第九六九話 画面と邂逅
「はて? ツルとやらを助けた覚えはありませんが」
でしょうね! そうでしょうね! 口から出任せとは正にこのことか。とっさに出た言葉とは言え、あまりに頓珍漢なことを言ってしまった。
内心で猛省しながらも、しかし一発酷いやらかしをぶっ込んだおかげで、少しだけ気持ちに余裕が生まれ。
私は些か大袈裟に「ん゛んっ!」と喉の具合を整えると、何食わぬ顔でリスタートを図ったのである。
「私は今、先日助けていただいた鶴だと言いましたが。それは嘘です。私は鶴ではない」
「はぁ……でしたらどちら様でしょう?」
「通りすがりの冒険者です。探索中、怪しげな扉を見つけたのでノックしてみました。思いがけず返事があったもので、動転して変なことを口走ってしまいました」
変にまともぶるからおかしな事になるんだ。ここはありのまま、事情を話してしまったほうが良いだろう。
そりゃ、自分の家? 部屋? の扉を怪しげだなんて言われて、家主さんだかなんだかにしてみたら良い気はしないだろうけども。
でも、目の前に突然現れる扉を、怪しいと言わずしてなんて言うのか……って、いや待って。
そもそもの話、こんなところに扉があることも変だし、返事が返ってくること自体、普通はあり得ない事なんだ。
だっていうのに、自分の不審さなんて気にしてる場合じゃないだろう。日常的に仮面つけて生活してるんだから、いい加減不審者呼ばわりくらい屁でもないってなものだ。開き直っていこう。
「差し支えなければお話を伺いたいのですけれど、少々お時間いただけませんか?」
「ええ、構いませんよ。でしたら扉越しもなんですし、中へどうぞ」
「へ」
思いがけず促され、思わずゼノワと顔を見合わせる私。
そこでハッとし、慌ててゼノワも一緒でいいかとお伺いを立ててみたなら、返事はあっさりと快いもので。
安心三割警戒七割。およそそんな心持ちにて、徐にレバー式のドアノブへと手をかける。内開きの扉が音もなくスムーズに開いた。
こんな怪しげな場所にある扉の、その向こう側だ。さぞ不思議な空間が広がっているのではないか。或いは、とんでもなく生活臭漂う庶民派な部屋になってやしないか、なんて。
そんなことを思いながら扉の向こうを覗き込んだ私とゼノワ。結果として目にしたのは……。
真っ白な部屋だった。なんか、見覚えのある感じ。広さは不明。何故なら何もかもが真っ白だから。何処が空間の隅っこかも分からない……ばかりか、そもそもここが四角い空間なのか、それとも丸いのか、そういったことすらよく分からない。
そんな真っ白の中に、ぽつんと黒い物体が一つだけ。極端なコントラストにより嫌でも目を引くそれは、しかし。
どうしてそんな物が……? という疑問からも、私の目を釘付けにしたのである。
モニターだった。それもよく見知った、デスクトップPCに用いるような、液晶モニターのように見受けられる。
一見すると、宙に浮いているように見えるそれ。けど、白くて見づらいだけで、目を凝らしたならモニター下にテーブルらしきものがあるような、無いような……。
そうさ、この空間には影の一つも存在しないのだ。だから輪郭の一つも分かりやしない。
目を丸くしながら、恐る恐る入室しようとして……背中のブースターが入り口に引っかかることに気づく。
少し考え、結果換装にて装備を切り替えて、扉の向こうへと足を踏み入れた。その後すぐに再換装だ。
モニターと自分たち以外、全てが真っ白な空間。ふと思いつき、己の手を見てみる。
……影はちゃんとあった。ゼノワにだってそう。指を曲げたなら、その付け根にきちんと影は生じるのだ。
だけど、この空間に存在する床やオブジェクトには、そうした影が出来ないようになっているらしい。
自身の足元を見ても、私の落とす影は白に塗りつぶされ、何処にも黒は疎か、灰色すらありはしない。どうなっているのやら……。
白い空間改め、影のない部屋とでも呼ぶべきか。
まぁ、そんな事はどうでもいい。問題なのは、そう。
周囲を一通り見回してみても、先程私と言葉を交わしたと思しき声の主が、何処にも見当たらないのである。
一体これはどういうことなのだろうかと、理解が追いつかず首を傾げていると。
「ようこそ、プレイヤー。まずはこちらへお掛け下さい」
「!」
唐突に、ツッコミどころを畳み掛けてくる謎の声。
先ず、私のことを今『プレイヤー』って呼んだよね? なぜ知っているのか……試練への挑戦に当たり、何所かのタイミングでステータスを覗かれたのだろうか。はたまた、たった今調べたのかも知れない。
そして、そんなことを言う声はっていうと、どうにもあの真っ黒なモニターから発せられたように聞こえたのだけど。
そんなモニターの前には、いつの間にやらぽつんと、椅子が一脚用意されているじゃないか。……それも、ゲーミングチェアが。
なんか、想定外の事態ばかりで理解も反応も追いつかないんですけど……。
でも、思考停止は敵。取り敢えず言葉の通じる相手がそこに居ることは間違いないんだ。
なれば、手当たり次第に探りを入れて、情報を引き出していくのがベターだろう。
「ええと……この、ゲーミングチェアに座っていいんですか?」
「ええ。どうぞ遠慮なく。そちらの小さなドラゴンさんには……」
「ガウラ!」
