第九五五話 和風ダンジョン第五フロア
流石の私でも、快適な目覚めだ! なんて嘯くことは出来なかったけれど。
それでも睡眠を取ったことで、体力が回復したことは間違いない。
体の上に乗っかった土や苔を、よいしょよいしょと退けて。寝ぼけ眼のまま庭園の隅っこに起立した私である。
ふと見上げた空は青く。思えば、このダンジョンに足を踏み入れた時も、眠りにつく前に見上げた天上も、全て同じ青空だった。
どうやらこの空に、暮れたり明けたりという概念は存在していないようだ。っていうか、自分が一体何時間寝こけていたのかも、体の具合から推測する他無い有様。
多分、六時間くらいはガッツリ眠れたんじゃなかろうか。寝起きの状態から鑑みるに、そんな気がする。
一先ず、すっかり土をかぶってしまった服を脱ぎ、下着姿になる私。最早脱ぐことに抵抗を感じなくなっちゃった……人目が無いって恐ろしいね。
そうしたら、衣類についた土くれを、バッサバッサと適当に落とし。次にリュックから水筒と食料を取り出す。朝ごはんだ。
貴重な水なれど、口の中をしっかりと濯いでから、味気のない保存食で適度にお腹を満たす。
それが済んだなら、軽く食休みを挟んで、ラジオ体操。何せこの後すぐにダンジョン攻略の続きだもの。
しっかり動けるように、身体を温めておく必要がある。そのためにはラジオ体操とストレッチ。良いと思います。
十分に身体がほぐれたなら、最後に軽く水浴びならぬ、土浴び。鼻の利くモンスター対策だ。
でも、そこでふと思った。逆に「土くせぇなぁ!」とかいう理由で存在を気取られたらどうしよう……。
まぁでも、「人間くせぇなぁ! どっかに居るぞ! 探せ! 殺せぇ!!」ってなるよりはずっと良いだろう。確信されるよりも違和感止まりで済むのなら、こうして土と戯れる甲斐もあるってもんだ。
(師匠たち……私、ちゃんと命大事に頑張ってるよ……! 少なくとも私自身はそのつもり!)
遠く離れた妖精師匠たちに思いを馳せ、危うくホームシックを発症させそうになる。もう何日帰ってないんだ私は……泣きそうだ。
このままだとガチで、師匠たちが私の捜索に動き出したって不思議じゃない。それを思うと、一刻も早くこの篩の迷宮を突破して、無事な姿を見せてあげなくちゃなるまい。
ぐっと気を引き締めたなら、支度を済ませていざ出発である。今日も勿論蛮族スタイル。
下着姿でリュックを背負い、槍を構えたこのダンジョンだけの特別フォームだ。レアである。限定版ミコト! 土に汚れてるのがポイントね。
ああそれと、気になる負傷した箇所だけれど。試しに包帯を解いて患部を確認してみたなら、打撲跡も切り傷もすっかり完治していた。ああいや、素人判断で『完治』とか簡単に使うべき言葉じゃないか。傷は消え去っていた、としておこう。
こりゃ、迷宮攻略明けはココロちゃんや聖女さんに、しっかりメディカルチェックしてもらわないとダメかもね。今のところ身体に違和感はないけどさ。
って、なんかフラグくさいから、余計な考え事はここまでにしておくとして。いよいよ第五フロアと渡り廊下を隔てる戸を、そっと引く私。
中を覗き込み、その様子に小さく息を呑んだ。
「ひぇ……なんか、これまでと雰囲気違くない……?」
声を潜めてその様に感想を零す。というのも、目の当たりにした光景がこれまでのフロアと、明らかに違って見えたからに他ならず。
まず一番分かりやすい違いとして、薄暗いのだ。これまではダンジョン特有の謎光源により、暗さを感じるようなことなんて無かったのに。
それがどうしたことか、照明のない暮方の光量を思わせる屋内は、なんとも漠然とした不気味さを漂わせており。
ばかりか、高級旅館を思わせた内装も、このフロアに於いてはまるで違っていて。何所を見回しても古めかしいように見える。敢えて悪し様に言うのであれば、つまるところボロいのだ。
廊下も壁も、随分と年季が入って傷んで見えるし、天井にはシミも目立つ。
穴を開けさせてなるものか! と修復機能があくせく働いていた障子だって、今は見るからに酷い有様である。遠目にだから細かくは分からないけど、ここからでもスカスカでボロボロの障子紙が見て取れるっていうんだから余程だろう。
「これ、スニーキングメチャクチャ大変なのでは……っていうかこの雰囲気って、もしかしてお化け屋敷……?」
