第九七〇話 お前だったのか
突然渡された『装備枠拡張チケット』なる、垂涎の品。
勿論それが本当に、その名前にそぐう効果を示すものなのか、という部分は疑問なのだけど。
そこに関しては一旦後回しとして。私が先に問うたのは、どうしてこれを私たちに寄越すのか、というもの。
だってそうだ。理由に見当がつかない。
私は“通りすがりの冒険者”って名乗ったんだ。そんな相手に、装備枠拡張チケットだなんてとんでもないものを、どういった理由で渡すっていうんだろう?
よもやお近づきの印に、だなんてことはないだろう。喩えるなら、偶然訪ねてきた人に国宝級の品を差し出すようなものじゃないか。わけがわからないよ。
であるならば、このチケットはなにかの冗談だろうか? そう考えるのが普通で、自然なのだろうけれど。
しかしこの、摩訶不思議な迷宮、その中でもさらに特殊な場所で、よもやそんな虚偽が飛び出すとも考え難い。
もしや試されているのだろうか? これも試練の一部? 隠し試練? そう考えると、まぁ理解できないでもない。
でも、メッセージウィンドウでのルール説明もなしに、一体何の試練だっていうのか……。
「特典です」
「……はい?」
「あなた達はこの場所を、延いては私を、早期に発見しました。こちらのチケットは、条件達成に際して発生する報酬であると捉えていただければ宜しいかと」
「条件達成……まるでゲームのようなことを言うんですね」
「プレイヤーであるあなたにとっては、好ましい趣向だったのでは?」
「っ……!」
やっぱりだ。この謎の声……仮にモニターさんとでもしておこうか。このモニターさん、少なくとも『プレイヤー』について知っているらしい。
私の知らない情報だって、少なからず持ってる可能性が高いように思う。言葉の端々で匂わせてくるもの。
でも、どうする。何を、どんなふうに訊いたら良い? いきなり「知ってることを全部話せ!」とか言って、それで求めている情報が得られるの?
っていうか、私は具体的にどんな情報を求めてるっていうんだろう。思いがけず生じた重要人物(?)と思しき存在との邂逅に、パッと適切な質問が出てこない。
ええい、とにかく会話を繋がなくちゃ。
「……その『早期』っていうのはどういう意味なんです? その口ぶりじゃ、後からでもこの場所に来れたって言ってるようじゃないですか」
「ええ、そのとおりです。エンドコンテンツ解放後、この迷宮は『特殊ダンジョン』として開放されます。リニューアルオープンですね。よってこの隠し部屋へも、後になって訪れることは可能でした」
「な……」
「それを待たずして、迷宮の状態でこの隠し部屋を見つけ、訪れた。だからあなた方には『早期発見特典』を差し上げる、というわけです」
この迷宮って、リニューアルオープンするんだ……っていうのはまぁ、今はいいとして。
いよいよ気になってきたのは、そもそもこのモニターさんって何者なのかということ。
どうしてこの迷宮が、特殊ダンジョンに生まれ変わるだなんて情報を持っているのか。
プレイヤーのことも知っていたし、第二の試練で私たちがチケットを得たという情報だって有していた。
どう考えても、知り過ぎである。であるならば、この迷宮と深く関わりのある存在だと睨むのが当然。
「モニターさん」
「モニターさん……? ああ、私のことですか?」
「モニターの姿をしてるからモニターさんです。それともあなたは、モニターの向こう側に居るんですか?」
「その点はご想像にお任せしますよ」
「……そう言えば、自己紹介がまだでしたね。私はミコト、こっちはゼノワ。冒険者をしています」
「グラ」
「モニターさん、あなたは……一体何者なんです? 出来ればなるべく詳しくお訊きしたい。お名前は? 年齢はお幾つですか? 性別も気になりますね。そういえばこの場所に『住所』って概念はあるんですか? あ、好き嫌いとかあります? ご趣味や休日の過ごし方、あと好きなゲームタイトルも教えてほしいです!」
「…………」
問うた。何せ謎の塊が如き相手への問いかけだ。正直、勢い任せに節操なく質問を重ねすぎた感はある。
結果、ちょっと引かれたかも知れない。黙ってしまったモニターさん。沈黙が痛い。
なるべく情報を引き出そうと欲を出したのが良くなかったのか、気まずい空気が流れる。やらかしてしまったか……?