私の頭の上に腰を下ろすゼノワ。不要だと一鳴きしたなら、どうやら意図は通じたらしく。
席の代わりというわけでもないのだろうけれど、次いでテーブル上にお茶菓子が出現し、あれよあれよとおもてなしセットが完成してしまった。
ただし、同じ天板の上にはモニターが乗っかっており、ゲーミングチェアとなかなか近い距離で向かい合っているわけだけれど。
これまた最強装備やリュックが障害となって、このままでは座れそうにない。仕方なくリュックを床に降ろし、装備も通常のものに換装。
そうして椅子に腰を下ろしたなら、気分はさながらデスクトップPCに向かっているようで、正直心がざわざわして仕方がない。
が、これみよがしに私の知っているアレコレを、見せつけるように取り出してくる辺り、一種の精神攻撃だと判断するべきだろうか。乱されては相手の思うつぼ。
軽く頭を振って、モニターへと向き直る。謎の声はやはり、このモニターから聴こえてくるのだから、これの向こうに誰か居るのかもしれない。
或いはそのまんま、通信の類いなんかじゃなく、声の主がモニターの姿をしているのか……多種多様なモンスターを思えば、あり得ないとも言い切れないところが何とも。
なんて、あれこれ思考を巡らせていると、先に口を開いたのは相手の方だった。
「さて、お話をする前に一つ、あなた方にお渡ししたい物があるのですが」
「? ……もしや、『鉛玉をプレゼントだぁ!』とか言って、戦闘に突入したり、なんてことは……」
「ご安心下さい。私に戦闘の意思はありませんよ。尤も、そちらから襲い掛かってくるようであれば、自衛はさせていただきますが」
「め、滅相もない。平和が一番。安全大好きー!」
「グラグラー!」
ああ、なんだろうか。主導権を握られている感じが、どうにも気持ち悪い。
初手からして「どちら様でしょう?」なんて言っておいて、どうやら私たちのことは知っているふうじゃないか。
情報戦に於ける圧倒的不利。このままぼんやりしていては、手玉に取られて終わりって気がする。
私は何に注意すれば良い? 戦闘の意思は無いと、相手は言う。でもそれは、こちらを害するつもりが無いってこととイコールではないだろう。何かしら騙し討ちが潜んでいるかも知れない。
出されたものに手をつけないっていうのは、正直強い忌避感があるのだけど、自衛のためとあらば仕方がない。
お茶菓子を一瞥する。ほんわか立ち昇る湯気に乗せて、上品な紅茶の香りが漂ってくる。
お菓子の方は、ふんだんに生クリームをあしらったイチゴのショートケーキか。う、お腹が鳴りそう。涎が垂れそう。
食に頓着しない私をこうも揺さぶるとは、やはり油断するわけには行かないみたいだ。
仮面の下でぐっと口元を引き結び、キリッと眉に力を入れたなら、視線を正面の真っ黒で真っ暗なモニターへと戻す。
気になるのは彼、或いは彼女の言う『お渡ししたい物』とやらが何なのかという点。
物騒なものでなければ良いのだけど、正直これほど“何が出てきても不思議じゃない”って警戒するシチュエーションも稀だろう。
一体何が飛び出すものかと、密かに身構える私とゼノワ。
そんなこちらの様子など気にした素振りすらなく、私の手元、テーブルの上にパッと現れたのは……チケットらしき二枚の紙切れだった。
「……これは?」
率直に問いかける私に対し、返答はスラスラとしたもので。
「技の試練、終盤であなたは『スキル枠拡張チケット』を見つけましたよね? それと似たようなものです」
「「!」」
言われ、改めてチケットに視線を落とし確認してみる。
するとそこには、驚くべき文言が記されていたのだ。
「『装備枠拡張チケット』……!?」
思わず声に出して読み上げたなら、直ぐ様謎の声は補足を述べてくる。
「ご存知の通り、装備品というのは最大一六個まで身につけることが出来ます。しかしそのチケットを用いますと、装備可能な個数を増やすことが出来るわけです。一枚につき一枠。二名分としまして、二枚差し上げます」
耳を疑うというのは、きっとこういう事を言うんだろう。声の告げた内容が衝撃的で、上手く咀嚼できない私。
いや、勿論意味は分かっている。けれど、それをどう受け止めるべきかが分からないのだ。
疑って掛かるべき、とは思う。鵜呑みにするべきではない。何せ得体の知れない相手の言葉だ、根拠もへったくれもないだろう。
そもそもの話、どういうつもりで相手はこれを出してきた?
っていうか、この声の主は一体何を何処まで知っている?
訊きたいことは山ほどあって、だけど何から質問して良いかすら判然としない、一種の飽和状態。
そこに追加するよう、疑問をポンポン生み出してくる相手に、はっきり言って私は圧倒されているのだろう。
整理して考えるには、時間が要る。
だけどこうしてこの場に、いつまで留まれるとも知れず。質問の機会が無限にあるとも思えない。
なんなら相手が嘘やデタラメを言う可能性だって否定出来ないんだ。
でも、予感はある。これはきっと、『ミコトの謎』に迫るための大きなチャンスに他ならない。無駄にしたくない。
だからこそ、私はどうするべきなのだろうかと迷う。悩む。決めあぐねる。
危うくフリーズしそうになる頭を必死に回し続け、私は一先ず問いを投げた。
「どうしてこれを、私たちに……?」