まぁ、ね。モンスターをお化けとするのなら、他のフロアも十分お化け屋敷だったけども。
しかしこのフロアは、ガチ度が違う。明らかにこれまでと一線を画す、本気のお化け屋敷って感じ。
というか、ダンジョン的に言うのであれば、ここは五フロア目に当たるわけで。もしかすると最終フロアという可能性すらある。
そうだとしたら、ボスフロア? スニーキングはもう必要ない感じ? 通常のダンジョンであれば、ボスフロアには普通のモンスターは出現しない、というのがお約束だもの。
けれどここは迷宮。そんな通例なんて無視してくることだって、十分に考えられる。警戒を怠るべきではないだろう。
一先ず、何時までも入り口でコソコソしていても仕方がない。とりあえず中に入ってみることに。
突然頭上からガバー! なんてことが無いよう、頭上注意も怠らない。冒険者の基本である。トラップを警戒する意味に於いてもメチャクチャ大事。
幸いトラップは疎か、モンスターの気配は辺りを見回したって一つとして感じられず。
このフロアに於いてもやはり、入って直ぐのこの場所は、セーフティーエリアとして機能している可能性が高いように感じられた。
安堵するのも程々に、早速探索を開始する私。ホラーゲームだってゲームの内。勿論プレイ経験は十分にあるけれど。
だからといって、ビビらないわけではなく。寧ろビビるからこそホラー系作品は楽しめるってもので……ね?
つまり何が言いたいかというと、その、あの。お化け屋敷、人並みには恐いです。ホームシックが加速しそう。
「ええい、逆に! 逆に考えるんだ! これは往路にあらず。寧ろ帰路! 帰るためにここを突破しなくちゃならないんだ……よし。やるぞ!」
気合を入れ直し、いざ探索を始める私。何はともあれ先ずは、このフロアにお化け……じゃなくて、モンスターが存在するのかを確認しなくちゃならないだろう。
まぁでも、普通に考えて、わざわざフロアをお化け屋敷仕立てにしておいて、肝心のお化け役が居ないっていうんじゃお話しにならないよね。
ってことで、十中八九モンスターは存在しているものとして備えておいたほうが良いだろう。
それに、トラップにも変化が見られるかもしれない。より注意して進むべきだ。
所謂お化け屋敷と此処とでは、決定的に異なる点が一つある。
普通のお化け屋敷が、驚かされてなんぼのアミューズメント施設であるのに対し、ここはダンジョン。しかも、縛りを設けた状態でのダンジョンアタックを強いられている状況だ。
とどのつまり、お化けに驚かされるどころか、まともに遭遇することすら憚られるのがこのお化け屋敷というわけで。
すると必然、スリルも通常のそれとは異なり。よりドキドキハラハラする、というのも勿論あるのだけど、もっと根本的な違いとして、敵に見つかったらゲームオーバー! みたいな。そんなステルスホラーの要素もひしひしと感じるわけだ。
謂わばリアルステルスホラーアクションデスゲーム。うん、盛り過ぎである。心臓の弱い人はプレイできないタイプのやつ。
警戒心をたっぷりストックし、まかり間違っても悲鳴なんて上げぬよう胆力を意識しながら、傷んだ板張りの廊下をこそこそと身を小さくしつつ歩む。
時折ギィッと床板が軋み、その度に軽く肝が冷えた。新手のトラップである。重力魔法が恋しい。
そうこうして探索していると、案の定だ。真っ白な和服……所謂死に装束らしきものを纏った、髪の長い女性が、破れた障子の向こうにぽつんと佇んでいるのを見つけてしまったのである。
危うく叫びそうになり、慌てて自分の口を手で塞ぐ。いやぁ……ヤバいですって。ガチだもん。身体ちょっと透けてたもん。
お化けは恐い。恐いけども、しかし部屋の中も一応は探索しながら進むべきだ。また鍵が必要だったら二度手間になっちゃうし。
まして、必要な鍵の数は第三フロアで一つ、第四フロアで二つだったので、第五フロアであるここでは三つ要求されても不思議じゃない。
なので、気は乗らないけども、どうにかあの幽霊っぽいモンスターを部屋の外におびき出して、その隙に室内の探索を行うしか無いだろう。
問題は、どんな手段を用いれば幽霊って誘いに乗ってくれるのか、という話。いや、本当に幽霊かは知らないけどさ。死霊系モンスターって括りだろうけどもさ。
(ええい、困った時は小石を投げる! ここまでそれで何とかなってきたんだ。頼むぞ!)
