第九五六話 限界確認
どうも、土臭い系女児のミコトです。
というわけで、すっかり土のニオイの染み込んだ服に身を包み、派手に破れた裾から脇の下にかけてのひらひらした布に、なんとも落ち着かない心持ちを味わいつつ。
対峙するのは見上げるほどの大扉。この先に待ち構えているのは十中八九、この体の試練に於ける、謂わば最終試験官だ。味気ない言い方をするなら、単にダンジョンボスだけども。
三つあるっていう試練のうち、三つ目であるこの体の試練。そのボスだって言うんなら、この篩の迷宮に於ける実質ラスボスと言っても過言でないのではなかろうか。
尤も、もしかすると三つの試練をクリアして皆と合流した後、更に何か戦闘イベントが控えていないとも限らないけどさ。
まぁ、それはこの先に待つボスを突破してみれば分かること。他の皆についても、私に今できるのは無事を信じることくらいのものだ。
逆に言うと、皆も私の無事を信じてくれているに違いない。なら、その期待にきっちり応えること。それもまた、皆のために出来ることの一つか。
「ものは考えようか……でも、ちょっとやる気出てきた。何が何でも無事にここを突破しなくちゃ!」
言って、先ずは先程から気になっていたそれを確認してみることに。
ボス部屋の扉に、張り付くようにして浮かんでいるのはお馴染みメッセージウィンドウである。
個人的には、ヴァルキリーナイトが用意したものなんじゃないかと勝手に思っているけれど、真偽の程は定かではない。
これまでの傾向から考えると、ボス戦に関する情報でも記されているんじゃなかろうか。
いや、でも待って。こうやって視線をメッセージウィンドウに誘導しておいて、足元とか天上にトラップを仕込んでおく、みたいな手法はダンジョンの罠では結構ありがちだからね。ミスディレクションってやつ。
しっかりと注意しながらウィンドウに歩み寄った私は、おっかなびっくりその内容へと視線を走らせたのだった。
──────
ようこそ、体の試練最後のボス部屋へ。
本試練も、いよいよこの先に待つボスの攻略をもちまして、大詰めとなります。
つきましては、当ボス戦に際し設けさせていただきました、特殊ルールをご説明致します。
当ボス戦に於ける勝利条件は、ボスを討伐することでは御座いません。
挑戦者が生存した状態を維持したまま、制限時間三〇分を過ごすこと。
これを果たすことが出来ましたら、見事ボスへ勝利したものと見なし、本試練はクリアとなります。
また、今回のボスはたとえ討伐を達成されても、リポップする特殊な仕様となっております。
よって、正面から戦うも良し、防御や回避、逃げや潜伏に徹するのも良いでしょう。
十全に“体”を使い、三〇分を生き抜いて下さい。
健闘をお祈り致します。
──────
おぉぅ……また、なんかすごいことが書かれてるね。倒してもリポップするボスって、なんだそれ。
一先ず大扉から少し距離を取り、床に腰を下ろす私。リュックも降ろして脇に置く。
そうして改めて、今回のボス戦に於ける特殊ルールとやらに思いを馳せてみた。
と言っても、それ自体はとてもシンプルなもので。要はどんな手段を使っても、三〇分間生き延びることが出来ればそれでクリアってことだ。
一見すると簡単な気もするけど、だからこそ不安な要素も多分にあり。
三〇分間生存し続けることが出来たらそれで勝利! なんていうのは、とどのつまりそれが困難であるからこそ、ルールとして成り立っているはずだ。
つまりは、これまでに戦ってきたモンスターとは一線を画す、ステータスもスキルもガチガチの、ヤバい奴が待ってるって可能性が高いんじゃないだろうか。
或いは毒を撒き散らすような、厄介な能力を持ったモンスター、なんて可能性もある。生き延びれるものなら生き延びてみろ! みたいな、殺意高い系のやつ。
