第九六七話 隠しルート
闘技場、正面入口から入り、およそ真っすぐ進んだ先。
空っぽの受付カウンターがあり、それを通り過ぎたなら、地下へ伸びる怪しげな階段が存在していた。
光源がないため、あたかも暗闇へ続くような下り階段を、光魔法の照明で照らしながら降り切り、道なりに歩んでいく。
石造りの硬質な床に足音を響かせ、黙々と歩むこと暫し。分かれ道。もしかしてこの分岐も、何かのフラグを立てるのに一役買っているのだろうか?
なんて幾らか訝しみながらも、それは考えたとて詮無いこと。
気まぐれに左の道を選び、奥へ。そうして歩み続けていたならば、先程分岐した道が合流。
T字路状に、奥へと伸びる道が一本。目的地は目と鼻の先……と言うよりは、この時点で既に以前との違いを見つける私。
通路の奥に視線をやってみれば、広がっているのは暗闇ばかり。
以前は、そうではなかった。
「見て、ゼノワ。この奥の部屋、前はガチャ筐体の照明でそれなりに明るかったのに、今はそれが無い。真っ暗だ」
「ガウ……!」
予想していたこととは言え、ドキンと心臓が高鳴る。強烈な好奇心と、幾ばくかの不安、恐怖が胸中で渦を巻いた。
思い返すのは技の試練の時のこと。この通路の奥には、小さく開けた空間が設けられており、そこにはボスガチャの筐体が設置されていたのだ。
しかし、問題なのはその筐体が置かれていた位置だ。
それはあたかも、奥へ続く通路を塞ぐように、通せんぼでもするように。
さもそれ自体が最重要なオブジェクトであって、この奥には何もありませんよと。その様に主張せんばかりの配置。怪しいとは思っていたんだ。
正直に言うと、技の試練のボスであるヴァルキリーナイト撃破後、本当ならここを再度訪れておくべきだったと。後になって思い至り、少しモヤモヤしたりもした。
そんな心残りのあるこのフロアを、再度探索する機会が与えられたっていうんだ。そりゃ、高い確率で何かあるだろうと。
空から闘技場を目の当たりにして、その様にピンときた私。
まぁ……体の試練が大変で、件のモヤモヤもすっかり失念しており。ピンと来るまで時間がかかったのは、我ながら抜けていた部分だと認めざるを得ないのだけど。
抜けていたと言えば、結局まだ【超必殺技ゲージ】も試せてないし……空の上で実験しておけばよかった!
と、それはさておき。筐体の灯りが仄かに空間を照らしていた以前と違って、通路の向こうにあるのは真っ暗闇。不気味である。
もしかすると、モンスターだとか、得体の知れない何かが待ち構えている可能性も無いわけじゃない。
暗視や透視などのスキルを用いて、通路の先を確認してみるも、見て取れるのはやはり、件の筐体が存在しないという事実。
そして、思った通り奥へと伸びている通路の存在ばかり。
ゼノワと一度顔を見合わせ、意を決したなら、いよいよ奥へと踏み込んでいく私たち。
ガチャ筐体の置かれていた、今では何もない空間で一度足を止め、ぐるりと見回してみる。
すると入り口脇に、第一の課題の場所を示す、フリーペーパーの如き地図を発見。これは退かされるでもなく、置きっぱなしのようだ。
一枚手にとって、念のためにと内容を確認してみる。やっぱり以前見たものと変わらない地図だった。
他にはこれと言って目立ったものもなく。部屋の隅にガチャ筐体が移動させられていただとか、そんなこともなかった。
あるのはただ、目の前に伸びる一本道のみ。一体何所に通じているというのか。
普通に考えたなら、多分闘技場の舞台へ通じていると思うのだけど。もしそうだとすると、隠しボスとの戦闘、なんて展開も考えられるか。
