第九六八話 ノックは四回
闘技場で見つけた、隠しルートらしき通路。
ゼノワとともに踏み込んでみたなら、そこには何処まで続くとも知れない真っ黒な空間が広がっており。
即席で作ったレーザー照射装置の光を道標とし、高機動型最強装備にてひたすら真っすぐ進み続けること、体感でおよそ三分。
距離にしてどのくらい飛んだかも分からず、途中レーザーの光がぼやけてきたため、中継機にて補強しつつ。
そうして飛び続けた結果、唐突に。そう、不意を突くかの如く唐突に、それは私たちの目の前に現れたのだ。
我ながら、自身の反応速度ってものを高く評価してあげたい。
真っ黒な空間に於いて、私は己がどの程度の速度を出しているのか、正直上手く自覚することの出来ないまま、ひたすら飛び続けてきたわけだ。
恐るべきはこの、高機動型最強装備の発揮するスピードである。
あわや、目の前に現れたそれに対して、無防備に激突をかますところだった。大事故間違いなしだ。
しかしながら、結果そうはならなかった。
障害物を認識した瞬間、反射的に回避運動を行った私とゼノワ。弾かれるように軌道を直角に曲げ、見事衝突を避けたのだ。
まぁそりゃさ、月日を納刀した最強装備(黒)の防御力をもってすれば、何かに衝突した程度で大怪我をする、だなんて事にはならないだろうけども。
よしんば大怪我を負ったところで、あっという間に修復しただろうけども。
だとしても、気分は交通事故をギリギリで回避したような、九死に一生を得た感じのそれ。心臓バクバクである。
「このやろう! 急に飛び出してくるやつがありますか! どこに目ぇつけてるんだバカやろう!!」
「グラグラガウラァ!」
ゼノワと二人して怒鳴りつけつつ、改めて私たちの行く手を遮ったそれに視線をやる。
そこで、気づいた。
この真っ黒な世界に於いて、あたかもぽつんと取り残されたかの如き、唯一真っ白な物体。板状のそれ。
一瞬、すわモノリスかと身構える私たちではあった。無理もない。だってそこには、強烈な既視感があったから。
白のモノリスもまた、真っ黒っていうか真っ暗な空間の中にぽつんと置かれた、異質なるオブジェクトだった。
私たちの視線を集めるそれは、まさにそんな白のモノリスを彷彿とさせたのだ。けれど、よくよく見てみたなら、違う。
それは石碑のようなものではなく、扉だった。ノブから何から真っ白な、一枚の扉。
扉だけ。壁は無く、建物も無く。依然として真っ黒の空間が茫漠としているだけ。
偶にこういうダンジョンの入口が存在する。さながらどこ◯もドアのように、扉を潜ったら全く別の場所に出るっていうタイプのあれ。
この扉もきっと、そういった類いの物なのだろうと予想する。けれど、現時点では確証も確信もなく。
ちらりと視線を交わす私とゼノワ。どちらからともなく扉に近づいては、しかし一定の距離を保ってストップ。
訝しがりながら、扉の周りをぐるりと回って、しげしげと観察してみる。
「見た感じ、白いだけのただの扉みたいだけど。これを開いて入りなさいってこと……だよね? めちゃくちゃ怪しいけども」
「グルゥ」
こういうの、私苦手なんだよね。ついいろいろ考えてしまう。懸念が次から次に湧いてくるんだ。
トラップを疑うのは当たり前。触れたり、開こうとした瞬間凶悪な罠が作動して、突然襲い掛かってくるんじゃないかとか。
或いはオブジェクトではなく、モンスターか何かなんじゃないか、なんて考えも過るし。
そもそも実体があるのかすら、こうして観察しただけじゃ断言できない。リアルな幻って可能性もある。
あとは、そうだね……本当に見たまんまの役割を持つオブジェクトなのか、という疑い。
例えばワープポータル。現在存在しているワープポータルって、大体『白い碑石』っていう色も形も同じに出来ているものなのだけど。
考えてみたらそれ自体不思議な話で、もしかしたら何者かが、『ワープポータルってこういう色と形のものなんですよ』って印象付けようとしている可能性も捨てきれないって思うんだ。陰謀論めいていて、流石に眉唾ものだけどさ。
だからこの扉も、見た目は扉だけど実はワープポータルで、触れた瞬間強制転移発動! みたいな仕組みが施されていたり……とか。
そんな具合に、いろんな可能性が頭の中で竜巻のようにぐるぐる回り、途方に暮れそうになる。
スイレンさんに言わせれば、「ミコトさんはある意味、私以上のビビリです~」とのこと。否定できない。心配性なのかも知れない。
けど、それだけあれこれと懸念を捻り出せるっていうのは、逆に言うと私の強みだとも思うんだ。
思考停止せず、湧いてきた懸念を一個ずつ整理し、可能性を潰すために実験や検証をする。
そうやって私はこれまで、事前に安全を確保して立ち回ってきたし、こういうムーブだからこそ気づけたこともたくさんある。
であるならば、今回も最善を尽くすのみだ。面倒だとは思うけどね。
「取り敢えず、罠感知系のスキルは反応してない。スキル非対応の罠が仕掛けられていないとは言い切れないものの、可能性は低いだろうね……」
「ガウ」
「扉ではなくモンスターとか、何かしらの生き物が擬態しているって可能性は……気配を探る限り考え難そう。試しに念力で動かしてみれば分かるかな?」