しかしながら、モニターさんのその反応からして、個人情報を明かすのに、幾らか抵抗を感じている可能性が浮上した。
この世界に於いて個人情報っていうのは、前世ほどには重要視されていない。
そりゃ勿論、誰も彼もが口が軽いってわけじゃないけどさ。それでも前世ほど悪用を恐れるような世界ではないっていうのは確かだ。
何故なら、悪用するにもそこに掛かるコストやリスクが大きすぎるから。
町から町を移動するのですら、時間もお金も掛かるし、危険に身を晒さなくちゃならない。
まして犯罪行為を行えば、下手をすると刃物で斬られたり魔法で大怪我を負わされたり、なんてことが割とよくある世界だもの。
だから悪党は、個人情報をちょろまかすだなんて、そんな細々としたことはあんまりやらないのだと思う。
もちろん私も、得た情報で悪さをしようってんじゃない。モニターさんだってそのくらい、察しはついているんじゃなかろうか。
とどのつまり、なにか特別な事情でもなければ、情報を出し渋る理由なんてそうあるものじゃない。そのはずだ。
だっていうのに、モニターさんは私の質問に困惑してみせた。今も沈黙は続き、返答はまだ無い。
理由があるはずだ。すぐに返答してこない理由が。
単純に、私の態度に機嫌損ねた、とか。或いはやはり、私が得た情報で悪さをしないかと警戒している、みたいな。そういう可能性も無くはないだろうけれど。
しかしそれよりは、開示していい情報を、何らかの基準に則り選んでいる、と考えたほうが自然なように思える。
沈黙の裏で、一体何を考えてるっていうんだろう。
じっとモニターさんの反応を観察する私。……やっぱり、単にへそを曲げられただけだったりして。
だとしたら、ごめんなさいしておくべき? 気まずさに耐えかね、堪らず口を開きかける私。
するとその時だ。目の前の真っ暗なモニターが、いよいよ声を返してきたのだ。
「……私の名はウェブデ。この迷宮の管理人にして、高位のNPCです。その他の質問にはお答えできません」
モニターさん改め、ウェブデさん。迷宮の管理人……なるほど。しかもNPC。なるほどなるほど。高位の……そういえば以前出会ったNPCらしき存在は、決まったセリフしか言わなかったっけ。
つまり高位のNPCは普通に会話が可能である、と。だからこそ迷宮の管理人なんて任されている……。
うん……。色々と驚愕するべき情報とか、ツッコミたいところとか、訊きたいことはあるけどさ。それを取り敢えずグッと呑み込んで。
先ずそもそも、誰が? 誰がウェブデさんに迷宮の管理人だなんて役目を負わせたの? と言うかNPCっていうんなら、それを作った存在が居るってことだよね……?
そりゃ、そもそもダンジョンだとかステータスやスキルだとか、自然発生するとはとても考えられないものがこの世界にはたくさんあるけどさ。
ウェブデさんが迷宮の管理人だって言うんなら、この迷宮を作った存在も何処かに居るってことなんじゃないだろうか。
そしてそれは、もしかするとこの世界の『不自然』にも関わっていたり……。
ダメだ……真実に迫っている気はするのに、じゃんじゃん謎が増えていく。考えるべきことが多すぎて、私の許容量を越えてるんですけど。
いっその事このウェブデさん、拉致って帰ったらどうだろう? そうしたら皆と腰を据えて、ゆっくり話が出来る気がする。
よし、ちょっと訊いてみようか。
「ウェブデさんのこと、その……拉致して帰ったりとかしちゃダメですかね?」
「え、ダメですけど」
「ダメなんですか……? どうしても?」
「グラー?」
「困りますね」
「そうですか。残念です」
「グルー」
ダメだった。案外良い考えだと思ったのに。どうせこんな、めったに人なんて来なさそうな迷宮の管理だなんて、暇を持て余してそうなものだけど。
とは言え、流石にこんな得体の知れない相手に対して、力ずくというのは憚られる。普通に返り討ちにされる可能性が高い気もするもの。
マイ◯ラで言うと、クリエイティブモードの相手に、サバイバルモードで殴り掛かるようなものなんじゃなかろうか。
とどのつまり、そう。このウェブデなる存在は、『運営』側に位置していると捉えるべき相手だって話だ。
って考えると、なんか……私今、やばい存在と言葉を交わしているのでは……?
