第九六一話 勝敗はステータスの性能のみで決まらず
「勝負だ……ブラックトレモちゃん!!」
と、勇ましく啖呵を切ってはみたものの。だからといって、正面から切った張ったのチャンバラを演じるつもりもない。
そそくさと手近な物陰へ飛び込む私である。が、当然ながらそれを見過ごすブラックトレモちゃんではなく。
即座に飛んできたのは光球。急ぎその場を離れんとしたけれど、逃げ切れず足先がその影響下に触れてしまう。
瞬間、私は見たのだ。履いている靴が透明になって、素足が暴かれたのを。
けれどその直後、光球の影響範囲を脱した瞬間に、透過作用は消え失せ。私の靴は色を取り戻していた。
この事から、あの光球はどうやら『透過空間』とでも表するべき、特殊なエリアを生成する類いのスキルであることが察せられる。
オブジェクトのみならず、装備品まで透明にしてしまうっていうんだから、なんとも夢のあるスキルじゃないか。是非覚えたいものだね。
それと怪我の功名とでも言うべきか、光に触れてもダメージらしいダメージは無かった。この事から、あの光球に対して攻撃としての警戒は不要である、ということが判明した。
なれば注意するべきは、偏に触れれば居場所を暴かれる、という点のみ。
実際今も足がチラッと見えたせいで、逃走方向が割り出されてしまった。隠れんぼから鬼ごっこへのルール変更である。
ステータスに物を言わせ、ものすごい俊足で追いかけてくるブラックトレモちゃん。
一方の私は、骸から得た歩法を可能な限り駆使して、とにかく逃げる逃げる。
パルクールのようなアクロバティックな動きで、縦横無尽に逃走するのは、正直ちょっと楽しかった。これが普通の鬼ごっこであったなら、私大分強いかもしれない。
ただ、相手はステータスっていう常時バフをナチュラルに用いてくるわけで。私がどれだけ小賢しい立ち回りを見せたって、スペック差でぐんぐん距離を縮めてくるわけだ。くそぅ!
それにしても、と思う。私、元はただのゲーマーだったのに、ステータスもスキルも封じられていて尚、どうしてこんなアスリートめいた動きが出来るんだろうかと。
やはり鍛錬か。鍛錬なんだな……! と、一言で片付けることもまぁ出来るっちゃ出来るのだけど、しかし。
もしかすると、前世の肉体と今のこの肉体じゃ、基本スペックからして異なっているのかもしれない。
普段はステータスが作用しているから、前世と違っていて当たり前、とあまり深くは考えなかった部分なんだけど、今は前世との差異を殊更強く実感している。
あとは、そうだね。骸たちを取り込んでいるのが大きいよ。運動神経がべらぼうに向上している気がするもの。ああいや、運動神経って言うと肉体的な変化を指すのか。なら“運動センス”かな?
そんなわけで、思ったよりも逃げ足だけで、それなりに時間を稼ぐことが出来そうだ。スタミナにだって自信あるし。
反面、ブラックトレモちゃんはどうかって言うと、障害物を飛び越える、くらいのことはやって退けるにしても、精々がその程度。
良くも悪くも彼女は、マスタリースキルで動いているってことなんだろう。パルクールなんて、槍・ナイフ・拳のマスタリーには含まれていないからね。
このことから、ブラックトレモちゃんの動きに関しては、別に私をガッツリコピーしてる、というわけではないことが察せられる。
同じなのは体格と装備くらいのもの。気になるのはマスタリーレベルがどの程度に設定されているのか、という部分。
このまま追いつかれたなら、嫌でも我が身をもって確かめることになるのだろう。
背後にブラックトレモちゃんの気配をひしひしと感じながら、長槍を棒高跳びの要領で支えとし、高台へひょいと跳び乗る。
すると彼女は、ステータスに物を言わせた跳躍力で、軽々と登ってくるんだから堪ったものではない。
その後もちょこまか遁走を続けてみたけれど、距離はじわじわと詰まる一方。
恐ろしさを感じつつも、自然と熱量を増すのは負けず嫌いの性根。故に、私は駆けながら声を張った。
「ごめんね、先に謝っておくよ! 闘気が漏れちゃったらごめん! 誓ってわざとじゃないから! 事故だから! 私、時々人間離れした動きするかもだけど、わざとじゃないから!!」
声を張れば呼吸も姿勢も乱れる。そして私の発したメッセージに、予想していたこととは言えリアクションを示さないブラックトレモちゃん。
私の動きが鈍った分、きっちりと距離を詰めてきて、いよいよ危険な距離感である。
彼女との間合い、障害物の位置、タイミング、そして彼女が有しているであろうアーツスキルの候補を鑑みて。
私はひょいと、身を屈めた。
瞬間だ。穂先が私の頭上を通過し、鋭く空を貫いたのは。
読みどおり。が、ゆえに。
屈むと同時に放った小石は、絶妙な軌道でブラックトレモちゃんの顔面へと迫り。
ここぞというタイミングで仕掛けた槍のアーツスキル、【ペネトレイト】が目標を外れたことへの戸惑い。
そこへ不意に飛び込んできた、異物。彼女は条件反射的に、回避行動として首を傾げ、顔に迫った小石をやり過ごそうとしたのだ。
ザグンと。
腰のナイフを抜きつつ反転し、差し込んだ刃先はブラックトレモちゃんの側頭部下方、人で言えば耳の下辺りから埋没し、脳へと至ったはずである。
対人戦であれば致命傷。人形モンスターが相手だって同じく、致命級の負傷を与えたはずだ。