握った小石にむんむんと念を込める。これでも私、仲間内じゃ念力ザムライで通ってるんで。私の込める念は一味違うよ。知らんけど。
そうしてたっぷりと念を込めた小石を、えいやと廊下の奥、なるべく遠くへ投擲。
廊下に小石が転がる音、なんていう明らかに不自然な響きがここまで届き、これを受けてピクリと反応を見せる髪の長いお化け。
これまで同様、入れ違うように部屋の中へ、というのは障子紙の状態を鑑みるに危険。
物陰から彼女が部屋を出るさまを認めてから、急ぎ侵入を果たそうという、そういうプランを選んだわけなのだけれど。
これが、どうやら正解だったらしい。何せ彼女ときたら、障子を引くでもなく、すぅっとすり抜けて廊下に出てきたのだ。まんま幽霊なんですけど! よく見たら脚も無いし、浮いてるし!
ホンモノを見ちゃったという、ある種の興奮状態に苛まれながらも、しかし行動自体は迅速かつ丁寧、そして静かに。
幽霊の居た部屋へとこっそり踏み込んだ私は、これまでの探索で熟れた素早い物色を実行。
怪しげな場所をパパパッと調べ終えたなら、彼女が戻ってくるよりも早く部屋を脱出。その場を後にしたのだった。
内心ではヒィヒィ言いながらも、どうにかモンスターに見つかるようなヘマをすることもなく、順調にフロア内を調べ歩いた私。
結果として、鍵を一本発見。たった一本だ。えらく心許ない。
出来れば二本は見つけておきたい。何所だ、もう一本は何所に! なんて探し歩いていると。
見つけてしまったのは、ゴールと思しき一枚の引き戸。入り口のそれと酷似しており、次なる渡り廊下に繋がっているものなのだろうと、私は確信を得たわけだ。つまりはこのフロアに於けるゴール地点。
内心は複雑だった。それというのも、もしかしたらこのフロアにはボス部屋の大扉なんかが存在しているんじゃないだろうか、とこっそり期待していたからだ。
しかしながら、この戸があるということは、その可能性は一気に低下。まぁ、鍵を見つけた時点で察しはついていたけども。
それで言うと、肝心な錠前の個数はどうかという話。予想では三つ、ないしは四つ五つとくっついているのではないかと覚悟していたのだけど。
そんな私の予想に反し、錠前の数はたった一つ。勿論、一つの錠前に複数の鍵が要る、なんていう変化球でもなければ、鍵がニセモノだった、なんてこともなく。
普通にガチャリと、あっさり錠前は外れてしまったのである。
まんまとフェイントに引っ掛かった気分だ。何せ、一本目の鍵を見つけてからも、結構な時間探索を続けていたからね。
スニーキングに神経をすり減らし、お化け屋敷の恐怖に耐えながらの探索は、それはもう大変なもので。
こんなことなら先に錠前の数を確認しに来るべきだったと、小さくない後悔を覚える。
まぁ、かと言って何か実害が生じたわけでもないし、鍛錬になったのだと思えば嘆くほどのことでもないのだけど。
それにしても、まんまと余計な探索をさせられたっていう事実は、一杯食わされた気がしてシンプルに悔しい。
「ええい、次だ次! 気を取り直して、次は戦闘! さぁ今度の相手はどんなやつかな!」
憤懣を小声で吐き出すという、我ながら小器用な芸当をやってのけたなら、解錠された戸を、一応警戒しながらガラリと引く。
そうしてさっと視線を走らせてみたなら。
「……え。あー、なるほど」
そこに見えたのは、渡り廊下などではなく。
見上げるような大扉。即ち、ボス部屋の扉である。
とどのつまりこの第五フロアは、予想した通りの変則ボスフロア、ということで正解だったらしい。
「とりあえず、服着なきゃ」
誤字報告助かります!




