第九六四話 極楽極楽
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おめでとうございます。
あなたは見事、己の身一つで苦難を乗り越え、体の試練をクリアしました。
これにより、当迷宮に於ける心・技・体、全ての試練を突破したことになります。
差し当たって、先ずはお預かり致しましたステータス・スキル・アイテム類の返却を行いますので、眼前の宝箱をお開け下さい。
お預かりしたものは全て宝箱の中に封じられています。開封を機に、ステータス及びスキルは正常な状態へ戻りますので、ご確認下さい。
ただし、本迷宮内に於きまして、一部のスキルには使用制限が設けられております。
それらのスキルに関しましては、迷宮を出ることで制限が解除されますので、ご使用は今暫くお控え下さい。
お預かりしたアイテムに関しましても、お預かり時の宝箱の中身をそのまま転送致しました。
お引取りいただく際は、お忘れ物の無いようご注意下さい。
支度が整いましたら、ワープポータルより先へとお進み下さい。
全ての試練を見事乗り越えられたということで、これを証するアイテムのご用意があります。
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目の前に現れたメッセージウィンドウ。
その内容に目を通し、ゴクリと一つ唾を飲み込んだ私は、一歩二歩と後ずさり。
「よもや、ここに来てメッセージトラップで嘘が書かれてたり、なんてことは無いだろうね……?」
ある意味、どんな宝箱よりも今の私にとっては重要な宝箱。目の前にあるのはそれくらい大きな意味を持つ物だ。
なればこそ、トラップを仕掛けるならこれ以上のタイミングは無いように思えた。
槍先でつんつんと、あたかも原始人の如く警戒心も顕に突っついてみる。ボロボロの格好も相まって、傍から見たらよりそれっぽいかも知れない。
仮に、これがトラップだとした場合。ならば私が没収されたステータスやスキル、アイテム類は何所にあるっていうのか。
というか、この場面で罠を仕掛けることにどんな意味があるのだろう。
そうした諸々を考えると、メッセージウィンドウが偽物だとか、宝箱がトラップだなんていうのは、単なる私の疑心暗鬼というか、杞憂のようにも思える。
しかし、ここに来てやっぱり即死級トラップでした! なんてオチはシャレにならない。引っ掛かってからじゃ遅い。
「蓋を槍で開けるか……ああいやでも、蓋を開けた者にステータスやスキルが宿る、とかそういう仕様だった場合、ワンチャンこの槍に私のステータスやスキルが宿る、なんて可能性も……まぁ、考えすぎだろうけどさ」
暫し、悶々と考え込む私。腕組みをし、宝箱の前でぐるぐると意味もなく歩き回る。
そうして、やっとこさ出した結論はと言うと。
「そーっと、何かあってもすぐ退避できるよう、そーっと開けてみよう!」
これである。
そうと決めたのであれば、あとは行動あるのみ。心臓バクバクだ。呼吸もちょっと荒い。それだけ大事な局面なのだから仕方がないのだけど。
姿勢を低くし、左足を前に出して半身になり。すり足でそろりそろりと宝箱へ近づいたなら。
蓋を開ける前に、宝箱の後ろへスススと回り込む私。宝箱のトラップって、およそ前方へ向けて仕掛けられているのが常だからね。
もしこいつがミミックだったとしても、後ろに回り込まれては困るに違いない。
念のため、宝箱の背面に槍を突きつけ、いつでも刺し殺せる姿勢を取り。はぁはぁと呼吸を荒くしながら、いよいよ宝箱の上蓋へ手をかける。
ちょびっとだけ開く。ちょびっとだけ上蓋を持ち上げ、すぐ下がる。それでステータスやスキルが戻るなら良し、さもなくばやっぱりトラップの可能性が高いってことだ。
いざ、審判の時……!