とは言えこれは『体の試練』。しかもその最後の課題とも言える、ボス戦。
であるならば、体の試練っていうテーマから外れるような、滅茶苦茶な内容は仕掛けてこないと考えて良いはずだ。説明にも『十全に“体”を使い』って書いてあるしね。
ここで少し、今回のダンジョン攻略を振り返ってみる。
正直な話、確かに恐ろしくはあったけれど、苦戦らしい苦戦をしたって印象は薄い。
まぁそれに関しては、心の試練も技の試練も同様なんだけど。むしろ、この世界に於ける非日常的な体験が出来て楽しかったまである。
ポイントは、正に『普通では出来ないような体験』って部分なんだろう。
この体の試練に関して言えば、スキルは疎かステータスを封じられる、っていうシチュエーションこそがそれで。
あまつさえそんな状態でのダンジョン攻略だ。私はともかく、他の皆にとってはさぞ戸惑いを覚えたに違いない。
でも私、前世の話とか訊かれれば普通に語っちゃうし。その過程で『前世にはステータスなんて無かった!』ってのは伝えてある。
だから、チームミコバトメンバーは全員、一度は“ステータスを持たない自分”ってものをイメージしたことくらいはあったんじゃなかろうか。
そういう意味では、幾らかの耐性は出来ていたのかもしれない。そうだったら良いな。
悲しくなるくらい弱っちい体で、装備だって最低限の物をリュックに詰め、おっかなびっくりダンジョン攻略。
私は徹底的に戦闘を避けてきたから、あっさりとこの場所にまで至ることが出来たけど、普通に戦闘してる人なんてのはさぞ苦労していることだろう。
攻略を進めるほど、例によってモンスターは脅威度を増していったしね。第五フロアの幽霊とか、苦手なメンバーは大騒ぎしてやしないだろうか。
って考えると、実はメチャクチャ大変な試練だったのかもしれない。
……だとすると、ボス戦の難易度、もしかしたら私が想定しているよりもずっと高い可能性が出てきたな。
ここまでのダンジョン攻略は、要領良くこなすことが出来た私。けれど、ボス戦ばかりは避けて通ることの出来ない、最後にして最大の関門のはず。
これまで比較的楽にやり過ごしてきた分、ガチンコ勝負になるボス戦では、思いがけないくらいの苦戦を強いられるのではなかろうか。
逆にこれまで苦労してきたメンバーにとっては、ボス戦への心構えもしっかり出来上がっていることだろう。
脅威度はなるべく高く見積もって臨んだほうが、戸惑いは小さく抑えられるかも知れない。
ともあれ、そうと分かれば気を引き締めるのみ。脅威度予測を上方修正して、しっかり今のうちに備えを行うとしよう。
と言っても、出来ることなんて限られているわけだけど。万全のコンディションで挑めるように、バッチリ休息を取って……あとは、そう。
三〇分生き延びるってことは、体力が大事ってことだ。ステータスを封じられた今の私って、どのくらい動き続けることが出来るのかっていう話。
日頃から体力づくりに関しても、余念なくこなしているからね。自信はあるんだけど、今のうちに調べておいたほうが良いだろう。
他のメンバーたちは、普通にフロアを攻略する過程で、体力や筋力、身体がどの程度動くかとか、実戦を通じて理解するのかもしれないけど、その点私は特殊だったから。
ゆえにこそ、そうした情報の不足をここで埋めておく。それが多分、ボス戦への備えになるはずだ。
「よし。そうと決まれば運動だ! まずは筋トレから!」
元はただのゲーム好きな女子高生だった私。とは言え、肉体からして前世とは違うからね。
ステータスを抜きにしたスペックというのは、しっかり把握しておかなくちゃならない。
腕立て伏せに始まり、腹筋背筋スクワットなどなど、何れも限界まで行ってみる。
ステータスのある普段と違って、まぁ限界の近いこと近いこと。正直不甲斐ないばかりである。