「ゼノワ、もしかすると戦闘になるかも知れない。準備はいい?」
問い掛けてみると、彼女は私のリュックから果物もどきを取り出し、いそいそと頬張った。精霊力を満タンにしておこうというのだろう。
かくいう私自身はと言えば、今のうちに最強装備へ換装を済ませたいところではあるのだけど。
しかしながら、この先に続く道はガチャ筐体で防げる程度の幅しか無い。およそ自販機一つ分って言ったほうが分かりやすいだろうか。
よって、最強装備を身につけると、普通につっかえそうなのだ。換装は後回しである。
通路の奥に見えるのは、真っ暗闇。光を向けてみても、暗視スキルで見通そうと試みても、どういうわけだか暗闇しか認めることの出来ない不可思議な空間。
本当に踏み込んで大丈夫なのかと、恐れる気持ちは確かに強く。目標に掲げた『命大事に!』を全うするのならば、引き返すという選択こそが正解なんだと思う。触らぬ神に祟りなしってやつだ。
けれど、そもそも論で言うなら、わざわざ篩の迷宮にまで私たちは何をしに来たのだという話。
本当に命を大事にしたいのならば、そもそも白のモノリスだなんて怪しいものに関わらなければいいのだ。
まったりのんびり、無理をせずともクリアできるような依頼を受けて、冒険者として安全に過ごすって選択肢もあったのだから。
何なら、溜め込んだアイテムを売りさばいて過ごせば、一生遊んで暮らせたかもしれない。
だっていうのに、私も皆もそんな道には目もくれず、ここへやって来た。
何のためか?
ミコトっていう、へんてこな存在を解き明かすためだ。未知へ引き寄せられるのは、冒険者の性なのかも知れない。
そして今、私たちの目の前には未知があり。もしかすると驚くべき情報を得ることが出来るのではないか、って期待もある。
そうでなくても、何かしら凄そうなお宝が隠されている可能性は十分あるだろう。
この場所へ、再度訪れる機会が得られる保証もない。今を逃せば一生後悔するかも知れない。
であるならば、ここで引き返すという選択肢こそ論外。本末転倒とすら言えるのではないか。
ゼノワが果物もどきを食べきり、「ガウ」と一鳴き。準備は整ったらしい。
彼女へ頷きを返し、暗闇へと向き直ったなら、深く息を吐いて……吸って。
「よし、行こう」
ゼノワと二人、私たちは得体の知れないその通路を、真っ直ぐに歩み始めたのだった。
★
ふっと、石造りの床は途切れ。壁も天井も、気づけば黒一色に染まっていた。
暗闇なのか、それともただ黒い材質なのか。手探りで壁に触れようとしてみたけれど、何処まで手を伸ばしてみても、何かにぶつかるようなことはなく。
いつか訪れた真っ白な空間とは、正に対照的な黒の空間。それが、私とゼノワの前に広がっていたのだ。
振り返ってみたなら、通路がある。出入り口の役割を果たしているのだろうか。
「これ、何処まで続いてるんだろうね。っていうか、何処に向かったら良いんだろう? 見渡す限り何も無いんだけど」
「グラグラァ」
「取り敢えず真っすぐ歩けばって……まぁ、当てがあるわけでもないしね。そうしようか」
ゼノワと相談した結果、真っ直ぐに伸びていた通路の延長線上。それを辿るように、ひたすら真っすぐ進んでみることに。
と、そこでふと思い至る。人って真っすぐ歩いているつもりでも、知らず知らずの内にゆるくカーブしちゃうものなんだって。そんな話を、テレビかネットで聞いた気がする。
まぁ私、人かどうかすら怪しまれるような存在だけども。それでも、真っ直ぐ歩いているつもりが、気づいたら明後日の方向に向かってた!