カミカゼの力を借り、念力を発動。扉が動くかどうか、ちょっと試してみる。もし動いたら、何かが擬態している可能性が高い。
何故なら、ドアって通路の出入り口に設置するもので、動かせるようなものではないからね。
とは言え、魔道具の類いならばその限りではないため、可能性を幾らか絞る程度の意味合いしか無いのだけど。
して、気になる結果はと言うと……扉は動かなかった。
もしや独立した存在ではないのでは? 例えば、足元に本体が埋まっていて、この扉は得物を引き寄せるための疑似餌、みたいな。
うぅ、恐ろしい話である。足元にも注意が必要だ。何が潜んでいないとも言い切れないからね。
試しに透視スキルや暗視スキルなどを駆使して、足元を確認してみる。
……黒一色で何も見えない。モンスターの気配も特に無いし、杞憂と判断して良いのだろう。
念を入れるのなら、足元にトッツォくんの一つも撃ち込んでみたいところだけど、地魔法で地下に穴をボコボコと拵える程度で我慢しておく。
やはりモンスターは居ないみたいだった。では次。
──……と言った具合に、あれこれと思案しては検証を行い、扉に対する安全を可能な限り確かめていく。
それでもまぁ、絶対にどうとは言えないけど、リスクは見る見るうちに下がっていったと思う。私の中ではね。
ゼノワは、そんな私に呆れるでもなく、寧ろ「命大事にを実践しようとしてて偉い」と、温かい目で見守ってくれていた。
「というわけで、この扉は恐らく、余計なことをしない限りは安全なものである可能性が高い、っていうのが私の見解なんだけど、ゼノワはどう思う?」
「グラー」
「軽いな! 返事が軽いよゼノワ! そりゃゼノワにとっては、たとえトラップだろうとなんだろうと大した脅威にはならないだろうけどさ!」
苦労して出した私の結論を、「いいんじゃないかな」の一言で軽く処理するゼノワ。ル◯フェルかな!?
とは言え、精霊である彼女から見て、もし何か危険なギミックなり何なりが見えていたなら、きっと知らせてくれるはずだからね。
ゼノワから見ても、危険はないと判断したって受け取っておくのが良いのだろう。
で、あるならば、満を持して扉へと歩み寄り対峙する私たち。
「それじゃ、いよいよ扉を開くわけだけど……扉ってことは、この向こうが誰かの住まいだって可能性もあるんだよね。なら、相応に礼儀を払う必要があるわけだ。お土産は菓子折りで大丈夫かな? こんな事もあろうかと、ストレージに入れておいて正解だったよ」
グランリィスで調達した、フゥちゃんおすすめのお店にて買い溜めておいた菓子折り。
それをストレージより手元に取り出すと、準備はオーケー。深呼吸で緊張を散らし、スッと手の甲を構えて、扉へ打ち付ける。
コンコンコンコン。
「ごめんくださーい。どなたかいらっしゃいますかー?」
「ガウガウラー?」
と、そこまでやって、ふと気づく。
これでもし、誰か出てきたらどうするんだろう?
何用で訪ねてきたのかと問われて、私は何と返すべき? 何と返したら筋が通る?
怪しげな扉があったので……って、怪しいのは寧ろ私のほうじゃないか! なんだその、扉があったら取り敢えず入ってみるRPG主人公のようなムーブは! ゲーム脳って言われても反論できないぞこれ!
前から不思議だったんだ。RPGの主人公って、当たり前のように色んな人に話しかけるけどさ、具体的に“はなす”ってコマンド、実際にはどんなふうに声かけてるのか不明なんだもん! コミュ力お化けかな!? 私にはちょっと真似できないんですけど!
仕方ない、ここは「道に迷っちゃいましてー」って感じのほんわかトークデッキで勝負だ! れっつデュエル!
などと、内心で今更のパニックを引き起こす私を余所に、事態は動き。
希望的観測はあったんだ。一応ノックはするし、ごめんくださいって声もかけてはみるけど、よもや誰かが「はいはいどちら様ー?」なんて出てくる確率が一体どれほどあるものかと。
こんな得体の知れない場所に、言葉の通じる相手がいるはずなんて無いじゃない。普通に考えたらそうじゃんね。
だから、私の懸念してることなんて杞憂。返事なんて無いのが当たり前。
そんな風に、大慌てする頭の中を頑張って鎮めようとしていたのだけど。
「はい、どちら様でしょう?」
果たしてそれは、扉の奥から聞こえた声であり。女性のものにしては低く、男性のものにしては高い、絶妙な響きだった。
ビクリと、反射的に肩が跳ねる私とゼノワ。聴こえてくるはずのない返事に、驚きは大きい。
思いがけない事態。いや、想定はしていたけれどさ。そういう意味じゃ、思いがけた事態だけどもさ。
一気に脳内も胸中も大荒れ。サッと血の気の引くような感覚すら覚え、条件反射的に声を返そうとするも、喉につっかえて上手く言葉が出てこない。
それでも、なにか言わなくちゃと必死で思考を回転させ、空転させ。
そうして、やっとこさ出てきた言葉が。
「せ……先日助けていただいた鶴です……」
今日から不審者名乗ります。
誤字報告助かります!
適用させていただいております!