黙々と肉体をいじめ抜いた結果、汗だくで床に寝っ転がり、筋肉疲労で行動不能。我ながら酷い有様だ。
幾ばくかの休憩を挟んだなら、続いて持久走の始まりである。小広く設けられたボス部屋前の空間を、壁沿いにぐるぐるとひたすら走り続ける。
ペースは実戦を想定して、一定以上のスピードを維持するよう努めた。勿論、誰が見ていてくれるわけでもないため、スピードも時間も全て自身の感覚頼りにはなってしまうのだけどね。
せめて時計でもあれば、まだ遣り様はあったのだけど、無い物ねだりか。考えても詮無いことである。
ぐるぐるぐるぐると、息を切らしながらボス部屋の大扉前を何周駆けたことか。時間にして三〇分維持出来れば、最低限十分にボス戦で力を発揮し続けることが出来る、という目算である。
なお、この持久走に際して槍とナイフはきっちり身に着けての挑戦となっている。服? 脱いでるに決まってる。汗をたらふくかくと分かってるんだから、当たり前だ。
本番では槍とナイフを携えた状態で動き回ることになるのだから、それらを置いて走ってもあまり意味が無いからね。
あと、ボス戦ではリュックは降ろす予定なので、これに関しては背負わずの持久走である。
一定のスピードを維持出来なくなった時点でアウト、という条件のもと走り続けること……どのくらいだろうか。
体感で言えば余裕で三〇分を超えたつもりではいるのだけど、実際のところはどうか分からない。
当たり前のことだけど、ステータスが無いと身体が重くて、維持できるスタミナっていうのも随分と限られるものだ。
けれど、日頃から荷重トレーニングを行っていたことが功を奏して、結構たくさん走れることが分かった。疲れにくい身体をしているらしい。
いよいよスピードが、自分なりに決めていた一定のラインを割り、クールダウンに入る。急に足を止めると身体に良くないらしいから。
重たい脚を、駆け足の余韻がてら動かし続け、ゆっくりと呼吸を整える。案の定びっしょりと汗をかいてしまった。服を脱いでおいたのはやはり正解だったみたいだ。勿論スッポンポンですが何か?
困ったのは、この汗を拭うためのタオルが無いこと。仕方がないので、医療品のきれいな布や包帯を使い、ちまちまと身体を拭っていく。
土汚れのせいで、あっという間に真っ黒だ。なんか、他人には絶対見せられないことをしてる気分になる。
そうしてスッキリしたら、しっかり水分補給。幸いまだ水筒の残りには余裕があったからね。ばっちり失った水分を補っておいた。
ヘトヘトである。限界を感じるほど動き回ったことで、鍛錬欲求も随分と満たされ、久々にリフレッシュできた気分だ。
バタリと床の上に転がったなら、疲れたせいか急に眠気が襲ってきた。
この場所であれば安全だとは思うものの、しかし確証があるわけでもなし。
考えた私は、ここと第五フロアを繋ぐ戸に背を預けて、睡眠を取ることにした。
こうしておけば、万が一にも第五フロア側からモンスターが入って来ようとした場合、背中に違和感を覚えて直ぐに目覚めることが出来るはずだから。
大扉の方が勝手に開く、なんて可能性にも一応備えて、そちらには槍を立てかけてある。
ナイフを握りしめての就寝だなんて、いよいよ極まってるなぁって感じ。
……スキルやステータスを持たない状態での、この身体の限界ってものを知ることが出来た。
ならば後は、この疲労をしっかりと癒やし、いよいよボスへの挑戦である。
限界を知ったことで、ペース配分にも目処が立つようになった。やるべき準備は済ませたと思う。
鍛錬は私を裏切らない。これまで積み上げたものを信じ、あとは全力をボスにぶつけるのみだ。
挑戦への熱と、憂い事への不安と。
そんな、少し複雑な思いを抱え、私はゆっくりと眠りに落ちるのだった。