からの、迷子で帰れない! なんてことになっては一大事である。かと言ってまだマップスキルは使えないし。
少し考えた私は一旦立ち止まり。不思議そうに振り返るゼノワの前で、いそいそとクラフトに取り掛かった。
今回作るのは、道標代わりのレーザーだ。とにかくどこまでも真っ直ぐに伸びる光の線を、延々と辿って歩くっていう作戦。
なので、なるべく遠くまで届くレーザーを照射できるアイテムっていうのが、今回作成する魔道具のコンセプトとなる。
もしレーザーの届く距離が足りなくなる場合にも備えて、弱くなった光を増幅できる中継機も併せて作っておこう。
ざっくりと頭の中で設計図を描いたなら、ストレージから材料を取り出し、ババっと加工。
出来た。簡単なものだけど、用途がシンプルだからね、これで十分だろう。
完成したのは金属の立方体。設置して起動したなら、照射面からレーザーが伸びて道を示してくれる仕組みだ。
ちなみにレーザーの色は青。ロマンの色だ。飛◯石みたいでいいよね。
レーザー増幅装置も、次いでちゃちゃっと制作。こちらは四角い筒となっている。
筒に光を通してやると、それを増幅するって仕組み。科学には難しいことも、魔法なら案外簡単だってんで、すごいことだよね。或いは師匠たちの技術こそがすごいのか。
何にせよ、物が出来たのだから次は設置だ。一旦石造りの通路に戻り、壁と床の境目が描く垂直に沿って、装置を設置。
これで通路の向かう先を、真っ直ぐに示してくれるだろう。早速起動してみるとしよう。
起動ボタンに魔力を流してやれば、それで稼働が始まる。以降は大気中から魔力を集めて、半永久的にレーザーを照射し続けてくれるはずだ。
ちなみにスイッチを切る時は、オフボタンに触れて魔力を流すだけ。この世界の人には容易いことである。
「ぽちっとな」
「グラッグラ」
電源ならぬ魔力源を入れると、パッとレーザーの照射が始まった。指と同じくらいの太さをしたレーザーが、一直線に黒の世界を斬り裂く。
これに沿って歩いて行けば良いんだって思うと、漠然とした心細さから開放されたみたいじゃないか。
とは言え、この先に何が待ち構えているとも分からないのだ。通路の狭さを脱したんだし、最強装備に換装して油断なく進むとしよう。
今回は高機動型をチョイス。何が襲ってきても、取り敢えず逃げ足だけはピカイチだからね、リスクヘッジの足しにはなるだろう。
最強装備を身に着けた時特有の、得も言われぬ全能感を背景に、薄っすらとジェネレーターへ魔力を流し込む。
師匠たち謹製の暴れ馬だ。僅かな魔力を燃料に、とんでもない推進力や火力を発生させる、モンスターマシン。
軽く具合を確かめるだけのつもりが、今にも暴れだしそうじゃないか。どうやら調子は良好らしい。
隣ではゼノワが光線銃をストレージより取り出し、フリーダムゼノワへフォームチェンジ。やる気が漲っているようだ。
「それじゃ、このレーザーを見失わないよう気をつけながら進もう。そんなに長い距離飛ぶ必要はないと思うけど、エンカウントとかトラップには気をつけて」
「ガウガウ!」
「おっけー。それじゃ、れっつごっ!」
当初は歩くつもりだったけど、予定変更だ。バシュンとブースターが火を吹き、急加速。
流れる景色は黒一色のため、どれほどのスピードが出ているのか、なんとなくの感覚でしか分からない。
ゼノワも当然のように隣を飛んでて、遅れるでも、先行するでもなく。何ならちゃんと進んでいるのかすら疑わしい。前世でランニングマシンに乗った感覚が仄かに蘇ってくる。
それでも一応、警戒するのは進行方向。もし不可視の壁とか設置してあって、思い切り激突! なんてことになっては、ちょっと笑えないから。
そうこうして、地面スレスレを飛び続けること体感約三分。
私たちは前方に、何やら白い物体を見つけたのだった。