「……えーと、特殊ダンジョンにリニューアルしたら、またウェブデさんとお話できますか?」
「ええ。この隠し部屋を訪問してくだされば、何時でも」
「回数制限は?」
「ありません。ただ、隠し部屋ですからね。簡単に見つけられては面目が立ちません。ですので、ここを何方かが訪れる度、扉の場所は変更されるものとご理解下さい」
なんと……素晴らしい遊び心である。訪れる度に探し回るだなんて、面倒くさいと思わないでもないけども。
しかしながら再訪問が可能だっていうのは朗報だ。無理に今、何でもかんでも情報を引き出して帰らなくちゃならない、ってわけじゃないらしい。
それならば一安心ではある。ただまぁ、ウェブデさんの話を信じるのであれば、この迷宮が特殊ダンジョンとしてオープンするのは、エンドコンテンツ解放後。
つまり、特殊ダンジョンの攻略難度も相応に高い可能性が考えられる。再訪問も容易なことではないかも知れない。
であれば、やはり今、可能な限り有益な情報を持ち帰るべき、という点に変わりはないか。
ならば一つ、差し当たってこれだけは訊いておかなくちゃならないだろう。
「……『エンドコンテンツの開放』って言いますけど、それを実行するに当たって、どういった事が起こるんでしょう? まさか大厄災のような事が起こったりしませんよね……?」
かねてより問題に挙がっていた、エンドコンテンツをアクティベートすることによって生じる、世界への影響について。
槍の骸は杞憂だと言ったけれど、ウェブデさんから何か情報が引き出せるのなら、それに越したことはないだろう。
返答如何によっては、たとえ篩の迷宮を攻略したとて、その後エンドコンテンツにまでは手を出さずにおく、なんて選択肢もあり得るのだから。
果たして、ウェブデさんの返答はと言うと。
「その点に関しては、どうかご安心を。当モノリスよりアクティベート出来るエンドコンテンツは『虚ろなる塔』。迷宮を踏破した者にのみ出入りの可能な、これも謂わば特殊ダンジョンの一種です。無関係な者にとっては、毒にも薬にもなりませんよ」
「その塔って、何処に出現するんです?」
「さて。それはアクティベートしてみてのお楽しみ、というところでしょうか」
「ぐぬぬ」
「グルゥ」
肝心な部分をぼかされてしまった。その後も角度を変えて、虚ろなる塔について質問してみるも、のらりくらりと躱されて。終いには「その質問にはお答えできません」である。
とは言え、「無関係な者にとっては毒にも薬にもならない」という言質が得られたことは大きい。
これならば心置きなくエンドコンテンツをアクティベートすることが出来そうだ。
そんな具合に話題が一区切りつき。他にウェブデさんから引き出せそうな有益な情報はないかと思案する私。
訊きたいことは数あれど、より有益な質問となるとなかなか難しいところだけど……そうだね。
ここは敢えて、直球を放り込んでみても良いのかも知れない。
「ところでウェブデさんは、私のことを何処まで知ってるんですか?」
具体性には欠ける、漠然とした質問。けれど、訊かないわけには行かないだろう。
迷宮の管理人さんとやらは、一体私の情報を何処まで把握しているというのか。
そして、私が欲する情報を有しているのか否か。
少なくとも現状、私が『プレイヤー』であることと、恐らく私が『異なる世界からやってきた』ってことくらいは把握しているような気がする。
何せ、これみよがしにモニターだのゲーミングチェアだの、この世界には存在しないはずのものを出現させてみせたんだから。
あ、それで言うと“私の知らないゲーミングチェア”って点もポイントか。
もしも私の記憶から読み取って再現しただけ、って場合、今座っているこの椅子は、私が生前愛用していたものと同一のデザインをしている可能性が高いはず。
だって言うのにこのゲーミングチェアは、私が愛用していたものとは異なっており。それはつまり、私の記憶を読み取って再現したのとは異なる、別ルートから情報をインプットした可能性が高いってことじゃなかろうか。
「ウェブデさんが何処から知識を仕入れているのか、って点も気になりますね。教えてもらえますか?」
軽く身を乗り出して問い掛けてみる。ゼノワも加勢するようにガウガウ言っている。
対し、目の前のモニターはと言うと。
「それらの質問には、一部にのみお答えできます」
「一部?」
「あなたがプレイヤーであること。迷宮へ転送する際にそれと把握したこと。以上が私の有する情報です」
「……他には?」
「お答えできません」
「…………」
秘匿。黙秘。情報はあれど、答える気がない。むしろ隠す気がありますってわけだ。
つまり、この迷宮ないし“運営”は、私に隠したい情報があるってこと。
それは私自身の手で解き明かすべきという方針から来るものなのか、はたまた私に知られると何か不都合なことでもあるのか。
何れにしたところで、一応ヒントにはなったか。微々たるものではあったけど。
っていうか、「お答えできません」ってズルいよね。無理に情報を吐かせようにも、危険度が未知数ってんだから迂闊な真似も出来ないし。
ウェブデさん、なかなか食えない存在である。
……ところで、気のせいだろうか。その『ウェブデ』って名前、私にはどうにも聞き覚えがあるような気がするのだけど。
ウェブデ……ウェブデ……なんだったっけ? 確か、そう……。
詳しく……ウェブデ……。
ウェブデ……クワシク……。
クワシクハ……ウェブデ……!!




