。ここにもう一つ武器なり防具なりを装備することが出来たなら、装備枠が増えたものと認めることが出来るだろう。
ロストする可能性を考え、なるべく品質の良くない剣を一本選択。
……なんか、気分の良くない話だね。品質が良くないからって、ロストするかもしれない実験に用いられるとか。
ならばせめて、この名も無き剣に名前を付けるとしよう。たとえロストするとしても、私は君のことを忘れないだろう。
名前は、そうだね……『シュレディンガー』にしよう。厳密に言うと、元ネタから大きく乖離しちゃうんだけど、“消えたかも知れない剣”ってことで。
ストレージからシュレディンガーを、テーブルの上へと取り出す。そうしたなら、徐に剣の柄へと手を伸ばす私である。
これで柄に触れ、もしシュレディンガーが消滅しなければ、本当に私の装備枠は一七枠に拡張されたってこと。
逆にシュレディンガーが消滅した場合、ウェブデさんが嘘をついたってことで、話がちょっとややこしくなってくる。
ただでさえ未知との邂逅により、内心一杯一杯なんだ。これ以上事態を面倒にしたくない。
そういう意味に於いても、消えてくれるなと願うばかりである。
「よし……行くぞ、シュレディンガーくん!」
「グラ……グラ……!」
緊張の瞬間だ。
ウェブデさんが嘘をついているとかいないとか、それも勿論重要な部分ではあるのだけど。
もし本当に装備枠が拡張されたのだとすると、完全装着持ちの私にとっては、計り知れないメリットとなる。
果たして、チケットは本当にウェブデさんの言うような効果を齎したのか……。
躊躇いがちに、指先をそっと柄に近づけて、ゆっくりゆっくりと……触れた。
……消えない。シュレディンガーくん、消えない!
尚もおっかなびっくり、まるで熱いものに触れる時の如く、ちょんちょんと指で突き、恐る恐る柄を握りしめる私。
そうしてチャキッと構えてみても、やっぱり消えないシュレディンガーくん。
「満足いただけましたか? ちなみに副作用等はありませんので、どうぞご安心下さい」
先手を打つようにそんなことを言うウェブデさん。どうやらすっかり『疑り深いプレイヤー』という印象を持たれてしまったようだ。否定は出来ないけど。
しかしそれならそれで、もう一つ確認しておくとしようか。
「勿論満足です。シュレディンガーくんが無事で本当に良かった。……ところで、この一七枠目って突然消えたりしませんよね? 時間制限があったりとかは?」
「そちらについても心配は無用です。拡張された枠は『死ぬまで有効』ですので」
「……へぇ」
それはもしかして、暗に「次の周回には持ち越せませんよ」とか言ってるのかな? ウェブデさん、やっぱりなかなか食えないやつである。
しかしまぁ、無事にチケットの効果が本物であるってことは実証された。なら、もう一枚のチケットをゼノワに使ってもらうべきか。
でも、恐いのはそれで不測の事態が生じた場合だ。何せゼノワって、精霊だし。
はっきり言って、装備枠拡張チケットを使用した時、どんな事が起きるとも想像がつかないのだ。
それならそれで、やっぱりこのチケット不良品じゃないか! といちゃもんを付けて、揺さぶりをかけることも出来るっちゃ出来るのだけど。
しかし運営側が、精霊って存在をどう扱うかが分からない以上、あまり下手なことはしないほうが良い気もする。
というわけで、もう一枚のチケットはこの場で使わず、お持ち帰りすることとしよう。勝手に決めてしまって、ゼノワには申し訳ない限りだけど。
元の装備へと換装し、リュックとチケットを回収したなら、モニターに背を向けぬようジリジリと扉の方へと後退していく私。
ウェブデさんの言うBANがどんなものかは不明なれど、手荒な手段を取られる前に、自ら退散である。それでいて迂闊に背は見せない。
万が一にでも背後からガッと襲いかかられては大変だからね。最後まで気を抜かないぞ、という意思を行動で示しているわけだ。
「それじゃ、そろそろお暇しますけど。次は大勢で押しかけるつもりなんで、覚悟しておいて下さい!」
「そうですか。何のお構いも出来ませんが……ああ、そうそう。それと最後に私からも一つ、お伝えしたいことがあるのですが」
「? まさかここに来て、『無事に帰すとでも思ったかバカめ!!』とか言い出すんじゃないでしょうね!?」
「ガウゥ!?」
警戒する私たちに、淡々とウェブデさんは言ったのだ。
「エンドコンテンツ解放後、魔王城跡地を調べてみると良いでしょう」
「……? それって、どういう……」
「【隠しダンジョン】についてのヒントですよ。ここで情報をお渡しするのも、私の役目なので」
「っ!!」