では、ブラックトレモちゃんはどうだろうか。
ビクリと身体を痙攣させる彼女。間髪入れず脇腹に拳をねじ込みがてらナイフを引き抜き、一瞬手放した槍を拾いつつバックステップ。
再び逃走へ入ろうと駆け出した、その時だった。何かが床を打つ、けたたましい音が鳴り。
そこにあったのは、力なく床に倒れたブラックトレモちゃんの姿。身体や装備品は直ちに黒い塵へと還り、静寂だけが置き去りとなった。
だが、安心は出来ない。何せこのボス戦に於いては、リポップが生じるって話だったから。
だから私の取った行動は、急ぎ今投げた小石を回収し、改めて物陰に身を潜めるという隠れんぼムーブである。
勿論、もういいよだなんて声は発さない。ブラックトレモちゃんの殺害現場から距離を取り、リポップ位置に当たりをつけ、次に彼女は何所から探し始めるだろうかと想像しながら、迅速に隠れ潜んだのだ。
そうして、いそいそと潜伏を終えた後。やっとこさ息をつく私。胸中には否応なく安堵がある。
殊の外上手く奇襲がハマった結果、何と一撃でブラックトレモちゃんを仕留めることが叶った。
この事実から、また色々と情報を拾うことが出来そうだ。
まずは何と言っても、彼女の耐久性について。上手く急所を突けたからかは不明なれど、少なくとも頭部を刺せば一撃でやれる、ということは分かった。
それに彼女の戦い方。確かにアーツスキルは脅威だし、ステータスも恐ろしい。でも、全く手に負えないってレベルではない。
マスタリースキルにしても、それ自体は確かに優秀だ。けど、それを扱うブラックトレモちゃんの技量、所謂PSについては驚異的とは言い難い程度のもの。
恐れるべきは、そうだね。そのブレの無さだろうか。
こちらがテンパって判断ミスだったり、プレイングミスをやらかしたなら、忽ち優位に立つのはブラックトレモちゃんの方。
さっきの小石に対して、私の想定は三パターンあった。反応できないか、回避するか、敢えて無視するかの三つだ。
回避できない場合、彼女は攻撃の失敗に対して動揺を見せたことになる。プレイングの乱れだ。
回避した場合、彼女は如何なる状況でも、一定以上の冷静さを保てるものと考えられる。
そして敢えて無視するという判断を下した場合。ブラックトレモちゃんには、高い技量と判断力が備わっていると見るべきだろう。
結果として彼女は、回避を選んだ。つまり冷静さを乱すでもなく、かと言って敢えて無視するという判断にまでは至らず。
順当に首を傾げて、小石を避けようとしたのだ。ベストではなく、ベターな判断。良くも悪くもブレが無い。だからこその、致命的なワンアクション。
ゆえに私は、彼女にナイフを刺し得たのだ。総じて、確かに読み通りではあった。
けれど、運が良かったという側面も否定は出来ない。
気になるのはリポップしたブラックトレモちゃんが、今しがたの戦闘経験を、果たして引き継いでいるのか否かという部分。
もしかすると今度は、同じ手が通じないかもしれない。が、逆を言えばリピートが有効って可能性もあり。ブレが無いのならば尚の事。
出来ればどうにかして、検証を行ってみたいところではある。そもそも彼女に学習能力が備わっているのかどうか、という話でもあるわけだし。
きっと再び、彼女と戦闘になる場面は訪れるんだろう。
先程は上手く抑制できたけど、闘気を抑え込めるかも分かったものではないし。正直気が気ではない。
……それから待つこと少々。
リポップ現象が発生し、ブラックトレモちゃんはあっさりと復活を果たすのだった。
問題なのはそのリポップ位置。初期ポップ位置でもなければ、先程死んだ場所でもなく。思いがけず部屋の隅っこ。
そのせいで発見するのに少しだけ手間取った。所謂リスキルへの対策として、ポップ位置をランダムに設定されているのかもしれない。
再出現した彼女の頭上には、残り時間が六分を切ったことを知らせる数字があり。
直ちに捜索を再開する彼女。完全に私のことは見失ってしまっているらしい。透過光球を駆使しながら、手近なところからじゃんじゃん確認していく。
そんなブラックトレモちゃんの動きに変化が見られたのは、いよいよ残り時間が五分を切り、ゴールが見えてきた頃のことだ。
光球を撃ち出す頻度が更に増し、心做しか彼女の行動に、時折雑さというか粗さが目立つようになった。
その分すごい勢いでボス部屋内を駆け回るため、傍から見たならその様子は、なんだか焦っているようにすら感じられた。
表情は疎か、焦るだけの心があるのかどうかすら怪しいブラックトレモちゃん。
何れにせよ、動きが雑になるってことはそれだけ急いでるってこと。そして、急がんとして動きを速めるってことは、ステータス自体の変化も生じていないと見て良いはず。
無理をするから雑になる。ステータスが上昇していれば、丁寧を維持したまま行動を速めることが出来るはずだから。
ブラックトレモちゃんの胸中までは分からないまでも、彼女は急ぎ私を探している。
光球は次々に物陰という物陰を潰していき、一発一発の影響範囲も更に拡大している様子。捕捉されるのも時間の問題だろうか。
だとしても、ギリギリまで隠れて時間を稼ぐ。見つかったとしても、逃げ回って時間を稼ぐ。追いつかれても、闘って時間を稼ぐ。
残り時間はおよそ五分弱だ。それだけ生き延びれば、私の勝ち。
いざ、ラストスパート!