毒ガスを警戒し、呼吸を止めたなら、引っ掛けた手に力を込めて……上蓋をパカッ
……………………。
あ、ステータスが戻った感覚がある。視界の隅っこには【超必殺技ゲージ】も出現。しかもフルチャージの状態。没収された時のまんまだ。
うん……どうやら完全に独り相撲だったらしい。
ヘナヘナと、宝箱の裏で座り込む私。重たい溜め息が、やけに細く長く絞り出すように漏れ出た。
「はぁぁぁ…………よかった。杞憂で良かった。これでトラップだったら、十中八九詰んでたからね」
本音を吐露しつつ、スキルの確認も行う。何せ数が数なので、今は主要なものだけをチェック。
ただ、メッセージにもあったように、念話などのヘンテコスキルは相変わらず正常に機能していない様子。
やはりこの迷宮内に居るうちは、制限を受け続けるらしい。まぁ、それももうすぐ終わるのだろうけれど。
何はともあれ、やっと……やっとステータスやスキルが戻ったわけだ。宝箱の中にはリュックとマジックバッグも収まっているはず。
せっかくだから透視スキルでそれを確認してみると、確かに宝箱内部の様子を透かしてみることが出来た。ちゃんとリュックもマジックバッグもある。
念のため、それらが私の持ち物で間違いないかもチェックしなくちゃならない。すり替えられてちゃ一大事だからね。
宝箱背面から、どっこいしょと上蓋を開き。やはり罠などは存在しないことを確かめたなら、正面に回ってリュックとマジックバッグを取り出す私。
先ずはリュックの確認から。これの中身は、多分この世界で私しか作れない、精霊力を固めて作った果物もどき。
だから、もしすり替えられていれば一発で分かるはずだ。中身を一つ手にとって、じっと観察してみる。
……うん。私が作ったもので間違いない。次いでマジックバッグの中身もざっくりと改めてみる。
こっちには自作の魔道具が入れてあるからね、これまたすり替えは一発で分かるはずだ。
けど、同じく異常は無いみたい。どうやら本当に、荷物に対して何かされたってことは無さそうだ。
やっと、肩の力を抜く私。ここまで張り詰めていた緊張が、ようやくほぐれた気がする。まぁ、まだ迷宮の中であることは変わりないのだから、完全に気を抜くわけには行かないのだけどね。
取り敢えず、リュックとマジックバッグを抱えた私は、それをどっこらせと部屋の隅っこに運び。今背負っている、医療品の入ったリュックと一緒にまとめて床に降ろした。
踵を返し、そこから十分に距離を取ったところで、徐にマジックアーツスキルを発動する。
生成したのは勿論、温水。それを自らの頭上に解き放ったなら、必然。重力に引かれたそれはストンと床に落ち、私を頭からずぶ濡れにしたのである。
「っ……あ あ あ あ あ ~」
もう一回。ドバっと頭上から降ってくる、重みのある温水。立ち上る湯気。大雑把なれど汚れが流されていく感覚が強烈で、うっかり昇天しそうになる。
っていうか、【完全装着】が戻った影響で、服の着心地ってものが全然違うんだ。
ボロ布のような衣服を依然として纏ったままなれど、服を着たままびしょ濡れになった感覚というより、髪が濡れた感じにこそ近い気がする。これがスキルの力。
治癒魔法を自らにかけてみたなら、ボロボロだった服も武器も、あれよあれよと破損箇所が修復され、新品のように元通りである。これぞ不思議な私の当たり前。
清浄化魔法で一気に身体の汚れを落とす。
そうしたら、一枚一枚服を脱ぎ、水気を飛ばすようにバサリとはたいた。すると次の瞬間には、しっかり乾燥の済んだ仕上がりがそこにあり。
勿論魔法を駆使してのことである。ああ、ちょっとだけ魔法を扱う感覚が鈍ってるな……鍛錬。鍛錬せねば!
しかしまぁ、それは一旦グッと堪え。体の試練で苦楽を共にしたこの装備品たちを、先ずは綺麗な状態へ戻してやらねばなるまい。
上着、シャツ、ベルトもしっかり水気を払い、ズボンも靴も靴下も一旦ストレージへ。それから下着も。
清浄化魔法をかけたとは言え、ずっとつけていた下着……こればかりは、返せと言われても返すわけには行くまいよ。ストレージへ封印だ。
グローブもナイフも槍も、新品同様に綺麗になったことを認めたなら、これもまたストレージ内へ収納。返却を求められないのであれば、記念に持ち帰る所存だ。
あとは、小石だ。なんだかんだで滅茶苦茶お世話になった小石……って、あれ? どこいった?
確かこの部屋の扉を開ける時、一旦ズボンのポケットにしまっておこうって……。
ストレージからズボンを取り出し、確認してみる。おかしいな、空っぽだ。
念のため上着のポケットも探ってみるけれど、やっぱり小石は何所にもない。ってことは……。
「ダンジョンのオブジェクトだから、小石はお持ち帰りできないってことか。そういうとこ、普通のダンジョンより融通が利かないな」
ちょっとがっかりである。こんなことならこの部屋に入る前に、きれいに磨いてから返却するんだった。
せめて感謝の念だけは送っておこう。ありがとう、ありがとう小石さんたち。お陰でスニーキングが上手く行ったよ! 戦闘でも役立った! 小石最高!
……よし。届いたかな? 届いていたら良いな。
さて、そうしたら簡易入浴の続きだ。
再びザバンと頭上から温水を降らせる私。床の上では派手にお湯が跳ねて、何なら荷物のところにまで届きそうな勢いだけれど。
その点は魔法を駆使して対策してあるため大丈夫だ。
バシャバシャと満足するまでお湯を浴びたなら、次は頭と身体を洗わねばなるまい。
こんな事もあろうかと、ストレージにはお風呂道具を一式と言わず何式でも常時しまってあるからね。
それらを取り出し、早速洗浄開始である。……頭や体を洗うことを、洗浄と表するのは乙女的にどうかとも思うけど。
でも、今の私には相応しい気もする。なので、徹底洗浄だ!
既に清浄化魔法で身綺麗にはなった。でも、そんな事は関係ないんだ。気持ちの問題とでも言うべきか。
謂わば、そう。憂さ晴らしに近い気もする。私は溜まりに溜まった憂いを晴らすべく、しこたま洗浄に努めたのである。
そうして、やっとこさ気持ちも落ち着いてきた頃。ふと、この場に足りないものに思い至った。
湯船だ。湯船が足りない。
無いのなら作れば良いの精神が、脊髄反射的に働こうとした、のだけど。そんな折、ふと私の目に止まった物があり。
「宝箱……宝箱風呂……ありだと思います!」
ひらめいてしまったのだから仕方がない。試さずには居られない。
何せ、一人用の湯船にはちょうど良さげなサイズをしているのだもの。水漏れへの懸念が無いわけじゃないため、そこは魔法でチョチョイと対策を打ちつつ。
早速とばかりに宝箱へ温水をダバダバ注ぎ込む私。何とも不可思議かつ、趣のある光景じゃないか。
立ち上る湯気と、小気味好い湿気が堪らないね。
ピチッと、天井から滴った水滴が床を叩く。ああ、良い。
ジャバジャバと、お湯の溜まりゆく水音に心を和ませながら、待つこと暫し。
何せすっぽんぽんの無装備である。ステータスが戻ろうとも、装備を身に着けない自身の貧弱さ、というものを思い出した私は、MP回復薬をちびちび飲みながらお湯を生成し続け。
そうしていよいよ程よい頃合い。宝箱を満たす、透明なお湯。ぽかぽかと白い湯気が次から次へと立ち昇る様は、まるで私を極楽へ誘うかのよう。
軽く湯を掬い、温度を確かめてみる。流石私、絶妙な湯加減。
ニヤニヤと口元を緩め、満を持してつま先を浸けてみる。
「あっ、こりゃたまらん」
右足がそこを踏んだなら、左足もお邪魔しまして。お湯の中へとゆっくりお尻を沈めていく。
言葉にならない声が、ため息とともにだらしなく漏れ出るけれど、誰に聞かれているわけでもなし。
そうして、お尻がいよいよ湯船の底へついた、その時だ。
ズゾッ。
異変。耳に届いたのは異音。しかしそれどころじゃない。
あたかもそれは、底が抜けたかのように、唐突に私の身体はお湯とともに落下を始めたのだ。
当然、そうはさせじと反応は速く。私は宝箱の縁へと直ぐ様手を掛けた。
結果として、間一髪落下を免れ。箱の縁に全裸でぶら下がるという、何とも不思議なシチュエーションが生じたのである。
「な、なに?! どういうこと? 何が起きた?! お湯を注いだから宝箱くん怒っちゃった!?」
混乱したまま推察とも言えない考えを口に出しつつ、ふと目をやったのは下方。お湯の落下していった先。
すると、そこにあったのは……。
「え……草」




